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あなたもわたしもスパイごっこ

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第14章 つぶやく言葉は「同人ショップなう」

 その日は何でもない日のはずだった。ただ七枷 陣(ななかせ・じん)の部屋に、ただリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)が遊びに来たという、ただそれだけのはずだった。
 彼らの眼前に「再生してね☆」と書かれた明らかに怪しいメモと、無造作に置かれた明らかに怪しいテープレコーダーさえ無ければ。
「リュースさん……」
「陣くん……」
「どう見ても『スパイ小作戦ごっこ』です」
「本当にありがとうございました」
 覚悟を決めたのか、陣がレコーダーを手に取り、中に入っていたカセットテープを再生する。
『……おはようティアーレ君、七枷君』
 そこから聞こえたのは彼らのパートナーであるレイ・パグリアルーロ(れい・ぱぐりあるーろ)ジュディ・ディライド(じゅでぃ・でぃらいど)、2人の声だった。どうやらこの指令、2人からのものらしい。
『歴史的なことを語ると長くなるので省略するが、地球、それも日本を中心に売られている「同人誌」というものが、今ではパラミタ、シャンバラでも売られているのは周知のことだろう』
『最近ではその名前を聞くことは無いが、イルミンスール魔法学校では同人魔法書の即売会「マジックブック・マーケット」、略して「マジケット」が行われていたのは記憶に新しい』
「聞いたことがあるような無いような……」
「ああ、あれは酷い事件やったね。オレは参加し損ねたけど……」
『そこで君たちの使命だが、ティアーレ君は、同人ショップ「たつのあな空京支店」にて、女性向け同人誌を10冊買ってくることにある。サークル名は……』
 それからしばらくの間、レイの声で同人サークルの名称が挙げられていった。
『七枷君は、同じく「たつのあな空京支店」にて、大手サークルの男性向け同人誌、新刊でR18以上のものを5〜6冊買ってくることにある』
 同じくジュディの声でサークル名が挙げられていった。
『ちなみにこれは脅しだけど、DVD、開封したのは私よ』
『まあそういうわけで、リュース宅にてレイと共に待っておるから、買ったらこっちに来ることじゃ』
『言うまでもないことだろうが、君もしくは君のメンバーがショップにて色々噂話をされて、精神的にダメージを負おうとも、当局は一切関知しないからそのつもりで』
『なおこの記録の再生後、お約束通りな事が起こるぞ、フフフ……』
『成功を祈る』
 最後に2人の声が重なり、テープはそこで終了した。
 そう思っていると、陣の手に握られたテープレコーダーから煙が上がり、それはどういうわけか雨雲となり、そこから陣の全身に雨が降り注いだ。もちろん手の中にあったレコーダーも水難事故から逃れはしなかった。その水の量は、概算で2リットルといったところか。
「オレ専用のお約束って言いたいのかよコラ!」
 雨が止んだ後、思わず陣は握っていた機械を壁に投げつける。望まない体当たりを強要されたテープレコーダーは粉々に砕け散った。
「あっちゃあ……、レイにあのDVDがバレたんですか……」
「リュースさん、どしたん?」
「いやまあ、こないだちょっと通販でDVDを買ったんですけどね」
「内容は?」
「お察しください……。少なくともレイ以外の『年頃の女の子』たちに知られたくない内容です……」
 深くため息をつき、リュースは観念したようにうなだれた。
「はぁ、しかたねぇ。指定された買い物に向かうか」
「……ですね」
 同じく陣も深くため息をつき、青い気分のまま2人は連れ立って空京へと足を運んだ。

