百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

願いの魔精

リアクション公開中!

願いの魔精

リアクション

 魔術師に接触できたなら、二人組のうちどちらが魔精を召喚した術者の確認をしておこうと考えていた高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)であるが、いざ接触してみれば、そんなものは一目瞭然で、改めて問う必要などありはしなかった。
「助かりましたよ、あのままじゃ僕たち、進むも退くもできずに立ち往生でしたからね」
 屈託ない笑みで感謝を表す男はとんがり帽子を頭に、その身にはローブをまとい、手には長い木の杖といった「いかにも」な魔術師スタイルだった。あまりに古典的な格好で、コスプレかなにかではないかと疑うが、あいにくこの場所は撮影所でもイベント会場でもない朽ちた遺跡の内部だ。伊達や酔狂でこのような格好をしているのではないのだろうし、そうであれば彼が魔術師なのだろう。魔術師でなかったら詐欺だ。
「本当に助かった。ありがとう。うちの先生、戦いなんてとてもできっこないから」
 もう一人は医者が用いるような白衣を着込んだ青年だった。魔術師は彼を助手と紹介し、彼は魔術師を先生と呼んでいるが、見た目には魔術師も若く、両者の歳はさほど離れていないように見える。
「ま、僕はこの通り、グランドピアノより重いものを持ったことはない魔術師ですからね」
「そりゃ、ずいぶんな力持ちなんじゃないのか?」
 魔術師の軽口に悠司は思わず突っ込んだ。
 グランドピアノはともかく、魔術師が大した戦闘力を持たないのはどうも間違いないようだ。魔術師との接触を試みた悠司や冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)たちが魔術師とその助手を発見したのは、へっぴり腰でモンスターの攻撃をなんとかしのいでいたところだった。進むも退くもできずに立ち往生、というのはなんの誇張もない表現で、悠司たちが助けださなければ、こうして軽口を叩くこともできなかっただろう。
「どう思う、これ?」
 屈託ない笑みを浮かべ続ける魔術師について、悠司は小夜子とアルコリアにコメントを求めた。悠司の見たところ、この魔術師はボンクラよりは少しマシななにかでしかない。
「どうと言われてもね……まぁ、予定通りでいいんじゃないかしら」
 答えて、小夜子はアルコリアに目を向けた。
「アルちゃん? 小夜子ちゃんと高崎さんにおまかせー」
 にゃはーとちぎのたくらみ使用状態にあるアルコリアが笑った。
 二人の意見を受けて、ふむ、と少し考えるようにしてから、結局は予定通りに切り出した。
「なあ、あんたら、奥に行くんだろ?」
 魔術師たちへと問う。
「ええ」
 隠し立てもせず即答が返ってくる。
「実は、あんたらを足止めしようってやつがいるんだが」
「君たちですか?」
「いや、俺たちはその逆だよ。協力しようと思ってな」
「協力」
 魔術師がオウム返しに言って、探るような目を向けた。
「疑うのも無理はないけど、さっきみたいにモンスターに襲われたら、あなたたちだけじゃ先に進めないんじゃないかしら」
 小夜子がとりなした。
 小夜子の言葉を受けて、魔術師は慌てて手を振った。
「ああ、いえ、疑っているわけではありませんよ。ただ、初対面でいきなり協力を申し出るというのは何故なのか、僕たちがなんの目的で奥へ向かっているか知っているのか、少し疑問に思っただけです」
「先生、それは疑っているって言うんじゃないの?」
 助手の指摘に魔術師は、あ、と盲点をつかれたような顔をした。
「なるほど、その通りですね。いや、悪いクセです。どうも分からないことをそのまま放っては置けない」
 照れ笑いをして、魔術師は申し訳ありません、と謝った。
 漫才のようなやり取りはどうにも気が抜ける。これが演技だったら大したもので、今すぐに役者へと転職を薦めたい。そのあたりも追々明らかにしていくつもりで、悠司は魔術師へと状況を説明した。
 願いの魔精が自らを消し去ることを願っていること、その願いを叶えるために契約者たちが来ており、魔術師の足止めを考えている者もいる、と。
 悠司のざっくりした説明を、魔術師は興味深そうに頷きながら話を聞いていた。最後まで聞き終えると軽く挙手をして、
「状況はだいたい分かりましたけど、では、あなたたちは何故僕たちに協力を? あなたたちも魔精の願いを受けたのでは?」
 もっともな疑問だ。悠司はあらかじめ用意していた答えを口にした。
「願いが叶う術ってのを見てみたくてな。それは、あんたらを阻止しちゃ見れないだろ?」
 悠司の簡潔な答えに、小夜子とアルコリアも同意した。
「私も同じ。興味があるのよ」
「面白そうだから混ざるー」
 納得はしないだろう。納得しなかろうと、先の有様ではどのみち、魔術師たちだけで進むことはまずできない。魔術師に選択の余地はないだろうが、同行に際して条件をつけてくることは考えられる。「願い」を使って魔精を人間にすることを企んでいる悠司たちにすれば、その条件は気がかりだった。
 どう出る、と身構える悠司たちに対して、果たして、あっけなく魔術師は手を差し出した。
「なるほど、よく分かりました。では、よろしくお願いします」
 次の言葉を待った。
「あ、あれ? ひょっとして左利きですか?」
 魔術師は慌てたように左手を差し出す。
「……それだけ?」
 思わず尋ねた。催促するようになったが、魔術師はなんのことだか分からないという風で、
「それだけ、とは?」
 まじまじと魔術師を見つめた。魔術師は邪気なく笑う。助手の方は若干訝しげではあるが、「まぁ、俺は先生についてきただけなんで」と魔術師に倣う様子。
 演技だとしたら大したものだ。だが、演技でなかったとしたら。