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ビターなチョコは甘くない

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ビターなチョコは甘くない

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第5章


 天心 芹菜(てんしん・せりな)は公園を歩いていた。
 その手に持っているのは手作りチョコ。
 街でチョコレート強奪事件が起こっていると聞き、芹菜は自らを囮としてクルセイダーをおびき寄せる作戦に出たのである。
 そのためにわざわざチョコを手作りして着飾って、まるでバレンタイン前デートの待ち合わせに来たかのように装っているのだから恐れ入る。
 そもそも彼女の恋人は甘いものが苦手なため、チョコレート作り自体を諦めかけていた彼女だったので、それはそれで楽しい時間だった。

 丁寧に適温でテンパリングされたビターチョコは柔らかな口当りを約束し、大きなハート型に整えられた上にアラザンやドライフルーツで飾りつけられたチョコはまるで夢の食べ物だ。
 贈る予定もないのにその表面にはチョコペンで「大好き」と大きく書かれ、美しい赤がキラキラ光る包装紙に金色のリボンが花のように結ばれたその箱は可愛らしい芹菜が持ち歩くと『いかにも本命チョコでござい』というオーラを醸し出している。
 そしてまるでこれから本当に彼との待ち合わせあるかのように、芹菜はシチュエーションを想像することも忘れない。
「ふふふ……彼、喜んでくれるかなぁ……」
 待ち合わせてもいない彼を待つ芹菜の姿は、ある種の感動的な演技力のなせるワザであった。

 まあ、自己暗示の類とも言う。

 そして、公園の草むらから芹菜を眺める人物がいた。クルセイダーではない。
「よし、あの見るからに本命チョコを持っている女の子がいいか……しかし張り込みは面倒だな……教導団に来た依頼でなければ色恋沙汰も甘い物にも付き合いたくはないんだが……」
 ぶつぶつと文句を言うのは林田 樹(はやしだ・いつき)、その隣には一緒に隠れている緒方 章(おがた・あきら)の姿がある。
「やる気ないねぇ樹ちゃんは……ところでさっきから樹ちゃんから甘い香りがするんだけど、シャンプー変えた?」
 隠れ場所が狭いので必然的に密着しなければならない、章は樹の髪の当りで鼻をふんふん鳴らす。
 まあ、一応は恋仲の二人だから多少の密着は許される。
「ばっ! 嗅ぐな変態!! 例によってこの時期のレーションだとさ」
 樹は懐からハート型のクッキーが数枚入った袋を取り出した。そのまま章に放る。
「ほれ、食いたいならやるぞ。私はそんなもんゴメンだからな……ってどうしたアキラ?」
 見ると、章の様子がおかしい。なにやら今しがた渡したクッキーを胸の当りに捧げ持ち、感涙にむせっているではないか。

「ああ、ありがとう……! やった、樹ちゃんからのバレンタインプレゼントゲットだーっ!!」
 樹は目を丸くした。章にしてみれば、甘い物も色恋沙汰も大の苦手な樹のこと、当然バレンタインチョコレートなど貰えないだろうと思っていたので、素直に喜ぶことにした。
「はぁ? お前は何を言ってるんだ!?」
「だってそうじゃない! バレンタインも近いこの日に樹ちゃんからの贈り物! チョコじゃないのがまた照れ屋の樹ちゃんらしくて可愛いなぁ!!」
 樹は顔を真っ赤にして抗議した。
「バ、バカなことを言うな!! 返せこのバカ者!!」
 章からクッキーの袋を奪い返した樹、だがそれで大人しく引っ込む章ではない。

「え……いやぁ〜。これから樹ちゃんが一枚ずつクッキーにキスにて愛を込めてくれるなんて感激だなぁ〜!! もう樹ちゃんったら、僕たちの関係が深まったら途端に積極的になっちゃって、これは旦那冥利に尽きるなぁ〜!!」
 まるで人の話を聞いていない。


