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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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第13章 1つの騒動、1つの誘拐劇、そして……

「……ところでさっきから足が痺れて痛いんですが」
「ですよね〜。私も正座は慣れてるはずなのに、足が痛いですよ〜」
「あははは、本当に凄い人はずっと正座してても痺れないらしいけどね」
「あれ、静香さんは大丈夫だったんですか?」
「……いえ、痺れてマス」
 血の通わない幽霊である弓子を除いた4人が、足の痺れに悩まされながら2階の廊下を歩いている。
 茶道部を離れ、その後も様々な文化部を見て回っていた静香たちは、次の目的地を定めぬまま、今はぶらぶらと歩いている状態であった。
「部活動は一通り見て回ったし、他に残っているものといえば……白百合会かな」
「白百合会?」
 聞き慣れない単語を耳にし、弓子が静かに顔を向ける。
「白百合会っていうのは、百合園女学院で言うところの生徒会のことだね。ただ生徒会って言っても、その権限って、先生たちよりも大きいんだ」
「……それは校長先生よりも?」
「いや、僕とラズィーヤさんがトップで、次が白百合会、その後で一般の先生方だね」
「……ここ、学校ですよね。それ、ちょっとバランスおかしくありません?」
「まあ百合園はお嬢様の集まりだからね。生徒会のメンバーになるのは特に社会的地位の高い人たちばかりだし……」
「…………」
 唖然としながら弓子は想像した。教職員よりも権限を持ち、いわば生徒によって牛耳られる学校という構図を。トップに君臨するのは確実に美人で、なぜか縦ロールの金髪。蛇のような目を持つその女に逆らう者には容赦の無い制裁の嵐……。
「いや、さすがにそれは無いから」
「で、で、で、ですよね〜!」
 思考を読まれたのか、弓子はすぐさま静香からツッコミを受けた。

 そんな時だった。
「イッツ・ア・マジ〜〜〜ック!!!」
 目の前に、シルクハットをかぶったスーツ姿の、男なのか女なのかよくわからない子供が現れたのである――どちらかといえば女性に見えるので、ここは「彼女」と表記させていただこう。彼女は静香たちの目の前でねじくれたスプーンを取り出し、それに手をかざしてどんどん真っ直ぐにしていく。
「あの動きは、サイコキネシスでしょうか」
「こらそこ! いきなりタネをばらさない!」
 シルクハットの彼女は、どうやら静香たちにマジックショーを披露しているつもりだったらしい。だがテスラ・マグメルにサイコキネシスでスプーンを真っ直ぐにしているのを看破されてしまい、空気は台無しである。
「まったく……。いるんだよね、黙って見てりゃいいものをわざわざタネを見破ろうとして大声出す奴が」
 それで見破れたら鬼の首取ったようにはしゃぐんだよね。彼女はぶつぶつ言いつつ、持っていた真っ直ぐのスプーンを手から消してしまう。
「……あれ、これはわかりませんね」
「わからなくてよろしい! というわけで、さあ万雷の拍手を〜!」
 テスラの一言にいちいちツッコミを入れつつ、彼女は目の前の5人に拍手を求めた。
 だが、いずれの客も呆然としており、拍手を送ろうという者はいなかった。
「……ちょっとちょっと、何なんだよ。一体何なのその無反応は? せっかく人が頑張ってマジックショーを見せてあげたっていうのにさ」
「……え、それマジックショーのつもりだったんですか」
「つもりだったんじゃなくてマジックショーだったの!」
 全員の意見を代表して言った弓子に、彼女は再び取り出したスプーンを突きつける。
「っていうか、唐突にそんなもの見せられたって、どういう反応していいのかわかりませんけど?」
「反応なんて1つに決まってんじゃん。マジックを見せられたら、拍手する。これだけでいいの。お分かり?」
 5人の客は揃って首を横に振った。
「あ〜もう、ダメダメ! そんなんじゃいいお客さんになれないよ!?」
「大丈夫ですよ。その時は最初から客になって、お金払って、ちゃんと拍手しますから」
「そんな限定された条件の中でなんてダメだよ! お客さんっていうのはねぇ――!」
 彼女がそこまで言った時だった。
 どこからともなく「声」が彼女に向けて発せられたのである。
「見〜つ〜け〜た〜!」
 その声は、正確には廊下の一方からである。何者かが姿を隠して、こちらに突撃してきているのだ。
「ち、見つかったか」
「え、え!? 何、一体何事!?」
 その状況に彼女は舌打ちを1つ。そして静香がうろたえる。
 そこで、突撃の勢いに負けたのか、声の主がかぶっていた透明の布――光学迷彩がずり落ち、その下にいた「正体」が明らかとなった。そこにいたのは、黒い蜘蛛男。たとえるならば、映画3作目に出てきた、黒くなったアメリカンコミックのヒーローとでも言うべきだろうか。
「デュ〜〜ン! どうだ! 私だって百合園に入れたわ! ふふふ……、見よ! 私の姿を!」
 見るからに変態なこの蜘蛛男――のゆる族の名前はグレゴール・カフカ(ぐれごーる・かふか)という。彼は乙女の園である百合園女学院に入ろうとしたところ、警備の百合園生に締め出された上、「デューン」と呼ばれた彼女に馬鹿にされたことに対して激昂し、光学迷彩を利用して無理矢理侵入してきたのだ。
「え、何、何なのあれは!?」
「あ〜、ゴメン。実はボク、アレに追われててさ。そこでちょっと静香様たちに助けてもらおうと思ってここまで来たんだよね」
 デューンが頭をかきながら弁解する。
「やれやれ、人様の領域で好き勝手されるっていうのは、あんまりいいもんじゃないね」
「せっかくの見学会をここで邪魔されるのは気に入りませんね」
 その言葉を聞いた木刀を構えた橘美咲とテスラが身構える。テスラは武器を持っていなかったが一応サイコキネシスが使えるため、ひとまずはそれでどうにかするつもりだった。
「ぬおっ! 貴様ら! デューンに味方するとでもいうのか!?」
「味方っていうか、単純にあんたをこのままにするのはまずいと思っただけでね!」
「というわけでぶっ飛ばさせていただきます。あ、歩さんは後ろから援護してくださいね」
「え、ええ!? もう、しょうがないなあ!」
 先ほどのフラワシ使いといい、今回の蜘蛛男といい、どうして百合園の中で戦わねばならないのだろうか。歩はそんなことを思いながら「あゆむん☆ますけっと」を召喚した。
「というわけで、静香様たちはボクと一緒に安全なところへ!」
「え、う、うんわかった! 弓子さん、行こう!」
「は、はい!」
 グレゴールは美咲たちに任せ、静香と弓子はデューンに導かれ、その場から逃げ出した。途中誰かとすれ違ったような気がするが、3人は気にせず走り続けた。

