校長室
女体化薬を手に入れろ!
リアクション公開中!
ツァンダの町へ向かってとっとことっとこ歩いていた笹飾りくん。 実際「まっすぐ行ったらツァンダの町に着く」と言われていたはずなのに、なぜかたどり着いたのはイルミンスールの端っこだった。 多分、おそらく、走って逃げている間に「まっすぐ」の方角が変わってしまっていたのだろう。 「………」 進むべきか、回れ右するべきか。森の入り口を前に、たたずんでいる笹飾りくん。 そのとき、パパパパパパパッとクラッカーの鳴る音が盛大に響いた。 「「ハッピーバースデー、笹飾りくん!」」 森の入り口から飛び出して、声をそろえて決めポーズをつけたのはジェンド・レイノート(じぇんど・れいのーと)とローゼ・シアメール(ろーぜ・しあめーる)だった。 何度練習を重ねたのか、それともぶっつけ本番か。息もピッタリに左右対称のポーズをとった2人は、せーのでクルクルと回転しながら笹飾りくんに近づく。 ちなみに笹飾りくんの誕生日は今日ではない。7月7日でとっくに過ぎている。 が、2人にはそんなことどうでもいい。 こういったフェイクに必要なのは、有無を言わせない勢いだ。 「遅かったですねぇ。もうパーティーは準備万端、始まってしまってますよ!」 「さあ行きましょう、行きましょう」 笹飾りくんの手をとるローゼ、背中を押すジェンド。 ランタンを手に、2人は森の中へ笹飾りくんをいざなって行く。 「紅茶はお好きですか? コーヒーがよろしいですか? プレゼントも用意してありますよ」 「さあ行きましょう、行きましょう」 「ああ、そうだ。ケーキはチョコ派ですか? クリーム、バターもありますよ」 「さあ行きましょう、行きましょう」 「おー、来たな、笹飾りくん!」 パーティーグッズの三角帽子をかぶったゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が、パーティーテーブルの隣に立っていた。 パン、とクラッカーを鳴らして出迎える。 「今日はきみが主役だ! さあお席へどーぞ」 椅子を引き出し――笹飾りくんには座席が高すぎたので――ひょいっと乗っけてあげる。 「あー、背中のカバンが邪魔ですねー。取ってあげましょー」 ローゼが赤リボンをしゅるしゅるしゅるっ。 「カバンは隣のお席にぽんっ♪」 ジェンドが歌うようにリズムをつけて、カバンを座席の上に置く。 「荒野を歩いてきたせいか、ちょっと汚れちゃってますねー。洗っておきましょう、しゅるるるるんっ」 テーブルの上にあった水差しの水をフィンガーボールにあけて、ジャブジャブ赤リボンを洗い出す。 「荒野をずっと歩いてきたんなら、さぞかしのどが渇いたでしょう」 氷バケツから取り出したシャンメリーをグラスにそそぐゲドー。 「さあどうぞどうぞ」 その隣に紅茶を置くローゼ。 「さあどうぞどうぞ」 反対側にコーヒーを置くジェンド。 「さあどうぞどうぞ」 正面から笹飾りくんの似顔絵の入ったケーキを差し出すゲドー。 にこにこ、にこにこ。 本人たちとしてはとにかく親切の大売り出しをしているつもりなのだが、慣れないせいか(それとも天丼狙いか?)、妙にズレている。 「さあどうぞどうぞ。一気にロウソクを吹き消しちゃってください♪」 ――なんか、頬が引きつってますよ、ゲドーさん。 「うわー、すごいすごい。ひと息で消えちゃいましたねー。まー3本ですからねー」 ――うるせぇ。余計なとこ突っ込んでんじゃねぇ。気になっちまうだろーが。 「さあケーキを切り分けましょうねー。もちろん、一番大きいのは笹飾りくんですよー」 ――パパ、パパ、いつまでこれ続けるの? 僕、最後までもちそうにないよ〜。 にこにこ、にこにこ。 笹飾りくんがケーキをひと口ぱくりとするたびに、3人はシャンメリーと紅茶とコーヒーをすすめ、ひと口飲むたびに継ぎ足していく。まさにわんこそば状態! 「さあさあ。宴もたけなわとなったところで、パースデープレゼントの手渡しでーーーす」 マイクを持ったゲドーが、左手を高々と挙げて宣言する。 「わーい。まずはボクからだねー♪ ボクのプレゼントはこれ! ツァンダの町を歩くたびに街頭配布で受け取ってたポケットティッシュー!!」 と、笹飾りくんの真上でダンボールをひっくり返す。 バサバサバサっと白いポケットティッシュの山が、笹飾りくんを半分埋めた。 「次僕ねー。