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第五章 魔法の水                                                                             魔法の水

茅野瀬衿栖(ちのせ・えりす)

シャーロック・ホームズが好きです。
マジェスティックを訪れる観光客には、そういう方が多いようですが、ごたぶんにもれず私もその一人です。
私の十九世紀末のロンドンのイメージは、ホームズの住む街。
来る前から半ば予測はしていたのですが、マジェスティックは、十九世紀のロンドンを再現したテーマパーク、というのは、やはり正確ではありませんね。
ここは、誰かが夢みたロンドンです。
シャーロキアンかもしれないですし、ビートルズファンかもしれませんし、ハリー・ポッターの読者の人の可能性もあります。
英国に夢をみる人が想像した、幻想のロンドンを具現化したもの、それがマジェスティックではないでしょうか。
私は人形師です。
日本の中学を卒業後、フランスへ渡り、ビスクドール工房として有名なブリュ工房で修業しました。
もともと祖父がフランス人で私はクォーターですので、幼い頃からフランスには、興味と親しみがあったのです。
そんなこんなで人形師としては、そこそこ名前の売れてきた私ですが、最近、少しスランプ気味。
私の作ったかわいい相棒たち、リーズとブリストルの二体を机に並んで座らせ、彼女たちを眺めて、ふとため息をついたりしてしまって。
現実には存在しないけれど、人々の心にはたしかに存在するものを、この手で形にして世に送り出すことに、行き詰まりを感じかけています、と言ったら、カッコつけすぎでしょうか。
私は、人に悩みを打ち明けたりするタイプではないのですが、親しいお友達は私の内心の葛藤? 焦燥? に気づいてくれたようで、

「一度、マジェスティックへ行っておいでよ。創作意欲を刺激されるよ!」

とアドバイスしてくれたのでした。
で、来ちゃったんですけどね。
先祖代々この土地に住んでいるシャンバラ人の人たちがまじめに英国人してるんだものなあ、領主一族はバッキンガム宮殿に住んでるし、テムズ川もあるし、スコットランドヤードも。
創作意欲うんぬんよりも、ここまでやられると、うれしいやら、あきれるやらで。もう、ね。
ここらへんが分相応とか、これ以上やっちゃうとヤバイとか、そんなふうに自分でリミットなど決めずに、自然に限界が訪れるまで、全力で突き進めば、壁も常識も越えて、なにかが見えてくるのかもしれません。
なんだか吹っ切れてしまったので、小難しいことは考えずに散歩することにしました。
ここでホームズに会えたら、うれしいな、みたいな。

「殺人だよ!! 今度はストーンガーデンだ。ガーデンの管理人たちが、ヤードじゃアテにならないと、探偵たちを呼び寄せたよ。
さあ、どうなると思う」

新聞売りの少年が、馬車やオールドブリテッシュファッションの人々が行きかう道の前で、白い息を吐きながら、声を張り上げています。
私は、入場ゲートで買ったガイドを見つつ、ベーカー街221Bへとむかいました。
マジェの総合案内所で、現在、そこに下宿人が住んでいるのをすでに確認してあります。
どういう方が住んでいるかは、不明なんですけど、探偵さんらしいって噂話も耳にしました。
こうなったら、行くしかありません。
私の出身国の日本では残念ながら、ホームズものの本格的な映像作品は制作されていなくて、私は、英国グラナダTVのジェレミー・ブレット主演のシリーズやロバート・ダウニーJr主演の映画。
「ヤングシャーロック・ピラッミッドの謎」。
ビリー・ワイルダー監督の映画まで、これまで様々な作品で映像化された彼を眺めてきました。
普通に息をし、生活しているホームズに会えるのなら、そうしたら、私は、いろいろと言いたいこともあって。
ドラマや映画、本の中で何度もみたあのドアが、ついに私の目の前に。
変哲のない木製の渋い仕上げのドアですよ。
私はノックをするために、軽く拳を握りました。
ドキドキしますね。
おや。
ドアのむこうから、こちらへくる足音がします。
誰かしら。
ハドソン夫人? もしかしてワトスン博士。それとも。
足音がやみました。
私は、むこうの誰かさんのアクションを待ちます。
反応、ないですね。
ロンドンはお化けの多い街でもありますから、マジェもそうなのかしら。
むこうも、私の出方をうかがっているとか。
どうしましょう。
とまどい、迷っている私の前で、ノブを回り、運命のドアは開かれました。
顔をだしたのは、金髪のダークブルーの瞳の女の子。

「ここに4thに会うためにきたのだとしたら、あなたはシャルの仕掛けた罠にハマっているわ。
私は、シェリル・マジェスティック(しぇりる・まじぇすてぃっく)。マジェスティック一の占い師よ。あなたは」

「私は、茅野瀬衿栖。人形師です。4thもシャルも知らないのだけど、それは誰?」

シェリルは片手を空にかざし、まるで宙から生みだしたように、大判のカードを一枚手にすると、真剣な表情でその絵柄を眺めました。

「衿栖は、探偵ではなく、ワトソンなのね。
あなたがくるのを待っていたわ。あなたは、私と冒険するために、ここにきたのよ」

「私は、この下宿の住人に会いにきたの。あなたが、そうなの」

シェリルは完全に外にでてきて、私の手首を握りました。

「それは、後で自然に答えのでる問題ね。さあ、イーストエンドへ。死の杯を探しに行きましょう」

どうしてか抗うことができなくて、私はシェリルに連れられ、乗合馬車の停留所へ。

◇◇◇◇◇◇

赤羽美央(あかばね・みお)

また新しいお母さんが子供を連れてやってきました。

「赤羽先生、ウチの子も預かっていただけるのでしょうか」

「はい。私はかまいません。エルムや他の子たちと一緒に雪遊びをしたりしているだけですが、いいのですか」

私の方が聞き返します。

「はい。それで、結構です。で、お礼の方は」

「必要ありません。私はいまストーンガーデンを騒がせている殺人事件や子供の誘拐事件、怪人怪獣の出没事件が解決するまでは、ガーデンに滞在する予定ですので、その期間でよろしければ、いつでも、きていただいてかまいません」

「朝、こちらに連れてきて、夜、迎えにくればいいのですね」

「そうですすす。それから、私は先生ではありません。
赤羽でも、美央でも、お好きなようにお呼びください。
もし、役職で呼んでいただけるのなら、私は、女王です」

「女王陛下様なんですか」

「はい。雪だるま王国で女王をつとめております」
一通りいつもの説明を終えると、お母さんは子供を残していってしまいました。
子供の食事代にでもつかって欲しいと、いくらかのお金を私に渡してくれて。
「こんにちは。はじめまして。赤羽美央です」

初対面で緊張している様子の女の子に私は、話しかけます。

「あなたが、みお姉? わたしはね、エルムとはお友達だよ。教会の地下の一緒の閉じ込められたことあるもん」

「そうなんですね。その節は、エルムがお世話になりましたです」

「お世話? ってなに」

「難しい言葉なので、まだおぼえなくてよいと思います」

「はあい。あ、エルムだ。みんなもいる」

赤いパーカーの女の子は、名前も言わないまま、エルムと他の子供たちが遊んでいる方へ駆けていってしまいました。雪に残る小さなブーツの足跡がかわいらしいです。
ちなみに、エルム・チノミシル(えるむ・ちのみしる)は、私のパートナーで獣の耳と長い尻尾を持つ獣人の男の子です。
私とエルムは、何度かマジェを訪れるうちに、あれこれ重なって子供のお友達がたくさんできました。
その子たちは、エルム同様、私をみお姉と呼んで慕ってくれます。
今回もそのお友達たちが住んでいるストーンガーデンで、事件が発生したと聞いて、私とエルムはみんなのことが心配になってマジェにやってきたのです。
きてみれば、ガーデンでは子供たちの行方不明事件も起きているというでは、ないですか。
事件の捜査は、他の契約者方にお任せして、私とエルムはガーデンの子供たちを集め、ギルドの許可をとって、中庭で雪像つくりをはじめたのでした。
最初は、数人だった子たちが気づけば十人、二十人と増え、すでに五十人近くの子がここにはいます。
多発する行方不明のせいで、最近、家からだしてもらえなかったという子も、いまの子ように親御さんに連れられてやってきます。
以前、私は、マジェで殺人事件の模倣犯を逮捕したりもして、その件で新聞、テレビの取材も受けましたので、親御さんも安心してお子さんを預けられるのだと思います。

「ここは雪だるまをつくっているのですね。心こめてつくれば、雪だるま様は、きっと思いにこたえてくださいます」

私は、広い中庭のあちこちに作られている子供たちのアートを見てまわります。

「カマクラでママゴトですか、ナイスな発想だと思います。雪のごはんやおかずは、食べていけませんよ」

「はーい。みお姉も中に入ってよ」

「わかりました。お邪魔しますですすすす」

「はーい。みおちゃんいらっしゃあーい」

十人以上でつくったらしい大きなカマクラの中は、カウンター席のあるお店になっていたので驚きました。
六才ぐらいのママと、幼児のホステス、ウェイターもいます。

「これは、誰のアイディアですか」

「あたしよ。ここは、あたしんちのマネなの。ほんもののあたしんちのほうが、もっときれいよ」

ですか。

「CHARNELでお店やってるの。みお姉もエルムといらしてくださいね。きっと、ママが歓迎するわ」

「わかりました」

そういえば、ママゴトは、私も、やっぱり自分の家をモデルにした家庭を想像して遊んだ記憶があるです。
小さなママが従業員教育をしているカマクラをでて、次のアートを見にいきました。

「わおー。みお姉。みんなで怪獣をつくったよ。どうこれ」

四本足の巨大カエルの前に、エルムと数人と子供たちが立っています。

「ニンジャが乗るガマですか。これは、上にニンジャをのせないと完成したとはいえないのです」

「なにそれ。違うよ。まだ途中なんだ。これから首をつくるんだよ」

たしかに首無しの足と胴体だけだと、怪獣というよりも、妖怪ですね。

「背中にのって、首を生やすのですか」

「うん。長い首と顔」

「落ちないように、胴体が崩れないようによく注意するのですよ」

「わかってるよ。みんな、気をつけようね」

オー!

エルムの声にみんながこたえます。
この寒いのに、額に汗をかいてる子までいますね。風邪が心配です。
こんな感じで私が中庭をうろうろしていると、その人はきたのでした。
私をデートに誘いに。

◇◇◇◇◇◇

サン・ジェルマン(さん・じぇるまん)

おもしろい男娼がいると聞いて、規定の十倍の料金を払い、他の予約をキャンセルさせて、指名してみたのデスガ、彼の場合のおもしろいは愉快痛快ではナク、ブロッケンの妖怪のごとく現象として興味深いという意味ダッタヨウデス。
ワタクシとしたことガ、娼館に情報収集にきたとイウノニ、とんだヘマをしてしまったようですネ。イエ、実際には髪の先ほどの後悔もシテオリマセヌガ。
タダ、ソウ、この大嘘つきのサンジェルマンを心ならずもたばかった貴殿ハ、その点においてのみ、ワタクシにとってもおもしろい人物だと思いマス。それほどまデニ、貴殿の芸ハ、愉快ではアリマセンデシタ。
先刻から貴殿は、ワタクシの体に鼻先を押しあて、衣服ごしにワタクシの体臭を味わっているトコロ。
人のにおいを嗅ぐコトデ、その人物の現在、過去、未来、さらには人となりまでを知るコトガデキルト、貴殿はイウ。外れたためしはナイソウデス。
男娼なのにもかかワラズ、衣服を着たまま、その特技とやらを披露するタメニ、ワタクシのにおいを足裏、指、くるぶしから、だんだんと上へとかいでゆく、キクン。
それなりの美男なのダカラ、せめて、劣情に醜く顔を歪マセ、ようしょヨウショを舐めてくれるのナラバ、マダ、愉しめタカモシレヌ。

「お姉様。香りが僕に教えてくれました。貴女は悪いお人ですね」

「ワタクシのことは、伯爵とお呼びくださいマセ。
その程度が貴君がにおい嗅ぎでたどりツイタ、ワタクシの真の姿だとおっしゃられるのなら、貴殿の特技は、児戯、戯言、ヨタ言、たわ言、寝言にも等しく、価値のかけらもアリマセヌ」

「香りが僕に見せてくれたものは、この御身足は、赤絨毯の敷かれた王宮を偽りの心をのせて踏み歩き、時には、偽りの愛をささやきあったお相手と絡まりあい。
また、宿っておらない生命を、何度も宿ったと偽ったこのXXには、愛するものの精が注がれたことはなく」

もはや結構。
においの君よ。貴殿の芸は、せいぜい下世話な詩人止まりでゴザイマスル。

「貴殿が品のある愉快な特技を披露してくださったので、ワタクシも余興をオミセイタシマショウ」

色もなければ、能もない、くだらぬ茶番に付き合うのならば、自分が演じていた方が、まだ、気がまぎれるというものデス。

「話はかわりますが、お教えいただきタイ。
貴殿は貯金はしておいでカナ」

「伯爵お姉さま。
はい。僕は、この卑しきなりわいで、小銭をためておりまする」

「よいお心がけデス。詐術を用いようとも、商売には元手は必要。
火急の時のためにも、貯えをしておくにこしたことはアリマセン。
それでは、賢き倹約家の貴殿は、日頃から金貨などを持ち歩いてはおられまセンカ」

「お姉さまは、なんでもお見通しですね。
金は金を呼ぶといいます、僕は、肌身離さず、常にこれを身につけています」

「よく見せてくださいマスカ」

「喜んで。
お姉さまにふれていただいて、この金貨はさらに金運を増すと思います」

ワタクシは、服掛けの上着から、ルーペと白手袋、クロス、携帯用電子秤、タブレットPCを取りだしました。
手袋をして、金貨を受け取ると、クロスで拭いてから、片メガネ越しに筒型ルーペで、金貨の状態、真贋を観察します。

