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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

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SPB2021シーズンオフ 球道inヴァイシャリー

リアクション


【九 何の為の、誰に対する戦いか】

 内野のボックス席で観戦しているラズィーヤの左右には、千歳とイルマが控えている。
 単純に秘書としての務めを果たそうとしているだけではなく、魔王ヅラーことサニーさんの魔手からラズィーヤを何とか守り抜こうというイルマの鉄の意志が、ラズィーヤから片時も離れまいとする決意を強固なものにさせていたのだが、しかしその仇敵たるサニーさんはというと、この第三グラウンドでは何故か、ラズィーヤの前には全く姿を見せようとしなかった。
 それもその筈で、サニーさんは今、外野席でまたいつものように、訳の分からないノリで周囲を困惑させていたのである。
 その様子を最初に見つけたのも、イルマであった。
「ラ、ラズィーヤ様、あそこに……!」
 イルマが態々指摘するまでもなく、ラズィーヤは既に、外野スタンドで周辺のひとびとを色んな意味で凍りつかせているサニーさんの姿を、視界の端に納めていた。
 しかしその姿に、殊更何かをいう訳でもなく、ラズィーヤは敢えて無視するかのように、試合展開に意識を集中させているようでもあった。
「あのオーナーさん……他所様相手に、何やってんだか……」
 千歳は思わず頭痛を感じ、眉間に自らの拳を軽く当てた。だがラズィーヤはといえば、形の良い唇を苦笑の形に歪めて小さく肩を竦めるばかりである。
「あの方々には申し訳ありませんが、代わりにこちらが平和になるので、しばらくヅラー氏のお相手をして頂きましょう」
 ラズィーヤが気づきながら敢えて何もいわなかったのは、確信犯だったのだ。
 千歳も正直いって、サニーさんと積極的に関わりたいとはこれっぽっちも思っていない。ここはいくら腹黒かろうが、ラズィーヤの案に便乗するのが正解だと考えた。

 そのサニーさんだが、当初はセレンフィリティだけが捉まっていたのだが、その後更に被害者は増え、フィリシア、美羽、理沙といった面々も、サニーさんの謎ワールドに引っ張り込まれてしまい、さんざんに引っ掻き回されてしまっていた。
 この時、泰輔がサニーさんのアシスタントとしてフリップを掲げていた。そこには、

  『喜連瓜破』
  『立売堀』
  『河堀口』

 と記されている。どうやら、難読地名クイズに突入しているらしい。
「えぇっと、一番上のは、きれんりゅうは!?」
 美羽が試合そっちのけで、チアリーディング部の格好のままサニーさんの出題に答えてみせたが、見事に不正解。サニーさんは馬鹿笑いして、その場に転げまわってしまった。
「き、き、君、きれんりゅうはて、そないなアホな読み方あるかいなっ。はっはっは……」
 ここまでオーバーに笑われてしまっては、美羽も引っ込みがつかない。ここは意地でも正解して、サニーさんをやり込めなければならなかった。
 しかし、思った以上に手強い。というか、こんな訳の分からない地名クイズなど、知っている者でもなければ答えようがないではないか。
 今度はフィリシアが必死に考えた末に、二番目の地名に挑む。
「それはきっと……たてうりぼり、ではありませんか!?」
 外れた。
 サニーさんのみならず、泰輔も一緒になって物凄い勢いでずっこけた。勿論、ふたり揃ってのオーバーな演技である。
「いやぁ師匠、ホンマにおかしいですなぁ」
「もう堪らんわなぁ、たてうりぼりて、どないやねんなキミ……」
 美羽もフィリシアも、次第に腹が立ってきた。
 先程などは、あまりにクイズに不正解が続くものだから、サニーさんに『一本化された二頭筋姉妹』とまでいわれる始末であった。
 尤も、これはいわれた美羽やフィリシアのみならず、泰輔もよく意味が分からなかったのだが。
「三番目は、かわほりぐち!」
「いやいやいや、きっとこれは引っ掛け問題よ! 三番目は、かほりくち!」
 理沙とセレンフィリティも果敢に挑みかかるのだが、まるで正解する気配が無い。
 さすがにセレアナとセレスティアも、この無駄に熱い戦いにすっかり呆れ果てた様子で、手近のベンチに腰掛けて、とりあえず終わるのを待ちましょうということになっていた。
「本当に、よくやるわね……」
「まぁ、本人達の気の済むまで、やらせてあげましょう」
 セレアナもセレスティアも、どうやら諦めた様子である。ここまでサニーさんワールドに引っ張り込まれてしまった以上、今や何をいっても無駄だ、と思ったに違いない。

