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太古の昔に埋没した魔列車…アゾート&環菜 前編

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太古の昔に埋没した魔列車…アゾート&環菜 前編

リアクション

「んー…、機晶姫をなんとかしなければっていうのはわかるけどねえ…」
 伏見 明子(ふしみ・めいこ)は一端洞窟から出て、腕を組んで考え込んだ。
 人間性のない戦闘マシーンと戦うのは正直気が滅入る、相手が人間の姿をしているだけになおさらだ。
 隣ではレイ・レフテナン(れい・れふてなん)がカンナに連絡を入れている。
「というわけで、機晶姫たちをできれば壊さないように捕らえたいと思います。分析や修復に協力していただける心当たりはございませんか?」
『なくもないわ。一つ聞くけれど、してどうするのかしら?』
「機晶姫たちは機晶石を守っていた存在であるから、採掘に有用なデータを持っている可能性がありますし…」
『その必要はないわ、当面を賄える量を採掘できたら、その洞窟を閉じます。機晶石についてはいずれヒラニプラから買いつけることにする予定よ』
 先々安定した供給と、なによりも取引の事実が有用になるだろう。
『そもそも、そんなお優しい理由なんて、足下を見られるだけよ。こちらが下手に出なければならない理由はどこにもないわね』
 まだ食い下がりたいが、そこで決定的な却下が下った。
『それに、今そこの機晶姫についてのレポートが上がってきてるの』
 薄々わかってはいたが、やはり息をのむような報告が端的にカンナの口から読み上げられる。
『これが意味することがわかる? あなたたちが相手していた機晶姫たちは、ただの障害物と思ってあげる方がいいわ。あなたたちが助けても、彼女らは感謝なんかしないし、ましてや契約なんかしようがないわよ』
 私がそう決めたの、洞窟は封鎖しなさい。そう最後にだめ押しをして通話が切られる。
 レイは肩を落とした、通話をはたで聞いていた明子はふとつぶやいた。
「終わらせてあげる優しさ、っていうのも確かにあるのよね…」

 レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は、クェイルを警戒姿勢に立たせて、コクピットからあたりを見回した。
「皆さん、少々無用心ですね」
 運搬ではなく、イコンを移動手段として持ってきたものもいるらしく、無防備にイコンを置いて洞窟に向かったものもちらほらいた。
「契約者どころかイコンまで集まってる所にわざわざ襲撃しにくる奴なんていんのかね」
 ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)が生真面目すぎる相棒をからかった。
「せっかくの非番で訓練でもないのに出て来ちまって、教導団の任務ですらないんだぞ、ゆっくりすればいいのに」
「…いずれ、鉄道計画にイルミンスールと百合園、御神楽だけでなく、われわれ教導団の入る余地もあるでしょう。機晶石だけでなく賢者の石にかかわるものを狙う一連の組織が動かないとも限らないでしょう」
「まあいいけどな。にしてもイコンの中じゃ周辺の植物の声も聞こえないんじゃ?」
 外に出て双眼鏡使った方がいいんじゃねえかなと呟きながら、相方の人の心、草の心のスキルのことを考えてハイラルはコクピットを開けようとした。
「…コクピットを開けないでください…声が…」
「顔色悪いぞ? …って、もしかすると藻がむしられてる声が聞こえてるとかいわない!?
 ……なあ、もしかして最近野外訓練で顔色よくないのって、進路確保とかで植物伐採しまくってるからか?!」
 ハイラルは青ざめ、色白のレリウスに負けない顔色を発揮した。
「ご、ごめんねー!?」

