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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3

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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3
少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3 少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3

リアクション

   
   第一章 お茶会殺人事件

   1

V:みんな元気―。エルム・チノミシルだよ。
今日は、一日探偵してたんだけど、僕は全然、元気だよ。
後であまねちゃんに見せてあげるために、調査の様子をこうして撮影してたんだ。
結論はでたね。
みお姉から調べてってお願いされた、アリー・セレマ・ベヨベヨ・ウイッチクラフトはすごい悪人だったんだ。
僕が話をききにいった人がみんなアリーの悪口を言うんだよ。
よっぽどひどい人だったんだね。
どこかに閉じ込められちゃうのも当然かもね。
みお姉にアリーは悪人でしたって教えてあげなきゃ。

「ねー。ちっちゃい奴、調査はそろそろ終りにして、みお姉に報告に行こうよ」

エルムは一緒に聞き込みを行っていた月来 香に声をかけた。
獣人の少年のエルムも、花妖精の少女の香も、雪だるま王国女王赤羽美央のパートナーである。
二人は今日は美央の指示で、イルミンスールにアリー・セレマ・ベヨベヨ・ウイッチクラフトの情報を集めにきていた。

「わたくしの名前はちっちゃい奴ではねーですわ。何度、言ってもわからねーようですね。
わたくしは、月来 香。
いーですか、次にちっちゃい奴と呼んだら」

「わかったよ。香。
悪者アリーの話は聞き飽きたから、みお姉のとこへ行こうってば。
言いつけを守って、調査したんだから、ごほうびにマジェに連れてってもらおうよ。
ストーンガーデンのみんなとプールで遊ぶ約束があるんだ」

「子供のあなたが子供らしく遊びたがるのはまーいいですが、今日の調査の内容には、わたくしはどうも納得できませんのよ」

「なんでぇ? イチ、ニィ、サン、シーっと。全部で、26人もの人に話をきいたんだよ。
それもアリーの悪口ばっかりをさ。
もうアリーがどんなやつだったかは、十分わかったじゃないか」

「そー決めつけるには、かくたる証拠がありませんわ。
それにー、同じような意見ばかりとゆーのは、一方向からしか対象をみていないとも言えるのではなくって」

「はぁ。なにそれ。わけわかんないよー。もうじき、日が暮れるんだよ。今日は終りでいいじゃんかー」

「これだからお子様の相手はてーへんなのですわ。しかたありませんわねー」



V:あ、あ、あー。
あまねさん、みておられますか。赤羽美央です。
こうしてビデオに調査の様子を録画するのも久しぶりですねねね。
今回のコリィベルについての私の調査一日めは、私自身は女王としての公務で忙しかったので、パートナーのエルムと香にアリー・セレマ・ベヨベヨ・ウイッチクラフトさんの情報収集をしてきてもらったのです。
しかし、この情報は、あまり、よろしくないですね。

 雪だるま王国の玉座に座ったまま、美央は、パートナーたちの報告をきき、録画してきたビデオにかるく目を通して、硬い表情を浮かべた。

「アリーは平気で友達を裏切って、男の子たちと仲良くなるのがうまくって、自分を嫌う子に呪いをかけたりしてイヤがらせをする、悪魔みたいなひどい子なんだって。
アリーを好きな子なんて、アリーが手なずけた? 男の子たちしかいないらしいよ」

「アリーをバカにしていた子たちが森で魔物に襲われて大ケガをしたりした事件があったよーですわ。
食事に毒物を混ぜられたり、持ち物を盗まれたり。
他にもーアリーの呪いで死者まででたとか」

エルムと香は、イルミンの生徒たちに聞いたアリーの話を素直に美央に伝えた。

「実際に、それらの事件は起きているのですか」

「わたくしもそれが気になったのでー当時の学校新聞を入手してきましたの。
生徒ばかりでなくー、アリーの担任だった教師の方にも、お話をきこーとしたんですけれども、お話しすることはありませんと断られてしまいましたわ」

「アリーが先生にも嫌われてるから、話してくれなかったのかな」

 美央は香から学校新聞の束を受け取る。
 驚くべきことに、それらのすべてがアリーの特集号だ。
 そこには、危険な魔女アリーに関する真偽のさだかでない情報がぎっしりと印刷されていた。

「それなりにかわいい女の子が、これだけ攻撃されれば、守ってくれる、味方になってくれる男の子たちは自然にでてくるものだと思います。アリーさんが特になにをしなくても。
彼女が収監された後、彼女の味方の人たちはどうなったのですか」

「それがね。なにも悪いことをしていないのに、自分から志願してアリーについてコリィベルへ行っちゃった人が何人もいるんだって。悪い人でも仲間はいるんだねー」

「わたくしは、今日の調査を通じて、アリーにはーある種のカリスマ性があるのでは、と考えましたわ。
一部の人を強烈にひきつける魅力があるからこそー、アンチも生まれるのではないでしょうかー」

「噂や評判が真実を伝えるとは、限りません。
お二人が今日、集めてきた情報は、ほとんどがその類のものなので、私は判断に苦しんでいるのですすす」

 美央は二人に感謝しつつも、アリーの実体に手の届かないもどかしさをおぼえた。

(アリーさんがなにを考えていたのか、どのような人物なのか、これではまるでわかりません。
今回は、彼が役に立つかもしれませんね。久しぶりに声をかけてみますか)



翌日、昨日の二人と同じ指示を美央から受けた吸血鬼ジョセフ・テイラーは、単身、イルミンスールへむかったのだった。

V:ハハハ。美央がミーに話しかけてくるとは珍しいですネ!
今日は空からハンバーガーでも降ってくるんじゃないでショーカ!
アリーって人の事を調べればいいのデショウ。ですが、ミーはグラマラスなレディーについてはよく知ってますガ、魔法少女的なガールのコトはあまりくわしくないデスネ!
シカーシ、先入観がないからこそ、見えるものもアリマース。
プラス、ミーは噂は信じないタチなのデース。
真実は常に、情報を発する人間のいいように姿を変えル、気まぐれな猫ですからネ!
本物のネコと同じで、周囲の反応ナンテ、お構いなしな奴なのデース。
猛獣にも、かわいいペットにもナリマース。
発言者の気分一つで、同じものが善ニモ、悪ニモなるデース。
ダカラこそ、例え個人の発言デモ、発信する情報ハ、きちんと選ぶ必要があるのデース。
実のところ、感情にマドワサレテ、ナカナカ、それがデキナイので、この現実は?虚言?にあふれてるのデース!
ハハハ、マジメなミーはかっこいいでショウ!ハハハハ。

