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カナンなんかじゃない

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第4章


「ひゃわぁぁぁーっ?」
 と、緋ノ神 紅凛(ひのかみ・こうりん)は情けない悲鳴を上げた。
 普段は男勝りの格闘家、なおかつかわいい相手ならば男性女性お構いなしの彼女、しかし今は一人の非力な女性に過ぎない。
「ふははは!! 南カナンの姫君は預りましたぁーっ!!」
 パートナーの姫神 天音(ひめかみ・あまね)に役者特権によって力を封じられているからである。
 自らネルガル役になって側近のかわいい役どころに思う存分ちょっかいを出そうとしていた紅凛は抗議する。
「ちょ、ちょっと天音! どうして私がお姫様なのよ!? このひらひらドレス恥ずかしいんだけど!! あとついでに縄を解いて!!」
 その抗議を真っ向から無視した天音は、ふふふと黒い笑みを浮かべた。
「ふふふ、今の私はネルガル役、そう、天音ルガル!!
 いいですか紅凛さん、せっかくのチャンスなのに普段もしているようなセクハラなんてもったいないですよ」
 ちなみに、一国の姫として南カナンのとある塔に匿われていた紅凛であるが、それを警護していたのは一般兵士だったので、レイスデット・スタンフォルド(れいすでっと・すたんふぉるど)の操るイコンにあっさりやられてしまったのである。
 そのイコンは彼女らのパートナーである機晶姫によく似ている気がするが気にしてはいけない。
 そして、その場にいた唯一のコントラクターである奏 シキ(かなで・しき)は天音ルガルと捕らえられた紅凛を追って馬を走らせている。

「ど、どうして天音さんが紅凛さんをさらうのか分からないが、とにかく助けなければ!!」
 その様子を見て、天音ルガルはにやりと笑う。
「ふふふ……いいですよシキさん。しっかり追ってきて下さいね。
 何しろこれはシキさんと紅凛さんの距離を縮める絶好のチャンスですからね……!!」
「はへ?」
 それを聞いた紅凛、顔を真っ赤にして間抜けな声を上げてしまった。
「ど、どどどどうして私とシキが距離を縮めなきゃならないの……!! 無理無理無理! ゼッタイ無理ーっ!!」
 ずずい、と紅凛の顔面に顔を寄せる天音ルガル。
「ダメですよー、紅凛さんはこういう時だけ奥手なんですからぁ、ここはこの天音ルガルにどーんとお任せ下さい。
 お姫様は騎士様が助けに来るのを大人しく待っているといいのです、おーっほっほっほ!!」
 もともと恋愛がらみの話題は好きな天音。どうやらこの機に紅凛とシキの仲を深めようとしているらしいのだが。
「ひ、ひぃっ!? テ、テンションが高まりすぎて天音が壊れた……!!
 ね、ねえ聞いてよ、そういうのには順序ってものがさ……!! ねえ聞いてよー、いやああぁぁぁ!!」

 紅凛の叫びも虚しく、レイステッドの操るイコンは順調にシキの駆る馬をどんどん引き離して行った。


 もの凄い勢いで走っていく機晶姫型イコンを、やたら目立つ背景、メキシカン 恭司と半ケツ サボテンは静かに見守っていた。


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 一方、こちらはネルガル軍陸上部隊。
 馬や騎兵を南カナン国境付近まで移動し、飛空艇の本体が到着するのを待ちながら、開戦の準備を進めていた。
 その中に九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)冬月 学人(ふゆつき・がくと)はいた。二人ともネルガル陸軍少尉で、開戦に向けての最終チェックを急がせていた。
「ほらそこ、もたもたするな! いつ開戦になるか分からない、急げよ!!」
 部下に激を飛ばす学人の傍ら、ローズは静かにため息をついた。
「……どうした、ロゼ」
 ロゼとは、ローズの愛称。二人は、ネルガル軍の同期であり、親友でもあった。
「ああ……早く戦争が終わればいいな、と思ってな」
 そうだな、と学人は頷いた。ロゼには北カナンに残してきた恋人がいる。
「なあ学人……俺、この戦争が終わったら……彼女と結婚しようと思ってるんだ……」
 ふ、と学人の表情が一瞬だけ陰りを見せた。学人もまた、ロゼの恋人にかつて思いを寄せていたものの一人。
 だが、それ以上にロゼと学人は親友でもある。学人はどうにか笑顔を作って、ロゼを祝福した。
「そ、そうか……それならば、早く帰らないとな」
「ああ……そうだ。ひとつ頼まれてくれないか?」
 何だ、と学人は聞き返した。
「もし……この戦いで俺が死んだら……彼女のことを頼みたいんだ。お前しか、こんなことを頼める相手はいない」

 だが、そのローズの言葉は途中で遮られた。何故なら、学人の拳がロゼの頬にヒットしたからである。
「――!?」
 ロゼを殴りつけた学人は、わなわなと拳を奮わせた。
「馬鹿野郎!! 演技でもないことを言うんじゃない!! 彼女を一人にさせる気か!!
 俺たちは生きて帰る!! 生きて帰って――彼女を幸せにするのが、お前の仕事じゃないのか!!」
「……学人……」
 眼が覚めたような表情のローズ、よろよろと立ち上がり、学人の手を取った。
「すまない……弱気になっていた……そうだな、俺たちは生きて帰らなければならない、そのためにもこの戦争を一刻も早く終わらせよう!!」