「う〜指令指令。今、R18同人誌を求めて全力疾走しているオレは蒼空学園に通うごく一般的な焔の魔術士。強いて違うところをあげるとすれば、恋人が2人いるってとこかナー。名前は七枷陣」
 そんなわけで、リュースさんと共に空京にある「たつのあな空京支店」にやって来たのだ。そのようなナレーションを入れた陣にリュースが白い目を向ける。
「陣くん……。ここは『ウホッ、いい、たつのあな……』とか言えと、そういうことですか?」
「……ちょっと調子に乗ってみた。反省はしてる」
 彼らは知らないことだが、いつぞや百合園女学院にて似たようなことを口にしたセーラー服の少女がいたという――陣の方はもしかすると間接的に知っているかもしれないが――別に本筋とは関係無い話がある。
 数瞬の現実逃避の後、彼らは覚悟を決めた。
「……行きますか」
「……そーですね」
 同人ショップ「たつのあな」は元々は日本で展開されていた、いわゆる同人誌及びそれに順ずるグッズの販売ショップである。地球――特に日本の文化はパラミタとの出入り口である空京に流入し、多少は日本と同じ生活が営める場となった。「たつのあな」もその中の1つであり、日本からの観光客、あるいは日本の――場合によっては他国の同人誌を買い漁りたがるパラミタ人に向けて商業展開がなされていた。
 店の中はやはり日本のそれをベースとしているのか、1階は一般客用、2階は主に男性向け同人誌、3階は主に女性向け同人誌が並べられ、どの階にもそれなりの客が入っていた。
 2人が最初に向かったのは2階の男性向け同人誌エリアである。ひとまず陣の分から片付けてしまおうと意見が一致したのだ。
「しかし、陣くんのお買い物……、いいですよね、男性向けで。オレなんか……。オレなんか……」
「確かに男が男性向けを買うのは、別に異常なことでもあれへんからねぇ……」
 不憫すぎる、と陣は思った。
 むしろ男が男性向けの「内容」に興味を示さないとすれば、それは男として、いや生物としての異常を疑わねばならなくなるだろう。若い男が2人で男性向け同人誌を漁るというのは、同じフロアにいる客から見て変な光景とは言えなかった。
 リュースは同人誌に興味を示さないような人間ではなかった。そうでなければ「内容は察してくれ」と主張するDVDを購入するはずが無いのだ。だが彼としては今ここにいることよりも、「この後向かう場所」に対する後悔の念が強かった。いくら「ゲームの指令」とはいえ、なぜに自分がそんな所へ行かねばならないのか!
 だがいくら後悔しようとも、いくら心の中で怒鳴ろうとも、現実はいつでも目の前からやってくる。陣が指定された同人誌をレジカウンターに持っていき、購入を済ませた。横からその光景を眺めていたリュースは、ふと提げた袋がやけに大きく膨らんでいることに気がついた。
「あれ、随分と多めに買ったんですね?」
「ん? ああ、これね。せっかくだからオレは自分用の同人誌も買ったぜ、というわけよ」
「指令」が無くとも、元より空京へ遊びに行こうと陣は考えていた。そこに偶然「指令」がやってきたのだから、この際ついでだから買ってしまおうというわけである。
「ああ、道理でさっきの陣くん、赤い扉を通っていったように見えたんですね」
「『コマンドー七枷』と呼んでくれ」
「まあそんな後ろ向きにロケットランチャーをぶっ放しそうな冗談はともかくとして、そんなに買っちゃって大丈夫なんですか?」
「大丈夫や、問題無い……、って何が?」
「いやほら、隠し場所とか」
「ああ、それならホントに問題はあらへんよ」
 陣曰く、部屋にある机の引き出しという引き出しは全て2重底にしてあり、そこに隠せばいいのだという。
「自分で直接買って、自分で隠す。こうすることで通販の袋を勝手に開けられることが無い、って寸法やね」
「ぐっ……、言ってくれますね……」
 確かにあれは自分のミスだったが、だからと言って陣と同じ方法を取ることができるのかと聞かれると、さすがに自信は無いリュースである。
「……さて、次は上ですか……」
「女性向けコーナーか……。激しく場違いだよねぇ、オレら……」
「でもレイの言うこと聞かないと、後が怖いんですよねぇ」
 心底嫌そうな顔をしながら、2人は地獄――というのは言いすぎだが――への階段を上り始めた。

 10数分後、「たつのあな」の外にて放心状態となったリュースの姿があった。
「リュースさん……、大丈夫?」
「……これが大丈夫に見えますか?」
 女性向け同人誌フロアに足を進めた2人を待っていたのは、これでもかと言わんばかりの「男臭さ」だった。本の表紙やフロア自体の色、はたまた店内を流れるBGMは非常に煌びやかなものばかりだったのだが、その「内容」が問題だった。
 とにかく「男」なのである。
 そんな場所に耐性の無い男2人は生きた心地がしなかった。フロアにいた客は当然のことながら全て女性であり、個人ないしはグループ全てがほぼ同じ内容の会話を繰り広げていた。
 簡潔に言えば「どちらが先で、どちらが後か」である。間に乗算の記号が含まれる会話がそこかしこから聞こえてくるのだ。
「オレニハワカラナイセカイガテンカイサレテイマス……」
 場の空気に圧倒された2人は揃ってそう思った。
「というか、どっちが攻めでどっちが受けとかってこそこそ話すのやめてもらえます!? オレたちはどっちも、しっかり女の子が好きなんですから!」
 口に出して怒鳴りはしなかったが、リュースは心の中で泣いていた。何しろ客の一部が、この場にいる「異分子」を見て上のような会話をしていたのだから……。
 救いがあるとすれば、同人誌を購入する際の店員が事情を察してくれたことだった。あまりにも青い顔をしながら、かごに入れた本を差し出すリュースの様子を心配して声をかけた。
「あの……、大丈夫ですか……?」
「……そう見えますか?」
「いえ……」
「本来の客」であれば、大半が無表情ないしは「普通の顔」を、いくらかは笑顔で本を買っていくものであり、青ざめた顔で買う客はそうそういない。まして隣にいる友人らしき人物までもが同じ顔をしているとあれば尚更だ。
「頼まれてとか?」
「ええ、まあ……」
「ですよね。気持ちはわかります。自分の代わりに行ってくれと無茶な要求された日には、ね……」
 自分たちの本意ではないことを理解してくれた店員に、2人は一抹の安堵を覚えたのだった。
「それにしても……」
 店を出た後、陣がリュースの袋の中身を見ながらため息をついた。
「別にディスるわけじゃねぇけど、似たような表紙にしか見えないのはオレの気のせいか?」
「気のせいじゃないと思いますよ……」
 いまだに立ち直れないリュースが肺から息を絞り出した。
 レイが指定した同人サークルは、全て地球の日本にて有名なものばかりだった。その詳しい名称は出せないが、少なくとも「それっぽいもの」であったことは、言うまでもない。そしてそれらのサークルから出版された本は、いずれも袋詰めされており、おおよそ「全年齢対象」と表現できない構図のものばかりだった。
 そうして立ち尽くすこと数分。ようやくいくらか復活したらしいリュースが帰宅の意を示した。
「……帰りますか」
「……そーですね」
 そうして2人は、指令者の待つリュース宅へと向かった。