マイペースで独特の哲学を持つジョセフは、エルムや香とは違うアングルから責めてみようと考えた。
イルミンにつくと、さっそく、昨日、二人が対話を拒否されたアリーの元担任の教師を訪ねてみる。

「先生。
ミーは、アリーの本当のコトを知りたいのデース。
過去の事件の真相とかではアリマセーン。
噂ばかりが大きくナッテ、誰モ、アリーの普通の姿を教えてくれマセーン。
スキャンダラスな話ではなくて、好きな食べ物や趣味とか、アリーについて先生が知っているありのままを教えて欲しいのデース。
アリーはどんな女の子なんデショウ。
コリィベルにいるミーの友達が、アリーの力を借りるかもしれないのデース。
彼女自身について教えてくだサーイ。
お願いしマース」

誠意を示すためにジョセフは、いきなり土下座をして、額を床に激突させた。
率直なのか、単に世間知らずなのか、光る種モミをおみやげに持ってやってきたこの陽気な吸血鬼に、教師は、昨日だけでなく、これまで誰にも語らなかった、担任教師の目からみたアリー・セレマ・ベヨベヨ・ウイッチクラフトについて、すべて話してくれたのだった。



V:ひさしぶりにジョセフが活躍してくれたようです。
今夜は空からおにぎりでも降ってくるかもしれません。
彼が聞いた話によると、アリーさんが変わったのは、ある事故がきっかけのようですね。
それは、彼女がまだパラミタにくる以前、地球にいた頃に起きたのだそうです。

「ウイッチクラフトの姓がシメスように、地球の魔法使いの名家に生まれたアリーハ、幼い時カラ、魔法に興味がアッタラシーイのデース。
アリーは、幼なじみの少女と一緒に、遊び半分で、まだ当時の彼女の力には余る魔術を実行し、召喚した魔物に、幼なじみの生命を奪われてしまったソウナノデース。
彼女はそれから、必要以上に自分を責めるようにナッタラシイデスネ」

ジョセフは身振り手振りを交え、アリーの境遇を美央に語ってきかせた。

「アリーは、幼なじみを甦らそうとしたソウデース。
パラミタにきてからも、何度も何度もデース」

「そんな事情があるとすれば、心情的には理解できる行為ですが、成功するのは難しいですね」

「イエース。
アリーは自分からは誰にもこの話をしなかったそうデース。
先生も地球にいるアリーのお母さんからの手紙ではじめて知ったと言われていまシタ。
アリーが悪い噂を立てられたり、コリィベルに収監されることニナッタノハ、先生は、アリー本人の責任というよりも、彼女のトリマキが問題ナノデハナイカ、と考えてオラレマシタ。
アリーを慕うがあまり、行き過ぎた行動をシテシマウ人たちらしいのデース」

「アリーさんは、彼らを注意しないのですか」

「幼なじみを亡くしてからのアリーは、自分を受け入レテクレル友達、仲間には、けっして文句をイワズ、裏切らないのだソウデース。
事故以来、彼女はずっと、あの時、自分が死ねばよかったと思っているヨウナノデース」

「危険ですね」

V:アリーさんも、そのお仲間のみなさんもとても危なっかしい状態です。
もし、歩不さんがアリーさんたちを自分の敵と判断したり、あの犯罪王が彼女の心のスキにつけこめば、大変なことになってしまうかもしれません。
くるとくんとあまねさんに、この情報を早く伝えるには、どうしたら一番いいのでしょう。

「アリーの悪い噂ハ、仲間の行為をかばった結果かもしれませんネー」

「ええ。私もそんな気もしてきました」

表情の変化のとぼしい、整った顔の前で、しろく細い指を組み合わせて、美央は今後の方策を思案しはじめた。

   2

百合園女学院推理研究会に所属している橘舞は、会員のみんなとコリィベルを訪問した。
推理研会員のパートナーの月詠司が収監されてしまったので、面会にきたのだ。
だが、いざ中に入ると、推理研代表めい探偵ブリジット・パウエルが、いつものようにとんでもないこと言いはじめた。

「更生見込みゼロと判断されてこんなとこに入れられるなんて、ほんとに司はどうしようもないわね。
放っておいた方がいいんじゃない。
巻き込まれ体質もここまでくると本人の責任も大きい気がするわ。
ヘタに情をみせるとカン違いして反省しないでしょ。
パートナーのロキとシオンは差し入れまで持って、会いに行ってあげるのよね。
だから、私たちは、司のために、あえて会いに行かずに、別の囚人たちでも眺めて社会見学することにしない?
あー、あまねから届いた維新のメール?
推理研メンバーなら、めい探偵の私でなくても、わかっているだろうけど、虚言癖のある維新も多重人格の殺人鬼の歩不も、Natural Born Criminalよ。
信用したら負けよ」

「ブリジット。では私たちはここでどう行動すればいいんですか」

ブリジットのパートナーである舞は、基本的に、彼女のとっぴな言動を疑わない、温和で上品な人柄の持ち主だ。
今日も司の差し入れに、ポットに紅茶、バスケットにお菓子を入れて持ってきたのに、ブリジットの突然の作戦変更で、それらがムダになりそうなことをうらみもしない。
まだ、それに気づいていないのかもしれないが。

「各自、自由に行動よ。
この広い監獄の中には、隠された犯罪がいくらでもうごめいているわ。
それぞれにここを見てまわって、あとで報告しあうの。
携帯は入り口で取り上げられてしまったから、時間を決めて待ち合わせましょう。
じゃ、決定ね」

勝手に決めてしまうとブリジットは、一人でずんずん歩きだす。
舞は他のメンバーたちと合流する場所、時間を急いで決めると、ブリジットを追った。
舞のもう一人のパートナー金仙姫も一緒だ。