「本格的なのですね。まるで、古物商のようです。」

お若き貴君、詐欺は、ウソの本物でありますので、二流、三流の適当な本当の本物などよりも、よほど、用意周到、天地天命、正真正銘なのデスヨ。

「これは、ヴィシャリーの貴族たちが財の貯蓄の為に、はるか昔に造った、俗に言う貴族金貨デスネ。
K1000(24金)と刻印がアリマス」

「お美しいだけでなく、賢く、博識であられるのですね」

「カラダ目当てで男娼を買った女をおだてても、ショウガアリマセンヨ。
重さを量る前に、ひとしきり、ご説明をさせていただきたいのデスガ、よろしいでショウカ」

「なんでも教えてくださいまし」

色と欲が入り混じり、貴殿の息、瞳は淫し、濡れてオリマス。
本来なら、金貨を水に沈めて比重も調べたいのですが、今日はそこは端折るとシマスカ。

「金には専用の重さの単位、トロイオンスがありマス。
1トロイオンスは、純金つまりK1000の金貨一枚の重さ(31.1g)デス。
逆に言えば、K1000の金貨一枚は、1トロイオンスになるように造られてイルノデス。
基本的ニハ。
ですが、金貨というものは、一種類ということはあまりマセン。
1、10、100などの額面に分け、同じ国の硬貨でも数種類が存在するのが普通デスネ。
貴族金貨も同様、貨幣として使われるものではありませんが、それでも、数種のものが造られまシタ。
貴君のこれは、半トロイオンスの貴族金貨デス。
御覧くださいマセ」

ワタクシがルーペをお貸しすると、貴殿は、不器用にそれを目に当て、金貨の表裏をしげしげと眺められマシタ。

「K1000の文字。女性の横顔、それはシャンバの女王のホールマークでス。四角の枠の中にあるのは、この金貨を製造した家の家紋。そして、half troy ounceの文字。
見にくければ、角度を変えて、ルーペと金貨の距離を調整してくださいマセ」

「見えました。読めました。たしかに、ありました」

ワタクシはタブレットPCを貴金属の相場のサイトにつなぎました。

「次はこれヲ。
本日の地球の金の相場デス。
空京では普通、日本の相場で取り引きされておりますカラ、日本のものを御覧くだサイ。
本日、24KはXXXX円デス。これは1gの価格になりマスので、半トロイオンスつまり15.55gをこれに掛けルト、金貨の本日の価格がでマスネ。
この金貨の金としての価値は、XXXXX円にナリマス。
よろしいデスカ?」

貴殿はサイトは見つめ、頷かれまシタ。

「それでは、この金貨を相場にXXX円をプラスしたgXXXX円、計XXXXX円でワタクシめにお譲りいただけますカ。いえいえ、くれぐれもカン違いなさらぬようニ、コレは余興、げーむですので、マネゴトデス。
実際の商いではゴザイマセン」

「わ、わかっておりますとも。では、僕の金貨をXXXXX円で伯爵お姉様にお売りいたします」

ワタクシは受け取った金貨をクロスに包んで懐にしまうと、財布から紙幣をだして、貴殿に渡しマシタ。
おそるおそる貴殿は、紙幣を手にし、それでも日頃の習慣か、指ではじいて枚数を確認されてオラレマス。

「たしかにXXXXX円です。
これは遊びですよね。まさかと思いますが、お姉様の言われる詐術とは、この類のものですか。
金を受け取った以上、これで取り引き成立、とか」

「残念。
その類ではゴザイマセン」

今日のトコロハ。

「XXXXX円で行われたワタクシと貴殿の取り引き。
はたしてこれハ、適正な価格の取り引きだったのでショウカネ」

「相場も、重さもあっていたと思います。
もし、おかしい点があるとすれば、ならば、例えば、それが特別な価値のある金貨であるとか」

「イイエ。ごく普通の貴族金貨でゴザイマスル。
では結構。貴殿が満足されておられるならば、イマの一幕は、貴君の財産に関する簡単なレクチャーということで、終了いたしマショ。サテ、理屈をこねるのはやめて、獣になるとイタシマスカ」

貴殿に金貨を返して、ワタクシは紙幣を財布へ戻しました。

「終了? いまの取り引きで、結局、僕は損をしたのですか、得をしたのですか。
いったい、どんなカラクリが」

そんな子供のような質問ニハ、ワタクシは常には返事をイタシマセヌ。

「お願いです。このままでは、心にもやもやしたものが残るではありませんか」

「ワタクシは別の欲求でモヤモヤしておりマス」

「意地悪はおやめください。それならば、これでどうでしょう。
お姉様がいまのカラクリを説明してくださったら、僕もとっておきをおみせいたします。
それは、におい嗅ぎどころではない、秘儀でございます」

そんなものには、サシタル期待はデキマセヌガ。

「よろしい。お教えしまショウ。
さっきのげーむに隠された意味など、砂粒ほどもゴザイマセン。
このように相手の心をもてアソビ、焦らし、後のペースを自分の方へ持ってゆくタメノ、思わせぶりな詐術、ウソでございマス」

「ウソです」

よしんばそうとして、それをいかように証明ナサイマスル。
ええ。ウソですトモ。

「はい。左様でゴザイマスル」

「え」

「と、ワタクシがこう答えたとして、いまの返事は本当デショウカ」

ワタクシの問いに対し、貴殿はワタクシがこの部屋にきてから、もっとも長い間、黙ってオラレマシタ。
「能なくば、しゃべるな」ハ、かくも正しい格言かと思いマスル。
しかし、これから肌を合わせようかと言うのに、この雰囲気もなんデスネ。
まるで、ワタクシが貴殿をいじめたようではアリマセヌカ。

「ヨロシイデスカ。先ほど、金貨に関してした説明には、なんのウソもゴザイマセン」

デスガ、言わなかった言葉があるのデス。

「デスガ、金貨は金貨で通常の金とは、マタ、別の相場がアリマスル。ご覧、アレ」

ワタクシハ相場のサイトの、金貨の欄を指さしマシタ。

「基本的に金貨はこちらでみるのデス。
1トロイオンスが本日はXXXXX円。半トロイオンスでしたら、その半分のXXXXX円となりマス。
しますと、先刻の金額との差額ハ」

「XXXXXくらいですね。金貨の相場の方が、同じ重さでも、金の相場よりも高い」

「そうなのデスヨ」

「お姉様は、僕を騙してわざと安い価格で買い取り、その差額をせしめようとしたと」

単純明快なキケツ。なんという素直な喜びヨウ。

「イイエ。ワタクシは、貴殿の傷つき古びいた金貨には、もはや金貨としての価値はナク、地金(貴石としての金そのもの)としての価値しかないと判断して、地金の査定イタシマシタ」

「それでは、僕は、損をするのでは」

「今日の相場がいくらであれ、ワタクシよりも、高くも低くも査定する鑑定士は星の数ほどおりまショウ。
人によって、それは金貨にもナリ、地金にもナル。
相場は日々、かわるモノ。ワタクシは、ただ商いをシタマデ。
それに、この説明は、本来ナラバ、企業ヒミツ。
買取査定、鑑定の内実を包み隠さず客に教える鑑定士など、どこにもオリマセヌ」

「なるほど、なるほど。そうして僕から買った地金を、金貨として査定する鑑定士に売れば、お姉さまは得をするわけですね」

「ダガ、しかし、ソレモ、これも、スベテ、ウソでゴザイマスル。
ワタクシのような下劣な輩の申す言葉、ナニヒトツ、信じマスルナ」

貴殿はさも感心したように頷キマシタ。

「貴女は、賢いお人なのですね。御講義、ありがとうございました。この金貨を財として使う際には、気をつけます」

すべてウソだと言ってイルノニ。
困った坊やデス。

「それでは、お姉様、これが僕のとっておきです。どうぞ、ご賞味ください」

貴殿はやにわにナイフを取りダシ、それをご自身の額に突き立てたのデシタ。
ネモトまで、グサリと。

ナンデスカ。これハ。笑えば、ヨイのデショウカ。

額にナイフをはやしたママ、貴殿は、ワタクシに笑いかけマス。
貴殿は、死なないのデスカ。

「お姉さま、これを、この僕の血をお飲みくださいマセ」

額から滴る血を両手の平にため、貴殿はワタクシにさしだしマシタ。

「お姉サマも、不死を力を身につけ、これからずっと僕を導いてください」

それは、御免コウムリマス。
ナルホド、貴殿の血を飲めば、死ななくなり、におい嗅ぎのような役に立たない力が身につくと、オッシャリタイノデスネ。
貴殿と交わらず正解デシタ。

「人は、死ぬからコソ、世の中の様々なものに価値をみいだセルノデスヨ」

「わかってくださらないのですか。僕の血が欲しいがゆえに大金を払うものもいるというのに」

そんな、物好きナ。
いやはや、ワタクシは、いかようにシテ、この部屋から抜けだしマショウカ。
大枚払った客に、このモテナシトハ、貴殿は、男娼ではナク、詐欺師でございマスル。
怪しげナ血の押し売り、宗教的ですらアル。
ワタクシはめずらしく、アキレ、途方にくれマシタ。本気でまいってハイマセンガ。

「伯爵お姉様。
この姿をみせて、それでも僕の血を飲まなかった方には、残念ですが、僕は」

「死を与えるとデモ」

一応、返事を待ッタ、ワタクシの前に貴君の首が転がりマシタ。ゴロン。
血を吹きアゲ、床に倒れる貴殿のカラダ。

「xxxxxxxxxxxxxxxx」

首だけになった貴殿ハ、口を動かしてはオリマスガ、声だせぬヨウデスネ。

「魔剣アゾート。ひさびさに振ったが、さすがの切れ味だな。
美人さん、無事かい。白馬の騎士が助けにきたぜ」

部屋に入ルと同時に、貴殿を切り捨てたノハ、剣を手にシ、白衣を着、髪の毛を逆立たせた男性デシタ。
騎士デモ、白馬デモ、ナイヨウデス。

「俺は、パラケルスス・ボムバストゥス(ぱらけるすす・ぼむばすとぅす)。このダウンタウンで娼婦の姉ちゃんたちのために、医者をやってる。
ん。違うか。まあ、だいたいそんなもんだ。
たとえ剣でも男にふれるのは信条に反するんだが、こいつ、最近、俺の患者を殺してまわってる常習犯でな。
ようやく尻尾がつかめたんで、コトの最中かもしれないが、踏み込ませてもらった。
やい、首だけ野郎。聞こえてるか。
てめぇが今朝、殺そうとした姉ちゃんは、俺の手で命をとりとめた。
どっかから手に入れた、危ねぇ水を飲み続けて人間じゃなくなっちまったらしいな。
しかし、同棲相手まで手にかけてたら、おまえ、いろいろと末期だろ。
それでも、このまま生きたきゃ、延命の処置をしてやる。死にたきゃ殺してやるよ、どうする」

お医者サマのお言葉ももはや貴殿ニハ、聞こえていないようデスネ。
サヨウナラ。においのキミ。
終わってみれば、なかなかおもしろかったカモ、しれまセン。

「返事がねぇな。OK。死んでくれ」

◇◇◇◇◇◇

シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)

正義も悪も所詮は人間視点の物の見方の一つにすぎないので、正義の味方も、悪の帝王も人類が滅んでしまえば存在しえなくなるわけです。
強大な力を持つ正義のヒーローたちや悪の軍団を直接、狙うよりも、関係のない一般市民を爆弾等ですべて消してしまえば、結局、正義も悪も存在しなくなるでしょうね。その方が方法としては、楽かもしれません。
なんて。
冗談ですよ。

「計画の次の段階としては、二人にもっと派手に動いて欲しいということですね」

「そうですね。いまでも十分に怪しい振る舞いはしているのですけれども、まだ、ラムズ・シュリュズベリィとラヴィニア・ウェイトリーの二人が怪しい、おかしいと感じている人は少ないでしょう。
二人があきらかに犯人側の人間である、捜査陣にそう確信させる動きをして欲しいのです」

「誰かを殺させますか」

「そこまでする必要はありません。
私の元に届いている現段階でのガーデンの情報で判断すると、如月正吾の消息がつかめるのなら、彼に味方のフリをして近づき、身柄を確保して、ギルドに引き渡す。とか。
ラウール元支配人や怪人二十面相と接触できるのなら、彼らになら攻撃をしかけても、死にはしないでしょうからね。正体を明かさずに、彼らの妨害をする。
とにかく、事件の裏側にいる者らしい行動をして、周囲の注目を集めさせてください。
ある程度、疑惑が強まった時点でガーデン殺人事件の犯人として、彼らには捕まってもらいます。
捕まった後、思わせぶりな発言はよいですが、けっして罪を認めないように」

「二人をわざと捕まえさせる意味はなんです」

「二人の行動で、真犯人と探偵陣を混乱させ、動揺を与えます。
どんなに糸がほつれつれても、最後には、私が解決しますからご心配なく」

「二人には、あなたの指示を当方からのものとして伝えます。約束通り、二人は、あなたと私たちとの関係は知りません。
それで、私たちの本隊の今後の計画ですが」

「私は、今回、あなた方から、事件を混乱させて欲しいと依頼を受けた時、断ろうかと思ったのですよ」

悪魔の手伝いをしたい気分ではありませんでしたから。

「けれども、事件にニセの容疑者を投入することで、見えやすくなるものもあるのではと思いましてね。
実行者との直接交渉は、あなた方がすべて行ってくれるとのことでしてので、ブレーンとして協力させていただいているのです。
ですから、あなた方がなにをしようとしているのか、興味はありません。
いまは、利害が一致している。それだけです」

「わかりました」

ピジョン・ブラッドの瞳を持つ、暗い色のドレスの少女が席を立ちました。彼女は、ドアへとむかいます。

「申しわけありませんが、裏口からでていただけますか。
ご存知かと思いますが、私はこのベーカー街221Bで私立探偵をしております。
あなたのような姿の人が、私の下宿兼事務所の玄関からでていくところを人にみられたら、それだけで騒ぎになりかねません。
ここは、マジェスティックですから」

「はい。了解しております。
私たちは、みな、あなたが協力してくださったのを感謝しております。
ミス・モリアーティ。失礼します」

「みなと言うと、ガーデンには現在、あなたたちは、何人ぐらいいるのですか」

「二十数名ほどです」

今回も、大人数ですね。
彼女が去って数分した後、私はインターフォンを下の階につなぎます。

「お待たせしました。
待合室にいる次の依頼人の方を二階へあげてください」

階段を駆けあがってくる重い足音。
ノックもなく、ドアが開きます。

「シャーロットさん。わしと一緒にきてください。
こんなに待たされて、すべてはもう手遅れになったしまったかもしれん。
実は、わしは」

「マジェスティックの西郵便局のアイザック・C・ハインライン局長ですね。
お待たせして申しわけありません。
ですが、あなたの部下のブラウン氏が引き起こした公金持ち逃げ事件は、彼が深入りしていた信販会社の経営状態に原因があると思いますよ。
今朝、私もそれを指摘しました。
事件に裏でかかわっている連中の身柄確保に、すでにヤードが動いているはずです」

