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嬉し恥ずかし身体測定

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嬉し恥ずかし身体測定
嬉し恥ずかし身体測定 嬉し恥ずかし身体測定

リアクション

1.

 これと言ったトラブルも無く、よどみなく行われている身体測定だが、その陰にはもちろん測定をする側の人間――つまり裏方の絶え間ぬ努力がある。
 測定日当日、蒼空学園の1教室には測定を行う側の教師や生徒、それから依頼を受けた教導団の面々が顔を顔を突き合わせていた。タイムスケジュールやおおよその人数、予想されるトラブルや混雑状態への対処法などの最終確認をするためだ。
「基本的な流れは以前お配りした資料とほぼ変わりはありません」
 一通りの流れを簡単に説明し、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)はぐるりと教室内を見渡した。見慣れない顔も目立つ。全校合同で行われるため、生徒の人数も膨大なものになる。測定する側もそれ相応の人数が必要となる。各校へ測定時の支援を促す通達が出ていたのだ。
 蒼空学園の体育館は巨大ドーム施設も顔負けの広さを持つ。収容人数が数万規模に及ぶ広大な施設へ全校の生徒が一同に介するのだ。何事も無くスムースに物事を運ぶためには念入りな事前準備が必要となる。

「最終確認ですが、身長・体重・胸囲の箇所は、測定者と記入者二人一組での測定をお願いします。視力・聴力は測定者と記入者が同じでも構いません。それから、これは念のためですが、スキル使用には十分警戒して下さい。栄養状態に関しましては、男女とも別ブースを設けました。問診票と合わせて、所定の質問を行ってください。気になる点のある生徒や生活改善が必要な場合などはアドバイスをお願いします」
 異論は無いようだった。配布資料やスクリーンを眺め、その場に居る面々は頷いている。質問なども特に上がらない。内心で安堵の溜息をつき、念のためと二呼吸ほど置いてからアルテッツァは言葉を続けた。
「それから、測定結果ですが――」
「俺の方で最終的にまとめさせてもらう」
 最前列の席でパソコンをいじっていた和泉 猛(いずみ・たける)が軽く手を上げ、席から立つ。
 集まる視線をものともせず、自己紹介は所属学校と自分の名前を簡単に述べるだけに留めた。パラミタに研究目的でやって来た猛は教師でも生徒でもない。見慣れない顔に目を眇めていた二つ隣の席の男は、一応の納得を腹に収めたらしかった。腰を下ろしがてら視線を向ければ気まずそうに資料へ目を通す振りをした。
「と、言うことです。データは最終的に和泉君へ渡して下さい。彼が全てまとめてくれるので。大変だとは思いますが」
「仕事柄データ収集は慣れている」
「よろしくお願いしますね。それから、これはもはや恒例行事とも言えますが」
 猛の生真面目な口調に、アルテッツァは微笑を貼り付けて返す。
 そして続けた切り出しの文句に、教室内では軽い笑いが起こった。
「今回も『のぞき部』『女子のぞき部』が動くと思います。その為にも教導団を始めとする有志の皆さんには、十分に気をつけて頂きたいと思います。それでは、本日一日よろしくお願いします。」
 それを合図に、その場に居た面々は各々の持ち場へと散っていく。
 多数の視線から解放され息を吐いたところへ、ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)が声を掛けた。