 そんなこんなというやりとりを茂みの中で繰り広げる二人だが、芹菜は芹菜でベンチに腰掛けたままで妄想が止まらないご様子だ。
「ふふ……早く来ないかな、彼……今日のデートはどこに連れていってくれるのかしら……」
 妄想の類とはいえ、ときめいてきることに変わりはない。そのときめきに反応してクルセイダーが現れた。

「ふっふっふ、そこのやたらめったらときめいている女っ!! そのチョコレイトをこちらに渡して貰おうか!!」

「いまくいったら……そうだ……今日は、キ、キ、キ、キスなんかねだっちゃたりして……きゃっーっ!!」
 聞こえてない。
「……いや、あの、そのチョコレイトをですね」
「ああ……どうしましょ、その先なんか求められたりしちゃったら、ダメよダメダメ、まだ早いわ……でも彼がどうしてもって言うなら……きゃーっ! やんやん!!」
 完全に無視された形のクルセイダーが実力行使に出ていいものかどうか悩んでいると、近くの茂みから男がもの凄い勢いで飛び出してきた。

「いい加減に、しろぉーーーっっっ!!!」
 当然、飛び出してきたのは章である――正確には樹に蹴り飛ばされた、のだが。
 茂みから出てきた樹は両手に禍心のカーマインを二丁拳銃で構え、鬼の形相で樹を睨みつけた。
 先ほどの流れから樹に抱き付いてキスを迫って体をまさぐって押し倒そうとした章だったが、ついにブチキレた樹に全力で蹴り飛ばされたのであった。

「いやあ、さすがに脱がそうとしたのはやりすぎだったかな♪」
 まるで反省の色が見られないが、まあそれはもういつもの事だ。

「待たんかこのバカ者ーーっ!!!」
 スナイプ! エイミング! そしてスプレーショット!!
「あばばばばばば!!!」
 衣服が乱れているので茂みからは出られない。樹は充分に狙いを定めて章の後ろ姿に乱射した。
 その流れ弾が芹菜の無反応さに呆然としていたクルセイダーにも降りかかっていく。
「危ない!!」
 物陰に隠れていた芹菜のパートナー、ルビー・ジュエル(るびー・じゅえる)も姿を現し、芹菜の前に立ちはだかる。
 だが、流れ弾はクルセイダーのみにヒットし、芹菜には届かなかった。
「――ふう、ってちょっと芹菜、いつまでぼんやりしてるんだ!?」
 がくがくと芹菜の肩を揺するルビー。
「……はにゃ? あれ、どうしてこんなところに?」
 やれやれ、とため息をつくルビーだが、とりあえず芹菜の囮としての役割は成功したことになる。
「まあいい。後はこいつらを捕まえるだけだな」

 衣服を正した樹とルビーはとりあえずクルセイダーの鎮圧にあたることにした。シバかれた章は戦力外である。
「く……分が悪いな……出でよ! チョコレイト怪人!!」
 クルセイダーの合図を受けて物陰から数体の怪人が姿を現した。
「チョコーッ!!」
 怪人チョコレイテッドはバレンタインの陰でひっそりと処分されていった失敗チョコの怨念が固まってできたチョコ怪人だ!! 激マズ失敗チョコを口から流し込んでくるぞ!!
 ゲテモノ魔人はいわゆるゲテモノチョコを無理やり口に詰め込んでくるぞ!! イカとチョコレートとの未知のコラボレーションを体験しろ!!
 カカオ怪人はカカオ100%のただ苦いだけの塊を問答無用で口に押し込んでくるぞ!! ひょっとしたら健康にはいいのかな!?
 