「な、なんだと。
なぜそこまで、わしはまだなにも」

「私は毎朝、数紙の朝刊を読み、テレビやウェブでも定点観測を行います。
あなたの名前と顔を今朝、私は、何度、見たことでしょう」

「素晴らしい!」

熊のように大柄で、真冬だというのに汗まみれの郵便局長に抱きしめられそうになったので、私は、彼をかわしました。

「噂以上だ。
ところで、小耳に挟んだのだが、きみがあの男の子孫、通称4thであるというのは、本当かね」

住んでいる場所のせいか、最近よくそれを言われます。

「例えそうだったとしても、私は、はい、とは言いません。
依頼人であるあなたがみて判断してくだされば、私は別に、何者でもかまいません。
あなたの主観でお決めください」

私をいま悩ませているのは、ハンカチをだす気配のないハインライン局長に、タオルを貸すかという問題です。

◇◇◇◇◇◇

ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)

「女王よ。わしと遊ばぬか。
たまには己の責任を忘れて、一人の少女として楽しんだらどうじゃ。
そうじゃな。おぬしは、こうみえて、責任感の強い人柄のようじゃから、いまから数時間だけ名前もかえて、普段の自分を封印してみたらどうかと思うぞ。
こんな場合は、アンがおすすめの名前じゃな。
では、初対面の設定でわしが名をきくから、こたえるのじゃ。
そこのお嬢さん。きみの名は」

「真知子」

想定外の名前じゃ。たしかは、それはだな。

「国民的大ヒット作のなのはたしかじゃが、そんな古い映画をよく知っておるのう。
天然の雪だるま少女にみせて、さすがは女王。
真知子。おぬし、なかなかやるな」

「すいません。やっぱり、本名で呼んでください。私は真知子さんでは、ありませんです。
口が勝手に動きました。
なぜ、真知子さんなのでしょう」

ここで昭和の日本映画の話をしてもしかたないので、わしはなにも語らずにおいた。

「あなたはファタ・オルガナさんですね。ガーデンに事件の調査にきたのですか」

シルクを思わせるクセのない白い髪、その髪と並べても白さの際立つの雪色の肌、意志の強さと同時にはかないなにかを浮かべた、若干、上がり目気味の赤い瞳。形のよい小ぶりな鼻と口が瞳の大きさを強調しておる。
赤羽美央は、わしにとっては、十分すぎるほどストライクな逸材じゃ。
背も、胸も、大きすぎぬところもよい。年齢もみたところ、13、4じゃろ。OKじゃ。

「そんなものはどうでもよいのじゃが、ガーデンは用があってな。今日のデートの相手がつかまらんかったので、おぬしと数時間のランデブーじゃ」

「用とはなんなのです」

美央と会話するとどうもピントがズレてゆく気がするのじゃが、15アンダーの美少女だから許可じゃ。

「職人にあいさつじゃ。ここの職人は一流じゃぞ。
わしは恋人へのプレゼント用にジュエリーをオーダーメイドしたのじゃが、出来も価格も申し分なかったのでな。その礼を言いがてら、ガーデンのジュエリーブランドの店をのぞくつもりじゃ。
おぬしもなにか欲しいか?」

「アクセサリー屋さんめぐりですか。
なむなむ。人数が多すぎる気がしますが、みんな地元の子だし、子供好きなファタさんもいるしで、大丈夫でしょう。
わかりました。御一緒します」

「おお。話が早いな。仲良くしようぞ」

「はい。私と私の約50人の子供たちをよろしくお願いいたします」



デートというか、遠足になってしまったのじゃが、わしは美央と53人の子供(うち、幼女、少女は、32人じゃ。原石も多いがレベルは低くはないのう)を引きつれ、ガーデンを歩いたのじゃ。
なにしろ大人数じゃからのう。
わしのお目当ての店は、職人が一人でやっている個人商店の多いガーデンでは、大きな方なのじゃが、それでも、店舗内にわしら全員が入ると、ジュエリーブランド店Arianは、子供とジュエリーをぎゅうぎゅうに詰めた箱のようになってしまった。
中身がこれならば、わしには、宝箱のようなものじゃが。
しかし、店員は誰もいやな顔をしないし、ここは本当によい店じゃ。
Arianは銀製品を中心にしたブランドじゃ。
大人なはもちろん、幼女、少女むけの低価格、小さなサイズ、かわいらしいデザインの製品もたくさんある。
地球でいえば、ティ〇ァニーのような感じかのう。

「ファタじゃ。
先日、ここでオーダーメイドしたネックネスが昨日、クリスマスプレゼントとして無事、恋人に配達されてな。
わしは喜びのメールをもらったのじゃ。
わしのデザイン通りにつくってくれた職人殿に礼をいいたのだが、おられるかな」

「ファタ・オルガナ様。いらっしゃいませ。
そのような理由でわざわざご足労していただきまして、誠にありがとうございます。
ですが、その、当店の店主であり、デザイナー、職人頭でもある、アリアンは、本日、留守にしておりまして」

「休みだったか。
アポをとらずにきたわしが悪かった。店主によろしく伝えてくれ。
それから、わしが連れてきた少女たち全員に、なにかアクセサリーをプレゼントしてやりたいのだが、手頃なものはあるか。
すぐ、ここで全員分用意して欲しいのじゃが」

わしは、愛する少女たちのためには、金は惜しまん。そのために蓄えておるのじゃ。

「わかりました。女のお子様、全員ですね。
さしでがましいようですが、男のお子様たちにはよろしいのですか」

「いらぬ」

「はい。了解いたしました。
では、なにかお菓子でもご用意させていただきます。この子たちはみな、ガーデンの子供ですね。
どの顔も見覚えがあります。
ファタ様、ガーデンの住民に、親切にしていただいて、まことになんとお礼を言えばよいのか」

ガーデンの住民であろうとなかろうと、少女は少女じゃからな。

「今度、店主に会いたい時にはアポを取るとしよう。
銀製品に関しては、ガーデン一、つまりパラミタ一の職人と呼ばれるアリアンじゃ。さぞかし、多忙なのじゃろうな」

「めっそうもございません。
今日、おらぬのは、たまたまです。当店主は、職人気質の人間でございますから、日頃は常に工房におりますし、弟子たちが育ったいまも、オーダーメイドの製品に関しては、すべて、店主が自ら手作りで製造しております。
今日は、実は、店主はギルドに呼ばれているのです。
ファタ様もお耳にされておられるかと思いますが、最近、ガーデンは治安が悪く、ギルドがガーデン住民の中でも主要な人物を集め、現在、会議を行っているのです」

「なるほど」

常には、ほぼ一日、工房にいるという銀職人が、犯罪事件に関する会議に出席しても、意味のない気がするのは、わしだけか。

「マネージャー。事件が解決せぬと、この店にもなにか影響はあるのか」

「それは、この店に限りません。
過去にはなかったことですが、現在、ギルドではガーデンの閉鎖を検討中です。
観光客、マジェスティックの住民といったガーデンに住む者以外を全員、外にだし、内部のものたちだけで徹底した調査を行おうと考えているのです。
FUNHOUSEのトパーズが招いた探偵の方らが早晩、成果をあげられなければ、そうなるでしょう」

「すると店は、通販専門になるのか」

「いいえ。
一度、閉鎖してしまったらば、ギルドが開門の許可をだすまでは、我々は外部とのあらゆる接触を絶ち、ガーデン内だけで自給自足の生活を送らねばなりません」

まるで、篭城だな。

「この店を気に入っているわしとしては、それは困るぞ。
むーん。面倒じゃがしかたあるまい。
わしも捜査してみるか。
事件について、また、ガーデンの内部情報など、知っていることをすべてわしに話してくれ。
支払いは、今日は、クレジットではなく現金にする。いまから、三十数人分のアクセサリーの代金をガーデン内のATMで降ろしてきて、現金で払うとしよう。
だから、といわけでもないが、サービスとして情報を教えてくれ」

「かしこまりました。長い話になるかもしれませぬが、かまいませんか」

「いっこうに。
ああ、それとわしがおぬしと話している間、わしの連れたちは、ここで遊ばせておいてもよいかのう」

女の子たちは、展示されたジュエリーを眺め、喜んでおる。

「かまいません。
ウチの店にこんなにたくさんの子供のお客様が来店なさるのは、創業以来です」

店から、紅茶とお菓子が用意された美央とエルム、子供たちを売り場に残して、わしは応接室でマネージャーの話をきいたのじゃ。

◇◇◇◇◇◇

マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)

最近、共同戦線を張っている百合園女学院推理研究会のメンバーと共に、ストーンガーデンを訪れた俺は、パートナーの犬型機晶姫ロウ・ブラックハウンド(ろう・ぶらっくはうんど)と捜査を開始した。のだが。
事前に調べておいた情報、実際に現場で感じた印象から、俺は、ガーデンはきわめてムラ意識の高い区域だと感じた。
ここの住民は、ストーンガーデンへの帰属意識が高く、排他的ですらある。
ガーデン内でも、それぞれの住む棟によるグループわけがあって、他の棟の者とは交流のない住民も多い。
住民たち全員の最近の共通の話題としては、このところガーデンの調子が悪い? らしく、修理保全する職人たちは大変らしい。
それと、メロン・ブラックの残党らしき魔術師、オオドリやオオコウモリなどの怪物、ラウール元マジェスティック総支配人といった怪しげな人物の目撃談だ。
ラウール、ガニマール、どう名乗ってもいいが、あの男が再びマジェにきているのなら、話を聞きたいところだな。
ことを起こされる前に。
聞き込みをしていると、突然、FUNHOUSEの管理人トパーズからの呼び出しを受けた。
使いの者に案内され、彼が待つ部屋へとむかう。
スキンヘッドに黄色い瞳、学者か僧侶めいた風貌のトパーズは、俺のために意外な言葉を用意していた。

「マイト・レストレイド。
私はきみにここでの捜査の権限は与えていない。
これは最初にして、最後の通告だ。
ストーンガーデンを去りたまえ。ここできみにできることは、なにもない。
以上だ」

それで納得できるはずがないだろう。

「マジェスティックでの犯罪捜査という点ならば、以前、俺は百合園女学院推理研究会と協力して、切り裂き魔事件の時も」

「くどいな」

「ワウン。ワウワウワン」(強引すぎる。わかりやすく、理由を説明してもらおう)

トパーズのあまりの言い草に、日頃、紳士的なロウも抗議の声をあげた。

「ものわかりが悪いようなので、言葉を足してやろう。
私は、事件究明のために探偵は呼んだが、きみを呼んだつもりはない」

「俺は、探偵ではない、と」

たしかにそう名乗ったことはない。

俺は、スコットランドヤードのマイト・レストレイドだ。

「まだ、理解できないのなら、ここで、きみの肩書きを言ってみたまえ」

「俺は、スコットランドヤードの」

「ワウ。ワウワウワウウウウン」(マイト。やめておけ、彼ははじめからおまえに悪意を持っている)

いつものように自己紹介しかけた俺をロウがとめた。
ロウは人語は話せないが、パートナーの俺とは犬の鳴き声でも、それなりに意思の疎通はできる。

「問題は二つ」

俺にむけられたトパーズの瞳は、さっきからどんどん冷たさを増している気がする。

「きみは学生であって当然、ヤードの刑事ではない。
堂々と身分を詐称して犯罪捜査に介入している。
さらに、きみが本物のヤードの人間であったとしても、私は、ガーデンにヤードの人間を招いたおぼえはない。
私は、ヤードを信用していない。
マジェでもロンドンでも彼らは私の前では、失態ばかりだ。
きみの父親にしても、地球でさんざん男爵を追いまわしたあげく、結局、なにもできなかった」

トパーズの意見は、彼個人の偏見だ。
俺は、彼に対して、

「身分詐称については、謝罪します。
あなたがおっしゃられるように自分は、学生です。
自分の言葉が、人をまどわし、不快感を与えたのだとしたら、申しわけなく思う」

俺は頭をさげた。
しかし、ヤードに対しての偏見には、正直、憤りをおぼえるな。

「ウウワウワウワウワウ」(あなたはスコットランドヤードを、マイトの父親を過小評価している)

長年のロンドンのヤードで警察犬として働いてきたロウも、やはり、気分を害している。

「レストレイド。私はきみの父親とも面識がある」

「地球にいらしたことがあるのですか」

父はロンドンのヤードにいる。俺の家は代々、警官の家系なので、俺は警官に囲まれて育った。
近所に住むのが警察関係者ばかりの環境で暮らしていたこともある。
友達も警官の子供が大勢いた。
俺が自分をヤードの人間だと名乗るのは、そういう意味もあってだ。
もちろん、俺自身も将来はヤードで働くだろう。

「いい思い出はない。地球でもそうだが、ヤードは切り裂き魔事件であったり、ここぞという時にヘマをやらかす。
民間の探偵にだしぬかれ、いいように使われるのは、ここでも地球でも同じだ」

「トパーズ管理人。あなたは、スコットランドヤードについてご存知ですか」

青いとはわかっていても、俺は、言わずにはいられなかった。

「18世紀に市民警察としてはじまった、地球でも長い歴史を持つ警察組織です。
近代的な犯罪捜査を世界でも最初期に取り入れ、実際の所在地は、スコットランドにはなく、スコットランドは管轄外にもかかわらず、世界中の人々からスコットランドヤードの愛称で呼ばれ、親しまれているロンドン警視庁。
俺は、そこで働いている父を誇りに思っています」

「ホームズやポアロのお使いは、世界が注目する仕事だからな」

「彼ら民間探偵の名前は、ヤードの公式の記録には存在しません」

だから、俺も推理研の仲間と知り合うまでは、彼らが実在の人物だとは知らなかった。

「組織として恥だから、秘密扱いなのだ」

「探偵には探偵にできること、ヤードにはヤードの仕事があります」

「ここにはそれはない。
ヤードがどうとか言うが、きみはスコットランドの歴史自体を知っているのか。
たかがロンドンの警察署に、スコットランドヤードを名乗られるのは、愉快ではない」