V:ブリジットの提案でこんなふうになってしまったんですけど、実は私、確認したい人がいるんです。
ジョセフィン・L・レイヤーズさんって私のお友達だった人じゃないかって…。
維新ちゃんのメールの中の人と、私の知ってるジョセフィンさんと、名前とか、えっとまぁ身体的特徴とか、いろいろ一致してるんです。
すごく親しかったというわけではないですけど、明るくて元気な人だったのに。
もし、本当に彼女なのだとしたら、百合園を去ってから静養のためにどこかのサナトリウムにいるって聞いていたんですけど、どうして刑務所なんかに…・・・。
お会いしてたしかめたいです。

「へぇ。舞の友達が捕まってるの。
こんなとこに入れられるワイルドな人が百合園にもいたのね。
いいわよ。会いに行きましょう」

「運よく捕まってはいないだけで、変人で非常に問題のある人物は、わらわのすぐ側に生息しておるがな」

仙姫がブリットにちょっかいをだす。舞は仙姫が誰のことを言っているのかわからないらしく、私じゃないですよね? と真顔で尋ねている。

「ちょっと仙姫。思わせぶりに言わないで、はっきり教えてあげなさいよ。
舞が困ってるじゃない。
舞じゃないわ。
司よ。
そうでしょ。仙姫」

「そ、そうなるのかのう」

舞はともかく、ブリジットまでもが本気でわかってなさそうなので、仙姫がたじろいでいる。
行動力抜群のブリジットは、スタッフにジョセフィン・L・レイヤーズとの面会希望を申し入れ、さっさと手続きをすませてしまった。
舞が言いだしてから、十分もしないうちに、三人は、面会室の強化ガラス越しジョセフィンと対面したのである。

「ブリジット・パウエルよ。
そういえば、私、百合園であんたが舞といるのを何度かみた気がするわ。
ジョセフィン。調子はどう。元気がないようにみえるけど。
それにしても、この刑務所、どこに行っても薄暗くて、辛気くさいわよね。
受刑者をダウナーな気分にさせるためにこんなふうにしているのかしら」

「ブリよ。
そなたは、ジョセフィンを励ましにきたのではないのか」

ブリジットのあまりに飾り気のない言葉に、仙姫は顔をしかめた。
ジョセフィンは、二人のやりとりを興味なさげに眺めている。

「仙姫。あんた、わかってないわ。
こんなところで孤独な生活を送っているジョセフィンが心から欲しいもの。それは、本当の友情。愛情なの。
へたなお世辞は必要ないわ。ありのままで接してあげるのが一番のお見舞いなのよ。
だいたい、コリィベルに収監されてる知り合いに、どんなお世辞を言えばいいのか、私が知りたいわ」

「そうか、そうか。ならば、そなたが収監されたあかつきには、わらわが日頃は我慢している本音を思い切りぶちまけにきてやるから、楽しみに待っているがよいぞ」

「あーら。気が合うわね。私も同じ気持ちだわ。
格子のむこうで一人さびしく歌をうたっている仙姫を想像すると、妄想がとまらなくなりそうよ。
私と舞は、そんなあんたでも見捨てずに待ち続けてあげる」

「ブリジット! 仙姫! 場所をわきまえなさい」

めずらしく舞が声を荒らげると、当事者の二人よりも、ジョセフィンが怯えたように首をすくめ、横をむき、一人で小声でなにかを話しだした。
まるで、隣にいる誰かに話しかけている感じなのだが、舞、ブリジット、仙姫の三人には、ジョセフィンの姿しかみえない。

「ジョセフィンさん。突然、お邪魔してごめんなさい。
私のことをおぼえてくれていますか?
百合園女学院でお友達だった橘舞です。あなたがここにいるらしいと知って、パートナーのブリジットと仙姫と会いにきたのですけれど。
あのー、ジョセフィンさん。私の声は、聞こえていますか」

舞が話しかけても、ジョセフィンは見えない友達とのおしゃべりをやめようとしない。

V:彼女は間違いなく私のお友達のジョセフィン・L・レイヤーズさんです。
赤毛の背のちっちゃな、いえいえ小柄な女の子。
いつも陽気でにぎやかだった彼女が、どうしてこんなふうに。
お友達として、私は、彼女になにをしてあげられるんでしょう。
こうしてたまに面会にくるとか、ジョセフィンさんの好きなものを差し入れしてあげるとか。
そう言えば、ジョセフィンさんは食べることがとっても好きだったはずですよね。

「ジョセフィンさん。
私は今日、おいしい紅茶といろいろなお菓子をたくさん持ってきたんですよ」

舞の発言に、ジョセフィンのおしゃべりがとまった。
ゆっくりと首をめぐらせ、舞の方をむく。

「ですよね。
ジョセフィンさんは、お菓子、大好きですよね」

無言のまま、ジョセフィンは目を動かし、ガラスごしに舞のバスケットの中をのぞこうとしている。

「ふふふ。
安心してください。すごくたくさんありますから。
そうですね、せっかくですから、私たちとお茶会をしませんか。
ブリジット。スタッフの方にお願いして、どこか空いている部屋でジョセフィンさんとお茶会ができるように手配してください。
もし、ここにジョセフィンさんのお友達がいらしたら、その方にも参加していただきたいですね。
たくさんでお茶をした方が楽しいですよ」

「刑務所で囚人とお茶会なんて、まったく舞は非常識ね。
常識人の私ではとても思いつかないわ。
犯罪者とのティーパーティー。おもしろそうではあるわね。
いいわ。
セッティングしてあげる。
ちょっと、待ってて」

そして、ブリジットは、今度は約五分で話をつけ、「百合園女学院推理研究会主催第一回ゆりかごティーパーティー」が急遽、催される運びとなったのだった。

   3

V:あまねさんからの応援依頼のメールを受け取った後、さっそく私はアリー・セレマ・ベヨベヨ・ウイッチクラフトの調査を開始したわ。
アリーさんについては、同じイルミン生として以前から気になっていたの。いえ、正直に言うと私は彼女に対してかなり興味があります。
どうしてかというとね、それは。

