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3.女の子

「興味無さそうにしてた割には、ずいぶん熱心じゃないか」
 と、エルザルドに言われてはっとする叶月。
「っ、た、楽しんじゃ悪いかよっ」
「いや、別に」
 にこにこ笑うエルザルドは、完全に叶月をからかっていた。その手には乗るまいとする叶月だが、実際に楽しんで他人を変身させているのは確かだった。女の子の髪をいじって笑うヤチェルと似て、叶月も他人に手を出すのは嫌いではないようだ。

「そうですね……執事なんていかがでしょうか?」
 と、シャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)は提案をした。
 ヤチェルに髪を梳かされていたナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)は静かに目を輝かせて彼女を見る。
「いいですね。では、ナナと一緒に合わせなどいかがでしょう?」
「二人で執事ですね、素敵です!」
 きゃっきゃとはしゃぐ二人に、朔とブルーズが先回りをして二人分の執事服を用意した。
 満足したヤチェルが二人を立ち上がらせて更衣室を指さす。
「お着替えはあっちでどうぞ」
 立ち上がった二人がそちらへ向かう。見守っていたミス・ブシドーこと音羽逢(おとわ・あい)はナナの視線を受けてはっとした。
「ミス・ブシドー様? 無論、貴女様も男装するのですよ?」
「な、何? 拙者も男装するで御座るか!?」
 あからさまに戸惑うミス・ブシドーにナナは無言の圧力をかけた。
 マスクの向こうで目が動揺のあまり泳ぐが、フロッギーさん(ふろっ・ぎーさん)にこっそり耳打ちされて覚悟を決める。
「おい、ミス・ブシドー……ナナ・マキャフリーの気を引きてえんだろ? なら、普段と違う男装ってのも、一つの手だと思うぜ?」
「……な、ナナ様のお誘いとあっては、拙者、喜んでお受けする所存っ」
 と、ナナの後を慌てて付いていく。
 満足げに三人を見送るフロッギーさんだったが、彼女たちと入れ違いに更衣室から出てきたブルーズに、じっと見つめられて困惑した。
「お前もイメージチェンジするか? ゆる族でも着られる衣装も――」
「べ、別に、オレはイメージチェンジの必要はないからな?」
 と、言葉を返すが、ブルーズ以外にも彼のイメージチェンジを企む者たちがいた。
「あいつら出てくるまで、どうせ暇だろ?」
 と、その緑色の背を押す叶月。されるがままに男子更衣室へと連れ込まれるフロッギーさんだった。

 ピンク色のツインテールを今日だけ後ろで一本にまとめたシャーロットは、身に着けた執事服と相俟って、少年執事という雰囲気になっていた。先ほどよりも髪の量が若干少なく見えるのは気のせいだろう。
 一方のナナは眼鏡をかけており、知的な執事へと変身していた。普段の彼女と違い、びしっとしていてクールだ。
「ナナさん、とっても似合ってます! かっこいいですー」
「姫様もとてもお似合いです、男装というのもなかなか……」
 撮影の準備が進むのを横目に、シャーロットとナナが互いに感想を言い合う。
 そしてミス・ブシドーはというと、ポニーテールはそのままに、黒のワイシャツに赤黒の市松模様が描かれたネクタイ、赤地に黒のストライプが入ったボトムスと、どこかV系を思わせるロック衣装だ。
「ミス・ブシドー様もお似合いですよ?」
 と、ナナに声をかけられてびくっとする。
「な、ナナ様も、ものすごく、お似合いで――」
「なるほど、三人ともよく似合ってるじゃねーの」
 男子更衣室から出てきたフロッギーさんを振り返る三人。いつものロック姿はどこへやら、頭にレースのヘッドドレスを被らされ愛らしくなっていた。どうやら、抵抗の末の変身らしい。
「では、四人揃ったところで記念撮影と行きましょうか」
 と、里也。
 シャーロットとナナを中心に並んだ四人がレンズへ収められる。里也の隣でヤチェルもカメラを構え、ぱしゃりとボタンを押した。
「すみません、お取り込み中失礼します」
 そう言って部屋へ入ってきたのは詩穂だった。ふいに聞こえた声にヤチェルたちが振り向くなり、詩穂はにこっと笑う。
「今夜、セミナーハウスの外でキャンプファイヤーをするのでお知らせに来ました」
 里也と朔が、ふと顔を見合わせた。

