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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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     ◆

 彼等の前――現れたのは刀を携えた男だった。ドゥング・ヴァン・レーベリヒ、その人。
「よう待たせたな、皆の衆――」
 彼は語る。何事も無かったのように。既に病院内にいるほぼ全員のコントラクターたちが、彼が出てくるのを待っていた。
「これが最後だ。もう何もねぇ。思う存分暴れてやるよ」
 彼に力は残っていない。
「攻撃、来ますよ!」
「大丈夫だ。届かない――」
 大助がそう言うと、全員がそれぞれに構えを取った。が、レンは静かにそう言うと、一同の中から一歩前に出てドゥングに向かって声を掛ける。
「目的は果てせたのか?」
 彼は不敵な笑みを浮かべ「さぁな」と呟いたが、そこで彼の動きは止まる。否――止められる。手足に巻きつく無数の糸は、彼が身動きを取ろうとしても一切においてその挙動を許さず、故に彼は何処か愉快そうな表情を浮かべて空を仰いだ。
「貴方のこれ以上の暴挙は許しません! 貴方のこれまでの暴挙が消えない様に――」
 その糸の先。全ての始点は衿栖だった。
「さぁ、きっちり吐いてもらうかんね! 貴方が誰で、何故こんな事をしたのか」
「美羽さん! もう拘束してる人の脛を蹴るのはちょっと……」
「良いんだよ、これくらいしてもまだ足りないもん! さぁ吐け!」
 言いながら、動きを拘束された状態の彼の脛を、これでもかと言わんばかりに蹴り続ける。
「わかった! わかったから言うよ。言うからもう蹴らないでくれ、頼むから!」
「よーし、わかればいいんだよ。わかれば」
 と、勝ち誇った顔の美羽の横、アキュート、ハル、鳳明によって羽交い絞めにされているラナロックが強引に通過していく。
「あれ、ラナさん――?」
「ドゥングさん、さっきはどうも。いきなり逃げちゃったわねぇ…。あの時みたいに。私の前からぁ」
「駄目だよラナさん! もうこの人降参って言ってるじゃない!」
「落ち着けってラナロック! お前の気持ちはわからんでもないが、さっき俺の言った事をだな」
「うわーんラナロックのお姉ちゃん怒ってるよー!」
 力付くで銃口を彼の額に突きつけるラナロックを見て、小さな声で『手記』がラムズに呟いた。
「一応、黒曜鳥の準備でもしておくかの――」
「その方がよさそうですねぇ」
 ラムズは苦笑を浮かべ、彼等の騒ぎを見つめている。
「さーて、じゃあまずは額からぁ――」
「おいラナロック! まずは額からって、額撃ったら死んじまうっつーんだよ!」
「ラナロックのお姉ちゃんがぁー」
「ラナさん、まずは話し合いで解決を――」
 と、そこで。ラナロックの剥いている方向。茜色に染まった狂気が見えた。その先を辿って行くと、そこにあるのは一人の男の笑顔。
「よぉ……依頼主」
 笑っている。身動きの取れないドゥングの首元にその刀を突きつけて、彼は「待っていた」とばかりの表情を浮かべてドゥングを見ている。笑顔――笑顔。
「後ろから一撃で殺してやろうとも思ったんだよ。思ったんだが、それじゃあいけねぇだろ? 何でかってぇ? てめぇが恐怖を覚える前に死んじまうからだよ」
 詰まらなそうにしているドゥングと――それをもっと詰まらなそうに見つめるラナロック。
「おい、ラナロックよ……こりゃあちっとまずいんじゃあねぇか?」
 アキュートが小さな、それこそラナやハル、鳳明にしか聞こえない様な声で呟く。
「別にどうってことはないですわよ。この下衆が死ぬなら死ぬで、私は一向に構いませんわ」