「お疲れ様、ゾディ。こっちはあらかた準備終わったわよ」
「ああ、どうもありがとうございます、ヴェル」
 ウェーブの掛かった長い髪をかき上げる。銀色の柔らかなそれはきらりと光ながら揺れた。どこか気だるげな雰囲気が漂うヴェルは天御柱学院で、音楽の非常勤講師をしている。アルテッツァが測定に借り出されたために付き添うこととなった。
「アルー、重いぎゃ~!」
 聴力検査の機械を抱えてよたよたと親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)が向かってくる。
 転んで機材を壊されたらひとたまりもない。一つ抱えてやる。ヴェルに目配せをすると肩を竦め、溜息をつきながらも夜鷹の手から機材をすくい取り、教卓の上に並べる。圧し掛かる重みが減り、大きく溜息をつくやいなや、夜鷹は2人に食って掛かった。
「何でワシにこんなの持たせるぎゃ! ワシは保健委員でも何でもないぎゃ~!!」
「黙らっしゃい! アンタ、中間考査の成績見てから文句垂れなさいな!」
「ヨタカ、覚えてますか。君は中間考査がとんでもない成績でしたよね。この身体計測の手伝いをするということで、お目こぼしをして頂いているのですよ」
 子供に言い聞かせるような口調だ。痛いところを突かれ、夜鷹は舌を引っ込める。視線をあちこちへ飛ばしながらもごもごと口を動かした。
「う……仕方がないぎゃ、諦めるぎゃ……」
「そうよ、他の子を見習って、それさっさと運んでらっしゃい」
 ヴェルはしっしっと手で追い払う。
夜鷹がじたんだを踏んでいる間に保健委員の生徒達は次々と機材などの運搬を進めている。
悔しげに睨みあげ、叫ぼうにも「そんな事をする権利があるとおもって?」とありありと描かれた瞳で見下ろされ、夜鷹はほとんどヤケクソに歩き出した。靴で床を叩くようにどしどしと
「あ、無理して一度に運ぼうとしなくて良いですよ! 壊されたら困るので! ――聞こえてなさそうですね……」
「いやあねえ、足音までウルサイなんて」
「あんまりからかう物じゃないですよ」
「お疲れ様でした」
 沙 鈴(しゃ・りん)は2人に声を掛けた。その後で李 梅琳(り・めいりん)が軽く頭を下げる。
 アルテッツァは僅かに目を見開いた。息を詰まらせ、次の言葉を見失ってしまう。咄嗟にヴェルが微笑んで身を乗り出した。
「機材の配置なんかは任せてもらって大丈夫よ。覗きの対策はお願いできるのよね」
「ええ、おまかせ下さい」
 ヴェルの問いに鈴はにこやかに一つ頷く。
「自慢の生徒がついてますから」
「はい。任せてください」
 梅琳が鈴の答を受け言葉続けた。教導団でも屈指の実力を持つ生徒だ。
「よろしくお願いします」 
 努めた平静はかえって機械的なものになってしまった。梅琳は特に気にした風も無く「失礼します」とその場を去った。他の教導団の生徒と打ち合わせもあるのだろう。その背中を眺めるアルテッツァの表情は硬い。
 ――教導団。
 手にしたままだったスクリーンのリモコンがぎしりと悲鳴を上げる。
「行くわよゾディ」
 肩を叩かれ、はっと我に返る。すでに教室内は2人きりだった。
 長く尾を引く溜息をつく。私情をはさむな。今はただの『天御柱学院の教師』だ。眉間が苦悩に曇っている。その様子を見、ヴェルは一度背を叩いた。
「――ありがとうございます」
「良いのよ。あんたの受け持ちは身長でしょう。アタシも手伝うわ。アンタが暴走しないように見張っててあげる」
 ヴェルはぱちりと片目をつぶり、教室を出る。嫌味なく、その手の仕草が似合ってしまう男なのだ。思わずアルテッツァは苦笑した。
握っていたリモコンは壊れてしまっただろうか。
ボタンを押すと少しの間もったいぶってから、白いスクリーンは青一色に染まった。

「えっと……本郷――涼介さん? 今日はよろしくね」
 突然の問いに本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は視線を流した。声の主は朝野 未沙(あさの・みさ)だ。さっきまでやけに熱心に胸囲を測るメジャーを確認していたから、少し驚いた。
「どうして手伝おうと思ったの? 保健委員か何か?」
 イルミンスールで保健委員を担っている涼介は測定の手伝いに名乗りを上げたのだった。医者の卵でもある涼介にはもちろん医学や薬学などの心得がある。測定を受ける人数が多いのだから、少しでも役に立てるだろうと思ったのだ。
「保健委員って事もあるけど、それと、医者を目指しているんだ。だから少しでも役に立てたり、経験になるんじゃないかと」
「すごいね、将来はお医者さんなんだ!」
「あなたは? 保健委員とか」
「あたし? あたしはそんなんじゃないよー」
「準備は終わったようですね」
 未沙がきょとんと顔を上げたところで、アルテッツァが各測定場の見回りにやって来た。
「機材の使い方など、何か質問はありますか。本郷君、朝野君」
「大丈夫です」
「まかせてください! あたし、機械弄りが趣味なんで。これぐらい何て事ないです」
 未沙が胸を張る様子に、思わず、と言った風にアルテッツァは喉を鳴らした。
「頼もしいですね。今日はよろしくお願いします」
 別の所から名を呼ばれ、身を翻した。それをすっかり見送ってから未沙は口を開く。
「さっきの続きだけどー―」
 未沙はメジャーを引っ張り、振り向いた涼介に向かってにっこりと微笑んでみせた。
「あたし、胸囲測定ってやってみたかったんだよね」