「今度はフラワシ使いじゃなく、蜘蛛男か? っていうか、今の女といい、明らかに百合園生じゃないな……」
 ここでもこっそりカメラを構えていた毒島大佐だが、突然現れた2人の変質者っぽい何かに対しては危機感を覚えた。桐生円のような人物も大概無茶なことをするが、それでも退き時はわきまえている。だが前方にいる蜘蛛男からはそれが感じられなかった。
 そこで大佐は背負っていた巨獣狩りに使う大型ライフルを構えた。どうせなら明らかにサイズの小さい、しかも照準器が無いのにターゲットサイトが見えるM16ライフルで、まともじゃない構え方をして狙い撃ちたかったが、四の五の言ってはいられない。
 大型ライフルを普通に構え、大佐はグレゴールの頭部に狙いをつける。3対1という乱戦だが、自分の狙撃技術があれば、蜘蛛男のみを撃ち抜くことはちょろいもんだ。
「ここだ……」
 そして大佐は引き鉄を引いた。
「そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!!」

「はあ、はあ……。何とか、逃げ切れた?」
「そ、そうみたいです、ね……痛たたた……」
「だ、大丈夫、弓子さん?」
「は、はい。引っ張られた以外は大丈夫です」
 グレゴールたちの乱闘から逃げ出した静香と弓子、そしてデューンは校舎の裏まで来ていた。デューンが「人気(ひとけ)の無い所」として誘導してきたのである。
「ところで、静香様。ここって多少大騒ぎしても、誰かに聞こえたりはしないよね?」
「え? う、うん、一応校舎の裏だし、声が聞こえるっていうのはあんまり無いかなぁ」
 そこまで静香が言うと、デューンは急に声のトーンを落とした。
「そう。それは良かった」
 そのデューンの言葉の意味を尋ねようとすると、突然、静香はロープでがんじがらめに縛られた。
「えっ、うわあっ!?」
「校長先生!?」
「おっと、動かない方がいいよ幽霊さん。下手に騒いだら校長の命は無いよ?」
 縛られた静香を手元に引き寄せ、彼女は持っていた匕首をその首に押し当てる。
 静香と弓子は知らなかった。このシルクハットとスーツに身を包んだ彼女が波羅蜜多実業高等学校、通称パラ実に籍を置く、ある「組織」に改造された元暗殺者、現在「デューンサーカス団」団長の横倉 右天(よこくら・うてん)であることを――ちなみに「デューン」とは彼女の本名であり、右天とは偽名であるという。
 右天は初めからこの状況を狙っていたのだ。