三年前、行方不明の兄さんを探すために契約者になってイルミンスールに入学した私は、アリーさんから一緒に実験に参加しないかって、誘われたの。

「あなたもわたしと一緒で、どうしても、もう一度会いたい人がいるんでしょう。
私に力を貸してくれたら、その願いはかなうかもしれないわ。
フレデリカ・レヴィさん。わたしの仲間になって。
会いたい人がたとえ、わたしたちの手の届かない世界へいってしまっているとしても、因果律を修正して世界の方をかえてしまえば、また会えるかもしれない。
空京のマジェスティックにあるストーンガーデンには、そんな力が隠されているというわ。
そこへ行ってその力を使うのもいいし、そんなことをしなくても過去の大いなる知識を用いて、わたしたち自身の手で夢を実現するのもいいと思うの。
お互いに希望捨てずに生きるために。フリッカ(フレデリカの愛称)、お願い」

私はアリーさんの誘いを断った。
彼女が純粋なのはわかった。でも、因果律の修正とか、過去の大いなる知識とか、それに彼女の取り巻きの男の子たちも、みんな、胡散臭すぎだわ。
あの時の自分の判断を後悔してはいないけど、それから間もなくしてアリーさんが取り巻きたちとコリィベルに収監されて、私は仲間になる以外に、彼女になにかしてあげられることはなかったのか、たまに考えたりするようになった。
モノローグがすっかり長くなってしまったわね。
そういう事情で、あまねさんのメールがきっかけになって、私は再び、アリーさんに会おうと思ったの。

イルミンでの下調べを終えたフレデリカは、パートナーのルイーザ・レイシュタインとコリィベルを訪れた。
事前にアリーに手紙を送り、再会して今度こそあなたの仲間になりたい、と意思を伝えてある。

「フリッカが手紙に書いたウソはアリーさんには、ばれてしまっていると思いますよ。
彼女はウソが上手そうですから」

ルイーザは、フレデリカよりも、アリーに対して辛辣だ。
アリーを、人の心をたぶらかすオカルト少女詐欺師だと思っているらしい。

「私はまるっきりウソを書いたわけじゃない。
いま、私は、彼女を助けたいと思っているの。
それに、私は話したことがあるから知ってるわ。
アリーさんがすごくイノセントな人だって」

「人にそう思わせるのは、宗教系の詐欺師の常套手段です」

「ルイ姉も会ってみればわかるわよ」

「ええ。自説が正しいのを確認できるでしょうね」

フレデリカたちのアリーへの面会には、通常の面会室ではなく、休憩室が用意された。
十人ほどの人がはいれそうな洋室だ。テーブルやソファーといった簡単な応接セットが置かれている。
お茶とケーキまである。
ネコらしき小動物を肩にのせ、フードつきマントをはおった魔術師然とした服装のアリーは、男性囚人たち数人を引き連れ、登場した。
彼らはアリーの護衛のようだ。
ピンクの髪の少女、アリーはあどけない笑顔をみせ、フレデリカの手を小さな両手で包んだ。
フレデリカよりも年上のはずだが、頼りなさげで、どこか幼い印象はかわっていない。

「フリッカ。お手紙ありがとう。イルミンのお友達が会いにきてくれるなんて、はじめて」

「おひさしぶりね。アリーさん。スタッフが一人もいないところで面会できるなんて、あなた、特別待遇なのね」

「アリーでいいわ。
特別待遇ではなくて、ここのスタッフにもわたしの仲間の人がいるの。
わたしは、ここでもずっと仲間の人たちと助けあって生きている」

そうアリーが頷きかけると、周囲の囚人たちが首をたてに振った。

「フリッカもわたしと仲間になってくれる決心をして、ここにきてくれたのよね。
すごく、うれしい。
わたしの気持ちを理解してくれる仲間の人たちが、わたしの宝物なの」

「私は、アリーがこんなところにいるのはおかしいと思うんだ。
前から心のどこかでそう思ってはいけど、それを行動には移せなかった。
アリーは、コリィベルにいなくちゃいけない犯罪なんて犯してないでしょ」

フレデリカの強い言葉にアリーはあいまいにほほ笑んだ。

「それを決めるのはわたしではないと思うから、なんとも言えないな。
仲間のみんながいるから、わたしはここでも実験を続けていられるの。イルミンにいた頃よりも集中できるくらいよ。
フリッカ。あなたに手伝って欲しいことがいくつもあるの。
いいわね」

心配げにこちらを眺めるルイーザの視線を感じながら、フレデリカは返事をした。

「いいわ。
仲間として助けあいましょう」

   4

 アリー・セレマ・ベヨベヨ・ウイッチクラフトとの面会を終えたラムズ・シュリュズベリィは、その内容を忘れないうちに日記に書き記した。
 後天的解離性健忘のラムズは、一日ごとに記憶が白紙に戻ってしまうために、常に分厚い日記帳を携帯しているのである。

V:コィベル内ではこうして撮影が義務づけられているのですから、こちらにも音声解説を記録しておくのはいいかもしれませんね。
このビデオをコピーしていただけるように、あとでスタッフの方に頼んでみますか。
ラムズ・シュリュズベリィです。
私が自分でつけている日記によると、イルミンスールのクトゥルフ神話学科の主任教員である私は、月に一度、元イルミンの生徒のアリー・セレマ・ベヨベヨ・ウイッチクラフトさんに会うために、特別移動刑務所コリィベルを訪れているようですね。
今日もまたその職務をはたしたところです。
たとえ、いま現在、籍はなくとも、生徒の行く末を見守るのも教職員のお仕事だと思いますからねぇ。
特にベヨさんは、クトゥルフ神話学科開設以来の問題児らしいですから、刑務所に入ったのであとは知りませんというのもよくないでしょう。
今日の彼女は機嫌がよかったようですね。
先月、先々月の私は、顔を合わせるだけで一言もお話してもらえなかったようですが、今日は、十秒ほどお話できましたから。

ラムズのパートナーのラヴィニア・ウェイトリーは、彼の横で楽しげに鼻歌をうたっている。

「あんな、ぺったんこでたいしてかわいくもない少女教祖に毎月会いにくるのは、御苦労様としか言いようがないけど、でも、ボク、ここの雰囲気は好きだな。
なーんかピリピリしてるんだよね、ココって。そうまるで、犯罪を起こす前みたいな緊張感が漂ってて……なーんてね」