 冷淡に。
「俺たちに依頼してきた内容は――わけのわからねぇもんだとばっか思ってたんだよ。でもなぁ、こっちぁ仕事だと割り切った。その意味がわかるってかい?」
「あぁ……わかるよ」
「そいつぁ良い。じゃあ話が早ぇな。良いかい? 俺が生前いたとこぁなぁ……掟は絶対なんだよ。わかるか? 悪さをしたやつぁ、みーんな、腹切って死ぬんだよ」
 冷たい音。
「世の中にも掟ってもんがあんだろう? 裏稼業、こっち側にだってそれはあんだ。わかるだろ? 危険な端をノーリスクで渡れる程、こっち側は甘かぁねぇのさ」
「そうだな」
「それで行くと――だ。てめぇはその掟を破った。これはもう、重罪だ。見せしめってのは大事でな? それはもう、無慈悲だとうは思うが、可哀想だとは思うが、見せしめってのは大事なんだよ?」
 ゆっくりと、笑う。
「てなわけで、恐怖に踊ったままに死ね」
 首元にあてられていた刀をゆっくり引き、そしてそれを彼の心臓目掛け、背後から突き出す。しかし彼の刃はドゥングの体を貫く事無く、唯斗によって止められていた。
「やめなよ。確かに停戦張ったけど、此処まで許した覚えはないよ」
「おう、紫月の。おめぇの許し何ざ乞う必要なんざぁねぇだろうよ」
「まぁそうだけどね。だから今、こうして全力で止めてるんだ」
「邪魔をするんじゃあねぇよ。ハツネ」
 静かに彼女の名を呼ぶと、ハツネは唯斗の首元によじ登り、手にするナイフをあてがった。
「唯斗お兄ちゃん、残念だけどもうおしまいなの。お約束、守ってハツネのお人形さんになるの」
「はは……困った困った、本当に。でもね、やめた方が良いと思いますよ。ハツネ、あなたがもし、彼を大事に思うなら、俺を止めるのは筋違いです」
 彼の言葉に思わず鍬次郎の方を向くハツネは、絶句した。
刀を突きつけている鍬次郎。そしてそれを止める唯斗。そこまではいい。そこまでは――良い。問題なのはその先だった。
鍬次郎の周りをアキュートが、鳳明が、そしてラナロックが、美羽が、ベアトリーチェが、武器を突きつけて立っている。更に周りを見渡せば、彼等を取り囲むコントラクターたちが、その身ボロボロになってもなお、自分たちへと切っ先を、銃口を、殺意を向けているではないか。
「……ね?」
「うぅ………」
「けっ……こんな人数相手に叶う訳がねぇ。行くぞハツネ。仕事は終いだ」
「……嫌なの!」
 ハツネが叫ぶ。
「まだハツネはお人形遊び出来てないの! 今度はちゃんと出来ると思ったのに、唯斗お兄ちゃん約束したのに! 意地悪! うそつき!」
 彼女は大声で怒鳴ると、手にするナイフを出鱈目に振り始めた。
「やめろハツネ」
「落ち着いてください」
「嫌なの!!!! 絶対に、絶対に!!! もう皆知らないの!! みんなし――」
 言いかけて、彼女の言葉が止まった。彼女の口が停止した。物理的に――物理的に。唯斗の唇がハツネの唇に重なり、彼女は驚きのあまり身を見開いた。
暫くの沈黙は、無論その場の全員が。それこそドゥングさえも唖然とするよりない光景だから、だろう。誰も彼も、全員が全員で硬直し、その光景を信じられないとばかりに見つめる。
で――。
「………ば、馬鹿っ!!!!」
 唯斗は殴られた。
「鬼! 悪魔! 変態忍者! もう信じられないの!」
 殴る蹴る。
「痛い! 嫌だから痛いって!」
「来るな! 酷い! うそつき! 人でなし!」
 殴る蹴る、怒る。ナイフは――危ないからやめようね。
「うわぁぁぁぁぁん!!!! 変態に、変態にぃっ!」
 突如として泣きじゃくり、彼女はその場を後にした。
「お、おいハツネ! 待てよ、おーい!」
「うっははは! なんか面白いもん見れたっスねぇ! チュイーン! 待つっスよー!! 事故ったら、チュインも自分みたいなキョンシーになっちゃいますよー!」