 始まりは右天が「物を触れる幽霊がいて、しかもそれは百合園の校長に取り憑いている」という噂を聞いたことだった。
 珍品収集癖のある彼女としてはぜひともその幽霊が欲しい。成仏させるなんてとんでもない。それならばそうなる前に自分が有効活用してやろう――楽しい見世物として。
 そんな彼女は策――彼女曰く「タネ」を仕掛けることにした。普通に百合園女学院に入ったところで、別の生徒に返り討ちに遭うのは間違いないからである。
 そこで思いついたのが、自身のパートナーであるグレゴールである。あの陰気な変態蜘蛛男はどういうわけか自分のことを勝手にライバル扱いしている。その無駄に高い自尊心をくすぐってやれば、いい囮になるのは間違いない。
 右天はグレゴールを連れて百合園女学院に行く。見た目は一応女性である右天は入れるが、当然グレゴールは入れず、閉め出されてしまう。
(な、なんてことだ! せっかく、乙女の園と名高き百合園女学院に来られたというのに!)
 そこで右天はグレゴールに笑顔でこう言い放った。
「残念でした♪」
 これを聞いた蜘蛛男はほぼ間違いなく激昂する。そしてそれは現実のものとなった。
「お、おのれデューンめ! 私に対して、あのバカにした笑顔……。ゆ、許せん! 私とて、百合園に入れることを見せてやる!!」
 デューンはゆる族。光学迷彩の使い手である。彼はすぐさま百合園生から見えないところまで取って返し、そこで光学迷彩の布を纏い、こっそり侵入することに成功したのである。
 後のグレゴールの行動は読める。間違いなく自分の前にやってくる。その前に右天は静香たちを見つけ出し、自分に注意を引かせなければならなかった。

