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【金の怒り、銀の祈り】決意。

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【金の怒り、銀の祈り】決意。

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*護りたいもの*



 イシュベルタ・アルザスが借りている一室で、藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)が、ニーフェ・アレエに小さなホワイトボードで会話をしていたところに、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がお茶を持って現れた。

「すっかり仲良しさんですね」
「天樹さんて、とって文字が綺麗なんです!」
『ニーフェは字が少し汚い』

 にこやかに微笑むニーフェ・アレエの後ろで、ホワイトボードを掲げる藤谷 天樹がおかしくて、ベアトリーチェ・アイブリンガーは噴出してしまった。そこへ、つややかな黒髪をたなびかせて駆け込んできたのは牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)だった。

「ニーフェちゃんっ! いちゃいちゃしましょう〜」
「アルコリアさんっ!?」
「アル……やる気はあるのか……!?」

 呆れながら、ツインテールの機晶姫シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が深々とため息をついた。ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)が興味津々の様子でニーフェ・アレエの顔をのぞきこんでくる。だがそれ以上近づかないよう、シーマ・スプレイグが押さえ込む。

「な、何するのさ!」
「お前は寄らなくていい。アル、それよりも持ってきたあれはどうしたんだ?」
「あーそうだった! ニーフェちゃん! プレゼントですよー♪」

  満面の笑みを浮かべながら、牛皮消 アルコリアは懐から紙袋を取り出してニーフェ・アレエに手渡した。中をおもむろに開くと、そこには数着の衣服が入っていた。

「え?」
「保護団体、気になるんですよね? 一緒にいっちゃいましょー! 変装したら誰にもわかりませんよ?」

 にっこりと笑って指を差した彼女の言葉に、ニーフェ・アレエも小さく笑った。そこへ、丁度よく現れたのは七瀬 歩だった。その両手にも紙袋が下げられていた。

「歩さん!」
「アルコリアさんがお洋服担当で、私がウィッグ担当だよー」
「え、あの……でもどうして」
「どうしてじゃないだろうが」

 買い出しに付き合っていたらしいトライブ・ロックスターが、ため息交じりで声を上げた。赤い瞳にはわずかながら怒りが篭っていた。

「ニーフェの名前も出てるんだ。つかまる可能性は高いんだぜ?」
「そうだよ。あ、でも着替える前に仕上げだけちょっといいかな?」

 いつの間にか工具を持って現れた朝野 未沙が手早く胸元にロケットを貼り付ける。既に先日のうちにある程度の調整を終わらせていたので簡単に作業が完了した。

「これで、姉さんのデータを受信できるようになるんですか?」
「うん。大丈夫。なんだったら未羅ちゃんので試してみてね」
「それなら、この間のお誕生日会の見るのー!」

 朝野 未羅が何かスイッチを入れて座り込むと、ニーフェ・アレエの表情も明るくなる。どうやら、二人だけに見えている映像らしい。それを遠巻きに眺めながら、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)がティーカップパンダの蓮華だけをニーフェ・アレエのところに走らせる。
 楽しげに笑うニーフェ・アレエの顔を見て安心したのか、肩に乗っかって眠り始めてしまった。
 お菓子の買出しから戻ったらしいノーン・クリスタリアは、大量のお菓子を抱えて、楽しそうに笑う二人のそばにちょこん、と座り込んだ。

「えー? なになに? 二人ともなんで楽しそうなの?」
「あ、ノーンさん」
「ノーンさんにも見せてあげるのー」

 朝野 未羅がそういうと、壁に顔を向ける。胸元のロケットが光を放ち、壁に映し出されたのは誕生日のときの映像だった。

「わぁ! すごいねぇ!」
「……はい」

 時折、楽しそうに挨拶を交わしているルーノ・アレエの姿を見るなり、ニーフェ・アレエは哀しげに睫を伏せる。すると、ノーン・クリスタリアはその背中をさすった。

「おにいちゃんがいってたの。『あいしてるひと』がいなくなっちゃうのって、とっても辛いんだって。だから、ぜったいぜったい助けに行こうね!」
「……はい、ノーンさん」
「ニーフェさんが危なくならないように、私が護るの!」
「未羅さん……」