「とりあえず、採取物の量が結構な量になるようで安心した」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は集められる機晶石を眺め、据えられたコンテナに詰め込まれていくのを眺めていた。
 彼は己のイコンの手のひらの上で、ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)とともにくつろいでいる。
「見ろよシュヴァルツ、あなたの整備員に『もっと色んな所へ』と言われたが、これでぱまるでペットの散歩だ」
 ―そんなに俺はあなたを蔑ろにして見えるのか?
 ベルテハイトに膝枕してもらい、ゆったりとくつろいでいるグラキエスは、うっとりとベルテハイトの慰撫を受け入れながらイコン、すなわちシュヴァルツに話しかけている。
「今のうちに貴公は体を休めるといい。それにしても、整備員たちの目は節穴だな。存分にシュヴァルツをかわいがっているだろうに」
 まるで人のようにイコンに話しかけるグラキエスを慈しむ。
 そのとき、下から声がかかった。
「申し訳ありません、機晶石の移送ポイントをお伝えします」
 ローザがシュヴァルツの足元につけたトラックの屋根に登り、データを掲示する。彼らの様子を見て顔色を変えることはなかったが、さらりと最後に言葉を付け足した。
「では、お邪魔致しました。ごゆっくり爆発なさってください」
「…ベルデハイト、どうした…?」
「妙な爆破予告をもらったが、さて、何を飲みたい? 何が聞きたい? まだ時間はあるからな」
 うとうととしはじめたグラキエスを撫でながら、変わらず穏やかな時間を過ごしている。

 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は、ラーン・バディのニンジンミサイルをはずして、その場所に機晶石を積み上げた。
 シートをかぶせてワイヤーロープでぐるぐる巻きにして、ちょっとやそっとでは動かないように固定する。ハードポイントにがっちりとロープをかけて、ワイヤーのテンションを引き絞った。
「キラーラビットはLサイズの陸戦型の機体だから、重量物を運ぶのは得意なんじゃないかなと思うんだ。
 ただ、ウサギ型なのに移動距離がないのが難だけどさ…」
「口より手を動かせ、これが目的地だな」
 重労働を嫌ったミア・マハ(みあ・まは)は見ているだけだ、イコンで運搬するまでなら己が動く許容範囲なのである。
「魔女として賢者の石には興味があるからのぅ。普段なら面倒な依頼は受けぬが、賢者の石に関わる事なら仕方ない」
 運搬の目的地の地図を展開して、ルートを検索している。
「にしても、暑くなってきたなあ」
 それまでキラーラビットの陰で待機していたが、上に登りはじめて次第に暑さが耐えきれなくなってきた。じわりと汗がにじんで閉口する。
「あー、仕事が終わったらお風呂に入ってのんびりしたいねー。湯上がりに冷たい飲み物があれば最高だよ」
「何を飲むのじゃ?」
「何にしようかなー、でも楽しみだなー」
 今度は移送途中の襲撃を警戒して、キラーラビットのウサ耳ブレードの点検をしようと頭によじ登りはじめた。
「目的地はヴァイシャリー湖までか」
「ヴァイシャリーの領地に入れば地の利はボクたちの方にあるよ、僕らはどうしても足が遅いから、先に出発させてもらおうか」
「では行ってくるぞ、往復せねばならんようなら、遠慮なく呼ぶがいい」

 如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)達は洞窟のルートを探り、わき道にそれていた。
 不意に開けた場所に出、その中にあるものを視界におさめて、佑也は息をついた。
「あった、ここだ」
 彼らは機晶石を探しているのではなかった、洞窟内を警備している機晶姫たちの拠点があるのではと思って探していたのだ。
 どうやらここは目的の場所であり、中にはずらりと並んだカプセルとメンテナンス機器がある。
 ラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)が途中で二手に分かれたパートナー達を呼び戻そうと携帯電話に手をかける。
「母上、こちらで目的の場所を発見しました。今のところまだ動きはありませんが、早く来てくださいね」
 すぐに応答があって、お互いのマップを送りあったので、すぐに合流できるはずだ。
「多分、さっきの先行隊でわかってることだけど、もうここの主はいないんだろうな。ならば開放してあげないとね、ラグナさんの気持ちはわかるから」
「まったく、母上も相変わらずのお人好しですね」
 ツヴァイは機晶姫が眠るカプセルにタブレット型端末を接続し、内部データや機晶姫に対する権限を洗い出そうとしていた。
「そう言わないで上げてください」
「何を言うんですか、それに付き合う兄者もですよ」
 そうつんけんしたことを言いつつも、ツヴァイの表情には微笑が混ざっている。