トパーズのヤードへの不信感は根強いらしい。

「ワウワ。ウワ。ウワウウウウン。ワウワウワウワ」(おいとましょう。マイト。彼の許可がなくとも、私たちはマジェの入場者だ。マジェ内やガーデンを自由に楽しむ権利はある)

そうだな。

「では、管理人。残念ですが、失礼します」

部屋をでかけた俺たちに、トパーズが声をかけてきた。

「レストレイド。その犬もヤードと関係があるのか」

「ロウは、ロンドンのヤードでも警察犬として働いていました。
俺の先輩であり、ヤードの一員です」

「そいつは、私の言葉の意味がわかるのか?」

「ウウワ。ウンワウン」(管理人。私になにか用か)

ロウは、首を縦に振った。

「ほう。ヤードの犬か。
半人前のレストレイドよりは、役に立つかもしれんな。
レストレイド、きみには捜査権を与えられんが、犬にはして欲しい仕事がある。引き受けるか」

「ロウになにをさせるつもりです」

トパーズは一貫して険しい表所を崩さないので、内心がつかめない。

「ドックレースだ。
きみも英国人なら知っているだろ。
ガーデンの競技場で行われているレースに選手として出場しろ。特別招待選手として枠は私が用意してやる。
ここでのドックレースは、ガーデンのみならずのマジェの市民、観光客にも人気のあるギャンブルなのだが、不正が行われている噂がある。
犬の側からそれを調べてくれ」

批判しておきながら、自分の手駒として俺たちを使おうとするトパーズに俺は、

「ワウ。ンワウ」(わかった。引き受けよう)

「いいのか、ロウ」

「ウワウウウウン。ワウワウワ」(私はヤードの一員で、おまえのパートナーだ。どちらが受けた侮辱も、実力ではねかえす)

◇◇◇◇◇◇

カリギュラ・ネベンテス(かりぎゅら・ねぺんてす)

マイトたちと捜査するはずやったんやけど、マイトがトパーズに呼び出されたんで、ボクは一人でガーデンの聞き込みをしとる。
ストーンガーデン。実はな、ボク、ここに知り合いがおるんや。
前にマジェの某店で、潜入捜査として仮面スタッフをやっとった時にな、ボクのお得意さんやった、おばあちゃんがガーデンのCATHEDRALに住んどるはずや。

「わたし、ストーンガーデンの、ステンドグラスの窓がたくさんあるCATHEDRALに住んでるのよ。
外からみるとすごくきれいよ。中もね、壮厳な感じがして清らかな空気が満ちてるの。
ガーデンの売店で絵ハガキや写真集も売ってるの。
数百年後に完成する予定の大聖堂よ。
カリギィも、よかったら、遊びにいらっしゃいな」

まさか、ホンマに行くとは思っとらんかったけど、この際や、顔だしてみよか。
手土産の菓子も買うたし、ガーデンの噂話なんかを聞かしてもらおうやないの。

「友達のカリギュラ・ネベンテスや。遊びにきました」

CATHEDRALの玄関のフロントちゅうか受付で、おばあちゃんの名前を言ってボクは、用件を告げた。
おばあちゃんはおった。
一人暮らしで手芸の先生のおばあちゃんに、ボクは、大歓迎を受けたんや。けど、

「突然、お店をやめちゃって心配したのよ。
ちゃんとご飯は食べれてるの? いま、どこにいるの? もっと、条件のいいお店に引き抜かれたって本当なの? カリギィがいなくなって、さみしかったわ」

「すいませんでした。
ボクもいちおう学生やからな、そっちの本分もきちっとやらなあかんちゅうことで、お店はやめさせてもおうたんや。いまは、普通に学生やっとる。
ばあちゃん、ボクがおらんくなったんで、他の子に入れあげとるんやないやろな。ボクが言うのもなんやけど、ああいう遊びはたいがいにしとかんとあかんで」

「ううん。
カリギィがいなくなって、お店に行くのもめっきり減ったわ。
ほんとにあんたは、女泣かせなんだから。
ごめんね。カリギィ、せっかくきてもらったのに、今日は、CATHEDRAL内の見学はできないのよ。
さっき、ギルドから通達があって、今日、CATHEDRAL内の緊急調査をするって」

「それはしかたないわ。おばあちゃんのせいやないやろ。
ボクもこうして急にお邪魔したんやし。
しっかし、この時期に、緊急調査ってのが、引っかかるな。そんなん、ちょくちょくあるんか」

「ないわ。
でもね、近いうちにこうなる気がしてたのよ。
あの人がなにか悪いことをしてるんじゃないかって、噂もすごく流れていたしね」

「あの人って、どなたですか」

「ドックレースの競技場で働いてる男の人。インクルージョンさん。
オカマ野郎のメロン・ブラックがいなくなった頃に、CATHEDRALに越してきたの。
暗い雰囲気の怪しい人よ。
あいつが悪い魔術師でも、わたしは、全然、驚かないわ」

「そいつの話、聞かせて欲しいわ。
おばあちゃん、ボクな、いままで黙っとったけど、少女探偵団の仲間なんや」

ボクのカミングアウトに、おばあちゃんは満面の笑顔になった。

「なあにそれ。
わたし、サスペンスとかミステリとか大好きなのよ。
わたしもその探偵団に入れなさいよ。
やっぱりね、カリギィにはなにか秘密があると思ってたのよ。
ようやく正体をあらわしたわね」

あの、そんな大層な秘密とちゃいまっせ。



一通り話を聞いた後、ボクはおばあちゃんと問題のインクルージョン氏の部屋へむかった。
インクルージョンは、現在、行方不明なんや。
そんで、殺人事件や行方不明事件と彼との関係に疑いをもったここの住民が、ギルドに調査を依頼したらしい。
ギルドが調査した後は、閉めきられているはずの彼の部屋の鍵をおばあちゃんがどっかから借り手きてくれたんで、いっちょボクらも家宅捜査してみよう、ちゅうことになったんや。

「鍵、開いてるで」

「ギルドも意外と杜撰ね。掛け忘れて帰ったんじゃない」

「そうやない。人の気配がする。先客がおるぞ」

リビングの扉を開けたボクは、そこにおった、目だけを残し、包帯で顔をぐるぐる巻きにした、黒のハンチング帽とロングコートを着た、年齢、性別一切不明の怪人とご対面したんや。

◇◇◇◇◇◇

<クド・ストレイフ>

パートナーさんに殺人容疑がかかっているんで、もしかして、ひょっとして、万が一にも、セリーヌさんが落ち込んだりしていたら、あれして、これして、慰めてあげようと考えていたんですが、余計な心配だったようですねぇ。
それでも、せっかく考えてきたんで彼女の気持ちはあえておかまえせず、背後から胸のあたりをぎゅっと抱きしめ、ようとしたら、火のついたタバコを後頭部に押しつけられました。
パートナーのシスタさんに。

「ハメを外しすぎなんだよ。アホが」

こっちは、ただ親切心の押し売りをしただけなのに、注意された理由がわからなくて困ってしまいますねぇ。

次は、セリーヌさんの振り向きざまに唇を奪って運命のくちづけ、になるはずが、唇がふれる瞬間にクリストファー・モーガンさんに手の甲をだされてしまいまして。

「俺は男でもかまわなかったりするんだけど、クドくんとは、ちょっとね。これで我慢しておいてくれるかな」

お兄さんは、守備範囲は広いですけど、性別には、おおいにかまいますから、クリストファーさんとは、これっきりということで。

さらに、やっぱり女の子の下着は男のそれの数千倍は重要ですから、セリーヌさんが半ズボンの下にちゃんとはいているか確認しようとして、隙をみてズボンの中に手を入れて、お尻をなでて布の感触を確認した、つもりだったのですが、クリスティー・モーガンさんににらまれてしまいまして。

「ボクのバックに手を入れて、なにをしてるの。
財布でも、盗むつもり。いまここで、ボクがバックをださなかったら、クドさん、あなた、自分がなにをしたかわかってるよね。
犯罪だよ」

なんだかみなさんがお兄さんに冷たくあたる気がするので、セリーヌさんと二人っきりになろうと思いまして、小柄な彼女を抱えて、

「やめろ! 離せ、バカ。
あんた、マジェまでなにしにきてんだ」

セリーヌさんの罵詈雑言をご褒美として聞きながら走り去り、

ばきゅーん。

冒険屋のレン・オズワルドさんの魔銃モービット・エンジェルで、撃ち抜かれました。
お兄さんの意識は、whiteout.

「護身用の軽めの麻酔だ。俺に、ムダ弾を使わせるな」

サングラスが似合う渋いレンさんに注意されましたが、お兄さんは、撃って欲しいとは頼んでない気が。
麻酔がぬけきるまでは、体がだるくてまいります。
知り合いに親切にしようとしても邪魔をされる、せちがらい世の中になったもんですね。
でも、お兄さんはあきらめませんよ。
心のダメージはまったくありません。



「こら。目を開けたまま寝るのはなし。
よだれふけよ。
ったく、この人は普段からこうなのかな。
いままで、どんな人生、送ってきたんだろ。知りたくないけど」

セリーヌさんに頬を優しく叩かれまして、お兄さんはとっさに服を脱ぎました。
いや、なにかの合図かと思いまして。
誰もとめてくれないんで、下着以外は全部、脱いでしまったんですけど。

「あのさあ、あなたは変態さんかもしれないけれども、いちおう、聞いてあげる。
真冬の雪が積もってる中、寝起きにほぼ全裸になるって、どんな心境?」

「催眠術にでもかかっているのかもね」

セリーヌさんからの質問と、クリストファーさんの言葉で、お兄さんは自分の状況をようやく理解しましたよ。

「パンツまで脱いだら、口にタバコを入れてやるつもりだったぜ」

シスタさん、残念そうに言わないでください。

「ちょっと、クドさん、早く服を着ないと凍傷になるよ」

クリスティーさん、そういう目をお兄さんにむけるのは、やめていただけますか。
ほんのかすかに心が痛いです。

「まあ待て。
服を脱いだのは、おまえなりの決意のあらわれだろ。
今度はそのまま、襲いかかれ。そこまでするなら、俺も止めはしない」

レンさん。話がみえません。

「ねえ。
あなた、自分のおかれてる状況が全然、わかってないよね。
ボクにいたずらしようとしたり、麻酔でぼぅとしてんのに、すれ違うガーデンの住民の女の子に、無差別で襲いかかるのに一生懸命で、ボクらの捜査がどう展開したのか、まるで理解できてないでしょ。
あ、手足すべての指の数以上の人に襲いかかりはしたけど、レンさんやダブルモーガンさんが女の子たちを守ってくれたんで、最悪の事態だけは免れてるよ。いまんとこ。
ボクとシスタは、何度もあなたをガーデンのギルドに引き渡そうとしたんだけど。
うまくいかなくって」

セリーヌさんの、悔しげな口ぶりは、どういう意味なんでしょうか?

◇◇◇◇◇◇

<レン・オズワルド>

今回、一緒に捜査しているクド・ストレイフについて言えば、男なら誰でもあんなふうに女の尻を追い回したくなる時があるものだ、特に若い時には。
と、俺は思う。
しかし、俺には、クドのような時期はなかったがな。
ろくに意識もないクドが、それでも勝手気ままにやっている横で、俺たちはガーデンにきた本来の目的である捜査を進めた。
最初に、ガーデンのギルド本部へいって、セリーヌのパートナーであるニトロ・グルジエフに面会を求めたのだが、彼は行方不明中だった。
IDEALPALCEの管理人のガーネットと二人で、FUNHOUSEの事件現場をでた後、どこにいったのかわからなくなっている。

「いないなら、ニトロの件はパス。
ルディにはなぜか、小犬系と銀髪ホストとけなげ少女と影のあるやつと、かわいいは正義! と息子がついてるから、こっちもスルー。
ボクは、することないんで帰ろうか」

「そうは言っても、ニトロやルディの身になにかあれば、セリーヌにも影響がある。
彼らに降りかかっているトラブルの解決をパートナーとして、フォローする義務があるだろう」

俺の指摘にセリーヌは首を傾げた。

「つまり、あいつらがいなくなるとボクは、体調が悪くなったり、虚脱状態になったりするんだよね。
でもさ、あいつらがいても、ストレスで不眠、胃痛、頭痛、情緒不安定のヒステリーになったりしてるわけですよ。
いなくなっても、別段、変わらなくない?」

当事者がそう言うなら、そうなのだろう。
俺は、苦笑するしかないな。

「パートナーロストはけっこう悲惨らしいから、甘くみないほうがいいと思うよ。
セリーヌ。ニトロや神父は別として、この事件の解決に協力して成果を残せれば、ガーデンの管理人からお礼がもらえたり、今後、マジェで暮らしてゆくのに、いろいろプラスになったりするんじゃない」

俺と同じくセリーヌへの好意(隣人愛的な)からこの捜査に手を貸しているらしい、クリストファー・モーガンが彼女の気をとりなしそうとした。

「どうかな。ずっと、マジェにいるかわからないし」

「キティ。クソパートナーは、ほんっとに始末に困るよな。その点についちゃ同感だぜ」

クド・ストレイフのここでの行動をみている限り、シスタ・バルドロウの意見に俺も同意する。

「あれ。そう言えば、高崎さんがいないよね」

「あいつ、先に帰って、一人で教会で昼寝してるかも」

「ここに歩いてくる間に、ボクは、彼からガーデンの怪談話を聞いたんだ。
彼は、その線で気になることがあって、一人で調べにいったのかもね。
セリーヌさん。捜査をする気になれないのなら、せっかくここまできたんだし、ボクらもガーデンの怪奇スポットへ行ってみないかい」

「そういうのは、キライではないけど。
ここのは、ほんとにでそうだから、どうしようかな」

クリスティー・モーガンの提案にセリーヌは迷っていたが、俺は彼女の手を引っ張った。

「行くぞ」

動かなければ、話ははじまらない。
俺としては、怪奇スポットとやらへ行った後、昨夜の事件現場へむかうつもりでいた。

「ボクはいくつか教えてもらったんだけど、まずは、幽霊たちが舞踏会をするという、IDEALPALCEの大ホールへ行こうか。偶然にも、昨夜の事件の現場なんだけどね」

「意外にもクリスティーさんが、そういう姑息な手段を使うわけ」

「違う、違う。事件現場の大ホールはね、もともとその方面では有名だったらしいよ。
ボクもね、さっき、ためしにネットで確認したら、心霊スポット紹介サイトにでてたもの。いまは、ネット、つながんないんだけど。
高崎さんも携帯でガーデンの情報調べたらみつけた、って言った」