「我的にはBLGLは余り興味無いのじゃが、レイ、一体何がそこまでおぬしをBLに駆り立てるんじゃ」
「禁断の香りがするからよ」
「禁断?」
「ええ。禁断よ」
「しかし単なる同性愛というもんじゃろうが。というか、やってることそれ自体、普通の男×女のそれと変わりないじゃろうに」
「何言ってるの。この私が『女役を単に男がしているかのようなBL』を求めているとでも思っていたの?」
「違うのか?」
「私が求めているのは『男同士だからこそなし得られる愛』よ。視線、言葉、そしてえろす。それら全てが備わったBLってね、なかなか無いのよ」
「さすがに全ての同人サークルにそれを求めるのは、ちと酷というもんではないかのう」
「それはまあそうなんだけどね」
「まあそれを追い求める気持ちはわからんでもないが、しかしあくまでも『萌え』というものを追求するとなると、やはり男女の同人、これに限ると思うんじゃが……」
「ジュディさんの言わんとしていることはわかるわ。男女という組み合わせは、言ってみれば『健全な営み』というものよね」
「うむ。『普通なら、あるいは本来ならあってもいいはず』の組み合わせというものは、主に読者の想像を掻き立てるものじゃからのう」
「ことさら『恋愛』という枠で考えたらそうなるわね」
「そしてその対象は異性。恋愛はこうでなくてはいかん。同性愛もまあ見方によればいいものかもしれんが、そこから生まれるものはあまりにも少ないからのぅ」
「理解はするわ。男性向けも個人的にはありだと思ってるし」
「なんじゃそうなのか」
「ブラックなのは好きじゃないんだけど、相思相愛なら」
「異議無し」
 現在リュース・ティアーレの家で待つ指令者の2人は、他に誰もいないのをいいことに2人で同人談義に花を咲かせていた。それ以外にすることは無いのか、などという質問は決してするべきではない。
「それにしてもリュースたち遅いわね。待ってるのに」
 何とはなしにレイがつぶやくが、ジュディにはおおよその理由が想像ついていた。
(当たり前じゃ。あやつらは両方とも『女の恋人』がおるんじゃぞ。普通に健全な恋愛しておるんじゃぞ。そんなのが頭に『腐』のつくような場所に行って精神的ダメージを負わないわけがなかろうて……)
 リュースは恋愛対象を聞かれると「内緒ですよ」と答えるが、事実としては女性の恋人がいる。陣は「リーズと真奈だけ」と照れながら答えるように、事実としてこの2人と恋愛関係を結んでいる。互いのパートナー同士である2人がこの事実を知らないはずが無いのだが、レイはどうもそこに理由を見出せなかったらしい。
 程なくして件の遂行者コンビが帰ってきた――陣に関してはリュースの家に遊びに来たという形になるのだが。
「ただいま戻りました……」
「お求めの同人誌、こちらにございます……」
 2人揃って指定された同人誌を、それぞれの指令者に差し出した。ちなみに陣は自分の分を抜き取り、懐に隠した。
「お疲れ様、リュース。あのDVD、誰にもバラしてないから安心してちょうだい。今後もバラさないであげるわね」
「アリガタキシアワセ……」
 レイのその言葉を聞いて安心したのか、リュースはその場で倒れ伏した。
「うむ、見事に求めていたものばかりじゃ。では報酬じゃが、『現状維持』を差し上げよう」
「……は?」
 ジュディの言葉の意味がわからず、陣は思わず聞き返した。
「何の事かわからんという顔をしておるな。では教えてしんぜよう。机、底、ペラい本……」
「……!?」
「後は、わかるな?」
 にんまりとした笑みを浮かべ、ジュディはパートナーの様子を窺う。
「リーズたちを誤魔化せているようじゃが、我には通用せぬぞ?」
「つーか、なぜ知ってるし!」
「ついでにおぬしの懐も――」
「ウボアァーーーーーーーーーー!!!」
 その叫びと共に、陣もその場に倒れ伏した。

 男2人の受難は、こうしてようやく終わりを告げた、のかどうかはわからない……。