「ベヨさんが新しいお仲間ができたと言っていましたね。
一部の親しい人にしか心を開かない性格らしいですから、いいお友達が一人でも増えるといいですね」

殺人、強盗などを平然とこなす、実はなかなかしたたかな犯罪者であるラヴィニアと、超がつくほどのお人よしのラムズの会話は、かみあうことの方がまれである。
二人がこうして並んでいられるのは、ラムズの後天的解離性健忘のおかげで、彼がラヴィニアの悪事を記憶していられないからだ。また、ラムズに自分の悪事を記録された場合、ラヴィニアは日記を破り捨てたり、画像データーを消去したりして、それらがけっしてラムズの目にふれないように努力(工作)している。
現在、ラヴィニアの右眼が義眼なのは、彼女の犯罪行為に激昂したラムズに銃撃され、失明したからである。
しかし、もちろん、ラムズはそれを忘れてしまっているし、ラヴィニアもその件について語ったりはしない。

「私には今日の記憶しかないんですが、不思議なことに、このコリィベルにくると、どことなく馴染みがあるような感じがするのです。
私の人生のどこかでこの刑務所と関係してるんですかねぇ。
が、今日はなにかその既視感と同時に違和感もおぼえているんです。
いつもと違うって、やつですか。
他でもない私にそんなふうに思わせるなんて、ここは変わった場所ですよ」

「ふうーん。
じゃ、事件でも起きないかな。
そしたら、きっとベヨが男どもに貢がせてどこかに隠してるお宝を、どさくさにまぎれていただいちゃうんだけどな」

「なにか言いましたか」

「いーえ。
ね。ラムズ。あれ。ベヨが連れてるネコじゃないの。
いつも、ベヨにくっついてるのに。あいつ、なんでここにいるんだろ」

通路の先の壁の前に、ネコらしきしろい小動物が座っている。
まるで、二人がくるのを待っていたように、こちらをむいて。
ラムズはネコ? に近づいて、そっと抱き上げると、いつまでも消えない違和感について静かに尋ねた。

「ネコさんネコさん教えて下さい。
今日のコリィベルはどこかおかしいですよね。
一体、ここでなにが起ころうとしているんです?」

てぃーぱーてぃにおいでよ

声ではなく、意思がラムズの頭の中に響いた。
腕からおりて歩きだした小動物の後をラムズとラヴィニアはついてゆく。

   5

「こうなってしまったからには、私たちにできることをするしかないわ」

「うん。あたし、わくわくしちゃうな。みゆう、できることってなにをすればいいの」

「そうね。ちょっと待ってね。ごめん。考えさせて」

パートナーのリン・リーファに対しては、いつもお姉さん然とした態度を崩さない関谷未憂も、さすがにこの状況ではとまどいを隠せなかった。
彼女たちが参加したティーパーティの会場が、いまや凄惨な事件現場になってしまっているのだ。

V:私は関谷未憂です。
ここは特別移動刑務所(兼少年院)コリィベル。
たったいま、この部屋で殺人事件が発生しました。
現実の犯罪と虚構の中のできごとを混同するわけではありませんが、もともとミステリに興味のあった私は、パラミタで伝説のように語られているこのコリィベルについて独自に調査していたのです。
国でも自治体でもない何者かに運営されていて、その動力源もはっきりしない奇怪な建物、名称についても、なぜ、ロシア語のゆりかご(コリィベル)と呼ばれているのか等。
そんな中、コィリベルが意外に外部の者の出入りにチェックのあまいとの噂をきいた私は、趣味のお菓子づくりを生かし、手製のお菓子を持って慰問に訪れることにしたのでした。
そして、たまたま内部で開かれていたティーパーティに参加してみたら、本当に事件が。
ここには警察、軍隊の介入はなく、すべての問題はスタッフたちによって解決されるといいます。
このままでは、この事件の真相は、闇に葬られてしまうかも。
それは、よくないですよね。
後の捜査に役立つかもしれませんから、私とパートナーのリンは、これから、ここにいるみなさんにお話を聞いてまわりたいと思います。

「なにをすればいいのか、わかったわ。
行くわよ。リン。
みんなから話をきてそれを記録しましょう」

「レポーターすればいいのね。よーし。がんばって、いってみよう」

三十名近くの人間がいるレクリエーション室は、騒然としている。
スタッフは一人もおらず、いるのは囚人と外部からの訪問者ばかりだ。
二人はまず、近くにいたラムズ・シュリュズベリィとラヴィニア・ウェイトリーに声をかけた。

「ラムズ先生ですよね。
イルミンの関谷未憂です」

「あたしはリンだよー。せんせー。教えて教えて。あの人はなんであんなふうに殺されちゃったの。
ただ殺すだけじゃ、ダメだったのー」

リンの質問にラムズは頭をかいた。
ネコ? に導かれてこのパーティに参加したラムズからしてみれば、そんなことを聞かれてもこたえようがない、というのが正直な気持ちだろう。

「なんでしょうね。私も驚いてしまって」

「だよね。頭部を潰して、しかも、首を切り落とす。
そのうえ、頭も、胴体もどちらもここへ置いていくなんて、無意味に凝ってるよね。
よほどうらみのある者の犯行かな。
被害者は、どうせ、人からずいぶん、うらまれたり、嫌われたりしてたんだろ。
こんな楽しいことをするなら、事前に教えてくれれば手伝ってあげたのにね。
アッハハハハ。
冗談。冗談」

困惑気味の表情のラムズとは対照的に、ラヴィニアは上機嫌だ。

「ねぇ、これがはじまりって気がしないかな。
ボクの経験からすると、殺人は殺人を呼ぶものなんだよ。特にこんな場所ではね。
なんだがボクは、ここが大好きになりそうさ」

V:ラヴィニアさんは、歌でもうたいだしそうです。
事件に巻き込まれて、テンションがあがっているのかもしれません。
それでは、他の方のところへ行ってみます。
今度の方たちは、シリアスな感じなので、リンにへんなことを言わないようにさせないと。

