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リアクション
■ 大切な人と……花換えましょう ■
桜咲く風景は春の到来を高らかに歌い上げているかのよう。
けれど、その下を歩く斑目 カンナ(まだらめ・かんな)は桜を見上げることもなく、面白くなさそうに足を運んでいる。家にこもりっきりだったところを、強引に九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)に引っ張り出されたのだ。どうしてそっとしておいてくれないのかと、カンナは内心の苛立ちを押さえかねていた。
「カンナ、ずっと部屋閉じこもりってのはダメだと想うよ。気分転換も必要なんだから……」
「別に気分転換なんて……」
必要ない、と答えながらもカンナはジェライザを窺い見る。もしかして気付かれているのだろうか。自分がふさぎこんでいる理由が、スランプであることに。
ここしばらくカンナは、思うように指が動かぬ歯がゆさに家の中で楽器をいじってばかりいた。そのことをジェライザに話したことはないけれど、パートナーとして何か感じるところでもあったのだろうか。
「今日は花換えまつりをやっているんだよ」
行き交う人の手にある小枝を示しながら、ジェライザは花換えまつりのことを話して聞かせてくれた。
「交換すると夢が叶う……?」
「そう言われているらしいね。ああ、あそこで小枝を手に入れるようだよ」
ジェライザは巫女から小枝を受け取ると、カンナにもそうするように目で促す。カンナは今日は少し素直に、桜の小枝を購入した。
互いに小枝を手に向かい合う。
けれどジェライザはすぐには交換しようとせず、桜の小枝にかける夢の話をした。
「私はねぇ……立派な医者も夢だけど、医学の先生にもなりたいなって思ってるよ。医学は覚えるまでは大変だけど、多くの人を救えるから……みんなにそれを伝えたいな」
「あたしは……」
カンナも小枝を手に、自らの抱く夢を語る。
「あたしはミュージシャンになりたい。小さい頃から音楽と触れ合ってたから、たとえ無理でもなりたいものはなりたい……と思う」
カンナの夢を聞いたジェライザは微笑みながら桜の小枝を差し出した。
「お互いの夢が叶うように」
「夢が叶うように……」
カンナもジェライザ同様に小枝を差し出すと交換した。
(夢、か……叶うのかな?)
カンナは手の中にある桜の小枝に目を落とす。本当に夢が叶うのかどうかは分からないけれど、小枝を交換して……嬉しい、そう感じた。
「……ごめん」
これまでジェライザを避けてきたことを、カンナは小声で謝ると、大切そうに桜の小枝を握りしめるのだった。
今日は皆で花換えまつりに行こう。
そうリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)を誘ってやってきた空京神社。
さて……と遠野 歌菜(とおの・かな)はブルックス・アマング(ぶるっくす・あまんぐ)を見た。歌菜と目があったブルックスは、赤くなって俯く。
実は今日のお出かけは、ブルックスの為でもあるのだ。
リュースと一緒にいるとドキドキして自分が自分でなくなってしまう感じがする、とブルックスが歌菜に相談を持ちかけたのがその始まり。
話を聞いた歌菜にはすぐ、それが恋であることが分かった。恋の始まりの時には誰しも、そんな不安定な心の動きに戸惑う。月崎 羽純(つきざき・はすみ)との恋を育て実らせた歌菜には、懐かしくも思い出深い感覚だ。
けれどリュースはブルックスのことを妹としてしか見ていないようだし、ブルックス自身も自分に生まれた感情におろおろしているばかり。このままでは埒があかないからと、歌菜はスパーク・ヘルムズ(すぱーく・へるむず)とシーナ・アマング(しーな・あまんぐ)にも協力を依頼して、花換えまつりにやってきたのだった。
(けど、イチャイチャのお手本を見せるって言っても……)
何をしようと考えるのも恥ずかしくて、歌菜は迷う。と、目の前にすっと羽純が肘を出してきた。
