百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

想い、電波に乗せて

リアクション公開中!

想い、電波に乗せて
想い、電波に乗せて 想い、電波に乗せて

リアクション



 昼下がりの公園は、遊具の周りで遊ぶ子どもたちとその保護者の姿が目立つ。
 それを横目に、遊歩道を歩いていくのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。
 ゆるりと歩く彼の心を占めているのは『決意』だ。
 木蔭が途切れて、日差しが降り注ぐ。秋の日にしては、少しばかり日差しがきつい所為か、決意に至る夏の日のことを思い出した。

 それは夏祭りの日。
 いつものように理由を付けて北都へと迫るクナイ・アヤシ(くない・あやし)を拒んだとき、ふいに口にしたのは「好きだから、だから流されたくない」という言葉だった。
 後で思い返すと、何故、そのときに、そんな言葉が口を突いて出たのか、驚きでしかなかった。
 けれど、口にして、北都は自覚した、――いや、してしまったのだ。
 自覚したからには伝えたい。無自覚の言葉ではなく、きちんと、自分の言葉を、想いを。

 そう思って、家を出てから、かれこれ数十分。
 遊歩道の端まで辿り着いた北都は、携帯電話を取り出した。
 震える手で、クナイの番号を呼び出して、通話ボタンを押す。
 呼び出しを告げるコール音よりも、自分の鼓動がうるさいくらい聞こえてくる。
「……クナイ?」
 コール音が途切れると、北都はその名を呼んだ。
『北都、どうかしましたか?』
 心配するような声音で、クナイの言葉が返って来る。
「あの、あのね……」
 次の言葉が出てこない。
 たった一言なのだと、頭では分かっているのに。

 何か言いたそうな。
 けれど、それが言えなくて、電話越しに彼の吐息だけが聞こえてくる。
 電話が掛かってきたときは財布でも忘れたのだろうかと軽い気持ちで受けたのに、北都の、いつもと違う様子に、クナイは何だかおかしいと思い始めていた。
(まさか、出先で誰かに襲われたのではないでしょうね……っ!?)
 気持ちが焦る。
 居ても立っても居られなくなり、通話はそのままに、もう一台の携帯電話を手に取るとクナイは家を出た。
 手にした携帯電話で、北都の現在位置を割り出すと、全速力で移動し始めた。背中に、光の翼を広げて、彼の元へと。
 移動している間にも、電話の向こう側の北都の様子を窺う。
 まだ、何かを言い躊躇っているようだ。
 けれど、彼の姿を視界に捉えたとき、ふいに聞こえてきた。
『僕、クナイのこと、好き……だよ』

 一言を伝えるために、かなりの時間を要したと思う。
 その間、彼――クナイは電話を切ることなく、黙って、言葉を待っていてくれた。
 言葉は届いただろうか。
 応答を待っていると、ふと背後に人の気配を感じた。
「ええ、私も好きです」
 返事と共に、抱き締められる。
 それが聞こえたのは、携帯電話を当てた耳とは反対側の耳の方だ。
「え……?」
 予想外の出来事に、北都は一瞬、固まってしまうものの、抱き締めてくるクナイの腕にそっと手を重ねると握り返した。
「これからも、よろしくね」
 互いに優しく微笑んで。
 本当の意味でパートナーとなれたことを喜び合った。



『いつも、傍に居させてくださりありがとうございます。
 これからも貴方をずっと慕い続けることを、どうか、許してください』
 そんなメールの送信ボタンを押したミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)は、ふと顔を上げた。
(あの方のことだから、伝わらないだろうけれど、それでも言いたくなったんだ……)
 メールの送信先――あの方とは、パートナーのオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)のことだ。
 彼女と出会ってから8年。
 ミリオンの寄せる好意に、彼女が気付くことはなく。
 気付けば、彼の好意は、行き過ぎたものになっていた。
 自分が彼女に触れることなど、差し出がましい行為で、けれども自分以外の誰か――それこそ他人が彼女に触れることは、見ても見なくても耐え難いことなのだ。
(自己満足だと言われようとも、伝えたくて……。流石に、愛していますとは言えないが……それでも、いい……)
 送信された旨を告げるメッセージを見て、携帯電話を閉じる。
(あの方の傍に居られる。それだけが、我の全て。我の喜びですからね)
 口の端を緩めて、ミリオンは閉じた携帯電話を見つめた。

