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虹の根元を見に行こう!

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虹の根元を見に行こう!

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「虹の根元、ありませんでしたね……」
 オルフェリアはシルキスの横に座り、残念そうに呟いた。
「そうですね。宝物がなくて残念でした」
「根元は必ずどこかにあります、諦めません。でも、宝物はありましたよ。上手く言葉にできないんですけど……」
 オルフェリアは指をくるくると宙を彷徨わせていた指をピンと立て、シルキスを見据えて言った。
「元々、宝物はあったらいいなとは思ってましたけど、何も出なくても、それはそれで最後に何かを残せるんじゃないかなと思ってます。いえ、思いました。だから、その……」
 自信は薄れた。
 上手く言葉にはやはりできなかったが、それでも自分の役目を思い出す。
「手術、諦めないで下さい。きっと、何かは残りますから、シルキスさんの中に。だから……」
「ありがとう、オルフェリア・クインレイナー。私がもし諦めきれないようでしたら、また一緒に探しましょう」
「はい。約束です」
 オルフェリアが差し出した小指に、シルキスは自分の小指を重ね、微笑んだ。

「……あのさ、シルキスさんはどうして虹の根元を見たいと思ったの?」
 グラップラーの四谷 大助(しや・だいすけ)はシルキスの傍に立ち、真っ直ぐ虹を見据えながら聞いた。
「お母様のお話の中で、少女は虹を見れば元気になります。だから……」
「だから、自分と重ねたわけか」
「わるいけどあんな退屈なパーティなんておことわりだわ! おとーさまにはうまくとりなしておいてね!」
「いけません、お嬢様!」
 大助のパートナーであるシャンバラ人、グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)は、シルキスの前でいきなり小芝居を始めました。
「ヴェルマン! 私の言うことが聞けなくて!?」
「お父上からお嬢様の教育係を承っているからこそ、聞けません」
 グリムゲーテの顔がきりっと引き締まり、渋い声を聞くと、教育係のヴェルマンは相当頑固そうなイメージがシルキスには構築された。
 そのヴェルマンが部屋から出て行くと、グリムゲーテ役に戻って、ぱちんと指を鳴らして人を呼び寄せた。
「貴方……この前私のスイーツを食べたそうに見ていましたわね?」
 呼びつけられたのは侍女らしく、彼女はガクガク震え認め、グリムゲーテに加担します。
 ならば、と屋敷を抜け出すために鉤縄を用意し、グリムゲーテは頭の上でそれを回し、外に引っ掛けた。
「お嬢様!?」
 しかし、ヴェルマンは目敏くそれを見つけ、鬼ごっこが始まった。
 が、すぐに落ちたように倒れこんだ。
 仕掛けたトラップに引っかかったらしい。
 だが、ヴェルマンはタフネスで、トラップを仕掛けるのも億劫なほど追って追って追って、門まであと一息ということでグリムテーゼを捕まえた。
「さあ、鬼ごっこはお終いです、お嬢……さ……ま……?」
「スミマセン、スミマセン、スミマセン」
 それは侍女であり、彼女は何度も頭を下げた。
 身代わりだった。
 本物のグリムゲーテはむくりと起き上がり、先ほどの鉤縄から外へ出て、門とは反対側へ行き、木をつたい外へ出た。
「下町の子供達と遊ぶために、追ってくるヴェルマンと毎日戦っていたわ」
「そんなことだろうと思ったよ」
「ふふふ、大変そうですね」
 シルキスは誰もいなければお腹を抱え出して笑っていたかもしれない。
 それくらい、魅力的な武勇伝だった。
「だから、元気になったら私たちと目一杯遊びましょ? 大助、当然貴方も一緒よね?」
「ああ、生きてさえいればどうにでもなる。また何かしたくなったら、ここにいるオレたちを呼べばいいんだ。今更遠慮するなよ。少なくともオレは、連れ回されるのは慣れてるからな」
「失礼ね!」
 力瘤を見せるように決める大助だったが、グリムゲーテに耳たぶを引っ張られながらその場を後にした。