俺としては、好都合だ。
あきらめたのか、興味を抱いたのか、歩きだしたセリーヌと青の宮殿IDEALPALCEへ。
捜査の基本として、俺は現場を把握しておきたかった。
オールスタンディングのライブ会場に使われていた約600平方メートルの部屋。
事件当時、部屋の奥の壁面の前にステージがつくられ、千名以上の観客がいた。ライブ中の場内は暗く、アルコールの入っていた観客も多く、事件発生時の各人の立ち位置を特定するのは、難しい。
誰が犯人になってもおかしくない。
暗殺には最適なシチュエーションだ。
ニトロが容疑者になったのは、彼の犯行の目撃者がいたからだが、衆人環視の中での暗殺事件においては、よほど信用にたる証拠がない限り、目撃者の証言も疑ってかかる必要がある。
ようするにはじめから、ウソだと思ってきかなければならない、という意味だ。
考えてみよう。
自分自身が、千人でも、一万、二万でもいいが、その群集の一人として、非日常的な状況下で、興奮状態にあった時に、正確に自分の言動を記憶していられるか。
混雑した電車の中で人にもまれながら、特にそうする必要もないのに、正しく周囲の人の行動を把握、観察できているか。
そういうことだ。
俺は、日記という自分でどうとでもできる証拠まで用意して、ニトロを告発した目撃者に疑問を感じる。
ラムズ・シュリュズベリィ。ラヴィニア・ウェイトリー。
この二人を調べる必要があるな。
一日ごとに記憶が白紙に戻る人物の日記に、どれほどの証拠能力があるのだろう。

「レンさん、なにかわかった。
ボクは収穫があったよ」

「俺は次にすべきことがみえた気がする。クリスティーはどうだ」

「うん。IDEALPALCEのスタッフに教えてもらったんだ。
なぜ、ここに死者が集うのかをね」

俺はクリスティーに話をきいて、とりあえず、ため息をついた。
俺たちは、聖杯を探す必要があるのか。

◇◇◇◇◇◇

水橋エリス(みずばし・えりす)

反社会的組織に属する人たちでも、困ることもあるでしょう。
別に彼らにヘンに同情的になるのではないのですが、嘘偽りなく、目の前で苦しんでいる姿をみせられますと、普通に助けてあげたい気持ちになってしまいます。
あまい、ですか?

「なあ、頼むよ。俺に水をくれ。ここの病院じゃ治療のためだと言って、水もろくに飲ませてくれないんだ」

「食事は、食べ物の方はどうですか」

「食い物はいらん。水だ。俺に水をわけてくれ。姉ちゃん、ペットボトルとか持ってるだろ。
中身は、ミネラルウォーターか。
とにかく、水分が足りねぇんだ。俺にそれをくれよ」

さすがに飲みかけをあげるのもなんですので、私は売店に行って、飲みものを買ってこようと思ったのですが、椅子から腰を浮かせかけたところで、隣にいるパートナーのリッシュ・アーク(りっしゅ・あーく)に肩を押さえられました。

「座ってろ。飲食物の差し入れは禁止だって、看護師に言われたろ。
こいつは、患者なんだ。
言うことを真に受けるなよ」

リッシュが耳元でささやきます。
たしかに、いま話している彼と面会(制限時間十分です)する前に、看護師さんにそう注意を受けました。

「俺を助けてくれよ。オヤジやアニキたちに頼まれて、おまえら、俺を救いにきてくれたんだろ」

ごめんなさいです。
救いにきたわけではないのです。私たちは、あなたの様子を見にきました。

「カン違いすんな。
あんたがこうなったのは、自業自得だろ。
誰もあんたを救えやしねぇ。自分で自分を元まともな状態に戻すんだな。
いまいる地獄から助かる方法は、それしかないぜ」

リッシュの言い方は容赦がなさすぎです。
強化プラスチックを隔てたむこう側に座っている彼も、つかの間、言葉をなくしたようでしたが、すぐに顔色を変えて、さっきまでよりも、もっと大声でしゃべりだしました。

「俺は、水を飲んだだけだ。それのどこが悪い。おまえだって、姉ちゃんだって、水くらい飲むだろ。
人間はほとんど水でできてんだ。
飲んで当たり前なんだよ」

「バカ。
適量ってもんがあんだろ。
どうかしちまったあんたは、水しか、飲まなくなった。酒もタバコも食べ物も、水以外の飲み物も一切なしだ。朝から晩までひまがありゃ、水を飲んでる。毎日な。
心配した仲間がそれをとめようとしたら、危うくそいつらを殺しかけたらしいな」

「あいつらは、俺の水を取り上げたんだ。
飲まなきゃ死んじまうのに、それを取られたら、誰でも怒る」

「そんな理由で、組織のアジトで銃乱射はありえねーだろ。
俺は、あんたが殺されなかったのが、不思議だよ。病院送りですんでラッキーじゃんか」

「へへへ」

きゃっ。

いきなり、男の人は服を脱ぎだしました。
上着を脱いで上半身裸になると、あちこちにある傷跡を指さし。

「ここも、ここも、ここもな。
撃たれたんだよ。あん時。でも、俺は死ななかった。
前後ろ、全部で五十四発だぜ。俺じゃなきゃ死ぬな」

誇らしげに笑っています。傷跡は本当にあるのですが、この話を信じていいのでしょうか。
彼は椅子から立ち、背中もみせてくれました。背中も前と同じで、傷だらけです。背骨の真上にも跡はありました。斬られたような傷もあります。

「水を飲んでいるから、俺は死なないんだ」

再び、こちらをむき、前髪をあげ、額をプラ板にくっつけました。
髪に隠れていた、額、眉間の傷跡がはっきりとみえます。通常なら、確実に即死でしょう。

「人間じゃねえな、あんた。
組織は、あんたをこんなふうにしちまった、その水のでどころを探している。
俺たちは別件で、マジェにきたんだけどな、あんたんとこの事務所に話を聞きに行ったら、いまはあんたの件、その水の件で、大忙しだって言われたんだよ。
この件が、俺たちの調べてる方とどっかでからむかもと思って、あんたに会いにきたんだ」

「水のでどころ。
そいつは教えられないな。だめだ。人に教えたら、俺の分がなくなっちまう。
なあ、水以外なら、金でも、女でもなんでもやるから、おまえ、あの水、取ってきてくれよ。頼むよ」

つい先日まで、アンベール男爵の傘下のマジェスティックの地下グループの一員だった、彼は、いまや、お水のことしか頭にないようですね。

「いくら頼まれてもそれはねぇよ。
それとな、そんな水、あんたを見たあとで欲しがるやつはいなと思うぜ。
最近、自分の姿を鏡でみたかい。
あんた、歳はいくつなんだ」

「俺か、俺はまだ二十前だ。
若いからってなめんじゃねぇぞ」

「拒食、不眠、情緒不安定。
そのうえ、水分、栄養分の摂取を一切拒否し続けてるあんたは、骨と皮だけのミイラみてえな外見をしてるぜ。皺だらけで、老人どころか、生きてる人間にはとれも見えないな、
銃創の話はなしにしても、あんたがなんで動いてられるのか、俺には不思議だよ」

残念ですが、それは私も不思議に思います。
これが不死というものだとしても、こうなりたい人は、あまりいないでしょうね。

◇◇◇◇◇◇

<クリスティー・モーガン>

前略 静香校長様
今年は激動の年でしたね・・・・・・。

静香様。上の二行を書いた後、ボクは災難に見舞われました。
ので、過去形の文を現在進行形にあらためたいと思います。

前略 静香校長様
ボクは激動のさ中にいます。
またまたマジェスティックを訪れました。
いつものように(笑) 犯罪事件の捜査にきたのですが、今回はかの有名な伝説もからんでいる様子なのです。
簡単に説明しますと、マジェスティック内にある複合アパートメント、ストーンガーデンは、四つの建物から成り立っています。
青の宮殿IDEALPALCE(東)、大聖堂CATHEDRAL(西)、死者の棲家CHARNEL(南)、化け物屋敷FUNHOUSE(北)の四つです。
名前の前についているのが、それぞれの異名というか通称です。
ボクはそのうちの一つのIDEALPALCEへ捜査へ行きました。
殺人事件の現場でもあり、心霊スポットとしても有名なここで、ボクは驚くべき事実を知ったのです。
IDEALPALCEの現在の管理人(責任者)は、女性の方なのですが、彼女の父親である先代の管理人は、かっての戦の後遺症で足が不自由で、性格もふさぎこみがちな方だったそうです。
管理人の心情を反映してか、アパートメントの内部は荒廃し、住民たちはその日暮らしのならずものの職人ばかり、当時、完成のめどが立っていなかったここは、ガーデンで一番治安の悪いアパートメントになってしまいました。
ところが、ある時、管理人が、ガーデンの住民が持ってきた杯で水を飲んだところ、治療不可能だった足は完治し、心身ともに精彩を取り戻した管理人の指揮のもとで、この設計図のないアパートメントは、IDEALPALCEと名づけられ、無事、完成しました。
計画的な運営がなされるようになり、内部も平穏になったのでした。
IDEALPALCEの管理人は、代々、ガーネットと名乗ることがストーンガーデンの規則で定められています。
現在のガーネットさんの以前の名前は、ガラハッド。
静香様。彼女のこの名が持つ意味はご存知ですか?
ここまで話、名称を総合して考えて、ボクは聖杯伝説を連想しました。地球の中世の騎士道文学の有名なエピソードの一つです。
ロンギヌスの槍によって足に傷を負い、落ちぶれたWounded Kingが、勇者ももたらした聖杯で傷をいやし、国を再建させる物語。
この時、用いられる魔法の力を持つ聖杯は、西洋では実在すると考えられ、その在りかをめぐって、様々な調査、考察がなされました。
そのうち一つが、フランスの画家ニコラ・プッサンの絵画「アルカディアの牧人たち」に描かれている墓石の文章です。
そこには、Et in Arcadia ego(私は理想郷にいるOR私は理想郷にいる)と書かれています。
一部の聖杯研究者たちは、この私を聖杯と解釈して、絵画の意味を、聖杯は理想郷にある、と読み解きました。
IDEALPALCEとは、単純に意味を考えると、理想宮ですよね。
謎めいた杯の力で、健康を取り戻した先代の管理人は、その杯を安置したここをIDEALPALCEと名づけたのかもしれません。
ガーデンの幽霊たちは、再び生者になれる力を求めてIDEALPALCEに集うのだと、噂されています。

静香様、ボクはこれから聖杯伝説の真偽を求めて、仲間とガーデンを探索する予定です。
その成果については、次の手紙で。
寒いですのでお体にお気をつけて、失礼します。

親愛なるあなたの友 クリスティー・モーガン

◇◇◇◇◇◇

レギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)

「私はストーンガーデンについて調査しているのです。
結果としてのこの人、インクルージョンにたどりつきましてね。彼の消息をしりたくてここにきたわけです。
あなたも事件を調べにきた学生さんのようですね」

「その声は。なんや、きみ、女の人か。歳もボクとそう違わなそうやな。そんなケッタイな格好をしとるんで、なにもんかと思ったで」

私の説明は予想以上に、彼に安心感を与えたようです。
CATHEDRALのインクルージョンの部屋を調査していたら、学生風の男の人と、ここの住民らしき老婆が入ってきたので驚きましたが、事無きをえた感じですね。

「でも、あなた、なんでそんな格好をしているの」

老婆にきかれてしまいました。
それは、主義の問題ですので、他人にわかるように説明するのは難しい気がするのです。ですので。思いきり、端折って。

「私は、学生でもありますが、探偵なので、顔をさらさない方がいい場合も多いのです」

「大変ねえ。危険なお仕事をしてるのね。がんばってね」

「はい」

まあ、いいでしょう。

「先客さん。この部屋を調べて、あんた、なんか見つけたんか」

自分で調べなさい、と言いたい気もしますが、別に隠すほどのことでもないですし。
同じ捜査陣と協力体制をつくっておくのも、悪くないでしょう。

「まず、事前の調べで、インクルージョンが錬金術師をこころざす、魔術愛好家であるのはわかっていました。アレイスタ・クロウリーにもずいぶん傾倒していたようです。
インクルージョンは、ある種の科学者である、と言えなくもないですね。
私の得た情報をまとめると、彼は聖杯を研究していたようです」

「聖杯って、インディ・ジョーンズのあれか」

「そんな映画もありましたね。
はい。
ダ・ヴィンチ・コードのあれです」

「とにかくあれやろ。神の子の血を受けた杯やろ」

「という説もありますし、聖杯とは呼ばれても、杯であるとは限らないとも言われている、中世からヨーロッパで語り継がれている伝説のアイテム」

文学も、画家も、学者も、権力者も古今の様々な人が追い求めた秘宝です。

「研究するのは彼の勝手やけどな」

「ええ。ですが、彼はガーデンに聖杯があると考え、しかも、どのような手段かはわかりませんが、それを一時的に手に入れたらしいのです。
そして、人工的に聖杯をつくりだそうとした」

「なんで、そない言いきれるんや」

私は、ここで入手した彼の日記をみせました。
安物の普通のノートに日付と、簡潔に日々の実験の結果だけが記されています。

「最初の方のページに、<Graalを返却した>とだけ書いてあるページがあります。
Graalとは、プロヴァンス語で聖杯をさすと言われています。
ノート全体の記述と合わせると、このGraalは、やはり伝説の聖杯だと考えるのが、正しいかと思います」

「そないなもんを誰に返却するんやろな。もともとの持ち主ちゅうても、死んどるんちゃうんか」

「返却ですが、具体的に相手や場所が書いていないので、奪われたり、紛失、消失した可能性も高いのではないでしょうか。
聖杯というのは、歴史上でもその姿をあらわしては消えるを繰り返すものですから」

「ギルドが見逃した証拠のノートから、そんな事実を突きとめるなんて、あなた、すごいわね」

目をきらきらさせた老婆にみつめられると言うのも、おかしな気分ですね。

「ノートの記述がそっけなさすぎるので、意味がわからなかったんでしょう。そして、彼は聖杯と同等の力を持つ杯の製作に挑戦します。
ギルドが持ち去ったのか、現物はここにはありませんが、杯だけでなく、桶、柄杓、花瓶などいろいろな形で作り、それにくんだ飲み物を人に飲ませたりしたようです。
何個かは売ったり、あげたりもしたらしいです」

「やばくないのか、それは」

「はい。危険です」

調べるほどに問題が大きくなっていって、とても自分の手におえない予感がしてくるこのケースは、私としては好きなタイプの事件では、ありませんね。

◇◇◇◇◇◇

ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)

ちわっス。ファタの姉御について、石庭にきてるヒルデガルド・ゲメツエルっス。
姉御にくっついて歩いてたつもりだったんですがねェ、どこうどうやら、気がつきゃ一人で迷子みたいな状況デス。
血のにおいっうのか、背筋のゾクゾクするにおいがこっちからした気がしたですけどぉ、気せいスカ。
ああー。生活に暴力がたりませんネ。平穏な日常は、あたしの敵ですんデ。
殴る、蹴る、殺す、大歓迎ですネ。
たいしたこっちゃねェデス。食うのが好き、飲むのが好き、S〇Xが好き、男も女もいろんなやつがいるじゃないスか。あたしはそういういろんな欲求の中で、シンプルに、自分の手で人を殺すのが好きっうわかりやすいやつっスヨ。
小細工なんざ、必要ないですネ。
なんかでも、やっぱし、においますネ。このにおいの元は誰デス。
てめえか?

