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第八章 初心に返る

 D.C.の部屋に入った一行が見たのは、たくさんのスライムだった。
「なんだぁ、こりゃあ」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は舌打ちして部屋を見回した。数こそ多いものの、雑魚は雑魚。飛び掛ってくる気配はないものの、調べるのであれば排除するしかない。
「これなら俺1人で十分だろ」
 そう考えたのは、ラルクばかりではない。メンバーから部屋に入るまでの緊張感が一気に薄れた。
「D.C.……ダ・カーポ、振り出しに戻る……か。こんな意味だったとはな」
 駿河 北斗(するが・ほくと)は、自分にとっての原点回帰を思い出していた。
「ここに来れば逢えるんじゃねえか、何て思った訳じゃないんだけどよ」
 予想外の備えにがっかりした。
「訓練施設なのですから、こんな部屋もあるのでしょう。当たりなのか外れなのかは、その人によると思いますが」
 高務 野々(たかつかさ・のの)がそう言うと、それぞれが「当たりかも」「外れですね」と言い始めた。
「みんな、気をつけて、自分の姿をよーく見てみなさい」
 弛緩した空気の中で、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が注意を呼びかける。途端に驚きの声があちこちから上がった。
 用意してきた服装、武器、アクセサリーなどが、ことごとく消えている。それでどんな格好をしているかと言えば……。
「これって……タイツ?」
 高務 野々(たかつかさ・のの)はパートナーのエルシア・リュシュベル(えるしあ・りゅしゅべる)と見比べる。頭部こそ覆われていないものの、それ以外の全身が黒色の布地で包まれている。ただし動きを妨げることは全く無く、暑さ寒さも感じない。
「脱げやしねぇ」
 ラルクは強引に引っぺがそうとしたが、脱げる様子はない。それどころか壁にこすり付けても、毛羽立ちすらしなかった。
「ある意味、防御力は備えてるってことね」
 宇都宮祥子は冷静に分析した。
「おいおい、待てよ、スキルが使えなくなってるぜ」
 駿河北斗が、パートナーのベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)クリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)とで確認している。
 ソニックブレードのような攻撃系、フォースフィールドなどの防御系、そしてヒールナーシングと言った回復系までも使用できなくなっていた。
「弱いけど、火術氷術なら使えるみたい!」
 クリムリッテが指先から小さな炎を出す。
「最初に戻る……か。やってくれるじゃないの」
 宇都宮祥子は下唇を噛みしめた。

 同じようなタイツ姿となったメンバーの中で、異性や同性の視線を集めたのはエルシアと宇都宮祥子。
 ピッタリとフィットした格好なだけに、スタイルの良さや体のラインがしっかり分かる。そんな格好でも宇都宮祥子は堂々としていたが、エルシアはやや頬を赤らめていた。
「やはり、理不尽です」
 憤慨するエルシアを野々はジッと見る。
「べ、別にうらやましくないですよ。本当です」
 駿河北斗は脳天に強い一撃を受けてうずくまる。
「どこ見てんのよ、馬鹿北斗!」
「いきなり殴るんじゃねぇよ。ちょっと見慣れないモノがあったから……」
 頭を抱えて立ち上がった北斗の腰に、別方向からまたも一撃。 
「見慣れないって……北斗! それってこのクリムちゃんに対する不満ですか?」
「だから蹴るなって……」
 内輪もめは止む気配を見せない。
「まぁ何だな、いろんな部屋があるもんだ」
 ラルクは若干、前かがみになっていた。

「ドレス? いるの?」
 中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)の呼びかけに、パートナーで魔鎧漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)は最初、返事をしなかった。 
「綾瀬、その名前、‘リボン’に変えてもらった方が妥当かもしれません」
 言われるがままに首筋に触れると、一本のリボンが巻かれているのに気付く。
「なぜかこんな姿になってしまいました」
「これも部屋の作用だと言うの?」
「…………おそらく。申し訳ありません。これでは綾瀬をお守りすることができません」
「つまらないこと言わないで頂戴。ドレスが側にいると思えば、それだけで百人力よ」
「……ありがとうございます」

 相談の末、メンバー全員で即席のパーティを組むことになった。
 多少なりとも素手での戦いに自信のあるラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)駿河 北斗(するが・ほくと)が前衛。
「うっし!! そんじゃあ頑張って修行するかな! 俺はもっともっと強くならなきゃいけねぇからな。こんな所で負けてなんかいられるかよ!」
「無理が通れば道理が引っ込む、足りない力は努力で補う! 弱さも強さも呑み込んで、神にだろうと追いついてみせる!」
 彼らの交代要員として、比較的年長の宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)高務 野々(たかつかさ・のの)
「つまるところ、此処が一番クセモノなのかも」
「遺跡は浪漫です! テンション上がってきました! ほんとーですよ」
 残ったベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)クリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)エルシア・リュシュベル(えるしあ・りゅしゅべる)が、後方から援護する。
 多少なりともスキルが使えればスキルで、それもなければ石でも棒切れでも良いから投げてもらう。
「馬鹿北斗、トレーニングなんかで死んだら許さないわよ。気合い入れて、気負い抜いて、死ぬ気でいきなさい」
「むむ、このクリムちゃんへの挑戦、しかと受け取った!」
「相変わらずこの格好は理不尽ですが、野々や、ほかの皆さん、楽しそうにしてますね」
「正直な所、私自身は鍛える事に興味はありませんが、他者と共に攻略していくのは面白そうですわ」
 綾瀬の首のリボン(漆黒の ドレス(しっこくの・どれす))がささやく。
「私は綾瀬専門の応援要員で」
「ドレスがいれば、ひゃく……千人力よ。だから他の人も少しは応援してあげて」
「承知しました」
「ところでドレス、改めて見ると、この格好ちょっと面白いわね」
「面白いと言うのか、マニアックと言うのか、タイツリボンフェチ? 綾瀬に新たなファンができそうです」
「こんな格好を好きになるファンなんていらないわ。あなたがいれば十分」

 敵が雑魚ばかりなのもあったが、即席のパーティながら、全員が息のあったところをみせる。
 ラルクと北斗は思う存分に腕っ節を振るった上に、宇都宮祥子と高務野々がタイミングよく交替することで、体力も温存された。 
 威力は微弱だったが、ベルフェンティータの氷術とクリムリッテの火術は、十分役にたった。
 鋭い感覚を活かした中願寺綾瀬と、かつての経験によるエルシアのサポートは、補って余りあるほどに的確だった。 

 スライムは見る見るうちに数を減らしていく。30分もすると、すっかり片付けられた。
「ま、こんなもんだな」
「あったり前さ、こんなところで止まってられるかよ!」
 ラルクのかざした右手に、北斗が勢いよく手を合わせる。パチンと小気味良い音が響いた。

 その後は手分けをして部屋を調べる。ただしスライムが片付いてしまえば、ガランとした空間があるばかり。何も見つかることはなかった。
「何か、知ってることはない?」
 宇都宮祥子は守護天使のエルシアに問いかけるものの、エルシアは微笑んで天井を指差すだけ。見上げると、いつの間にか穴が開いていた。
「馬鹿北斗! またそっちばかり見て!」
 ベルフェンティータの拳とクリムリッテの蹴りが、駿河北斗を襲う。スライムに対しては被害らしい被害はなかったが、北斗のみがコブとあざを作っていた。
「若いってのは良いもんだ。…………まぁ、俺もか」
 ラルクは再び前かがみになっていた。