 にっこりと笑う二人に挟まれて、ニーフェ・アレエはまた「ごめんなさい」といいそうになっていた。

『謝るのはなしだよ。忘れたのかい?』

 映写されている誕生日会で言われた、ララ ザーズデイの言葉だった。賑やかな映像の中だというのに、その言葉だけがはっきりと聞こえてきた。
 自分の役目を思い出して、ニーフェ・アレエは二人の手をぎゅっと握り締めた。

「私、たくさん頼っちゃいますよ? 足手まといにならないことくらいしかできませんが……皆で姉さんを助けましょう!」

 晴れやかにそう宣言した彼女の顔は。こんな状況だというのに明るかった。その笑顔に、牛皮消 アルコリアは再度飛びついた。

「それじゃ早速お着替えなのですよー♪ すべすべお肌を確認しながらお着替えしましょーね」
「私もお手伝いいたしますぅ〜」

 朝野 未那が申し出ると、七瀬 歩もウィッグをもって別室へとニーフェ・アレエを連れて行った。






 丁度その頃、ボタルガの機晶姫保護団体施設では、古代中国風の衣装を身に纏う辿楼院 刹那が大きな袖口から手の代わりに凶器をちらつかせながら、既にナイフを何本か牽制のため投げられ、しりもちをついてしまったソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は目に涙を浮かべていた。

「な、何でですか?」
「ご主人、いまのこいつは話が通じない」

 雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が自身の巨体を立てにしようと立ちはだかる。その様子にも、対格差がある辿楼院 刹那は表情を一切変えずにちらりと見やっただけだった。

「お、おい。やりすぎじゃないのか?」

 一足先に潜入していた月夜見 望(つきよみ・のぞむ)が、辿楼院 刹那に声をかけた。だが、全く気に留めない様子で、口を開いた。

「わらわは、逢わせたいと言う者がいれば、排除するよう言われておる。だが、向こうに戦う意志がなければこちらの刃を向ける必要がないだけじゃ。それとも、月夜見が代わりに斬られるか?」

 月夜見 望に対する冷たい言葉に、怒りを露にした天原 神無(あまはら・かんな)は歯軋りをするが、須佐之 櫛名田姫(すさの・くしなだひめ)が制止する。そして、彼女にだけに聞こえるような小さな声で呟いた。

「神無、落ち着け。お前がここで事を荒立ててはいかんじゃろ。我らはいま団体の一員じゃぞ?」
「でも望くんにっ」

 天原 神無にとって何物にも変えがたいパートナーに対する発言に怒りを隠せなかったが、自らニ、三度深呼吸をして何とか落ち着かせた。そうしたやり取りすら無視して、辿楼院 刹那はいまだ立てないでいるソア・ウェンボリスに今一度視線を戻し、口を開いた。

「ウェンボリス。とにかくこの団体には近づくでない。次にこの門の付近で見かければ、牽制だけでは済まさぬぞ」

 そして、長いすそを翻して颯爽と門の中へ入っていく。月夜見 望が辺りを見回してからソア・ウェンボリスが立てるように手を貸すと、ほーっと呼吸を漏らしたソア・ウェンボリスは笑っていた。

「大丈夫か?」
「大丈夫です。だって、刹那さんは『ここには近づいたらダメ』っていいましたけど、施設の中に入っちゃいけないって言いませんでしたよね?」
「てか、女相手だとナイフ当てないっていうのは、男女差別な気がするんだが……」

 ソア・ウェンボリスより先に一度当たって砕けた如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は、ケガの手当てを終えた姿で五人の前に姿を現す。その後ろには心配そうに救護セットをもっているラグナ アイン(らぐな・あいん)ラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)がいた。二人とも、武装は完璧にしてるようだった。

「兄者がバカ正直に入るからですよ」
「は!? そういう話だったろうが!」
「佑也さん、あまり興奮すると傷口が開きますよ」

 鼻で笑うラグナ ツヴァイを制止するよりも、腕と両足に怪我を受けたパートナーを真剣に心配しているラグナ アインは、今にも泣きそうな顔をしていた。それに気がつくと、如月 佑也はため息混じりに彼女の青い髪をなでてやる。

「大丈夫だ。ぜったいルーノさんはここにいる。そして無事だ。おれのケガも大したことない」
「はい……それじゃ、もう一回お願いしに行きましょう!」
「お前、俺にもう一回刺されて来いって言った……?」