「ああ!!」
 と、熱い握手を交わして友情を確かめ合う二人だった。


 ところで、それ特大死亡フラグですよね。


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 ぽてぽてと、街外れを歩くのは矢野 佑一(やの・ゆういち)のパートナー、ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)である。
 その横には、カメリアと一緒に映画というものを見に来てすっかり巻き込まれてしまった狐の獣人 カガミがいた。
 何となく視線を合わせづらく、ミシェルは前を向いたままでカガミに話しかけた。
「ご、ごめんなさい……急に呼びに来ちゃったりして……」
 映画に入り込んだものの、特にすることも思いつかずに街でブラブラしていたカガミをミシェルが呼びに来たのである。
 目的は、カガミにネルガルの神官役を頼むためである。特に配役も決まっていなかったカガミは快く了承、今は二人でネルガル陸軍の前線基地に向かっているところである。
「いいえー、カメリア様ともはぐれちゃったし、特にすることもなかったですからちょうど良かったですよ、ところで、佑一さんとミシェルさんは何の役をなさるのですか?」
 と、いつぞやのように二十歳前後の女性の姿に化けたカガミ、呑気にミシェルに尋ねた。
「う、うん。ボクたちは黒水晶の精にしようって相談したんだ……ほら、占い師さんとかが持ってるような?」
「ああ……なるほど……で、佑一さんは準備中、と」
「う、うん……そうなんだよね……」
 てくてくと、所在なげに歩く。
 カガミは、さっきからミシェルが何かを言いだしたくて言いだせないような、そんな雰囲気を感じていた。

 おそらく、何か聞きづらいことがあるのだろう。カガミを呼びに来たのも口実で、二人きりで話す機会を作りたかったのではいか。

「あ……あのね!?」
 しばらく沈黙が続いた後、ミシェルはようやく切り出した。
「はい――なんですか?」
 カガミは立ち止まり答えた。きちんと正面を向いて、ミシェルに向き直る。

「カ、カガミさん……佑一さんの……こと……どう思ってる……の?」
 消え入りそうな声で、ミシェルは聞いた。たどたどしく、しかし、しっかりと。
「え?」
「この間のチョコ怪人事件の時……カガミさん……佑一さんと、楽しそうに腕組んでた、でしょ。
 それに……あの時のときめき数値がやたら高かったのって……カガミさんの、じゃ、ないの……?」
 うつむきながらも、必死に言葉を紡ぐミシェル。
 その答えを聞くのは、正直言って怖かった。
 だが、聞いておかなければならない。それはミシェルにとって、とても大事なことだから。
「ご、ごめんなさい、変なこと聞いて……!!
 で、でもボク、この間からずっと気になってて……!!」
 もうミシェルはカガミの顔を見る事ができない。
 カガミは、そんなミシェルの頭をぽんぽんと撫でた。

「あー……佑一さん、素敵ですからねぇ……ぼんやりしてるけど、見ることは見てますし、ルックスもいいですし、優しいですし……」
 ミシェルはどんどん沈み込んでいってしまう。パートナーを褒められているのに、全く嬉しくない。


「――だから、大丈夫ですよ。佑一さんは、ちゃんとミシェルさんのことを見ていてくれてますから、きっと」


「――え……?」
 ミシェルは顔を上げた。
 そこには、優しく微笑んだカガミの顔がある。
「私はですね、特に佑一さんに特別な感情を持っているわけではありませんから、安心して下さい」
「え、でも……この間のときめきの数値は……」
 と、ミシェルが言うと、カガミはまたいつもの悪戯好きな顔に戻ってしまった。
「あの時、私が化けて佑一さんとデートの真似事をしていたのは、何のためでした?」
「え……それは……犯人をおびき出すため……だよね」
「そうですよねえ、そしてそのためには『カップルに見えること』よりも本当は『センサーの数値』の方が重要だった、ですよね?」
「う、うん……」
 つい、とカガミは人差し指を口に当てた。
 そう、あの時のように。
「私の得意技は何でしょう?」
「えー? じゃあ、あの時の数値って、カガミさんの幻術!?」
 ミシェルは驚いた。ここ数日間モヤモヤした気持ちで悩んでいたのは何だったのかと。

「ふふ、ごめんなさいね、変なことで悩ませてしまって……」
 カガミは笑った。ミシェルもつられて、少しだけ笑った。
「――ミシェルさん、あれ佑一さんじゃありませんか?」
「あ、ほんとだ……」
 ミシェルが顔を上げると、道の向こうから佑一が歩いて来るのが見える。

「あ、ミシェル。カガミさん見つかったんだね。あんまり遅いから迎えに来たよ……どうしたの?」
 佑一は、カガミに軽く挨拶してから、ミシェルに視線を落とす。
「あ、うん。……な、なんでもないよ?」
 誤魔化すミシェルだが、その顔はやや赤い。
「そういえば、カガミさんと何を話してたんだい?」
 と、柔らかく尋ねる佑一。
「も、もう、何でもないったら!!」
 佑一の背中を押して、少しだけ先に歩いていくミシェル。
 そのミシェルは、佑一の背中を押しながら呟いた。

「……カガミさん、何とも思ってないのか……良かった……でも、あんなことこっそり聞きにくるなんて、ボク悪いコかなぁ……」
「何か言ったかい、ミシェル?」
「な、何でもないったらー」
 てくてくと歩いていく二人に、カガミは後ろから声をかけた。

「あのー。ところで私、本当はオスだって言ってましたっけー?」
「えーーーっ!?」
「ついでに言えば山には嫁も子供もいるんですけどね、狐ですけど」
「何それーっ!?」

 今まで悩んでいた時間は本当に何だったのかと、ミシェルは胸を撫で下ろした。


 それでも、まだ胸は苦しかったけれど。


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