僕からのプレゼントはズバリ! ツァンダの町を歩くたびに街頭配布で受け取ってたポケットティッシュー、365日ぶーん!!」 やっぱりバサバサバサっと上から落ちた白いポケットティッシュが、笹飾りくんを埋めた。 「わー。ボクたち気が合うねー」 「ねー。申し合わせたわけでもないのに全く同じ物用意するなんてー」 「なんてー」 「ねー」 ――ってソレ、単に捨てるのももったいなくてダンボールへ放り込んでたらいつの間にか山になってた、ってだけじゃ… 「ブレゼントは気持ちだもーん。ねー♪」 「ねー」 あぷあぷあぷ。ポケットティッシュの雪山で遭難していた笹飾りくんが、ようやく頭をズポッと出す。 「そして、俺様からはこれー!」 じゃじゃーーーーんっ。 ゲドーが用意したプレゼントの箱は超特大。2メートル四方はあるんじゃないかという物だった。 「わー、すごいですー。ゲドーさん太っ腹ー」 「パパ、すごーい」 とてもうさんくさい笑顔で絶賛して手を叩く2人。 「さー、笹飾りくんっ。このリボンをほどいてごらんっ」 「ひっぱろー、ひっぱろー」 「それはもう、一気にしゅるしゅるとっっ」 笹飾りくんの背中を押してプレゼントの前に立たせる。気がつけば、3人が笹飾りくんの周囲を囲っていたりして…。 「さーん、にー、いーち。ぜろーっ」 ゲドーのカウントに合わせてリボンを引っ張る笹飾りくん。シュルシュルッとリボンが解けた瞬間、箱の四面はぐらりと同時に外側へ向かって倒れた。 と、同時に現れる、アンデッド:ゾンビたち…。 「!!!」 「それっ! いまだ!!」 笹飾りくんがびっくりプレゼントに驚いて硬直し、必殺技が出せないでいる隙に女体化薬GET! とばかりにゲドーたちはとびかかった。 「全部むしっちゃえーですよっ♪」 テーブルの下に隠してあったザルに次々と薬を放り込んでいく3人。 だがこの悪魔の所業を黙って看過するほど世の中は甘くない。 「あなたたち、そこで何をしているんです!」 糾弾の声が高らかと響いた。 見れば、刀を持った男がこちらへ向かってバーストダッシュで走ってきている。 その男だけならばゲドーも開き直ったかもしれない。たいして強そうにも見えない、細身の少年だ。しかし彼の後ろには、あきらかに彼のパートナーといった3人がいた。うち1人は、いかにも戦闘に特化していそうなヴァルキリー。 「おい、やろうども! 撤収だ!!」 「はーい――って、ゲドーさん、ボクたち「やろうども」なんかじゃないですよっ」 「きゃははっ。あいかわらずお口が悪いよねー」 「うるせぇ! んなこと言ってるヒマあったら走れ!!」 薬が入ったザルをかつぎ、男たちとは反対側にすたこらさっさと走り出す3人。 「あっ、待ちなさい! ユーリ、バニッシュを! 瀬織はブリザードで彼らの足止めを!」 「分かった!」 「はい!」 神和 綺人(かんなぎ・あやと)の指示に従い、ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)がバニッシュを放つ。 「あっ!」 光の刃を受けて切り裂かれたカゴから薬がゴロンゴロン転がり落ちた。 「くそーっ、ひとが手間暇かけて手に入れたものを大した苦労もせず横取りしやがってっ!!」 「ひとの物を横取りしているのはあなたたちの方です」 彼らと対照的な、冷静な声で神和 瀬織(かんなぎ・せお)が答え、彼らの足止めを図るべくブリザードを放つ。しかし、捕まってなるかとばかりにゲドーが繰り出したファイアストームによって、これは相殺されてしまった。 薬の大半は転がしてしまったが、両手に持てる限りの瓶を持って、再び3人は森の奥へ逃げ込んでしまう。 「クリス、追うよ! なんとしてもあの薬を取り戻さないと、何に悪用されるか分からない!」 バーストダッシュを再度発動させた綺人。 だがそうして振り返った彼の見たものは、笹飾りくんに薬をくださいとお願いしているクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)の姿だった。 「お願いします、笹飾りくん。この薬をどうしても使いたい人がいるんです」 両手をとり、切々と訴えているクリス。 「……だれを女体化させて、どうするの?」 「それはもちろん、アヤです。きっとかわいい女の子になるのです。