 もちろん事前準備をしているのは彼らだけではない。
 自らの誇りと名誉とロマンにかけて、滾る情熱を燃やし続けている集団があった。
「熱心だねえ」
 関心したように永井 託(ながい・たく)は呟いた。寝転がり、頬杖をついた先では「のぞき部」の部長である弥涼 総司(いすず・そうじ)が何やら自分の体へ絵を書き込んでいる。
「オレのフラワシは極小サイズののぞき穴を正確に開け、羽根突きの羽を掴むほど精密な動きと分析をする……」
「つまり?」
「体に壁の絵を描いて同化する。そしてのぞく!」
 ナインライブスの描画能力で指先から足のつま先まで、徹底的にだ。
ところで、二人がいるのは体育館の2階だ。日も昇り始め、だだっぴろい体育館へもうっすらと日が差してきた。
身体測定日を前に、前日から体育館の2階に潜んでおこうとの作戦だった。警備員の深夜・早朝の見回りも何とかやりすごした。あとはここに女子生徒がやって来るのを待つだけだ。
部長と言う肩書きに掛けても覗かないわけには行かない。
「はやく描いちゃってね、男の全裸みてても楽しくないから」
「そっちはどうするんだ?」
「そうだなあ……幕にでも隠れていようかな」
 今はまだ窓や舞台の幕は開けられたままだが、外からの覗きを防止するためにも測定が始まるときに暗幕を引くはずだ。
「ストレートだな。ベタすぎて逆に上手く行くかもな」
「どうだろうね」
 覗き――これほど面白いものはなかなかない。付き纏う緊張感。見つかれば死というスリル。その恐怖を乗り越えてたどり着く先にあるのは桃源郷? 秘密の花園? エデン? 
「呼吸をするようにのぞく……それがのぞき部だ!」
総司は拳を握り、熱く吠える。そして託に向かって拳を突き出した。目を瞬き、ふっと口元を弛めると同じ様に拳を突き出し、ぶつけ合わせた。