「へぇー、このマグロやバットで、被害者の人の頭を叩いたのー。
どれも血まみれだねー」

「こら。リン。言葉遣いに気をつけて」

「うん。でも、ほんとにそうなんでしょ。ねー。ねー」

床には、血まみれの金属バット、鐘つき棒が無造作におかれている。
放りだされている感じだ。

「これが私のパートナーのアヴドーチカ・ハイドランジアさんのお仕事道具なのは、事実です」

「じゃ、ここでもお仕事して、あの人の頭を叩いちゃったのかなー」

「リン! 黙りなさい」

未憂は、リンの頭を軽くこづいた。リンは、てへっと舌をだす。

「いいんです。
アヴドーチカさんが、ここでみなさんに治療していたのを私もみましたから」

未憂とリンが側にきても、高峰 結和はしゃがんだまま、二本の特製バール(マグロ。バット。棒)から目を離さない。結和のパートナーのアヴドーチカは、バールで患者を叩いて治療を行うバール整体治療師だ。

「僕もあの人が治療をしてるのをみたよ。
それは、僕や結和のカメラに撮影されてると思う。
でも、僕らがみたのは、治療で、殺人じゃない。
治療に効果があるのを証明するために牢屋をでて、このパーティに参加して、あの人、はりきってたんだ。
僕も何度かあの人の治療を受けた経験があるけど、たしかに痛いけど、あんな、人の頭部を壊してしまうようなことは、あの人はしないと思う」

結和のもう一人のパートナーのアンネ・アンネ 三号は、自分の中で懸命に状況を整理しようとしている感じだ。

「あのさ、治療してただけなら、そのビデオをみせれば、誰もその人を疑ったりしないんじゃないのー」

明るくしゃべりながら、リンはバットを指先でつっこうとし、未憂にとめられた。

「それが、ダメなんです」

「たぶん、僕も撮れてない」

結和はため息をつき、三号は首を横に振った。

「騒ぎが起きるまでは、私も三号も、アヴドーチカさんの治療の様子を意識して録画していたんだすけど、立て続けに騒ぎが起きて、気づいた時には、この状況で。バールだけ残してアヴドーチカさんは、いなくなっていたんです」

「なにがあっても逃げるような人じゃないと思うんだ。
あの人は」

V:パートナーの人のことを思うお二人の気持ちが伝わってきます。
おつらいところをお邪魔してしまいました。
他の方にもお話をうかがうとしますね。
イルミンの人なら、だいたい知ってる方ばかりなんで、次は。

「アリーを襲ったのは間違いなくあの人よ。
私は全部、みていたわ。至近距離から、あんな、全力で」

我を失っている様子のフレデリカ・レヴィは、誰に言うでもなく、大声で怒りをあらわにしていた。
パートナーのルイーザ・レイシュタインは、フレデリカをなだめようと優しく声をかけているが、まるで効果はないらしい。

「フリッカ。落ち着いて。
あなたの責任ではないわ。
誰もこんなことになるなんて予測していなかったんだもの」

「軍や警察がこないのなら、私たちでこの人を押さえつけておくしかないわ。
ルイ姉。私は、彼女を許さない。
ぼうっとみてないで、そこのあなたも手を貸しなさい」

「えええ」

「悪人退治なら、やってあげてもいいよねー」

フレデリカに急に話を振られて、結和はたじろぎ、リンははしゃいでいる。

「でも、その、あの、フレデリカさん。
アリーさんは、無事ですよね。仲間の人たちに介抱されて、ほら、いまは普通に座ってますよ」

「無事だったからいいという問題ではないの。
私は、みたの。
あの人、ジョセフィン・L・レイヤーズが、隣で話しかけているアリーに、いきなり攻撃魔法を撃つのを。
とっさにアリーがよけなかったら、確実に命を奪われてたわ。
ごらんなさいよ。
あの人の魔法が壁に空けた大穴を。
装甲がぱっくり割れて、空がみえてるじゃない。
あんなのを予備動作もなく、鼻の先にいる人間に放つなんて、あの人、ああみえて本当は、悪魔なんじゃないの」

「真意がどうであれ、ジョセフィンさんのアリーさんへの魔法攻撃がきっかけになって騒ぎが起こり、ついには殺人事件までもが発生したと考えるのは、順当ではないですか」

パーティ中、アリーの側にいた、フレデリカとルイーザは、ジョセフィンによる魔法攻撃を殺人の件と同様に重要視しているようだ。

「そうですね、いろんなことがいっぺんに起きて、最終的に死体があったわけですけど、どれとどれがどうつながっているのか、私は、まだよく判断できませんね」

「ふん」

結和の態度に煮え切らなさをおぼえたのか、フレデリカは鼻を鳴らし、横をむいてしまった。

V:フレデリカさんの気持ちもわからないではないんですが、やっぱり、まだ、なんとも判断できないです。
すいません。
アリーさんにもお話しを聞きたいんですけど、いまはムリそうですので、では、ジョセフィン・L・レイヤーズさんにお話をきいてみましょう。
ジョセフィンさんは、このパーティーを主催した百合園女学院の橘舞さんたちと一緒にいます。
舞さんのパートナーさんや、イルミンのオカルト少女探偵リリ・スノーウォーカーさんたち、たくさんのパーティー参加者のみなさん、それに、被害者のご遺体まであって、まるで、事件の捜査本部みたいになってます。

結和は、床の死体をみおろし、憮然としているリリ・スノーウォーカーに近づいた。

「メメント・森が殺害されてしまったのだよ。
くるとたちから、歩不が行方不明になっているのはきいていたが、まさか、このタイミングで襲撃をかけてくるとは、思ってもいなかったのだ」

頭部を無残に叩き潰され、首と胴体を切断された死体の前で、リリは悔しげに唇をかみしめた。

「歩不さんの襲撃、ですか」

意味のよく理解できなかった結和は、首を傾げる。

「かわい歩不。
多重人格の殺人鬼なのだよ。ここの囚人だが、現在は院内で行方不明になっている。
普段は普通の青年だが、死神の人格がやつを支配した時、やつは超鋼性の極細ワイヤーを自在に操る凄腕の殺し屋になるのだよ。
リリは、騒ぎの最中に、歩不が会場にいたのをたしかにみた。
ほんの一瞬だが、黒いマントをひるがし、やつははしっていた。
リリのカメラにそれが映るっていれば、いいのだが。
森の切り落とされた首は、まぎれもなく、歩不の仕業なのだ。
切断面をみればわかるが、一刀両断もいいところなのだよ。
ろくな凶器のないこの状況で、あんな短時間でこれをできたのは、ここにいた人間の中では、歩不だけだ」