「結局マズいチョコレートを無理やり食わせるだけの怪人だろうが!!」

 付き合ってられるかとばかりにルビーはバスタードソードでチョコレイテッドを真っ二つにした。
「セメテアジミシロォ……!!!」
 と、恨みがましい声を残してドロドロと溶けていく怪人。
 まだまだ現れる怪人たちに辟易しながらも戦闘を続けるルビーと樹だった。


                              ☆


「――ときめきって何だ――か?」
 匿名 某(とくな・なにがし)は呟いた。なるほど、言われてみれば『ときめき』という単語は最近あまり聞かない気がする。
 その質問を無垢な瞳でぶつけたのはパートナーの大谷地 康之(おおやち・やすゆき)。とある事情によりここ半年ほど意識不明の状態だったのだが、つい最近めでたく復活を果たしたのである。とはいえまだ体は目覚めたばかり、リハビリが必要だった。
 それなら、ともう一人のパートナーである結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が巷で噂のチョコレイト・クルセイダー退治へと誘ったのである。
 今は3人で被害が多く出ているという公園に来たところだ。

「そうそう。なんかそのクルセイダーって『ときめき』に反応して現れるそうじゃないか? でもオレときめきって何だか分からないんだよな」
 首を捻る康之。決して半年寝ていたせいで頭の回転が鈍いのではない。
 綾耶と某は顔を見合わせた。某が綾耶に目で合図をする。
 こういう話題は苦手だから、上手く説明してくれ、と。

 綾耶はこくりと頷いた。やはりこういう話題は女の子の方が得意だ、ということもある。
「えっとですねぇ、ときめきというのは、その人の事を考えると心が温かくなって幸せな気持ちになったり、嬉しくなったりする気持ちのことなんですよ。……康之さんにも、そういう人はいませんか?」

 その時、公園の奥から物音が聞こえた。金属が当る音や銃声も聞こえる。明らかに公園から聞こえて来ていい音ではない。
「おっと、話は後だ!」
 某は二人の会話を遮って走り出した。
「はい! 女の子の大切な日を台無しにした罪は重いですよ!!」
 妙に張り切っている綾耶、某はその後ろを支えるように走った。
 一歩遅れて、康之が続く。
「……そういう人、か」

 3人が駆けつけると、クルセイダーと林田 樹、ルビー・ジュエルが並みいるチョコ怪人と交戦中であった。
 樹とルビーの実力は充分だが、何せチョコ怪人とクルセイダーの数が多い。
「よし、加勢するぞ!!」
 某は二人に合図した。だが、一番張り切っていた筈の綾耶の様子がおかしい。
「……っ!!」
 胸を押さえ、苦しそうにうずくまっている。
 綾耶は心優しい守護天使だが、誰にでも平等に接するよう作り変えられたという過去がある。その過去が影響して、最近の心境の変化から肉体に痛みが走ることがしばしばあった。
「だ、大丈夫です……すぐに、おさまりますから……」
 脂汗を額に浮かべて痛みに耐える綾耶。
 だが、その隙は敵にとっては絶好の機会である。

「チョコレイト・ファウンテーーーンッ!!!」
 怪人チョコレート・ファウンテンがその頭部からおびただしい量のチョコレートを発射した。
「綾耶!!」
 某は咄嗟に綾耶を抱き締めるように庇った。背中でチョコレート攻撃を受ける格好だが、いつまでたってもその瞬間は訪れなかった。

「――?」

 某が目を移すと、綾耶を庇った自分をさらに庇うようにチョレートの斜線上に飛び出した者がいた。康之だ。
 フェイタルリーパーにのみ許される大剣、トライアンフの幅広い刀身を盾のように構え、チョコレート・ファウンテン攻撃を遮る。ブレイドガードだ。
 直撃は避けたもののその勢いは凄まじい。勢いに耐え切れない両足が後ずさる中、康之は呟いた。
「――なあ某、オレ分かったぜ」
「――え?」
 とりあえず攻撃を避けたことで綾耶を介抱する某は康之を見た。康之もまたそんな某の様子を微笑みながら見守っている。
「さっきのときめき、ってヤツさ。それってきっと、ちみっ子が某の、某がちみっ子の事を想ってる時の気持ちってことだよな」
 某は少し赤面した――何もこんな時に恥ずかしい事を言いださなくても。とりあえず綾耶の様子も落ち着いたようで、彼女もまた康之の発言に頬を染めている。
 康之は剣を握る両手に力を込めた。徐々にチョコレート・ファウンテンを押し返し始める。