 加夜が、内野席に移動してきた。
 流石にあのサニーさんを中心とする騒ぎに巻き込まれていたのでは、まともにスコアブックをつけることもままならないと判断しての、いわば避難である。
 しかし、どの席も百合園の女生徒達で一杯になっており、なかなか空席が見つからない。
 するとどこかから、聞き覚えのある声が飛んできた。
「加夜さん、こっちこっち」
 見ると、舞が内野席の中段程で、手を振っていた。
 ほっとした表情で通路階段を登ってゆくと、果たしてそこには舞の他に、ショウやエースといった顔ぶれも見られた。
「あら、皆さんお揃いで」
 加夜の挨拶にショウは会釈を返す程度の、極めて常識的な反応を見せたのだが、エースは違う。
 スコアブックを抱えた美少女の登場に、興奮しないエースではなかった。
「うわぁ、こりゃ凄い……選手や応援だけじゃなく、記録員までも、こんな美人さんが居るなんて……SPB,侮れないぞ」
 エースが心底、SPBの美人揃いな一面に驚異を感じているといった表情を作っていると、ショウが失笑を禁じ得ない様子で小さく肩を揺すった。
「ま、否定はしないけど……でも見た目ばかりには騙されない方が良いかもな」
 この時、エリィがダッグアウトの中で盛大なくしゃみを放っていたのだが、勿論ショウは知る由も無い。
 しかし決して、美女・美少女ばかりという訳でも無い。
 例えばカリギュラや和輝、或いは光一郎といった男連中も、居るには居る。但し、その絶対数は決して多くは無く、少なくとも今回の練習試合に限っていえば、女子選手の方が数に優っていたのも事実であった。
 そして同時に、女子選手達のパワーに圧倒されてされてもいた。
「うぅ……何だか色んな意味で疲れますね……」
 投球を終えた和輝が、ダッグアウトでいつも以上に疲れた表情を浮かべてベンチに腰掛けると、逆にまだ出番が廻ってきていないカリギュラは、和輝以上に硬い表情で、妙に背筋を伸ばした姿勢で座っていた。
「なんや、えらい緊張してきたなぁ」
「あれ……カリギュラさんでも緊張することってあるんですか?」
「そらあるわいな。ボクを何やと思うてんねんな」
 ダッグアウト内だけでなく球場全体に及ぶまで、日頃から、これだけ大勢の女性に囲まれることなど、まず経験したことの無いふたりである。
 カリギュラでさえ緊張してしまう程の異様な空気が、第三グラウンド全体に充満していた。異様と表現するよりも、凄まじく女性の香りが充満する世界、とでもいえば良いのだろうか。
 とにかく、やりづらいことに変わりは無い。和輝はシーズンで他の投手に劣っていた部分を見極めようと、マウンド上で自分自身を見詰めるつもりだったのだが、周囲から寄せられる女生徒達からの視線がもう気になって気になって仕方が無く、それどころではなかったというのが実情であった。

 ゲームは、終盤に差し掛かろうとしている。
 七回から輪廻が、あゆみに代わってマスクを被った。
 ウェイクフィールドの、どこにどう変化するか分からないナックルの捕球に全てを賭けていた輪廻だったが、その意気込みは評価出来るものの、矢張り捕手は、特定の球種に対する捕球技術だけでは通用しないという事実を、嫌という程思い知らされる結果となった。
 輪廻は七回はウェイクフィールドの球を受け、続く八回には葵の球も受けたのだが、とにかくリードが酷過ぎた為、捕球云々以前にこんこんヒットを打たれまくり、捕球自体を披露する機会が極端に少なかった。
 ウェイクフィールドがいうところの、捕手は捕球技術を幾ら磨いてもそれだけでは務まらないという現実を、輪廻は身をもって経験した格好となった。
 そしてその輪廻のリードで、ペタジーニに手痛い一発を浴びてしまった葵が、後でぶつぶつ文句をいっていたのを、輪廻は申し訳無い思いで聞かされる破目となった。
「ペタちゃんのホームラン、おっきかったねぇ」
「あれは、あたしが悪いんじゃないんだからねっ。あゆみちゃんと組んでたら、絶対抑えられたんだから」
 ミネルバの無邪気なひとことにさえ、葵はふてくされた表情で反応した。
 もう輪廻としては、穴があったら入りたいような気分である。しかし、回はまだラストイニングが残されているのだから、ここはもう我慢するしか無い。
 逆に白組のベンチでは、マッケンジーがマスクを被っていることもあり、投手達は余裕の表情でゲームを眺めている。
 少し回を遡るが、例えば六回の表、既に投球を終えたミューレリアはすっかりくつろいだ状態でベンチに腰を下ろしていた。その視線の先には、マウンド上で躍動する紅組四番手の椎名の姿があった。
「へぇ……私以外にも、ジャイロボーラー誕生って訳か……」
 ミューレリアは軽い驚きを覚えて、小さく呟いた。
 椎名が、ミューレリアの移籍後にフォーシームとツーシームのジャイロを体得しようとしていたのは噂に聞いてはいたのだが、いざこうして目の当たりにしてみると、自分以外の投手が投げるジャイロというのは、随分と新鮮に思えた。
 勿論、ミューレリアに一日の長がある為、同じジャイロでも完成度ではミューレリアが一歩リードしている。しかし椎名とてコントラクターだ。迂闊に油断して手を抜けば、すぐに追いつかれ、或いは追い越されるかも知れない。
 ミューレリアは幾分気を引き締めて、マウンド上の椎名に視線を送り続けていた。