 目をきらきらさせて、先陣を切ってもう一度門に歩み寄っていこうとするのを何とか制止しながら、「あてがある。それを使って潜入するさ」と、ソア・ウェンボリスに告げると、小さな魔法使いと白熊は別ルートを探すべく、箒に飛び乗った。

「さて……樹月たちはいま大丈夫かな?」

 電話をいきなりかけては失礼、とメールを打って返事を待つことにした。それをみて、ラグナ ツヴァイが鼻で笑う。

「さっさとかければいいではないですか」
「あのな、向こうの都合ってものもあるんだ。いきなりかけたら迷惑になるかもしれないだろ」

 ため息をつきながらその軽口の対応をしていると、すぐさま折り返しの着信があった。漆髪 月夜からだった。

『いまなら案内できるわ』
「よし、どこにいけばいいんだ?」
『ゴミ捨て場』

 それだけ言うと、切られてしまった。明らかにいやだなぁ。という顔をしながら辺りを見回した。視線の先には巨大な山が出来ていた。そこがゴミ捨て場なのだろう。嫌なにおいが立ち込めていたが、ごみをある程度よけてみれば、奥に入り口が見えた。更に片付け作業をしていると、ラグナ ツヴァイが低い声をだした。

「……兄者」
「しょうがないだろ、潜入なんだから」
「違います、佑也さん……!」

 今にも泣き出しそうなラグナ アインの言葉に、はっとして、今しがた投げたゴミ袋を見直す。
 中には、ルーノ・アレエが身につけていた百合園の制服と、贈り物の腕輪やネックレスが入っていた。そこには、ラグナ アインが初めて知り合ったときに送ったガーネットも入っていた。

「ごみと一緒に捨てるとはな…………」
「……ルーノさんは、ここにいるんですね」

 ラグナ ツヴァイがすかさず鞄の中から大きな袋を取り出し、それに丁寧に包んで鞄にしまうと、それを背負ってごみを放り投げ始めた。

「わざわざ他のごみに紛らわせることをしなかったのは、誰かが気を利かせてくれたのかもしれませんね。とにかく、さっさと行きましょう」
「うん!」

 機晶姫の姉妹が手際よく放り投げているのを見て、如月 佑也ははっとして声を荒げた。

「こら! 収集に来るおじさんが困るからあんまり散らかすんじゃない!」
 







 もう一人の魔法使いも、別の場所から奥へ行けないか調べていたところだった。
 ピンクの髪をたなびかせながら、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は優雅に空の旅をしていた。機晶姫保護団体に入団して、チラシ配りをそこそこに終わらせると空から調べるのが今日の予定らしい。
 後ろにくっついていた御薗井 響子(みそのい・きょうこ)は、じいっとその横顔を見つめていた。

「(むずむずする)」

 そんなことを思いながらぎゅうっとその身体にしがみついた。
 保護団体へ入った理由も、なぜ他のメンバーと協力しないのかも、御薗井 響子は理解できなかった。そのことについて、自分に相談もしてくれないのが一番不思議でならなかった。

「(ううん、オーディオ様の怒りも……こんな感じなのでしょうか)」
「ん? ドゥムカから電話だ」

 胸元の携帯がなって、ケイラ・ジェシータは片手をはずして応答する。電話の先は、部屋でチラシ作りにいそしんでいるはずのドヴォルザーク作曲 ピアノ三重奏曲第四番(どう゛ぉるざーくさっきょく・ぴあのとりおだいよんばんほたんちょう)こと、ドゥムカだった。

『七尾からだ。どうやら、施設の裏には【扉のない】建物があるらしいが、見えるかね?』

 言われるままに飛んで眺めると、施設の二つ後ろの建物は入り口を封鎖されていた。人影がわずかに見え、気がつかなかったフリをしてそのまま一旦通り過ぎた。

「OK、見つかった。先に行こうとおもうけど」
『単独は薦められない。いくなら連れて行け』

 ドヴォルザーク作曲 ピアノ三重奏曲第四番は不機嫌そうにそう告げると、電話を一方的に切った。どうやら、迎えに来いという事らしい。

「しょうがないなぁ。響子、速度上げるからしっかりつかまってるんだぞ」

 その言葉に答えを返さなかったが、ケイラ・ジェシータは全く気がつかない様子で大きく弧を描いて施設へと戻っていった。






 緑色の髪を後ろで一つに結んだ少年と一緒に施設の入り口で問答されていたのは、顔に傷がついている機晶姫シャルミエラ・ロビンス(しゃるみえら・ろびんす)だった。

「虐待!?」
「明らかな虐待をしておいて、よくもまぁこられたもんだな」
「No、違います。これは私にとって大事な証なのです」
「そういわされてるのね? かわいそうに……」
「ちょっとちょっと、なんでそう決め付けるんだい!」