歌菜は自然に羽純と腕を組み、えへへっと笑う。フォローありがとう、の気持ちをこめて腕にぎゅっと力をこめて。
そんな2人にスパークはちらりと目をやる。
(カナは羽純さんにベッタリだな……うん、アレに比べたらシーナと手を繋ぐくらい普通だな、普通……)
自分に言い聞かせると、深呼吸をしてからスパークはシーナの手を握った。
「あ……」
シーナは照れたように小さく声をあげた後、スパークの手を握り返す。繋いでいる手から相手にドキドキが伝わってしまいそうで恥ずかしいけれど、スパークの優しい手がシーナは好きだ。
仲睦まじく歩いている2組の様子に、リュースは笑いながらブルックスに言った。
「何だか余り物みたいになっちゃってますね、ブルックス」
「え、は、はい……」
それが自分とリュースの為だと知っているブルックスは、どう反応して良いのか分からず、真っ赤なままで曖昧な相づちを打った。
周囲の人々は花換えの小枝を手に、楽しげに交換しあっている。
花換えましょう、という呼びかけが耳に心地よい。
自分たちも参拝して桜の小枝を授与してもらおうとしていた歌菜だけれど、その前に羽純が足を止めた。
「いらっしゃい! 花換えまつりと言えば桜、桜と言えば桜餅。どんどん買っていってねっ」
桜餅の屋台の前では、布袋佳奈子が呼び込みをしている。
羽純が甘味好きなのを知っている歌菜は一緒に来た皆に、寄り道して甘いものを食べようと誘った。
佳奈子の店で長命寺風桜餅、別の店で桜団子や三色団子を買い込んで、参拝前の甘味タイム。
「歌菜、それは美味いか?」
「桜団子? うん、すごく美味しい」
「一口くれ」
口を開ける羽純に、歌菜は食べかけの桜団子を食べさせた。
(う……流石羽純さんだぜ……自然に、全く普通に凄いことをすんなりやった! よし、ここは俺も流れに乗れば……言える!)
今しかない、とスパークは桜餅を食べているシーナに、さりげなさを装って話しかける。
「し、シーナ。それ……美味いか?」
「はい、美味しいですよ」
「じゃあ、一口……分けてくれ」
意を決してスパークが言うと、シーナは照れながらも桜餅を口元に差し出してくれた。
「はい、あーん」
その様子を確認すると、羽純はブルックスにテレパシーで囁きかける。
――お前もねだるなら、今だぞ――
こうして皆がいつも以上に熱々ぶりを披露しているのも自分の為。ブルックスは小さく頷くと、リュースに頼んだ。
「み、皆みたいに、あーんって……やりたいな」
「ブルックスもですか? 仕方ないですね、はい、あーん」
気負いもなくお団子を食べさせるくれたリュースの顔が近くて、ブルックスは息が止まりそうになった。
甘味を食べ終わると皆で参拝し、桜の小枝を授かる。
「スパークとシーナちゃんは小枝を交換したことあるんだよね〜。今年も勿論、2人で交換だよね♪」
歌菜に言われ、勿論だとスパークはシーナに桜の小枝を渡す。
「……シーナに沢山の福が訪れるように。それから……俺の傍に居てくれるように」
「いつまでもスパークと一緒にいられますように。それから、スパークが幸せでありますように」
自分の幸せにはスパークが必要だから、とシーナはスパークと桜の小枝を交換した。
「それで、私は羽純くんと交換だねっ」
そう言って小枝を差しだしてきた歌菜の表情があまりに幸せそうで、交換する羽純も自然と頬が緩んだ。
「で、リュース兄さんとブルックスちゃんで交換♪ 問題ないよね? ね?」
期待の目で歌菜が言うと、リュースはそうですねとブルックスに小枝を差し出す。
「ブルックス、余り者同士交換っこしましょうか」
リュースと小枝を交換し終えると、ブルックスは言った。
「ね、リュー兄、今年は私以外と交換しちゃやだよ?」
「え?」
「絶対だよ?」
リュースは念を押してくるブルックスの顔を見直す。
花換えまつりでは、桜の小枝は交換すればするほど福が宿るとされている。けれど、ただ1人の相手とだけする交換には、また別の意味がある。
(おい、それ意味分かってて言ってるのか?)