「そこのガタイのいいお兄サン。うかがいたいのですが、暴力好きッスか」

アフロで黒人でグラサンで、しかもタキシードで、身長は推定190センチはある逆三角体形のお兄サンなら、キライなワケないですネ。

「自分はヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)と言います。あなたとは初対面ですよね。どちら様ですか」

口調まで、あっち系なんで、余計に今後の展開を期待したくなってくるんスけど。

「ヒルデガルド・ゲメツエルっス。ヒルダでいいっスよ。
んでもって、
Vincent! Please kill me」

「ヒルダさん。落ち着いてください」

あいさつは済ませたんで、あたしはヴィゼントに殴りかからせていただきマシタ。
兄サンは、手の平であたしの拳を受け止め、握りしめマシタ。
イッテェー。こいつ、獣人ダネ。

「Black! てめえ、あたしとやる気カヨ」

「待ってくださいよ。あんた、まさか危ねぇ水を飲んじまったんじゃないでしょうね」

「そんなものUNKNOWN。ヤニはいるが、水はいらねェ」

「本当に飲んでねぇんですね。だったら、拳をおさめてくださいよ。くわしい事情は知りませんが、ヒルダさんがどうしても暴れてぇっていうんなら、おあつらえむきの場所を紹介してあげますよ。
そこは、ガーデンでもっとも危険な場所かもしれません。覚悟はいいですか」

おもしろいこと言うじゃないスか。あたしの嗅覚の正しさが証明されましたネ。

◇◇◇◇◇◇

<ロウ・ブラックハウンド>

私の名前はブラックハウンドなのだが、犬種としてはグレイハウンドなので、ドックレースには最適のはずだ。
ちなみにグレイハウンドは、警察犬としてはあまり採用されていない犬種である。
私は、過去に、地球のスコットランドヤードで警察犬として勤務しており、その際の同僚(犬)もジャーマンシェパードやドーベルマンが多く、グレイハウンドには一度も会わなかった。
この事実に、私の個人(犬)として、おおいに誇りを感じている。
犬種としての能力ではなく、私個人(犬)の実力を認めてもらえたことは、非常にうれしく思う。
さて、ドックレースだが。
英国ではメジャーというか誰でも知っていて、これで生活している国公認ブックメーカー(賭け券屋)も専門新聞もあるギャンブルなのだが、他国の方は賭けたことはもちろん、見た経験もない人が多いと思う。
基本的には、競馬の犬版をイメージしていただければよい。
トレーナーに調教された6〜8匹のグレイハウンドが400メートル程度のトラックを走る。
距離は一周か半周くらいだ。
選手(犬)たちの速度をあげるために、ウサギのにおいをつけたぬいぐるみ等を、まず、コースの柵の内側を先行して、走らせる。これは、だいたい機械仕掛けだ。
そして、ゲートが開くと、興奮した選手(犬)たちが、陸上の世界記録保持者(人間)をはるかに上回る速度で、走りだす。
初めて生でレースをみた者は、だいたいこのスピードに圧倒される。あらかじめカメラを用意していても、なれていない者(人間)は、選手(犬)たちのあまりの速さのために、うまく撮影できない場合がほとんどだ。
同じ英国人(犬)として、レースのためによく訓練されたグレイハウンドの運動能力、美しさを私は、素直に素晴らしいと思う。もっとも、私は加速ブースターつきの機晶姫なので、どんなに訓練されていようとも普通の選手(犬)に負ける気はしないが。

捜査権を与えられていないマイトには競技場の客席側の警備を任せ、選手である私は一人で選手控え室(犬舎)に入った。
ここには、選手(犬)たちとトレーナーがいる。

「バウ。バウウウウバウバウウウウウンンバウバウバウ」(よう兄さん。地球からの特別招待選手なんだってな。よろしく頼むぜ。ところでなんだが、ガーデンには、最高のブツがあるんだ。レース前に一発、キメといたらどうだい)

「バババババッバ。バウンバウウウウウ」(いくら機晶姫様でも、こいつをキメたオレたちにゃ、勝てねぇと思うぜ。ヒヒヒヒヒ)

私に近づいてきた二人(匹)の選手は、目は充血し、口からは泡をこぼしていた。
レース前にしても、興奮しすぎである。
ムダな気もしたが、私は二人(匹)にそのブツとやらについて、聞き込みをしてみる。

「ワウ。ワウウウン」(ドーピングはバレてしまうのではないか?)

「ウウン。バウウウウウンン」(ヘヘヘ。どんなトレーナーも、医者もわかりっこないぜ)

「バウンバウバウバウウウンバウバウ。バウウン」(ムリムリムリムリ見抜けるやつはいねえ。だってこいつは)

二人(匹)は、私にこっちへこいと顎をしゃくった。
私が案内されたのは、選手控え室(犬舎)の隅に置かれた水分補給用の共同ウォータークーラー(水の入った桶)だ。

「ワウワウ。ワウウウン」(魔法の水か。スポーツマンらしい冗談だな)

「バウウバウウウウバウンバウン」(冗談じゃねぇこの水は可能性を開放する水なんだ)

「バウバウバウバウ。バウバババ」(こいつをくんでくるここの職員が魔法にかぶれててな。自分のくんでくる水にだけこっそり魔法をかけるようになったんだよ)

「ワウワウワウワッ」(それなら、あなたたち以外の選手はなぜ、飲もうとしないんだ)

「バウウウウバウン」(度胸がねえのさ)

「バウバウバウ。ウウンバウ」(この水の話はみんな知ってる。でも、あとでなにか起こるんじゃねぇかと怖がって口をつけねぇタマなしばっかりだ)

私の前で、二人は共同ウォータークーラー(水の入った桶)から、ガブガブと水を飲んだ。
たしかに他の選手は、様子をうかがうようにその光景を眺めている。
機晶姫の私なら、この水を口にして、もし、これが毒や薬物を含んでいても、害を受けずにある程度は成分を分析できると思う。
しかし、これを口にするのには、ためらいを覚えるのも事実だ。
どうするべきか。ガーデン内に薬物がはびこっている可能性を見逃すのはよくない、が。
マイトに相談しようにも、電波状況の悪いここでは、メールもできない。

「バウウウウバウン」(招待選手さん、男らしいのは、見た目だけかい)

「バウバウバウ。バウバウ」(オレたちがこぇえんなら、おとなしく地球へ帰りな。オレは、こいつで今日も天国へ行かせてもらうぜ)

「ワウン」(私も、一口、もらうとしよう)

「バウウウ」(そうくると思ったぜ)

「バウウウウバウン。ババババウンバウン」(オレたち三人で、入賞独占だな。今日のレースは、オレたちの三連単を買っとくように、世話係(トレーナー)のボケに教えてやるか)

「バウウンバウバウバウ。バウウウウウン」(教えてやろうとしても、言葉が通じねぇって。ヒヒヒヒ)

桶の水は澄んでいて、異臭もしない。見た感じとにおいは、普通の水だ。
私は、桶に顔を近づける。

◇◇◇◇◇◇

ヴェッセル・ハーミットフィールド(う゛ぇっせる・はーみっとふぃーるど)

うまいメシ屋を探してたんだ。
石庭は、マジェの中でも意外にうまいメシ屋が多いって情報がネットに転がっててさ。
それも、普通にアパートメントの一室で営業してる隠れ家的な店が多いっていうじゃん。
家庭料理っていうのかな、俺、最近、そういうあったかさを求めてるんだよね。
戦争とか殺人とかさ、当事者でなくても心が殺伐とするし。
おふくろの味で心の豊かさを取り戻したいやね。

たどりついた店の名前はCausewayで、FUNHOUSEの一室だ。
普通の住居の食堂そのまんまの小さな店内には、テーブル席が三つ。
客は俺一人だけ。
これで営業していけるのかよ。んと、でも、これは趣味の仕事なんだろうから、収入源はきっと別にあって、なんとかなってんだろうな。
なんて、余計なことを考えつつ、カウンター内にいる、優しげなおばちゃんにオススメを聞いて、それを注文した。
クランブル? なんじゃそりゃ。
マジェは外国みたいなもんだからな、あえて知らないもんを頼むのもいいかと思ってさ。
おふくろの味系で、さすがに食えないものは、でてこないだろ。
部屋自体が狭いんで、キッチンから香ばしい甘いにおいとオーブンの熱気がこっちまで伝わってくる。
少しして、俺のテーブルに料理が運ばれてきた。

「リンゴのクランブルとアイリッシュ・コーヒーよ。あなた一人だと多すぎるかもしれないわね。
ムリだったら、残してね。そのぶんのお代はいただきませんから」

「クランブルって」

ケーキか。
メシを食いにきたつもりだったんだがな。
うまけりゃ、なんでもいいけど。
直径15センチくらいの円。取りやすく、切り込みが入っている。
表面がでこぼこしたクッキーぽい生地で、たぶん、この下にリンゴがあると思われます。
俺は、まず一切れをさらにのせて、いただくことにした。
ふむふむ。
ぼそぼそした感じの生地に、リンゴの柔らか甘煮が包まれてるわけだね。
アップルパイの親戚というか。
まずくはないな。うん。うまいといってもいいが、メシではない。
クランブルがけっこう気に入った俺は、まるまる一個をたいらげた。スナック菓子を気がついたら一袋、食べてた感覚だな。
食後のコーヒーは、上に生クリームのたっぷりのってるやつで、コーヒー自体はけっこう濃くって、

「うぐ。
これ、酒だろ」

「ごめんなさい。アイリッシュ・コーヒーは、コーヒーにウィスキーが入れてあるの。びっくりしたみたいね」

顔をしかめた俺に、おばちゃんが謝る。

「かまわねえ、かまわねぇよ。
紅茶にブランディ入れたり、シチューにワイン入れる感覚だろ。
しっかし、けっこう強い酒入ってんな。体が熱くなってきたぜ」

「別の飲み物を用意しましょうか」

「じゃ、水ください」

黄金色のリンゴ水がでてきました。ノンアルコールです。
なにげにリンゴが多いな。
厳密にはメシではないんだが、とにかく俺はおふくろの味が楽しめた気がするので、満足だ。

「おいしかったよ。
おばさん、ガーデンの人だよな。旦那さんは職人さんかなにかで、おばさんは趣味でこの店をやってるのかい。
ほう。うん。
旦那が行方知れず。はあ、それは困るよな。
ガーデンの七不思議。それの調査に行って、そのまま帰らないんだ。心配だよな。
他にも一緒に行った連中が全員、帰ってないのか。
ふーん。で、その七不思議って、なんなの?
よくわかんねぇのか。けど、どこらへんにあるかくらいは、わかるよね」



食後の散歩がてら、俺は、ガーデンの七不思議を探索することにした。



死んだかと思った。

◇◇◇◇◇◇

三船敬一(みふね・けいいち)

犬型機晶姫ロウ・ブラックハウンドが飲もうとした水を俺は、寸前のところで桶ごと取り上げた。

「バウウウウ! ガルル。ルルルッ」(なにしやがる! てめぇ、火薬のにおいがするぜ。軍人か)

「ガルガルガルッ」(準備運動として、かみ殺す)

途端、ロウの横にいた二匹のレース犬が、牙をむいて俺を威嚇する。
やつらは涎をたらし、いまにも襲いかかってくる様子だ。
ロウはといえば、静かな目で俺をみつめていた。
この毅然とした機晶姫とは以前にも、同じ事件の調査に参加したことがある。
犬のトレーナーらしき男が、俺の側に寄ってきた。

「あんた、なにをしてるんだ。
レース前の犬にちょっかいだすのは、やめてくれよ。
誰の許可を得てここまできたんだ。
客は、犬舎には出入り禁止だ。犬たちもこんなに興奮してる、早く出て行ってくれ」

「すまない。俺は、シャンバラ教導団の三船敬一だ。
アンベール男爵の依頼を受けてガーデンを調査にきている。
これが、推薦状だ」

俺は、男爵にもらった書状を男にみせた。
書面には、男爵のサインと、ガーデンの全住民に対して、ガーデン内での俺の調査に協力して欲しい旨の文章が書かれている。
書状を眺め、体格のいいヒゲづらの男は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「ふん。男爵様だかなんだか知らねぇが、ここはドックレース場だ。
痛くもない腹を探るようなマネは、やめてもらいたいね」

「たしかに、あなた個人は、関係がないかもしれないが」

「ああ。まったくの無関係だ。
こっちはレースで気がたってんだ。探偵は、ヨソへどうぞ、だぜ」

困ったもんだな。
こういう時は。そうだな、使いたくない手だが、しかたない。
俺は財布から札をだして、男の手に握らせた。
叩き返されたらそれまでだけれども、いまよりも状況が悪くなりはしないだろう。

