リアクション
* * * バァルと{bold女神イナンナ{/bold、そしてコントラクターたちが書状に記されていた場所に着いたとき、空はもう完全に明けていた。 文面になかったとはいえ、どこに手勢が潜んでいるとも限らない。警戒し、かなり手前で馬を止め、ディテクトエビルや禁猟区を使う者もいたが、それらしい気配はなかった。 あの教会以外では。 坂上教会。 正面入り口には尖塔があり、脇には小ぶりだが鐘楼塔もある。華美な装飾はない。2階建ての、品よくまとまった素朴な教会だ。 概観から特定の宗教色をわざと抜いたのにはわけがあった。ここは宗派に関係なく、だれもが「祈る」ために来られる場所。どのような者であれ、分け隔てなく、平等に心の安らぎを得る場所となるよう願いを込めて建てられた場所のためだ。 そこが「魔」にのっとられた。 馬上から眺めた限り教会は、これまでの坂上教会となんら変わりなく映ったが…。 「あそこに魔女がいるのね」 早朝の風に吹き流される髪を押さえながら、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は頬をゆがめた。 教会に魔女。 この皮肉さ。 あるいは、魔女モレクにしてみればそれもジョークなのかもしれない。あの書状の文面からして、その可能性は限りなく黒だ。 ただの魔女ならばよかったが、あの魔女は、そこを戦場へと変えてしまった。たとえ建設にかかわった者でなくても、神聖な場が汚されたという不快な気分を払拭できない。 それだけで緋雨は、モレクという魔女を倒す理由としてあまりあると思った。 「5つの部屋に5枚のカードがあり、そのカードが1枚でも欠けるとモレクの部屋に入る資格を得られない……これって5室全勝しないといけない、全勝した後でモレクにも勝たないといけない、ってわけなのよね。モレク側は1勝でもすればいいなんて。ずいぶん不公平な条件ね」 こんなの、ルールとは言えないんじゃない? 緋雨から向けられた問うような視線に、天津 麻羅(あまつ・まら)は素っ気なく肩をすくめた。 「仕方なかろう。わしらのほしいものを向こうが持っておるんじゃ。どうしても向こうに分がある」 「そうね…」 しかも、相手の言うがまま、相手の土俵で戦うしかないとは。どう考えても不利すぎる。 もしも相手が1室のみに戦力を集中していたら、それだけで詰んでしまう。こちらは分散せざるを得ないのに。 だが、そうと分かっていても、受けないわけにはいかなかった。これにはセテカの命がかかっている。 (セテカさん…) ほんの数日前、城を訪れた自分たちをにこやかに出迎えてくれたセテカの姿があざやかに脳裏に浮かんだ。 しがみついた体は温かく、生気にあふれていて……その目も、表情も、いきいきと活力に満ちていた。 彼女のいたずらにすっかり驚いた顔。まるで鳩が豆鉄砲でもくらったような……今思い出してもくすりと笑いが口をつく。 (あのくらいの悪戯じゃ、まだ私の気は全然晴れていないのよ。だからセテカさんが無事助かったら、もっと意地悪するわ。もっと、もっと、困らせて、たくさん笑わせてあげる) だから…………だから、必ず助けるわ。 「行くぞ、緋雨」 黙りこんだ緋雨の目から固い決意を読み取って、麻羅が促す。 「ええ」 緋雨は教会を見据えたまま、馬を前進させた。 「ラルム、ここで待てるか?」 小さな花妖精ラルム・リースフラワー(らるむ・りーすふらわー)を、ひょいっと馬から抱え下ろし、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)は優しく話しかけた。 「ここで…?」 夜が明けて周囲が見え始めたとはいえ、全く知らない場所。どこに何がひそんでいるかしれないと、葉擦れの音にビクつきながら、ラルムはルーツの言葉をそのまま返す。 袖端を握り締めた小さな手。出会ったときからずっと、この小さく頼りない手はだれかの服端を握り締めていた。 風の音にすらおびえるこの小さな子どもは、一体今までどうやって生きてきたのだろう? 鴉からすれば、その自意識の低さが劣等感の塊同然の卑屈さに見えて、嫌悪につながるのだろうが、ルーツは考えずにはいられなかった。この寄る辺なく震える子どもの身に起きたことを。きっと、それは平坦な道ではなかったのだろうと…。 いつか聞かせてもらえたらと思うが、さすがに今はその時ではない。 ルーツはそっと手を開かせ、袖を抜いた。 「いや…! 置いてかないでっ」 溺れる者が流木を得ようとするかのように、再びルーツにしがみつこうとしたその手を握り止める。 「大丈夫だ。あちらの人たちもここで待機しているそうだ」 ルーツはラルムの後ろを指す。ラルムが振り返ると、そこには火村 加夜(ひむら・かや)がいて、目が合うとにっこりほほ笑んでくれた。 優しげなおねえさんに、ラルムも少し安心する。 「ここでの用事が済み次第、私たちも出てくる。どこにも置いて行ったりはしない。あそこに入るだけだ」 「ボク……ボクもついて行っちゃ駄目…?」 「あそこは危険なんだ。おまえを連れて行くわけにはいかない」 「おい、いつまでそんなチビにかかずらってるんだよ。行くぞ、ルーツ。遅れちまう」 イラついた気分そのままの声で蒼灯 鴉(そうひ・からす)の呼ぶ声がした。 冷たい敵意の目で見下ろされ、ラルムはこそこそとルーツの影に逃げ込む。 「もう少し待ってくれ。――ラルム、おとなしく聞き分けてくれるな?」 「――う、うん…」 「いい子だ」 頷くラルムの頭をなでて加夜の方に押し出すと、ルーツはアスカや鴉の元に向かった。離れて行くその背を見送るラルムの足がのろのろと止まる。 「……ボクだけ、置いてけぼり、イヤ…」 「ラルムちゃん?」 驚く加夜の前、ラルムは3人の消えた教会に向かって駆け出して行った。 |
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