「虹って綺麗だねー。でもあのおねえちゃん、まだ元気ないみたいだよ?」
 獣人の九条 レオン(くじょう・れおん)が言うと、パートナーであるコンジュラーの九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)はレオンの頭を撫でながら言った。
「そうだね。少しお話してくるから、レオンは待っててくれるかい?」
「わかったよー」
「遠くに行っちゃダメだよ」
 ローズはそう注意を促しておいて、シルキスの傍に寄った。
「成功確率は高い手術だと思います。まだまだひよっこな医者だけど、そう思いますよ」
「はい。私の主治医の方にも、そのように言われました」
 そうは言うものの、シルキスの心の底にある不安は拭い去れないのだろう。
 だからこそ、ここまで来たのだ。
 シルキスと一緒に、小高い丘からその下で遊ぶレオンを見て、昔話を始めた。
「レオンが自転車の補助輪を外したばかりの時のことです。やはり、補助輪があると無いのとでは、勝手が違うんでしょうね。運動神経の良いレオンでさえ転びまくっていました。擦り傷だらけで、ムキになって……ずっと練習をしていました。もう夕方近くなった時、私が、頑張るねぇ、転ぶの怖くない? って聞いたらレオンがさ……ロゼがいてくれるから、こわくないよ! って言ってくれたんだよ。私はただ少しだけ手伝っただけなんだけどね、レオンにとっては心強かったんだろうな。だから……」
「優しいのですね……」
 言い淀むと、シルキスにはっきりと強い視線を送られながら、そう微笑まれた。
 伝わった。伝わったのだが、
「感情論でごめんね、医者のくせに」
「いいえ、そんなことありません」
 シルキスが首を振ると、丘の下にいたレオンが駆け上がってきた。
 その手には、幸運を運ぶ四葉のクローバー。
「四葉のクローバーか、シルキスさんにあげるの?」
「うん」
「そうか、レオンは偉いな」
「えへへー。はい、おねえちゃん! あと、これも!」
 レオンはポケットを探って、道中に集めた綺麗な石も加えて、シルキスに差し出した。
「もらっていいんですか?」
「うん!」
「ありがとう……」
 レオンからプレゼントを受け取り、それを見つめるシルキスを尻目に、2人はその場を離れた。

 ――イオ。
 機晶姫、セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)の言葉を、ネクロマンサーであるイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は、シルキスの元に歩み寄りながら思い出していた。
 イーオンは、虹の根元などという夢物語に縋るシルキスの面倒などを見るつもりはなかった。
 ――イオ、どうかご再考を。不安というものは、容易く人の心を削り取ります。
 ――どうかご再考を。
 何に駆り立てられたのか、いつにない熱意でイーオンに迫るセルウィーについにイーオンは根負けしたのだった。
(非論理的だ。だが、虹の根元があろうとなかろうと、彼女が変わらぬ心持ちで手術へと臨めるようにしたいと説得する。それが……)
 イーオンはシルキスの傍に立った。
 シルキスはそれに気付いてイーオンを見上げたが、イーオンは自身の冷たい印象を与える瞳を向けたくなく、独白のように語りだした。
 説得も演説も、特技である。
「俺は不確かなものが嫌いだ。神頼みや恋占いやそういったものは己の中の信じられない何かを埋めるための方便でしかないと考えている。自身に対してつく嘘、保険だと。そんなものがなくとも人は強い。恐怖や不安を否定しなくても良い。自分を信じ、成すべきことを成せばいいのだ」
 少し視線をシルキスに移すと、彼女は何か喋りたそうにしていた。
 だからイーオンは胸を張り、堂々として言った。
「そしてそれでも不安が消えない時に頼るのは、不確かな何かでなくていいだろう。隣にいてくれた誰かの手を握ることができれば、それが握り返してくれる誰かの手だったなら……それ以上の励ましがあるだろうか」
 初めて見つめ合った。
 だから最後は、微笑と共に、
「手術、成功を祈るぞ」
 そう締め、シルキスの頭を撫でて、離れた。
 戻ると、パートナーであり魔道書のフィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)が、意味深長な笑みを浮かべて待っていた。
「明日は槍でも降ってくるのか?」
「茶化すな」
「未知に恐怖し、勘繰り、空想し、更に恐怖する。かと思えば自らに得あれかしと願って作り上げた未知なる偶像には希望を抱き、信じ、妄想し更なる希望を求める。とかく求め続けるのも人間よな。まあ、アレでダメなら、人間はわかりやすくていいんだがなぁ」
 最後にフィーネは、シルキスの背中を見つめて、そう呟いた。