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【カナン再生記】砦へ向かう兵達に合流せよ

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【カナン再生記】砦へ向かう兵達に合流せよ

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9,戦いは終わり



「これはまた豪快に崩れ取るなぁ」
 大久保 泰輔は崩れた城門を見てそう零した。離れたところから少しは見たが、こうして近くまで寄って見ると圧巻だ。苦労が報われたような気分になる。
「さて、のんびりはしていられんぞ。今日中に応急処置だけはしないとな」
 砦は今後アイアル達が使う予定だ。こんな露骨な弱点を残すわけにはいかない。三船 敬一は最初から、壊したら直すつもりでいたのだ。
「そやな、ほな気張っていきますか! 顕仁も寝そべってないで、手伝わんと」
「………泰輔よ、もう少し我を労わるべきではないか?」



「列は二列でお願いしまーす」
「慌てなくても、たくさんあります。ちゃんと列を作ってお並びください」
「ほら、そこのあなた。疲れてるのはわかるけど、列の途中で座り込まない! 他の人の迷惑になるでしょ!」
 補給基地につめていた、フレデリカ・レヴィとジーナ・ユキノシタとユイリ・ウインドリィの三人は砦まで出張してきて炊き出しを行っていた。食料はフレデリカが前もって持ち込んできた分である。
 まだ補給基地にいる重傷者の搬送などの仕事もあるが、ここでとりあえず準備していた料理を振舞っている。助け出された市民も石化を解除し、結構な数が炊き出しの列に並んでいた。
 連れ去れたという市民のことを心配していたジーナも、ほんの少しほっとしていた。しかし、ほとんどの人は別の場所に運ばれたという。まだ完全に終わったわけではない。
 フレデリカも、なんとかこの戦いが終わって張り詰めた表情が少し穏やかになっている。もっとも、彼女は補給基地の後始末も考えなければいけないし、彼女の考えとしてはまだ何も終わったとは言えない、気を抜くにはまだ少し早いだろう。
「とにかく、一段落ね」
 それでも、一つの問題が片付いたのは事実だ。
「そうですね」



「橘さんは!」
 武神 牙竜が砦の広場に移動した治療テントに飛び込んでくる。
「あ、おい、いきなり入ってくるな。治療中なんだぞ」
 九条 ジェライザ・ローズは突然の来訪者に声をあらげる。
「そんな事より、橘さんは大丈夫なのか!」
「彼なら向こうのベッドにいるよ」
 冬月 学人が今にも飛び掛ってきそうな牙竜を押し留めて、橘 恭司の寝ているベッドまで連れていった。ベッドの横には、ミハエル・アンツォンの姿もあった。
「お、牙竜か」
 恭司は思いのほかしっかりと喋った。
「橘さん。よかったぁ、運ばれたって聞いたから心配してたんだぞ」
「大げさだな。………ああ、そういや頼まれたもんを渡しておかないとな」
「頼まれてた?」
「何でお前がぼやっとした顔するんだ? お前が頼んだろ。ほら、手を出せ」
「あ、ああ」
 差し出された牙竜の手に置かれたのは、ずっしりと重いものだった。それが、一瞬牙竜には何なのかわからなかった。
「え………、え? これ、腕、だよな?」
「ちゃんと受け取ったな、判子はいらないか。大事にしろよ、頼まれていた橘 恭司だ。腕だけだけどな」
 牙竜は腕を受け取ったまま、固まってしまっていた。あまりの事に、頭が真っ白になってしまっているのだろう。
「主、ちょっと冗談の性質が悪いですよ」

「不届き者に地獄を見せに来ましたわ」
「また、声もかけずにいきなりはいってくる………」
 九条は頭を抱えたい気分になった。そんな事をしてしまうと、手に雑菌がついてしまうかもしれないので、実際に頭を抱えたりはしない。
 今度入ってきたのは、ザミエリア・グリンウォーターだった。
「えと、どうしましたか?」
 さっと学人が前に出る。
「この砦の指揮官がここに運ばれているのでしょう。わたくし、彼に個人的な用があるのですわ」
「あー、ダメだ。そいつは今は面会謝絶中だ」
 九条が答える。
「なぜですの?」
「そいつは今かなり危険な状態だ。というか、あれだけ血を流して生きてる方がおかしいぐらいだけどな。とにかく今は絶対安静だ。誰の面会も許可できない。例え敵でも、私が預かっている間は私の患者だ。どんな理由があろうと、ある程度回復したと私が判断するまでは誰の面会も、もちろん尋問も許可しない」
 きっぱりと言い切る。
「それでもし、死んでしまいましたらどうしますの?」
「死なせない」
「もし死んでしまって貴重な情報を得られなくなってしまったら、どうするのかと聞いているのですわ」
「死なせないと言っている」
 ザミエリアは、この人とは会話が成立しないと理解した。
「わかりましたわ。では、回復したらこのわたくしが用があると、伝えておいてください。それでは、失礼しますわ」
 これ以上は無駄だと判断して、ザミエリアは出ていった。
「………やれやれ、だ」