 一方、オルフェリアは届いた一通のメールに首を傾げていた。
 差出人はパートナーのミリオン――、先ほど彼が送ったメールだ。
「なんだか、とてもおかしな文章な気が……」
 本文の内容を疑問に思い、首を傾げていたのだ。
「いつも一緒に居てありがとうって言うのはオルフェのセリフなのです。なのに何故ミリオンが言っているのですか?」
 呟きつつもオルフェリアは携帯電話を操作すると、ミリオンの番号を呼び出した。
 通話ボタンを押して、繋がるのを待つ。
『……もしもし?』
 暫くして、ミリオンが不思議そうな様子で電話に出た。
「ミリオンは勘違いしてるです」
『ええっ!?』
 いきなりのオルフェリアの宣言に、電話越しのミリオンは驚いた声を上げる。
「慕っているのはオルフェです。ミリオンに負けませんよ!」
 目の前に相手が居れば、鼻先にでも突きつけるかのように、オルフェリアは人差し指を立てて、差し出しながら告げた。
『我とて、負けはしません。オルフェリア様、貴女をお慕いしている気持ちは一番ですから』
「そ、そうですの?」
 真っ直ぐ告げられて、オルフェリアの鼓動が跳ねる。
 けれど、その鼓動がキッカケになるわけでもなく、今日もまたオルフェリアはミリオンの思いに気付かないまま、いくつかの話題で盛り上がり、通話を切った。



(小言は多いし、いつだって叱られてばかりのボクだけれど……偶にはこういう風に気持ちを伝えるのもいいよねっ?)
 水鏡 和葉(みかがみ・かずは)はふと、パートナーの神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)へと電話しようと思い立つ。
 伝えるのは、ありったけの感謝と大好きの気持ち。
 敢えて、電話を選んだのは、面と向かって告げるには恥ずかしく。火照る顔を見られるのも恥ずかしいと思ったからだ。
(えーと、どんな事を言おうかなっ。あれとこれと、それも……あぁ、もう! 色々と考えるから、迷っちゃうんだよ。なら、男らしく、さくっと出たとこ勝負で行く)
 伝えたいことをあれこれ考えているうちに、とても長くなりそうな気がした和葉は、あっさりとそれを断ち切った。
 携帯電話を手にすると、一番に登録している緋翠の番号を呼び出した。
 大きく深呼吸をしてから、通話ボタンを押す。

「いったいどうやって切れば、野菜がこんな形に……」
 料理本を片手に、野菜の切り方について悪戦苦闘していた緋翠は、ため息をついた。
 そこへ携帯電話が鳴り出し、着信を告げる。
「おや……和葉、でしょうか」
 鳴り響く携帯電話に、手をざっと水洗いし、その水気を拭うと手にして、開いた。
「どうかしましたか、和葉?」
 緋翠にしてみればほんの少しの間でも、かけていた和葉にしてみれば、呼び出し時間は長く感じたのだろう。
 電話の向こう側でほっとしたような声が聞こえる。
『いつもありがとうっ! 大好きだよ、緋翠お兄ちゃん!!』
 その声に何かあったかと不思議に思っていると、和葉がそう告げた。
 そして、間もなく、通話が切れてしまう。
 告げられた一言に、何事かと驚いている間に起こった一連の流れに、緋翠は苦笑を漏らした。
(何もそんなに慌てて切らなくてもいいでしょうに)
 どうしたものかと暫し考え込む。
 鼓動が、いつもより高鳴っているのを感じた。
 そして緋翠もまた、一番に登録している番号を呼び出した。
 そこには、先ほど電話をかけてきた和葉の名前が表示されている。
(いつだって手のかかる、可愛い妹ですね……)
 彼女へ、最大限の愛を伝えるために、彼は通話ボタンを押した。