「私はリリの隣にいて、歩不には気づかなかったが、森の首と胴体が離れる瞬間を目撃した。
離れた場所からワイヤーを操作しての犯行だ。
森が、あのバール整体師とやらに頭部をしたたかに叩かれていて、私は心配になっていたのだ。
このままでは、死んでしまうのではとな。
それで、例の攻撃魔法の件や、あちこちで悲鳴があがったのに注意を奪われ、再び森に目を戻したら、ちょうど、首が落ちるところだった。
私の記憶では、首が落ちる前に、頭は潰れていた気がする。
あの時、すでに治療師はいなくなっていたな。
潰して、逃げたのか。
とすると、歩不のはダメ押しだな」

リリとパートナーのララ・サーズデイの証言をきき、リンはすかさず、

「んじゃー、ほふっちは、いまはどこにいるの」

「逃走したのだ。あの壁の裂け目から外へでたと思われるのだよ。
バール整体師の姿もみえぬので、彼女もあそこから逃げたのではないのだろうか」

すでにリリには、ある程度、今回の事件の絵がみえているらしい。

「犯人がわかって、しかもその人が逃げちゃったなら、追いかけたほうがいいんじゃないのかなー」

「あたし、なんでリリとララがそうしないのか知ってるよ。
あたしたち薔薇十字探偵社は、もっと大きな謎を追ってるんだ。いま、ここからいなくなると、その謎がわかんなくなるかもしれないんだよね。
大きな謎について、知りたい? 知りたいよね」

リンにこたえたのは、リリのもう一人のパートナー、ユノ・フェティダだ。
ユノは、話したくてたまらないらしく茶目がちの大きな瞳をきらきらと輝かせている。

「うん。教えて。教えてー」

「しょうがないなぁ。じゃ、教えてあげるね。
あたしたちはね、三ヶ月に一回、メメント・森ちゃんに会いにきてるんだ。
服を着てるとわかんないけど、メメントちゃんは、体中、刺青だらけなの。
急に思いついて、自分で彫ったりもするから、あたしたちはくるたびにそれをチェックしてたんだ。
そうしたら、そうしたら、そうしたらね」

「今回、森の体には、三ヶ月前にはなかった刺青が増えていたのだよ」

「それも自分では、彫ることのできない背中にな」

ユノの話をリリとララが補足する。

「ちがうもん。そうじゃないもん。あれはただの刺青じゃなくて、ヘナタトゥーだよ。
あたしは、花妖精だから、植物のことはおまかせあれ。
へナタトゥーは、熱帯地帯で栽培されてるヘナの葉っぱが原料の染料でするタトゥーで、一ヶ月もすれば消えちゃうんだ。
メメントちゃんの背中にヘナタトゥーを入れた人は、メメントちゃんの体に一生、傷が残ったりしないように気をつかってくれたんじゃないかな」

「ふーん。そのヘナタトゥーは、どんな絵なの」

「絵でなくては文章だよ」

そこまで話すと、リリがユノの唇に人差し指をあて、口を閉じさせた。

「これ以上は、危険なのだよ。
森の背中には、コリィベルの某集団に注意するように書かれていたのだ。
リリはその集団と森の関係を知るためにも、森を連れてこのパーティーに参加したのだ」

某集団がなんなのか、リリは言葉では説明せず、無言で、アリーとその仲間たちがいる方向へ眼差しをむけた。

V:この殺人にも複雑な意味がある様子です。
情報量が多すぎて、頭がこんがらがってきます。
とりあえず、かわい歩不さんとアヴドーチカ・ハイドランジアさんの行方を探す必要がありますね。

「あんた。レポーター?
だったら、私に話をききにくるのが遅すぎるんじゃない。
百合園女学院推理研究会代表ブリジット・パウエルよ。
めい探偵と呼ばれているわ。
事件についての推理はもうだいたいまとまっているの。
パートナーの舞の提案で開いたティーパーティがこんなことになってしまった以上、カタをつけるのは私の役割ね。
話は違うけど、こんな大事な時に、舞のもう一人のパートナーの金仙姫は、演芸大会に呼ばれて歌をうたいにいってるのよ。
いい気なもんだわ。
売れない芸人は、仕事を選べなくて大変よね。
へぇ。あんたのパートナーも、ミュージシャンとして出演するの。ふぅん。人気者なのね。
竪琴奏者のプリム・フラアリーね。名前をおぼえておくわ。
仙姫の名前は、おぼえる必要はないわよ。
ていうか、忘れなさい」

結和とリンをみかけたブリジットは、自分から二人の側にくると、一気にそれだけ語りつくした。
さらにブリジットが口を開こうとする前に、彼女のパートナーの橘舞が結和たちに話しかけてきた。

「こんにちは。
事件を取材されてるんですね。
私、ここにいるみなさんに知っていただきたいことがあるんです。
大事なことなんです。
これをしないと私のお友達が疑われてしまいます。
助けていただけますか。
お願いします」

言葉づかいは丁寧だが、有無を言わさぬ口調で舞はそう言うと、結和の手首をつかんで歩きだす。

「どこへ行くんですか」

「おーい。結和を拉致しちゃ困るよ」

結和とリンがなにを言っても、舞は歩みをとめない。
舞は、結和を彼女、ジョセフィン・L・レイヤーズの前まで連れてくると手を離した。

「これから、私がジョセフィンさんにすることをしっかり撮影してくださいね。
危険ですから、私から離れて」

主催者として会を運営するために持っていたらしいワイヤレスマイクを口の前にあげると、舞はしゃべりだした。

「お集まりのみなさん。
ご静粛に。
主催者の橘舞です。
みなさん、落ち着いてください。
いいですか、冷静になって、息を吸って吐いてくださいね。

すぅー。はぁー。

いいですか。
お話ししますね」

室内のスピーカーから、舞の声が流れだし、室内にいるものたちは、ほとんどみな、舞に視線をむけた。

「まず。
私が提案したお茶会で、こんな事件で起きてしまって、本当にもうしわけありません。
収監されてるみなさんと、面会にこられてみなさん、みんな一緒になってお茶でも飲んだら、楽しいかなって考えただけなんです。
まさか、こんな」