 四谷大助(しや・だいすけ)は地味だった。それは一般人に紛れ込めるし、実力を誤魔化すこともできて都合が良いからなのだが、そんなことはグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)白麻戌子(しろま・いぬこ)には関係なかった。
「よく見るとそこそこ整った顔立ちなのに、これじゃもったいないわ!」
 と、叫ぶグリムゲーテ。
「もったいないって何だよ、別にお洒落なんかしなくても――」
「何言ってるのさ、大助。そう心配せずとも、ボクたちに任せてくれればいいのだよー」
 戌子までそう言って大助を捕まえる。
 抵抗したい大助だが、グリムゲーテと戌子の様子を見るとすぐ無駄になりそうなので諦めた。
「そういうわけだから、他の女の子の意見も聞かせてほしいの」
 と、二人に連れられてきたのはショートカット同好会だった。同じ学校ということもあり、一応知ってはいたが、まさか男である自分がお世話になろうとは……大助は嫌な予感しかしなかった。
「んー、そうねぇ……とりあえず地味から脱出して派手にしてみたら?」
 ヤチェルに先導され、大助は椅子へ座らせられた。そして様子を見ていた叶月へ引き渡される。
「まずは髪を綺麗にしましょう。カナ君、やるでしょ?」
「何でだよ」
 と、聞き返す叶月にヤチェルは言った。
「だって、さっき楽しそうに前髪切ってあげてたじゃない」
 舌打ちをして櫛を手にする叶月。
「グリムちゃんとワンコちゃんは、こっちで先に衣装を選んじゃいましょ」
 と、二人を連れていくヤチェル。
 叶月は嫌々ながら大助のぼさぼさな頭を梳かした。きちんと梳かすだけでも印象は変わってくる。
 数分後、女子二人が各々好き勝手な衣装を持って戻ってきた。
「まずは私のコーディネートを試すわよ」
 と、グリムゲーテが差し出すのは正装用の白いスーツだ。
 その場で大助の服を脱がそうとしたグリムゲーテに大助が叫ぶ。
「ちょ、待てっ、やめろって! 一人でもきが――」
「違う! そこは目を潤ませて『や、やめてよ……』って言うところでしょ。やり直し!」
「はぁ? ゃ、やめてよっ! 一人で着替えられるってば!」
 と、彼女の手から逃げ出して衣装を抱え更衣室へ。
「あ、逃げた! まったく、大助ったら」
「まあ、ここはじっくり待っていよう。部屋から出ない限り、大助は逃げられないのだからねー」
 そんな彼女たちの戯言を背中に、しぶしぶ着替える大助。――しかし、着替えたところで何になるというのだ? 得するのはあいつらだけじゃないのか?
 何とも言えない気分になりながら、上下とも身に着けると更衣室を出た。
 そしてはっとするグリムゲーテと戌子。
 衣装は完璧だったものの、何か足りないと感じた天音がメイク道具を手に大助の顔をいじる。
 簡単にメイクを施されただけなのに大助の顔はいつにも増してきりっとして見えた。地味だった彼の姿はもう欠片も見当たらない。
「はい、小道具よ」
「え……たかがイメチェンで、ここまでやるのかよ? っつか、何で薔薇なんだ」
 と、ヤチェルに差し出された赤い薔薇を受け取る大助。
 グリムゲーテと戌子はすっかり男らしくなった大助にしばらく見とれていたが、ふと彼の視線にぶつかる。
「……し、しばらくはその格好でいなさい。いいわね大助!」
「……これは、流石のボクも本気でドキッとしてしまうのだよー。この姿で今度デートしないかい?」
 思い思いに言う彼女たちに少し呆れる大助だが、はっとした戌子が手にした衣装を差し出してきた。
「いや、やっぱりこっちの衣装を着てもらってからだ。というわけで、よろしく頼むのだよー」
 思わず頬を引きつらせる大助。戌子に押されるようにして、また更衣室へと入っていく。……彼女たちの気が済むまで、着せ替えごっこは続きそうだ。