「うっせぇぞ春華! 遊んでねぇで早くあいつの後を追え」
 急いでハツネの後を追う春華を怒鳴りながら見送り、そして鍬次郎は振り返る。
「おい、依頼主。覚えてろよ? てめぇは殺す。殺せなくとも、それ相当の痛みを味わってもらうからな。せいぜい死の恐怖ってやつを実感してな。じゃあな」
 吐き捨てて、彼は踵を返した。悠然と。
「ねぇ鍬次郎。あれの後に凄んでも、あんまり迫力がない気がするのは僕だけですか?」
「……あれぁ俺の所為じゃねぇだろうよ」
 そんな会話が聞こえたか聞こえなかったかは、定かではない。
「なんだったんでしょうね、彼等」
「さぁ……? ま、良いんじゃない?! 解決したんだしねっ」
 ベアトリーチェの言葉に対し、美羽がブイサインをしながら言っている最中――途端に結が悲鳴を上げた。
「どうしたんだ結さん!」
 慌てて彼女の方を向いた大吾は、そこで言葉を失った。
倒した筈の機晶姫。そのうちの一体が地面を這いながら一同の元へとやってくるのだから。
「失敗したら死ねばいい、うふふふ。用がなくなれば死ねばいい。うっふふふふ! そなたら人間の行動理念よ。あっはははは!」
「そんな、まだ生きてたのか!」
「妾が、妾がこんな木偶人形なはずがなかろう。ウォウルは居ぬが、ドゥングとラナロックはおる。故に此処でこの木偶人形を爆発させれば――主ら共々それらが死ぬ! あっははははははははは」
 狂気に彩られた笑い声。一同が唖然とする中、彼女が走り始める。
「もう嫌なの。大事な人を失うのはもうたくさん……ならば私が――私一人が」
 ラナロックは、機晶姫を抱きかかえると一同から離れる為にその場から去っていく。
「ラナさん、それじゃあラナさんまで死んじゃうよ!」
「そんな……でもどうすれば――」
「ラムズ」
「そうですね」
 慌てる一同を余所に、ラムズと『手記』が走り始める。
「こんな事に成るとは思ってもみんかったが、しかしこれぞ不幸中の幸い――。ほら、皆は爆発に耐えられる様にしゃがんでいろ」
「あぁ……こんな肉体労働は嫌なんですよ。後にも先にも――」
 言いながら、二人がラナロックの後を追って離れて行った。
「全員しゃがめ! よし、不安な人は俺の盾に入るんだ!」
 大吾が盾を構えると、数人がその中へと飛び込んだ。僅かばかり先、ラナロックたちが消えて行った方角に、その躯体は雄大なる羽を翻して空を舞う。
「私も盾に成ろう! 私の後ろにも数人隠れられるぞ!」
 コアが叫び意を決して立ち上がる。
「間に合ってくれよ、ラムズさん、『手記』さん………!」
 なぶらの不安そうなその言葉は、しかし爆発の音でかき消された。辺り一体に衝撃が走り――爆風が彼等を襲う。病院の窓ガラスは全て割れ、近くにあった電燈のガラスが粉々に砕けた。
「耐えろー! 硝子で怪我をするなよ!」
 メティスのアイアンメイディンの陰に隠れるレンが叫び、一同がそれぞれ返事を返した。

 爆風は数秒間に渡って辺りを揺るがし、しかし誰ひとり怪我のないままに収まる。心配そうに一点を見つめる彼等の視界、煤にまみれた『手記』と、ラナロックを抱きかかえるラムズの姿が現れる。
「ラムズさん! 『手記』さん!」
 慌てて走り始めたルイが彼等のところまで到達し、ラナロックの体に目を落とした。両の手を失い、しかし静かな寝息を立てる彼女を見て、ルイは一先ず安堵し、そしてラムズからラナロックを受け取る。
「皆さん! ラナロックさんは生きていますよ!!」
 まるで財宝でも掘り起こした地質学者が如く、彼女を高らかに持ち上げてそう叫ぶルイを、苦笑する一同と頭を抱えるセラエノ断章は、ただただしかし息を漏らし、彼女の無事を心から喜んだ。