言葉につまった舞の横にブリジットがきて、舞の肩をそっと抱く。

「ええ。ありがとう。ブリジット。
それでですね、みなさん、私にもまだ事件のすべてはわかりませんけど、わかっていることもあるんです。
それをご説明させてくだい。
そこに座っている私のお友達のジョセフィン・L・スレイヤーズさん」

紹介されても、ジョセフィンは菓子を食べるのに夢中だ。舞の話などまるできいていないようにみえる。

「さっき、彼女が隣の席にいたアリー・セレマ・ベヨベヨ・ウイッチクラフトさんに、突然、攻撃魔法を撃つのを私もこの目でみました。
あれがもしアリーさんに命中していたら、いま以上の大変な事態になっていたのは間違いないと思います。
ですが、ジョセフィンさんにはアリーさんへの殺意はなかった、私はそう断言できます。
アリーさん。
アリーさんのお友達のみなさん、あの時の状況を思い出してください。
パーティがはじまって、まず、ジョセフィンはいまと同じこの席で、お菓子を食べはじめました。
いまも食べてますけど、この席についてから、彼女は一心不乱にずっと食べ続けています。
そんな彼女の隣の席にアリーさんがやってきました。
アリーさんは、ジョセフィンさんとお話ししたかったようですが、アリーさんがいくら話しかけても、ジョセフィンさんはそれにこたえませんでした。
食べるのと、お茶を飲むので忙しかったのです。
私も彼女の側でそれをみていて、ジョセフィンさんの態度がちょっと失礼なんじゃないかなぁ、と思っていたのですよ。
アリーさんはそれでもかまわず、お話をしようと努力していましたが、そのうちにアリーさんのお友達の中のお一人が、ジョセフィンさんのところまできて、彼女を注意したのです。
少しは人の話を聞いたらどうですか? とか、そんな感じでした。
口調は丁寧で、乱暴なことはなにもなさいませんでした。でも、ジョセフィンさんはそれもまったく聞いていないふうで。
そうしたら、その人がこうして」

舞は言葉を切り、ふいにジョセフィンが食べかけのタルトがのった皿を彼女の前から取り上げた。
と。

「XXXXXX!」

ぶぉぉぉぉおん。ちゅど〜ん。

轟音と閃光と、室内は人々の驚嘆の声で満ちた。
食べ物をとられたジョセフィンは、聞き取れないほどのはやさで呪文を口にすると、強力な攻撃魔法を舞にむかって放ったのだ。
あらかじめ、それがくるのを予期していたらしい舞は、床にふせ、高温、高速の光球をどうにか交わした。
舞が避けた光球はそのまま、部屋の壁に直撃し、壁にさきほどと同様の亀裂が走った。
タルトの皿をジョセフィンに返すと、舞は立ちあがり、話を再開する。

「ご静粛に。
みなさん。ご覧いただけましたか。
いまがジョセフィンさんによるアリーさん襲撃事件の真相です。
食べかけのお菓子をとられたジョセフィンさんが、反射的に魔法を放った。
そういうことなのです。
彼女には、アリーさんへの悪意も殺意もありません。
ええ。
みなさんが驚かれるのもわかります。
いくらなんでも、それはないだろう、とおっしゃられるのももっともです。
ですが、ジョセフィンさんは、あの、ドラまたL、なのですよ」

ドラまたL、に反応して室内のあちこちから声があがった。
まさか、あの。
勇者に永久に封印されたってきいたぞ。
外見は少女でも、中身は人間じゃないって話だ。
ひそひそとまたは声高に交わされる言葉の数々。

「ジョセフィン・L・レイヤーズさん。
彼女こそが、竜騎士さえまたいで通ると言われた少女魔法戦士、ドラまたL、さんなのです。
私も今日、ずいぶんひさしぶりにお会いしたのですが、ここでの治療のせいか、ジョセフィンさんは以前とは、だいぶ、変わってしまわれました。
けれど、人から食べ物を奪われたら、怒るより先に、攻撃呪文を放つ、その姿をみて、やっぱり彼女はジョセフィンさんなのだと、あらためて思ったのです。
だって、ジョセフィンさんは、キックや軽い攻撃呪文はあいさつ代わりの元気な人なのですから」

人々の視線が自然とジョセフィンに集まる。
暴飲、暴食、凶悪、凶暴でその名をはせた伝説の魔法戦士が、こいつなのか?
でも、いまの魔法みたろ。あれを喰らったらおまえ。
軽く撃ってあれなら、本気でやったら、ゆりかご吹っ飛ぶぜ。
武器なんかいらねぇだろ。こいつ。
ひそひそがやがや。
しかし、当の本人はひたすら食べ続けているだけだ。そして、目の前のテーブルの菓子をすべて食べ終えた彼女は、ようやく顔をあげ、舞を眺めた。

「まい。おかわり」

「はい。私のこと、思い出してくれたんですね」

目に薄っすらと涙を浮かべ、舞はうれしそうにほほ笑んだ。
室内には、なんともいえない奇妙な空気が流れた。
結和は続々と集まる情報に困惑している。

V:つまり、ジョセフィンさんの件と殺人事件は無関係なんですね。
それは、理解できました。
が、コリィベルにいるだけあってか、ジョセフィンさんもかなりの危険人物ですよね。

「ちょっとみんな、聞いてくれる」

舞からマイクをとったブリジットが、今度は話しだした。
青いドレスのめい探偵は、こういうシュチエーションにはなれているのか、悠然としている。

「百合園女学院推理研究会代表のブリジット・パウエルよ。
ねぇ。あんたたち、この死体、どうするつもり?
聞いたところだと、ここでのトラブルはたとえ死者がでても内々で処理してしまうって話よね。
ようするにこの死体も、このままだとちゃんとした検視は行われないんでしょ。
わざわざ歩不が首を切り落としたこの死体になんの意味もないなんてことは、ないんじゃない。
この死体は私たち、推理研があずかるわ。
まぁ、安心してちょうだい。
ウチには、めい探偵だけじゃなくて、通常の犯罪捜査に通じたエキスパートもいるの。
死体の扱いなんて手馴れたものよ。
どんな結果がでるのか、楽しみね。
そういうことで、よろしく」

一方的に宣言すると、ブリジットはマイクを置いた。