 ラグナ アイン(らぐな・あいん)は踏んだ小石を拾い上げた。機晶石に蓄えられるエネルギーはその大きさに比例する、指先ほどもないクリスタルのかけらでは大した役には立てまいと置いておく。機晶姫にとっては確かにこれが命の源であるが、そうやってふるいにかけねばならないものであることは少しかなしかった。
「お母さん、私もできれば、この洞窟の機晶姫たちを外へ連れて行きたいと思います、けれど言葉が通じないのはつらいですね」
 ラグナ・オーランド(らぐな・おーらんど)も切なげに眉をひそめた。既にその事は承知だが、それでも理解して欲しい、あなたがたの時間は報われるのだと判って欲しいことは変わらなかった。
 ラグナ達は佑也と合流し、カプセルに駆け寄ってツヴァイの洗い出してくれたデータを参照する。
「ああ、やはり量産を視野にいれ、思考レベルが非常に低く抑えられていますね。この子は思考レベルが低すぎて目覚めることさえできなかったようですわ…」
 空のカプセルが並ぶ中、不自然に途中でひとつまだ目覚めていない一体を調べ、すぐに結論を出した。
 かわいそうだ、と思ったが、彼女らには何が『かわいそう』なのかすら理解できまい。
 アインやツヴァイのような会話のやりとりもできず、敵を排除して洞窟の中で一生を終えるために調整された、文字通りの戦闘マシーンだ。
「長くガーディアンとして運用するには最適なのでしょうけれどね…」
 そのうちにカプセルのひとつに光がはいり、起動状況のカウントダウンに入る。洞窟内で機晶姫が一体起動停止に陥れば、おそらく順繰りに起動して、常に洞窟内のガーディアンを一定数に保つ算段なのだろう。
 彼女らはまだ目覚めていないカプセルを注意深く封じていった。


「先方に機影、認識コード確認」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)クェイルの飛行ルートの足下に、キラーラビットの機影を見つけた。先行したレキ・フォートアウフのラーン・バディである。このままいけば順当に追い抜くだろう。
 マウントしたコンテナを揺らしたくないので、慎重な運転を心がけている白竜は、よく挨拶でやるような曲芸飛行などは一切せずに、そっけないコールだけで済ませた。
「叶白竜、クェイルより、レキ・フォートアウフ、ラーン・バディへ。お先に失礼する」
『ありゃあ、追いつかれちゃった、ラーン・バディからクェイルへ。進路の無事を祈りまーす』
 穏やかにコールを交わし、結局は彼女らよりも先にヴァイシャリー湖畔に到着して、無事にコンテナを下ろした。
 無事に採掘した機晶石の一部を引き渡し、世 羅儀(せい・らぎ)はクェイルの燃料をチェックしている。
「さすがクェイルだな、まだ余裕があるみたいだ」
「ならば、もうひと仕事するとしよう、クェイルの操作を頼む」
 デジタルビデオカメラを取り出し、再び彼らは機上の人となった。

「できるだけ予算を抑えたいのなら、地形の把握と地質も抑えないと…」
 地図と実際の地平線を引き合わせながら、ヴァイシャリーからヒラニプラへのルートをビデオ撮影している白竜の背中が、羅儀にはとても楽しそうに見える。思わず声にも出していた。
「…楽しそうだな」
「そうか?」
 やはりそう返って来たが、何せ常に真面目で無駄のない動きをしているはずの白竜の動作の要所がなんだか浮かれているように見えるからだ。ただ地図を傾けるだけの動作にも、指先ではずませるようにして音をたてるなんて、したことがあっただろうか? しかもどう見ても無意識なものだろうと思うのだ。
 ビデオカメラで可視光を、クェイルのセンサーを利用して赤外線リモートセンシングのクロスデータを収集しながらヒラニプラにたどりつく。
 即座にヴァイシャリーへ取って返し、往復のデータを撮影にかかる。
「うん、やっぱ白竜は楽しそうに見えるぜ」
「………」
 白竜は、あの御神楽環菜が、単に鉄道を敷くことのみに執着するとはどうしても思えなかった。
 何か深い意図があるような気がする、しかしそんな生真面目な軍人が習慣のように抱えてしまう疑心とは別に、個人的にはパラミタ横断鉄道に乗って旅をしてみることに、そう、憧れるという意識があるのかもしれない。だがしかし。
「なあ、鉄道が運行されるとき、一番列車に間違いなくオレ達二人分の席確保できるんだろうなあ?」
 かすかな期待が混じるその声音に、白竜はごく冷静に答えた。
「多分列車の護衛として、イコンで並走することになるだろう」
 …そういうことじゃないんだ…と羅儀は肩を落とした。