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【新米少尉奮闘記】龍の影に潜む者

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【新米少尉奮闘記】龍の影に潜む者

リアクション

 徐々に混戦の様相を呈してきた戦闘空域のなかで、ひときわ目立つ機体がある。
 マグナ・ジ・アース(まぐな・じあーす)の乗る、ごく平均的な作りの小型飛空艇だ。が、問題は乗っているマグナ自身の方で、その身長は実に三メートル。
 なんというか、周囲より一回り大きい。
 マグナはその巨体故、空賊達の恰好の標的となっていた。
「全く、厄介な奴らだな……」
 建前上「捜査」の為の攻撃であるので、むやみな事は出来ない。特に教導団生であればなおのことだ。
 マグナは手にした槍を、横薙ぎに振り回す。
「次から次へと沸いて来おって」
 空賊達はそれほど腕が良いわけではない。あっさりマグナの槍に飛空艇を傷つけられて戦線を離脱する者も少なくない。
 が、中には数人腕の立つのが居て、味方の影に隠れたり、一旦引いたりしながら上手いこと立ち回る。
 そいつらを仕留めようと槍を構えて突撃しようとするが、しかしすぐに他の雑魚が集まってきて、結局またおおざっぱに槍を振るう羽目になる。
 苦戦している、という訳では無い。だが、決定打も放てない。

 それはマグナだけでは無いようだった。
 イコン・ターミネーターを駆る黒乃音子もまた、いまいち攻めあぐねていた。
 多少の負傷は仕方が無いとはいえ、しかしイコンの武装で生身の人間に攻撃すれば「多少の負傷」では済まないことは明白だ。
 そのため、相手の大型飛空艇を相手にしようと、近づこうとして居るのだが、ちょこまかと小型飛空艇が進路を邪魔するので思うように行かない。
「んもー、まとめてやっつけちゃえれば楽なのにぃ!」

 こちらでは、メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)マルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)がタッグを組んで戦闘に当たっている。
 地上の岩陰に潜んだマルティナが、ライフル型光条兵器で援護射撃を送る中、メルキアデスが敵機に取り付いて白兵戦を仕掛ける、という些か無茶な戦法だ。
「なあ、小暮の大型船を囮にする、って作戦じゃなかったっけ?」
「状況が変わったのですわ。我々がやることは空賊の捕縛であることに代わりはありません」
 メルキアデスが素朴な疑問を口にすると、通信回線越しにマルティナの声が帰ってくる。
 元々、小暮の飛空艇を囮にし、護衛艦は姿を隠して……という作戦を(マルティナが)立てていたのだが、これだけの護衛艦が集まることは想定して居なかったようだ。
 艦隊と呼んでも差し支えないレベルの大型飛空艇の数だ。無力な船のフリをさせる、というのには些か向かない。
「まあな! 行くぜ、俺様強い強い強い強いー!」
 自己暗示で本当に強くなる、という冗談みたいなヒロイックアサルトを発動させて、メルキアデスは飛空艇のひとつに取り付く。
 流石に自分の飛空艇を乗り捨てる訳にはいかないので、下半身はコクピットに残したままだが。上半身の力を使って、相手の乗り手に鉄拳をお見舞いしようとする。
 しかし、相手もやられっぱなしではない。もみ合いへし合い、二機の飛空艇はふらふらと危なっかしく辺りを飛び回る。
「……何をしているのかしら、全く」
 マルティナはやや呆れつつ、しかしそれでもメルキアデスの背後から襲いかかろうとして居る飛空艇に対して牽制射撃を行う。
 しかし問答無用で落とす訳にもいかず、結局メルキアデスが白兵戦でケリを付けてくれるのを待つしか無い状態だ。

「本当に厄介でありますね……」
 小暮艇に同乗している大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が戦況を眺めながら呟く。
「手間は掛かるが、ここで殲滅してしまったら警察機構としてのメンツが立たないからな……やるしかない」
「もちろん、分かって居るであります少尉!」
 大熊はぴっと背筋を正して、計器へと視線を戻す。
 この飛空艇が発掘されたばかりの頃は、時折自信のなさそうな顔を見せたりもしていた小暮だったが、すっかり指揮官としての風格の様なものが見えてきた。大熊はずっと従ってきた部下として、嬉しく思う。
「ただ、もちろん数の多さも厄介ですが、どうやら中に数人、手練れが居るようです」
「ドラゴン相手にちょっかいを出そうって連中だ、そりゃあ、腕に自信はあるだろうな」
 時折飛んでくる前線からの報告を受けて、通信係のリーシャ・メテオホルンが声を上げるが、小暮は顔色を変えない。
「なんとか、親玉を沈黙させられれば……」
 冷静に対応を考える小暮の目に、ふとレーダーからの情報が映った。
 戦闘空域からだいぶ外れたところで制止している反応がある。味方機の信号だ。
 一瞬任務放棄か、と思ったが、この位置、どうやら違う。小暮の眼鏡がきらりと光る。
「後は、あいつらの目をこちらに引きつける方法か……」
 何やら考えを巡らせた小暮は、おもむろに個人宛の通信回線を開くよう、リーシャに命じた。
 しばらくの間何事か話して居たが、そう時間は掛からず話はまとまったようだ。
 するとすぐに、また別の所への通信を開く。こちらも暫く話してから、にんまりと口元に笑みを浮かべて頷く。
 そして。

「全機に通達、極力空賊飛空艇正面にまとまり、射撃の出来ない機体は一旦待避、他の機体は合図と同時に一斉射撃! ただし、死傷者は出すな!」

 指示が飛ぶと同時、ミンストレルであるフランソワ・ド・グラス(ふらんそわ・どぐらす)が、小暮機のブリッジで味方を鼓舞する歌を歌う。
 少し疲労の色が見え始めていた船内に、再び活力が満ちる。

「大型飛空艇も協力を頼む。但し、直撃はさせないこと」
「了解だァ」
「了解した!」
 今まで小暮機の前で沈黙を守っていた二隻の大型飛空艇の操舵手ふたりは、小暮からの通信に声を合わせて答える。 
 混戦の中にあった小型飛空艇も、大まかに整列が完了したようだ。

「攻撃開始!」

 小暮の号令が下る。
 同時に、大型飛空艇の砲門がここぞとばかりに火を噴く。
 すべて威嚇射撃ではあるが、空賊達の小型飛空艇にとっては大変な脅威だ。ぴたりと動きが止まる。
 しかし、このままではいずれ、威嚇で有ることがばれてしまう。そうなれば意味は無い。
 が。

 大地を震わせる様な、低い、巨大な咆吼が、空を包み込んだ。

 空賊達の視線が、ばっとそちらに集まる。
 其処には――巨大なレッサードラゴンが、雄大に羽を広げていた。

「連れてきました、少尉!」
 ドラゴンの前をワイルドペガサスで飛んでいるのは、源鉄心と、ティー・ティーだ。
「助かった、源殿」
「ただ、あまり長くねぐらを離れていることは出来ません、急いでください」
「分かった。後は頼む」
 小暮との通信を終えたティーは、ドラゴンに向かって声を張り上げる。

 やっちゃえ――と。