「――オレにもいるよ、そんな子。そんな長い付き合いってワケじゃねぇけど、その子の近くにいるとあったかい気持ちになれるんだ」
「康之……」
「だからさ、オレ、その子とみんながいつも笑顔でいられるようにしたいんだ! 笑顔なんか見た事ねぇけど、だからこそさ! だからこんなところで――」

 ブレイドガードで固めたままの両手を前に押し出して、康之は前方にダッシュした。攻撃を受けながら前進してくる康之に怪人はどうすることもできない。
 そう、前へ、前へ、前へ――。


「こんなところで、立ち止まってるヒマはないんだーーーっっっ!!!」


 完全にチョコレート・ファウンテンを弾いた康之はソニックブレードで怪人を真っ二つに切り裂いた!!

「チョコーーーっっっ!!!」
 一刀両断されて爆発する怪人。だが、やっと一体減っただけだ。
 立ち上がる綾耶とそれを支える某、康之はそんな二人に満面の笑顔を見せた。


「さあ行こうぜ! みんなの笑顔と大事なチョコを取り戻すんだろ!?」


                               ☆


 大分戦況も落ち着いてきた。
 ただでさえ戦力差を数で埋めていたクルセイダー。
 そこに某や体調が回復した綾耶、そして康之が加わったのだからもはや敗戦は確実であった。

 さらに追い討ちをかけるようにやって来たのが赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)赤嶺 卯月(あかみね・うき)の二人である。
「おっと! 最近噂のクルセイダーとやらですか。卯月の買い物についてきて良かった」
 と、霜月は呟いた。
 何しろこんな時間にチョコレートの材料を買いに行くと卯月が言い張るものだから、兄としては放っておくわけにも行かない。
 卯月もまた霜月に言葉を返した。
「そうです、お兄ちゃんがいなかったら大変でしたよ。何しろ卯月はか弱い女の子ですからね」
 と言いつつも、押し寄せるチョコ怪人に向けてファイアストームを掛ける卯月。

 別に護衛はいらなかったのではないか、という疑問が頭をよぎったが、それはそっと心に封じ込めておくことにした霜月だった。
「……まあ、そういうことにしておきますか」
 とは言いながらも、霜月は接近戦の苦手な卯月のために自らの強化型光条兵器『狐月』を振るい次々とクルセイダーを無力化していく。


 なんだかんだ言ってもしっかりお兄ちゃんなのだった。


 そんな中から、へろへろになりながら匍匐前進で逃げ出そうとするクルセイダーの前に、桐生 理知(きりゅう・りち)が現れた。
 彼女自身も囮捜査を行なおうと思ってチョコを持ってウロウロしていたのだが、芹菜のすさまじい妄想力の前にときめきセンサーが優先的に感知してしまったのだろう。

 まあ、それはそれとして理知はクルセイダーにチョコを一個手渡した。
「はい、コレあげるね」
「……え?」
「チョコが欲しかったんだよね? だからどうぞ、みんなのために用意したんだからね」
 チョコレイト・クルセイダーのトップである独身男爵はともかく、多くのクルセイダーはチョコが貰えなくて鬱憤晴らしのために参加した者がほとんどだ。
「少しでも笑顔になってくれればいいなって、思ってるから」
 そう言って、理知はまた別のクルセイダーの方へと走っていった。
 チョコを貰ったクルセイダーは、ぼんやりとそのチョコを眺めていた。
「……今どき、あんな子もいるんだな……」
 という感慨に耽る間もなく、目の前の地面にルビー・ジュエルの剣先が刺さった。

「――逃げられると思っているのか?」
「ひぃぃぃっっっ!!」


 どうやら、貰ったチョコは警察で食べることになりそうだ。