そう思って見直せば、ブルックスの顔は赤い。
「……分かりました。今年はブルックスとだけにしますよ。それでいいですか?」
「良かった……ありがと、リュー兄」
リュースから貰った小枝をブルックスは大切に胸に抱いた。その様子はどう見ても恋する少女そのものだ。
(ブルックス……まさか、オレのこと……?)
内心の動揺をリュースはぐっと押し殺した。
「…………」
リュースにテレパシーを飛ばそうとして、羽純は思いとどまる。
(……自然と気付く日が来る。俺がそうだったように)
春の訪れを知らせる桜花。
頭上に、胸の中に、つつましやかに花開いて。
花換えまつりの一件で布紅が元気を無くしていると聞いて、樹月 刀真(きづき・とうま)と漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は福神社に様子見に行ってみた。
落ち込んでるかと思いきや、布紅は花換えまつりが無事に開催できたことを喜んで、終始笑顔だった。
みなさんが助けてくれたから、と話す布紅の顔にはもう陰りは見られなかった。
これなら大丈夫そうだと安心しての帰り道。
「布紅嬉しそうだったね」
刀真の右腕に自分の左腕を絡めて歩きながら月夜が言えば、そうだなと刀真も同意する。
「うん元気で良かった」
小枝も自分たちで用意しなければならなかったと言う話だけれど、貰った桜の小枝はとてもよく出来ている。
華やかな小枝を眺めながら、刀真は花換えまつりの由来を思い出した。
若い男女が互いに、「花換えましょう」と声を掛け合って想いを伝えあったのが、この祭りの始まりだという。
パラミタに来た時、刀真は月夜と2人だった。その後パートナーも増えて賑やかになった……それも女性のパートナーばかりが増えたものだから、別の意味でもやたらと賑やかになったと言えるだろう。
パートナーたちの存在は、刀真の生きる理由の1つにもなっている。だから刀真はパートナーたちに救われているし、大切にも思っている。
そういう存在のパートナーたちではあるけれど……と刀真は手にした桜の小枝をじっと眺めた。
ただ1人。この小枝を交換出来るとしたならば、その相手に迷う余地は無い。
そんなことを考えていた時ふと視線を感じて、刀真は顔を右向けた。
そこにはじっと刀真を見つめている月夜の黒い瞳があった。その瞳を見返しながら、刀真は思う。
パラミタに来る前から、刀真の隣には月夜がいた。いつも当たり前のように傍にいてくれたから、特に意識をしては来なかったけれど、月夜は女で自分は男だ。
若い男女が花を交換するのが花換えまつりなら、月夜に小枝を渡すことは変ではないはずだ。刀真は枝いっぱいに花をつけた桜の小枝を月夜に差し出した。
「花換えましょう」
そう言った途端、月夜はひどく驚いた顔をした。そして刀真の顔から何かを読み取ろうとするように視線を細かく巡らせた後、落胆した様子で目を伏せた。
「……私で良いの?」
聞き返してくる月夜に、刀真は何を言っているんだとむっとする。
大切な存在は1つではない。けれどその中で1人を選ぶとすれば月夜しかいない。そんなことは刀真にとっては当たり前すぎるほど当たり前のことだから、確認されるのは心外だ。
「お前じゃなきゃ駄目なんだよ」
そう言うと、月夜の表情がすうっと柔らかくなった。そして自分から、花換えましょうと桜の小枝を差し出してくる。
刀真の持つ枝は月夜の手に。
月夜の持つ枝は刀真の手に。
桜の小枝を交換すると、月夜は刀真の胸にきゅっと抱きついた。
嬉しい――。口には出さないその言葉を2人で抱えるように寄り添って、刀真と月夜は家に帰ってゆくのだった。
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