レースやリボンのいーっぱいついたフリフリワンピとか花柄のキャミとか着せて、一緒に町をウィンドーショッピングします。きっと男の子たちの注目を浴びますよ。だってアヤはかわいいですからっ」 クリスの妄想、今日も全開・絶好調。 そのシーンを思い描いてか、うっとりした顔つきでほうっと息をついてたりする。 対し。 「ふーーーーん…」 冷たい、氷のような反応が返ってきて、初めて背後にいたのが綺人だと気付いた。 「……はっ。あ、アヤ! あのですね――」 「絶対、させない」 刀を構える綺人に反応して、クリスも剣を抜いた…。 「瓶は、向こうに落ちていた分も拾える限り拾ってきた」 「お疲れさまです、ユーリ」 両手いっぱい抱えてきた瓶を瀬織の足元に並べる。瀬織はそれらを丁寧に、笹飾りくんの笹竹へと戻していた。 「こんなことしかできず、申し訳ありません」 赤リボンで通学カバンをくくりつけた瀬織の、心からの謝罪の言葉に、笹飾りくんはプルプルッと首を振る。 「見落としがないか、もう一度行ってこよう。 ところであの2人は、あそこで何をしているんだ?」 森の開けた場所で、綺人とクリスが戦っていた。周囲にはパーティーテーブルの残骸が飛び散っている。 「この前の喫茶店のときといい、どうしてそんなに僕に女装させたいのさ!」 歴戦の必殺術、発動。妖刀村雨丸の二刀流で、さながら舞うように容赦なくクリスを追い詰めていく綺人。クリスは歴戦の防御術やオートガードで防戦に徹しているものの、後ろに押され気味だ。 「だって、アヤには似合うからです!」 クリスは言い切る。 「僕は男だよ!」 「スカートをつけてお化粧したアヤは本当に、本当にかわいくて! きっと本当に女の子になってああいう格好したら、完璧ですよ!」 その姿を思い描いてか、ほうっと息をつくクリス。 斬り合いでは押されていたが、どう見てもそれは手を抜いた結果であって、まだまだ彼女には余裕が見えた。 その姿がまた、綺人の怒りに火をそそぐ。 「手合わせのときも、いつもそうだ! 一度ぐらいまともに打ち合ったらどう!?」 「え? だって、アヤに本気を出すなんて、そんな――」 と、そこまで口にしたクリスの脳裏に、パッとひらめくものが。 「あ! じゃあこういうのどうです? アヤ。この勝負、私が勝ったら明日1日私の言うことを何でもきくのです。女体化薬を飲んで、ネコミミつけて、鈴つきの首輪付けて、メイド服姿で、私に給仕してくれたり…」 そしてそんな彼を押し倒す! ――ふふっ。ふふふふふっ。 熱にうかされたようなクリスの満面の笑み、その言葉――。 (……ああ。駄目だ。言葉が通じない) 一体いつから? いつから僕たちは、こんなにすれ違うようになっていたの? 綺人は絶望する思いで剣を止めた。 「アヤ? 放棄ですか? この勝負、私の勝ちでいいんです?」 だらりと下がった両手。綺人からは、完全に戦意が失われている。 「クリス……僕たちは恋人同士じゃなかったの?」 綺人は暗く沈んだ目でクリスを見る。 「ネコミミを付けたり、鈴付けたり。メイドの格好をさせるのが、きみにとっての『好き』ということ? 僕がいやがっているのも構わず押しつけるのが、きみにとっての愛情? きみが僕に何を求めているのか……もう分からなくなってきた」 そしてそんなきみを、僕は本当に好きなのかどうかも。 「アヤ?」 その静かな言葉に……あきらめと失望を色濃く含んだ視線に、クリスは初めて事の重大さに気付いた。 クリスが彼の言葉を初めて本気で受け止めてくれた――こうしなければ受け止めてくれないのだ、そのことに、綺人はますます絶望を強める。 「きっと、あまりに近くにいすぎたんだね、僕たち。 しばらく会わないでいよう。今僕たちに必要なのは、この関係を見つめ直すことなんだと思う」 「そんな…。う、うそです、冗談なんです、こんなの……本気でしようとしたわけじゃ…」 その言葉に、綺人はますますさみしげな顔になった。 目を閉じ、深々とため息をついた彼は、刀を収める。 「もう行こう、ユーリ、瀬織。それと、笹飾りくん。僕たちがツァンダまでお送りしますよ」 まるで何事もなかったかのように笑顔で話す彼とクリスをかわるがわる見る2人も、この事態にとまどっているようだ。 「さあ、帰るよ、クリス」 にこやかな声。笑顔がクリスにも向く。 だけど違う。 これまでと全く違う、綺人との距離を感じて、クリスは呆然と立ち尽くした…。