「なんだよ、あんた。俺に八百長でもさせるつもりか」

男は毒づきながらも、札をポケットにしまいこんだ。

「5分だけだぞ。なんの話を聞きたいんだ」

作戦は成功したらしい。
時間もないし、短刀直入で行こうか。

「メロン・ブラックが消えた頃から、ガーデンでは怪しげな宗教のようなものが流行していると聞いた。
それも複数だ。あんたはそれについて知らないか」

「それは、たぶん、宗教じゃねぇな。
ガーデンが四つの部族の集まりだってのくらいは、知ってるだろ。
部族それぞれに伝説があるんだよ。
まあ、四部族全部まとめて信じてる伝説もあるんだが。
ちいっと前に、メロン・ブラックの野郎が、ガーデンのどこかにあった伝説のお宝を見つけちまったって話が流れたんだ。
そのせいでガーデンの平穏が崩れるみたいな、な。
ブラックの野郎がオッ死んだのは、ヤバすぎるお宝に手をだしたんで、その呪いでやられたって噂もあるんだぜ」

男はそこで口を閉じた。
しばらく待っても、話を再会する気配はない。
しっかりしてるな。
俺は、男にさっきと同じ額の追加料金を渡す。

「ロンドン塔やマジェが壊れた次は、ガーデンが完全に崩壊して、地上から亡くなっちまうって、みんなが信じた」

「あなたもか」

「まあな、俺はどうせ死ぬまで、この犬コロどもをかわいがるつもりだし。家に帰れば酒を飲んで寝るだけだから、いつ死んでも、かまわねえけどよ。
多くのやつらは、そうでもねぇんだ。
信心深いやつらは、自分の部族の神様や英雄をそれぞれ崇めて、救いを求めだした。
ブラックの手下の力を借りて、英霊を召還しただのっていうヨタはずいぶんきいたよ」

完全にヨタかどうかわからないのが、怖いな。

「俺が反対に、あんたに聞いていいか。
先に言っとくが、俺は代金は払わないぜ」

「もらう気はない。さあ、聞いてくれ」

「あんた、その犬の水をどうして取り上げたんだ。
それは別に、どうでもいいもんだろ」

それが違うから、俺は、桶を抱えているわけだが。

「俺たちの捜査の結果、今回の一連の事件に、ここの職員が関係しているらしい事実が判明した。
彼の名前は、インクルージョン。
本人は、現在、行方不明だ。
彼は、魔法を研究したらしい。彼が犬たちに用意していた水や食べ物には、特殊な呪いや薬物が混ぜてある恐れがある」

「あのバカ、なにしやがった。
ちいっと前に、話しただ時には、すげぇものを手に入れたっていってけどな。
あんた、どうしてこの桶をあいつが用意したってわかるんだ。ここの水飲み桶は、これだけじゃないぜ」

俺は抱えたままの桶を腕の中でまわし、桶の表面の描かれた小さな紋章を男に見えるようにした。

「ヘンなマークだな」

「一筆書の六芒星だ。インクルージョンは、やつが自分のものだと思っていたものには、自らの血でこの印を記していたらしい。調べさせてもらったところ、この競技場で印が記されているのは、この桶くらいだ」

「そうかい。そうかい」

男は予備動作もなく、俺から桶を奪うと口をつけ、水を飲んだ。そして、飲みきれなった分は、桶を逆さにし、地面にこぼす。

「お、おい。大丈夫か」

「ピンピンしてるぞ。これでブツの処分はすんだな。ほら、桶はやるからでてってくれ。もう用はないだろ」

男の身に異常が起きるとしても、それはまだ少し先のはずだ。俺は、それまではこの男を見張っていたいのだが。

「ワウン。ワウウワウワウ」(事情は了解した。選手(犬)たちとトレーナーは私が監視する)

ロウが俺の側にきて、鳴いた。
当然、意味はわからないが、こちらを見る彼の瞳に、俺は信じていい力強さを感じる。
ロウは、自称警部の相棒だったな。おそらく、潜入捜査でもしているのだろう。

「わかった。俺は客席にいるとしよう」

「ワウウワウワウ」(マイトにもいまの話をしてやってくれ)」

「頼んだぜ。ロウ」

俺は、犬舎をでた。

◇◇◇◇◇◇

<ヴィゼント・ショートホーン>

都会でも田舎でも不自然に人が消える街(町)には、共通したキマリがあるんです。
俺は、ストーンガーデンもそれが当てはまるかもと思いまして、ギルドで調べさせてもらいました。
ここの転入出記録。
ワケありの街ってのは、脱税してる会社と同じで、帳簿に不自然さでるんです。
例えば、書類上のいるはずの人数よりも、どう考えても多すぎる住宅があるとか。反対に台帳の人数に住宅の戸数が追いついてなかったり。
ガーデンの場合、後者です。
転出が少ないのはよいとしても、現在、ガーデンのギルドに登録されている全住民数に対して、ここの戸数では数が合いません。何百人単位のホームス、居候がいるのでしょうか。
大都市ならともかく、でかいとは言っても、たかだかアパートメントでそれはないでしょう。
この場合、すでにここには存在しない人間が住民として登録されている可能性がありますね。
つまり、公式に届けをださない形で消されてる人がいるってことですよ。

「ガーデンには地下があるんです。そこは、MOVEMENTと呼ばれています。これだけ聞き出すのにも、ずいぶん骨を折りましたがね」

相手のですが。

「MOVEMENT関係は、ガーデンでも上の方の人間しか知らない情報です」

「あたしゃ、知っても知らなくてもどうでもいいス。敵はどこデス」

自分の誘いにのってついてきたヒルダさんは、やる気に満ちあふれています。
なにが待ってるのかもわからねぇ、帰りの保証のできかねる潜入行には、案外、最高の相棒かもしれませんぜ。

「いいですか。ヒルダさん。自分らがこれから行くのは、表むきはには、ガーデンにその存在を認められていない地区です。ですから、そこでなにがあろうと、すべては闇に葬られると思ってください」

「後腐れがなくって、いいじゃないスカ。殺るだけ殺って終りスよ」

「自分がようやく手に入れたこのカードキーは行きのみで、帰りは使えません。これ自体も使ってみるまで、真偽も定かではありません」

ムチャをする前に、パートナーのお嬢に連絡したいんですが、携帯がつながりません。
鞆絵さん、義仲さんにも連絡がつきませんから、これで自分が姿を消したら、本当に謎の消息不明者になってしまいますね。
自分とヒルダさんは、周囲をフェンスでかこまれ、立ち入り禁止の看板が立てられた崩れかけの石塔の前に立ちました。人気のない廃墟のような雰囲気ですな。

「ここから、地下へ行けるはずです」

「Go to Heaven♪」

フェンスを乗り越えて、塔に近づきます。
苔のはえた塔には、カードキーの挿入口などないようにみえますが、自分は、聞いてきた通り、組み合わされた石材の数をかぞえて、鍵のかかったドアの上辺の横、三つめの石長方形の下辺の端の隙間に、カードを差込みました。
奥まで入れて、カードがすべて隙間におさまると、カチリと音がして、ドアが開きます。
数百人の住民を飲み込んだ暗部へと、自分らは足を進めました。

◇◇◇◇◇◇

<リッシュ・アーク>

ミイラ野郎と話していてもラチがあかないんで病院をでた。
いくアテはないが、ああいう化け物みてぇになっちまったやつが他にもいるとしたら、さぞかし目立ってるだろうから、ダウンタウンで聞きこみするかな。
最初にアジトで、水のでどころがストーンガーデンかもしれない、って噂があるとは聞いてたんだけど、まだ、確証はなにもない。ガーデンの殺人事件と水の件は、関係あるのか。

「死の杯の水を飲んだ人にあってきたのね。
リッシュ・アークと水橋エリス。
私は、シェリル・マジェスティック。あなたちと同じ事件を追っている占い師よ。
私たちはあなたたちと一緒に、死の杯にたどりつくわ。
カードがそう告げているもの」

「私は、茅野瀬衿栖です。
シェリルと道に迷っていたら、この子が道端で急にタロット占いをはじめて、お二人と行動を共にするのが運命だって、言うから、その」

話しかけてきたのは、タロットカードを手に自信満々な口調の子と、申し訳なさげにおどおどしている子、俺としちゃあ、後の方が頭がまともそうに見えるけどね。

「同行もなにも、俺たちも行くアテが決まってないんだよ。
あんたが言った、死の杯ってなんだ」

「死の杯は、偽りの聖杯の一つ。
死の杯を仰いだものは、死を体内にいれる。
死を己の中に取り込んだことになるの。
ようするに、生きながらの死人みたいになってしまう。
病院には、そういう人がいたはずよ」

「ああ。いま、会ってきたぜ」

「シェリルさん。あなたは、私たちのことがわかるのですか」

エリスは、シェリルに興味を持ったらしい。
ヤバそうだから、やめとけって。

「この子、占いはものすっごく、得意なんです。
けど、ありえないくらい方向音痴で、一緒にいると私まで目的地に、たどりつけなくなってしまって。
占いの能力と引き換えに、方向音痴の呪いでもかわられてるんでしょうか。
そうだよね、リーズとブリストル」

シェリルに比べれば普通だが、片手に二体の少女人形を抱え、ときたま、それに話しかけたりもしている衿栖もかなりいってる気がするな。

「呪いなんて、大げさよ。
道に迷うのも定められた運命のうちなの。
私たちは、ここへ行くべきなの。さあ、急ぎましょう」

携帯用のマジェの地図を広げるとシェリルは、ダウンタウンの一角を指さした。
そこは、娼館の多いあたりだな。
俺は、こいつらと一緒に動く理由はない気がするけど。

「シェリルさんは、方向音痴だと言いますし、心配ですね。
リッシュ。私たちも彼女たちと行きましょう」

例によって、上に超のつくお人好しのエリスがそう言うんで、パートナーの俺は、右へならえっ! てわけで。

◇◇◇◇◇

中原鞆絵(なかはら・ともえ)木曾義仲(きそ・よしなか)

「ナラカからこちらの世界に戻ってきて思ったのだが、現在は平家物語を読んでいる者も、そうおらぬようだし、琵琶法師が市中で弾き語りをしている姿もみかけぬ。
このような時世では、木曾はもちろん源氏の名も知らぬものが多いだろうし、わしもはからずも敗軍の将として馳せてしまったこの名を捨て、新たな姓名を名乗ってもよいのではないか、そのように思うのだよ」

わざわざ名前を変えなくても、義仲様は、まず、こちらではナラカ人ですから。
普通の方からみれば、幽霊、心霊の類なのですよ。
ようするにお化けです。
お化けはそれが英雄であろうと美女であろうとお化けですから。
みなさん、名前は気にしません。

「妾のおまえにそう言われると、なにやら悲しい気もするが、仕方あるまい」

ナラカ人になられても義仲様は義仲様です。
だから、こうしてあたしは便女の務めとして、体をお貸ししているではないですか。
あたしの体でこの世界に慣れてくださいね。

「たしかに。おぬしは相変らず聡明だ。
ストーンガーデンの石造りの世界は、権力のためには血族さえも蹴落とし、葬りさるのを厭わぬ、我が源氏の家系を思わせる冷やかさがあるな」

そのようなイヤな過去は、忘れてしまえばいいのです。

「イヤではないぞ。楽しい思い出だ。
時が変わろうと、権力がからむと人がみなそうなるのに違いはなかろう。
ところで、鞆絵。おぬしは、この仕掛けがわかるか。
わしにはわからぬ」

そうですね。あたしもさっぱりです。
リカさんとも、ヴィゼントさんともはぐれてしまいましたし、あたしたちをここへ導いてくださった高崎さんには、わかっているのでしょうか。

「え、なに。
ばあちゃん、俺も出口わかんねえから。ごめんな」

「何度も言っておるが、わしは鞆絵ではない。
鞆絵の体を借りておる木曾義仲だ」

「でも、声も見た目もばあちゃんだぜ。ばあちゃんでいいじゃん。
疲れたな。ちょっと、休憩しようぜ」

高崎さんは床に座り込みました。
休憩なら、ついさっきもしたような気がするのですが、かわりばえのない風景の中をえんえんと歩いているので、どうも時間の感覚が定かではありませんね。
ストーンガーデンでは建材に使われている種々の石のせいか、携帯や電化製品、それに時計などの機械類もまともに動かなくなるのです。不便ですね。
義仲様に体をお貸しして、お散歩していたのですが、偶然、お会いしたパラ実生の高崎悠司さんに、おもしろい場所があるらしいから、一緒にこないか、と誘われまして、あたしは気乗りがしなかったのですが、義仲様が興味をおもちになられまして。

「いま考えてみれば、地下からのガスをだすための巨大排気口というものがそもそも怪しかった気がするぞ」

蒸気のもうもうとでている大きな穴でしたね。

「あれは不定期に開閉し、日頃は閉じていることが多いという話だ。わしらが中に入った後、フタは、閉じてしまったのではないか。そうすると、出口は閉ざされたことになる」

あたしはまさか、高崎さんと義仲様が飛び込むとは思っていませんでしたよ。

「わしは高崎につられたのじゃ」

「あーん。助けを求めてるような声、したろ。誰か落ちてんのかと思ってさ。中の様子をみようとしたら、落ちたんだよ。
そしたら、高速滑り台だもんな。垂直落下でなくてラッキーだったけどさ。
どこまで落ちたかわかんねえし、広いし、意味不の巨大機械は動いてるしで、まいったな。
俺は、ガーデンの心霊スポットをみにきただけなんだけどな。
不定期で開放されるっていう巨大排気口がやべぇ場所なのはよーくわかったよ。
めったにその姿をあらわさないらしいやつが見れたんで、喜んでたんだけど、罠だったかな」

罠かどうかよりも、高崎さんも義仲様も無謀すぎます。

「しかし、おぬしは心霊スポットをみるために、わざわざ、ここまできたのか。
ある意味、あっぱれな男じゃのう」

「俺なりに殺人事件の調査はしてみたんだぜ。
トパーズに話を聞きに行っても多忙で会えなくて、容疑者のニトロにも会おうとしたんだけど、ニトロはIDEALPALCEの管理人のガーネットと一緒に行方不明でさ。
俺的には、三人に死亡フラグが立ってる気がしたんで、ガーデン内のやばそうな場所をあたれば、どこかで会えるかと思って、心霊スポットをたずねたわけさ。
ガーデンは、石と人柱によって支えられている、石柱の盛られたの大皿だ、って言葉も住民のじいさんから聞いてな。まずは、その皿の下方面の噂をたしかめたかったんだ」