「憂鬱だわ」
 ルクセン・レアム(るくせん・れあむ)は体育館へ続く廊下を歩きながらため息をついた。頬に手を当て、心底うんざりと言ったように呟く。蒼空学園に来て初めてとなる身体測定だったが、心なしかその足取りも重たげだ。擦れ違いざまに耳を掠める会話は上付いている。身長のびてるかな。最近胸がきつくって。おなかすいたー、昨日の晩ごはんぬいたんだ、今日の朝も食べてないんだー。などなど。
 嫌でも歩を進めているから、いずれ体育館には到着してしまう。そうしたら体操服に着替えて、そして――。
 ルクセンはもう一度大きく溜息をもらす。
「どうしてこのご時勢にわざわざ下着姿にならなきゃいけないのよ――」
 体操服の上からでも測定できるはずだ。いくら検診だからとはいえ、人前で下着を見せるなんてとんでもない。女同士とは言え、抵抗があるに決まっている。とぼとぼと廊下を歩いていると今までとは雰囲気の違う会話が聞こえてきた。
「俺たち「あつい部」にも協力をさせてくれ」
声はちょうど少し先で右手に折れた道の方から聞こえてくる。そっと顔を覗かせてみると、メイリンと武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が話し込んでいた。
対のぞき部部活”あつい部“の部長として、警備の手伝いさせてくれと申し出ていたのだった。
 (――のぞき?)
 ルクセンは不穏の匂いを嗅ぎ取り目を瞬かせた。
「構わないし、人手があるのは嬉しいけれど、男子は男子の、女子は女子の持ち場になるわ。例外は認められない」
「……わかった――」
 本当なら女子の階を警戒したかった。思うはセイニィのことだ。決して疚しい気持ちなど――いや、本心を言えばのぞきたい気持ちも山々なのだが、そんな方法は卑怯だ。男として最低の行為だ。そんなに女の裸見たければ……口説いて見せて貰えや! と言うのが牙竜の若干強がりも含めたところの本音である。
「何やってるの?」
「セイニィ! 何でここに?」
「だって体育館、この先じゃない」
向かいからやってきたのはセイニィだ。
 セイニィは梅琳 の胸を無言で見据えていた。
 ひらめくものがあり、牙竜はセイニィの肩を掴む。
「セイニィ、安心して身体測定を受けてくれ……セイニィは俺が守る」
「はあ?」
 意味が分からないとセイニィは牙竜を見上げた。何やら悔しげに奥歯を噛み締めている。
「それに、どんな結果が出ようと、俺は気にしないぞ? 胸の大きさが女性の魅力を決定するのではない!」
 しばらくセイニィは呆然としていた。感極まったのか、そうに違いない。セイニィは胸が小さいことを気にしていたようだから。株が上がっただろう。うんうん。俺はおっぱいおっぱい言うような男は違うんだ、セイニィ! 牙竜はちょっと悦に入っていた。
 しかしセイニィの反応は全く違った。肩を掴んだままの牙竜の手を払い落とし、ぎっと睨み上げたかと思うと足を思いっきり踏ん付けた。思わぬ攻撃に悲鳴をあげ、うずくまる牙竜に見向きもせずセイニィは体育館へと向かっていった。
「今のはあなたが悪いわ」
 しゃがみこむ牙竜へ梅琳は同情の言葉は向けなかった。
「セイニィ……! 何故だ……!」
「あの」
 そのやり取りを見守っていたルクセンは、思い切って一歩踏み出した。
「あたしも……協力したいんだけど。その、のぞき対策に」
 軽装で移動するようにとの指示をされていたため、完全武装とは行かないが幸いにもトラッパーの心得がある。のぞき部とやらが本当に暗躍しているのなら、ワナに掛けることぐらいは出来るはずだ。
 それに、手伝いをしていればおそらく測定は最後となるはずだ。少しでも人が少ないほうが良い。
下着姿を見られるわけではないが、気になるものは気になるのだ。

サボリの口実に覗きの警備を申し出た柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)皇 玉藻(すめらぎ・たまも)と共に体育館の周囲など、外からの侵入に備えて見回りをしていた。すっかり春めいた温かな風が、遅咲きの桜を舞い上げる。花びらの軌道を追いかけながら、やっぱりサボって正解だったと胸のうちで頷く。
(身体検査、やなんだよなぁ…余り身体は見せたくねぇし)
そう思っていた氷藍にとっては、まさに格好の口実だ。測定を正当な理由かつ人のためなる建前でもってさぼることが出来る。更に山葉から報酬が貰えるかも知れない。
そんな氷藍の淡い期待をすっかり見抜いている玉藻は「サボってもどうせ後日に再検査されるだけだろうよ」と思っていた敢えて口にはせずに置いた。

 測定が始まる前に侵入しているやからが入るかも知れないと体育館周りを見ていたが、これといって異常は無さそうだ。そろそろ測定も始まるし、中へ戻るかと提案しようと顔を向けた先で玉藻の表情に半ば呆れた。
「楽しそうだな」
「言うまでもないね」
やたらやる気のみなぎっているのだ、玉藻は。
そもそも警備側に回ると決めた切欠も、玉藻が「玉藻式歓迎作法」とやらで「覗き狩り」をしよう! と言い出したからだった。
玉藻はご満悦だった。あちこちにトラップを仕掛けて準備は万全だ。
例えば、倉庫の扉を一度開けたら勝手に鍵がかかるように細工して、覗きが出来る方向の壁に薄く無色無臭の強力接着剤を塗まくる。ゴキブリホイホイならぬ覗きホイホイだ。まんまと引っかかった男共はどうしてやろう。
 手始めにこの九本の尻尾でくすぐり倒してやろうか。毛並みの良い尾に指を絡め、その様を想像してみる。その後は――と想像するだけでむずむずと頬が緩んでしまう。
「新年度早々に良い夢を見てもらおう……んふ……んふふふ……レッツ男狩りじゃぁあああ!!!」