 あの男、ウーダイオスは捕まり砦も陥落。結局、ウーダイオスの手腕に見るところもなかったようだ。
 鬼崎 朔は、戦い終わった様子を眺めて歩きながら、そんな事を考えていた。どうやら、あのウーダイオスという男は思っていた以上に実力が無かったようだ。なぜ、そのような男が砦を任されていたのか、理由がわからない。
 そんな事を考えながら歩いていたからだろう、正面から歩いてくる人にぶつかってしまった。
「っと、申し訳ありません」
「気にしなくていいよ、こっちも余所見してたから」
「いえ、こちらこ………そ………」
 咄嗟に小さく下げた頭をあげた朔は、一瞬固まってしまった。
 彼女がぶつかってしまったのは、天司 御空(あまつかさ・みそら)だった。隣には、白滝 奏音(しらたき・かのん)も居る。が、それは問題ではなかった。問題なのは、二人と一緒に何故かマッシュ・ザ・ペトリファイアーが居ることだ。しかも、両手を縛られている。どう見ても、捕まっているのだ。
「………」
「こいつは砦から逃げようとしたところを捕まえたのです」
 マッシュを見ていた朔に気づいた御空が、そう答える。
「誰か逃げ出してくるんじゃないかって思って構えてたんだけど、無駄にならなくてよかったよ」
 何をやっているんだ、という呆れと頭痛が朔を襲う。見た限り随分と消耗しているようなので、わざと捕まったのではないようだ。だったら、ちゃんと最後まで逃げ切ればいいものを………。
「彼を放していただけますか」
「え? 何を言ってるんだ?」
「彼を放していただけますか、と言っているのです」
「なぜそのような事を言うのか、意図がわかりません」
「………彼は確かに、敵に協力していました。それは………私のせいなのです。不注意で捕らわれてしまった私を人質に取られ、仕方なく協力していたのです」
「いきなり何を言うかと思いましたが。そんな話し、信じてもらえると思っているのですか? むしろ、そんな事を言うあなたが怪しいです」
「ちょ、ちょっと………」
 かなり不穏な空気だ。ほんの少しのきっかけがあれば、戦闘が始まってしまうのではないかというぐらい不穏な空気だった。いきなりのことに、御空が少し置いていかれている。
「いえ、信じてもいいでしょう」
 そこへ割って入ってきたのは、アイアルだった。
「彼女が捕らわれていたという報告は聞いています。それに、あの男ならば人質を取るような卑劣な行為をするのも納得がいきます。ですので、その人を放してあげてください」
「………わかりました」
 いきなり現れた大将に、奏音はすぐに対応して、御空に目で合図する。御空は慌ててマッシュの縄を解いた。
「申し訳ありませんでした。失礼します」
 朔はマッシュをつれてその場を離れた。しばらく歩いて、歩いて、人目のつかないところまで行ってから、立ち止まった。
「あなたを助けたのに別に他意はありません。余計な事を言われないため、それだけです。貸しにも借りにもしません。言いたい事はそれだけです」
「そ、じゃあお礼は言わないよ」
「期待してません」
 マッシュの気配が無くなるまで、朔はそちらに最後まで視線を向けなかった。

「よかったのですか、放してしまって?」
 朔とマッシュが見えなくなってから、奏音はアイアルに尋ねた。
「そうだよ、もしかしたら二人がグルっていう可能性もあったわけだし」
 御空も奏音と大体同じ意見だった。
「先ほどの話、よくて半々といったところでしょうね」
「そう思うのなら、どうして放したんですか?」
「今の私達にとって、シャンバラの人々は希望なのです。フレデリカ様に聞かれると、怒られてしまうかもしれませんが………、今ここであなた達に疑心暗鬼を抱くような事にしたくないのです」
「だから、逃がした、と?」
 奏音の言葉に、アイアルは苦笑で返してから、
「わかってまいますよ。ですが、部隊を立て直すのは急務です。今はそれ以外の事に気を向けている暇はありません。それに、先ほどの人がここですぐに何かを起こすような事はないでしょうし」
「どうして?」
 御空に、アイアルは一言「勘です」と答えた。