高崎さんなりに考えておられるのですねえ。
でも、ここからの脱出方法は、思いつかれないまだご様子です。
高崎さんも義仲様も策を練るタイプではありませんものね。
あたしも、ここで朽ち果てたくはないですし。
あの、義仲様。

「どうした」

このまま歩き回っていても時間をムダにするだけです。
この地下を、とりあえず、ストーンガーデンと同じくらいの直径だと仮定して、左手で一番外側の壁をさわりながら、時計まわりに歩いてみましょう。そうすればおおよその広さもわかりますし、出口も見つかるやもしれません。

「わかった。そうするとするか。
鞆絵の策だ。やってみても損はあるまい。
高崎。わしと同じようにして歩け。
よいな」

「へいへい。なんでもしますよっ」



おや。あれは。
義仲様。人が倒れております。
左前方でございます。

「お。あれは。知ってるやつだぜ。名前はえーと」

高崎さんのお友達ですか。
顔が体が血で汚れてらっしゃいます。
義仲様。介抱してあげてくださいませ。あたしの巾着の中に、携帯用の救急箱がございます。
リカさんと出歩く時には、必ず持ってきているのです。

「用意がいいな。さすが、鞆絵だ」

高崎さんと義仲様がなれない手つきでケガ人にさわるのをみていると、ひやひやしますね。
額を切っているので出血は多いですが、傷自体は浅そうです。
意識も戻ったようで一安心でしょうか。

「死んだかと思ったぜ」

「よう。おまえ、たしかベタだよな。空大の怪談講義とかで顔、あわせたことがあるよな」

「俺は、ベスだ。あ、あ、んなことより、頭、痛てぇ。痛てぇーよそこ。ててて。
治療はありがたいけど、もっと、優しくやってくれって。
それと、おまえら、あんまし油断してるとやばいぞ」

白髪、白面の男の子は、消毒液を直接ぶっかけ、傷口に指で軟膏をごしごしすりこむ義仲様の荒治療に、悲鳴をあげました。
これでは、治療でなくて拷問ですね。

「ここはさ。
ヘンな柱や、石版や歯車がごっちゃごちゃにある、機械装置の中みたいな部屋? だろ。
この装置つうか、部屋全体がな、突然、動きだしたんだ」

「装置ならいまも動いておるぞ。
そこもここもあれもこれも。
ちゃんとみておればそれほど危険ではあるまい」

「逆回転したんだよ。
俺も一定の規則にしたがって動いてから心配ないと思って、探索してたんだ。
そしたら、急に二倍、三倍速ですべてが逆に動きやがった。
俺は可動式の石柱に足を払われ、回転する菱型石版にのせられて、歯車にまきこまれたんだ」

それで、よくその程度のケガですみましたねえ。

「ヴェッセル・ハーミットフィールド。きみは貴重な体験をしたね。
レトログラードを目にするのではなく、機構自体を身を持って経験するのは、めったにできるものではないよ。
やあ、18世紀のブレゲの顧客名簿のナポレオンと同じページに名前を記したことのある、ベスティエ・メソニクスだ」

「お、おまえ、また、わけわかんねぇ話をしにでてきたのか」

石柱の陰からでてきたのっぽの獣人さんに、ベスさんは怒鳴り声をあげました。

「ヴェッセル・ハーミットフィールド。高崎悠司。木曾義仲。中原鞆絵。
石庭には、上にも、下にも、真ん中にも秘密があってね。
きみらはその下の方の秘密の核心にいるんだよ。
これはなにかと問われたら、レトログラードと答えよう。
その力は、逆回転。
さて、すると、残りはどんな秘密なのかな。
すべてを見つけなくても、秘密が示唆する全体を把握できれば、いつまでもMOVEMENTにいない方がいいと思うな。
もっとも、僕の」

「おまえの話を信じてやるよ。
他に情報もないしな」

「では、ごきげんよう。
また、会う時まで」

ベスさんに言葉をさえ切られても、にこやかな笑顔で返し、ベスティエさんは、軽い足取りでどこかへ行ってしまいました。

「いまのはなんなのだ。ヴェッセルの友人か」

「友人じゃねぇな。俺もよく知らねえけど、あいつは、いつもあんな調子だぜ」

「情報通のようだが、なぜ、どうして、ここにおるのだ。わしらについても知っている様子。
わけがわからぬぞ」

義仲様。気にしないほうがいいかと思います。
不思議な出来事、不思議な人は、意外に身近にいるものですわ。
あなたの従兄弟の牛若丸も、武蔵坊弁慶もずいぶん不思議な御仁だったではありませんか。

◇◇◇◇◇◇

戦部小次郎(いくさべ・こじろう)

普通の人間にとって大きな犯罪事件にかかわるのは、人生の中でもそうめったにない出来事ですので、加害者であれ、被害者であれ、そこで悩んだり、苦しんだり葛藤するのだと思います。
ストーンガーデン内でなんらかの犯罪が進行していると聞き、私は、今回は、事件周辺で心に葛藤を抱えている人に助けになれればと考えたのです。
ようするに、秘密厳守の悩み事相談ですね。
前に、ちょっとした縁があって身柄を拘束させてもらった某団体の構成員系の方のツテを利用して、マジェ内、ひいてはガーデン内部に、ヤバイ話でも相談にのるなんでも屋がいる、と宣伝してもらいました。需要のありそうな方面の方達にですね。

「彼、インクルージョン殿は、死を決意しているというのですか」

「わかんないけど。死ぬのはこわくないとは言ってた。でかいことをするから、あたしにも手伝わないか、とか」

「でかいこととは、彼の職場であるガーデンのドックレース競技場でも爆破するつもりですかね」

「わかんないよ。あいつ、すげぇやばいの。あたしは金払いのいい客だと思ってたから、みてみぬフリしてたけど、どう考えても正常じゃないよ」

私に相談きたその女性は、仕事で、何度かガーデンに住む男性の部屋に、出張個室サービスに行くうちに、男性の異常さに気づき、このままでは危険なのではないかと思うようになったそうです。

「する前にヘンな水飲まされたり、その水を口うつしに自分に飲ませてくれとか、それで全身なめてくれとか。
リクエストも変態ぽかった」

なるほど。ベットが水びたしになりそうですね。

「水を飲んであなたは平気だったのですか」

「その時は」

「後からおかしくなったと」

「おかしくなったって言うか、あの水がまた飲みたくなるの。
でも、あれ飲むとヘンになるし、飲み続けたらおしまいだって気がする。
医者にみてもらっても、体に異常はないって言われたけど。
あれを飲んでる間は、楽しいよ。
ハイになるっていうか、味も、見た目もただの水でやばい感じしないし」

「彼は水をどこから用意してきたのでしょうね」

「知らない。
自分で作ったみたいなこと言ってた。まだ、完成品じゃないんだ、みたいな。
そう言えば、あいつ、あれをマジェ中の人に飲ませるとか、イカレことも言ってたな。
あの水は、マジ、やばいよ。
あたし、この間、あいつに呼ばれた時に、浴槽一杯にあの水が入れてあって、桶にもコップにもたくさん入ってて、二人で、お風呂に浸ったり、水飲んだりして、プレイしてたら、そしたらね、気がついたら、三日もすぎてたの」

小動物を思わせる、ショートカットの愛らしい姿をした彼女は、怯えた表情で首を振りました。

「まともに飲んだり、食べたりせずに、起っぱなしで、風呂場で三日間し続けたんだよ。ありえないよ。
二、三時間のつもりだつたのに。
あたし、自分で自分がこわくなった。
だから、もう、あいつとかかわるのは、やめたの。
あいつ、あの水でなんかすごくヤバイことするよ。とめないと、大変なことになる。
あたしは、もうあいつと会うのはイヤだけど、でも、誰かがとめないと」

「ですね。それでまた彼から呼びだしがあったので、こうして相談にきた、と」

「うん。あたしはムリ。お兄さん、あいつ、なんとかしてよ。厄介事専門のなんでも屋なんでしょ。あたし、ヤードやギルドとはかかわりたくないんだ」

「わかりました。私が行きます」



インクルージョン殿が彼女を呼びだしたのは、ガーデン内ではなく、マジェスティックのダウンタウンにある、安宿の一室でした。
部屋で私を待っていたのは、同じシャンバラ教導団の所属のクレア・シュミット中尉殿と、彼女のパートナーのパティ・パナシェ殿、それにインクルージョン殿。

「戦部か。少し遅かったな。
私たちもガーデン内の飲食物の線を追っているうちに、この男にたどりついたのだが、手遅れだったようだ」

「これでは、クレアさんも治しようがないですよぅ。なんで、こんなになるんでしょ〜ねぇ」

私もお二人と同感です。
全裸の、おそらくインクルージョン殿と思われる人物は、額、両目、胸部、腹部に銃弾を打ち込まれ、頚動脈を切られ、さらに首はワイヤーで何重にも絞められており、両手首足首、性器を切り落とされた状態で、胸にナイフを突きたてられ、浴槽の水の中に沈んでいました。

「怨恨による死体損壊と言うよりも、儀式めいたものさえ感じる、見事な壊しっぷりですね」

私の素直な感想です。

「加害者には、ここまでやらねばならぬ理由があったらしいな。
このままにしておくわけにはいくまい。ここは、マジェスティックだ。事件をうちうちですませたいらしいガーデンのギルドには悪いが、スコットランド・ヤードを呼ぶとしよう」

さすがに中尉殿は、この惨事の第一発見者とは思えぬほどに、落ち着いておられます。

「クレアさん。戦部さん。ちょっと、みてくださいよぅ。これってぇ、すごくないですか」

パティ殿に呼ばれ、私がみたものは、水面に浮かぶ気泡でした。
薄い朱色の染まった水の中で、インクルージョン殿の口から泡がでてきています。
まさか、この状態で彼が呼吸をしているはずが。

しかし。

時間や正常な感覚を失う魔法の水。
心身ともにそれに侵されていたであろうインクルージョン殿ならば、もはや普通の人ではなくなっていたとしても、おかしくはありません。
飲まず、食わず、寝ずで三日三晩、ハードに動き続けるほどですからね。
そんな彼なら、死ななくてもおかしくはないのでは?

「この損壊作業は、インクルージョン殿が水に沈められているのは、これでも死なない彼を、死んでいるようにみせるための偽装ではないのですか。
このまま、死体と判断され、解剖されれば、いかなインクルージョン殿でも助かりはしまい。
犯人は、そう考えていたのかも」

もしくは、不死者にだからこそのできる拷問をしているのかもしれません。
自分で言っていて、どうかと思うような発言ですが、私はそれらの可能性を否定しきれません。

「彼を水からだしてみます。
インクルージョン殿、よろしいですか。手荒になるかと思いますが、貴殿を持ち上げさせていただきますよ」

浴槽の彼に告げると、答えるように、いくつかの気泡が続けて水面にあがりました。

◇◇◇◇◇◇

<エルム・チノミシル>

ストーンガーデンのArianってお店に、ファタさんがみんなを連れて行ってくれたんだ。
みお姉と、お友達みんなも一緒だから、遠足みたいで楽しかったな。
お店はね、アキセサリーや宝石がいろいろ売ってて、僕、こういうとこにくるのは、はじめてだったんで、見るもの全部がめずらしくて、目がまんまるになっちゃったよ。
他のみんなもそうみたい。
男は黙って真剣に眺めてる子が多かったけど、女の子たちはきゃーきゃーおしゃべりして、すごく盛り上がってた。
お店の人がクッキーと紅茶もだしてくれて、どんどん時間がすぎていった。
僕は、気になってきたんだ。
僕らがここにいる間に、中庭に作りかけの怪獣や、みんなの雪のアート(みお姉がそう言ってた)が、誰かにいたずらされていないか、って。

「僕、様子をみてくるよ」

「一人だと危険です。もう少し待ちなさい」

「平気だよ。すぐ戻ってくるってば」

みお姉は、優しいけどすごく心配性なんだよね。
僕は、男の子だから、自分の身ぐらい自分で守れる、と思う。

「エルムが行くなら俺も行くよ」

「僕も」

「私も」

何人かの子がそう言ってくれたので、みお姉もしぶしぶOKしてくれて、僕らは10人で中庭に戻ったんだ。
僕らのアートは無事だった。自分たちで作ったなんて、思えないくらいどれもきれいでカッコよくできてるな、って思ったよ。
本当は、すぐに戻るつもりだったんだけど、誰かが僕に雪の玉をぶっけてきて、気がついたら、僕らはみんなで雪合戦をはじめちゃってた。
しばらく、みんなで雪合戦してて、それで。

「ねーねー。こんなのあったっけ」

「知らないよ。なにそれ。そんなのなかったよ」

「エルムー。この雪だるまヘンだよ。こんなの誰もつくってない」

誰も作ってないはずの雪だるまが、僕らのアートと一緒にあるのに気づいたんだ。
僕らはみんなでその大きな二体の雪だるまを囲んで眺めた。

「自然にできるわけないよね」

「みお姉は雪だるまの女王様なんでしょ。みお姉に会いにここまで、歩いてきたのかも」

「足がないよ」

「うーん。不思議だね」

僕が頭をひねっていたら、

「ねえ、ここなんかでてる」

女の子が雪だるまの下のところから靴の先みたいなのがでてるのを見つけたんだ。

「うわー。足、はえてるよ」

「違うよ。中に誰かいるんだよ」

「えー。どうしよう」

「ヤバイよ。きっと、誰か死んでるんだ」

「ちょっと、待ってよ!」

みんなが騒ぎだしたんで、僕は大声をだした。

「靴の先みたいなのだけじゃ、わかんないよ。調べてみようよ」

「う、うん」

とは言っても、みんな黙ってしまって、誰も動かないんで、僕は自分で雪だるまの雪を払い落としていったんだ。

雪だるまの中には一体に一人ずつ、銀の髪の男の人と、赤い髪の女の人が入っていた。
二人とも、ケガはしてないみたいで、僕らは生きてるのか死んでいるのかわからない、目を閉じて、青い顔をしてる二人をみんなで雪だるまからだしたんだ。