 そしてその作戦は成功した。今、右天は静香をロープで縛り上げ、弓子に行動させないようにしている。弓子が自分から1〜2メートルしか離れていないのが気になるが、それでもやることは変わらない。
「……こら、そこの変態マジシャン。校長先生をどうするつもりだ……?」
「やんちゃ」していた頃の口調で、弓子は右天を睨みつける。右天はそんな弓子の睨みなど意に介さないといった風にすまして言う。
「いや、ボクの本当の狙いは幽霊さん、君なんだよ」
「は、私?」
「そう、君。物に触れる幽霊なんて、とても面白いよね。だからさ、ボクは君をスカウトしたいんだ」
「スカウトだ……?」
「ボクは『デューンサーカス団』の団長さ。幽霊さん、君をボクのサーカス団の団員として正式にスカウトさせてもらうよ」
「……断ったら?」
「拒否権は無いよ。だって無理に連れて行くから」
 ついでにこの校長もダルマにしちゃおうかな、見世物にしたら凄くウケそうだよ。震える静香の首を左腕で抱え、薄ら笑いを浮かべながら、右天は弓子に迫る。
 だがここで彼女にとって都合の悪い事態が発生した。
「その汚らわしい腕をぜひとも放していただきたいのですが」
 右天の後方から凛とした声が投げかけられる。右天が体をずらし、顔をそちらに向けると、左右の手にカナンの国家神イナンナの加護を受けていると言われる「ウルクの剣」を構えたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が立っていた。
「ロザリンドさん!」
「何でここが……」
「人気の無いはずの場所にどうして私が来られたか。先ほどあなた方が乱闘から逃げる際、私とすれ違ったんですよ。見知らぬスーツ姿の人間が、桜井校長と一緒に全力で逃げるなんて、おかしいと思ったんです。それで後をつけてみたらこういう状況だった……。納得いただけましたか?」
 ロザリンドとしては、本当なら生徒会室で校長を出迎えるつもりだった。だが部屋の外で何やら騒ぎが聞こえてきて、非常事態ならば鎮圧しようと出てみたら、静香がスーツ姿の見知らぬ女性と、内側にセーラー服を着た体が透けている女生徒と一緒に走っているところに出くわしたのである。そんな彼女の存在に気がつかないほど3人は全力疾走していたが、先頭を走るスーツが見せていた薄ら笑いが気になり、尾行したのである。
 もし何かがあればすぐに校長を助けられるように。それは、静香の恋人としてのいわば義務であった。
「……十分に納得しましたよぉ。確かにこの状況、ちょっとばかしまずいことになった、ってのは十分にわかる。でもねぇ」
 薄ら笑いを浮かべたまま、右天は首に当てていた右手の匕首を静香の頬に押し当てる。体をずらしたことで、手元に静香、左に約5メートルのところでロザリンド、右1〜2メートルに弓子という位置関係である。ロザリンドの位置から静香の姿が完全に見える構図だ。
「それでも『ちょっとばかし』なんだよね、これが。校長はまだボクの腕の中。ナイト気取りで勇んでやってきたのはいいけど、大事な校長に傷がつくと困るんじゃないかな?」
「…………」
 確かにそれは困る。表情に出さずにロザリンドは思った。これまでの事件で自分が傷つくのには多少は慣れているが、さすがに静香が傷つくのには慣れられない。
 右天はそれをよく理解していた。人に精神的ダメージを与える最大の方法とは、その人が最も大切にしているものを攻撃することである。映画やドラマ等で「自分を傷つけたいならなぜ直接自分を狙わない!?」というセリフを耳にしたことがあるだろう。それと同じ状況だ。憎い相手に直接攻撃を加えたところで、大したダメージにならないということを知っているのだ。
「君が何者かは知らないけど、少なくとも校長と縁の深い人間だってのはわかるよ。だってそうじゃなかったら、今すぐにでも突っ込んでくるそぶりを見せるよねぇ。それをしないのは、君にとって校長が大切な存在であり、君自身が冷静な人間だからだ。自分が動けば、ボクが校長を傷つけるのを理解しているんだよね。さあ、どうする、ナイトさん?」
 5メートル先のシルクハットが挑発してくる。ロザリンドはそれに乗らなかった。あえて挑発に乗って静香を助け出せるだけの算段やスキルを持ち合わせていなかったのだ。片手の剣を投げつけることも考えたが、さすがにそれは危険すぎる。静香に当たらない保証は無いのだ。
 何かいい手は無いか。ロザリンドがそう思った瞬間だった。2階の窓ガラスが粉々に砕け、そこから何かが飛び出してきたのである。
 それは、大佐によって脳天をスナイプされたグレゴール・カフカだった。
「どわっ、カフカさん!? ――いでえっ!?」
 右天の注意が頭上にそれた瞬間を見計らい、静香が彼女の左手に噛み付く。突然の人質からの逆襲に、右天は思わず振りほどいてしまう。
「先生、ジャンプ!」
 近くから弓子の声が聞こえ、静香はそれに従ってロープを巻かれた体で跳び上がる。次の瞬間には自身の体は何かに引っ張られ、気がつけば静香は弓子に抱きかかえられていた。
 静香がジャンプするのに合わせ、弓子は自ら静香から離れる。すると「物理的に離れられない制限」が入り、静香は弓子の方に引っ張られるというわけだ。後は慣性を利用すれば自然と弓子の体に飛び込むことになる。
 絶好の機会だった。ロザリンドはガラス片と奇怪な蜘蛛男が降り注いでいる中の右天に肉薄し、両手の剣を叩き込んだ。
「天誅!」
「ぶぼはぁっ!」
 2本の剣で跳ね上げられた右天の体は空中でグレゴールと衝突し、その勢いのまま2人は百合園女学院の敷地外へと放り出されていった。

「桜井校長、大丈夫ですか!?」
「な、何とか〜」
 不埒者に天誅を加えたロザリンドはすぐさま静香に駆け寄る。ロープで縛られ、芋虫状態となった静香は、体の透けた少女を下敷きに倒れこんでいた。
 そんなロープを剣で断ち切り、ロザリンドは静香と弓子に手を貸して助け起こす。
「危ないところを、どうもすみません」
「助かったよロザリンドさん。ありがとう」
「……いえ、これも仕事の内ですので」
 剣を収め、やんわりとロザリンドは微笑んだ。
「お〜い、窓の下は大丈夫ですか〜?」
 割れた窓ガラス――2階から美咲が声をかけてくる。どうやら彼女たちも無事らしい。
「一旦、戻りましょうか」
「……そうだね」
 ロザリンドに促され、静香と弓子は校舎の中へと入っていった。

「まったく、ふざけた侵入者だったな……。まあ校内だからということで非殺傷性の弾丸にしておいてやったから、死にはしないであろう」
 巨獣狩りライフルで獲物をしとめた大佐が、再びカモフラージュの技術で隠れながら撮影を再開した。