 五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、声を荒げて割って入る。そうしなければ、少年が今にもひっとらえられそうだったのだ。ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)も腕組みをして、眼鏡の奥から、野次を飛ばしていた保護団体の若者達を睨みつける。

「またお前らか……」

 保護団体の青年が、呆れた様子で頭をかきむしる。既に機能から何度もこうして門を担当する若者と、問答を繰り返していた五月葉 終夏は少年とシャルミエラ・ロビンスをかばうように立ちはだかった五月葉 終夏は強い眼差しで訴えかける。

「いましてることに胸張れるの? 機晶姫だって人間だって言う君たちの思想は間違ってないと想う。でも、こんな子供に暴力を振るうは正しいの!?」
「少なくとも、ルーノはそれを望んだりはしないぞ」
「そんなはずはない。この団体の代表は、傷つけるような人間に鉄槌をと……」

 名前を出しただけなのにも拘らず、青年は代表であることを口にした。ようやく成果が見えたことに、ニコラ・フラメルはにやっと笑って喜んだ。
 わずかに動揺した様子の青年に、五月葉 終夏は一呼吸置いて、優しげな声色で語りかける。その表情も、先ほどの怒りは残っていなかった。

「ルーノさんてね、とっても素敵な女性なんだ。とってもかわいい笑顔を浮かべるんだ。みんなその笑顔が大好きで、優しい彼女が大好きだから、彼女に会いたいんだ……もし、もし、ルーノさんがこの団体の本当の代表だっていうなら、力になりたい。でも、傷ついた機晶姫たちが可哀想とか、同情なんかでそんなことをするんじゃない。ルーノさんが大好きだから、機晶姫が好きだから護りたいんだ。一緒に生きていたいんだよ」

 そこまで口にして、少年が五月葉 終夏の服をきゅ、と握った。自分の想いが、少なくとも彼には伝わったようだということがわかって五月葉 終夏は嬉しそうに微笑んだ。

「………でも、」
「この程度で揺らぐ信念なら、最初から掲げるな」

 ニコラ・フラメルの言葉に、門前にいた若者達は道をあけた。そして、どうやらそのまま自分たちが帰る場所へと向かったようだった。

「……少しは、わかってもらえたのかな」
「伝わっただろう。少なくとも少年には……少年!?」

 ニコラ・フラメルが素っ頓狂な声を上げたので、五月葉 終夏は改めて少年の顔を見つめる。
 どこかで見覚えのある、小麦色の肌。青緑色の髪、深緑の瞳……ウィッグで髪の毛を伸ばし、服装はゴスパンク系の皮と鎖がじゃらじゃらしたものだったが、表情はあの無邪気な銀の機晶姫だった。

「に、に、ニーフェちゃん!?」
「終夏さんの話聞いて、すこし泣いちゃいました」
「Yes、私も心動かされました」

 シャルミエラ・ロビンスも五月葉 終夏の手をとって微笑む。目をしばしばさせていると、中から既に入ることを許可されていたらしい面々や、門の外で様子を伺っていたものたちが集まってきた。

「ええ!? もう、皆見てたのか……恥ずかしいな……」

 赤くなった頬を冷ましながら、ようやく入ることが出来る門を改めて見上げた。

「ルーノさん」

 五月葉 終夏はそう呼びかけて、同じ思いを盛って動いているであろう仲間たちのことを思い出していた。その肩を軽く叩いたトライブ・ロックスターは、荒事をするときにつける仮面を頭にひっかけていた。

「いこうぜ。ルーノを助けに」
「皆さん。お願いします」

 ニーフェ・アレエがぺこ、といつものようにお辞儀をする。特別製のウィッグはそれくらいで取れはしなかった。男装したニーフェ・アレエの手をとったのは、七瀬 歩とノーン・クリスタリアだった。その前を護るように武器を構えているのは、秋月 葵だ。
 アシャンテ・グルームエッジは、パラミタ虎のグレッグをニーフェ・アレエの護衛につけると、シャルミエラ・ロビンスの前に立った。

「行こう」
「Yes」