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花換えましょう

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花換えましょう
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 ■ 花換えに託す想いは ■
 
 
 
 普段は社の外に出て掃除をしたりしている布紅も、花換えまつりが開催されている間は、参拝する人が多いということで社にこもっている。
 早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)が覗いてみると、布紅は社の奥で床に正座していた。
「布紅ちゃん、お久し振りね」
 うつむき加減に座っている様子が気になって声をかけると、布紅はすぐに立ち上がり、入り口側へとやって来た。
「早川先生こんにちは。今年も花換えまつりにいらしたんですか?」
 挨拶する顔はいつも通りの布紅だ。花換えまつりから外されて落ち込んでいたと聞いたけれど、無事こうして開催できて元気も出たのだろう。
「ええ。息子やパートナー達と一緒に来たの。今年も福神社で花換えまつりが出来て良かったわね。琴子先生はふわふわした印象だけれど、芯の強いところがあるから空京神社と掛け合ってくれたのね」
 自分のことは棚に上げてそう言うと、一緒に来た皆を布紅に紹介した。
「母がお世話になっているそうで……」
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が礼を伝えると、布紅はぶんぶんと首を振る。
「い、いえいえ、お世話になってるのはわたしの方ですから」
「布紅ちゃん、ちっちゃくて可愛いー。ユノちゃんもついこの間までこれくらいだったのにねぇ」
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)に言われ、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)は自分の身体に目をやった。
「身体的な成長には私自身驚いているのですが……」
 呼雪と契約した時には10歳ぐらいに見えたユニコルノの外見は、今は13歳ほどに成長している。
「どうしてこのような機能がつけられていたのでしょう。戦場で戦うために作られて、壊れる可能性だって低くないのに」
 不思議でならないけれど、この機能が作った人の願いに繋がるのなら、遠い時代に思いを馳せ、その想いも抱いて生きていくのが自分のすべきことなのだろうとユニコルノは考える。
「これから出来るだけ沢山の人と小枝を交換してくるから、布紅ちゃんも小枝を用意しておいてね」
 仲良さそうな皆をにこにこと眺めていた布紅は、あゆみの言葉にきょとんとした。
「わたし、ですか?」
「そうよ。だって、みんなに福を授ける布紅ちゃんがまず幸せじゃなきゃ!」
 待っててねと、あゆみは皆を連れて社を出た。
 授与所で桜の小枝を受け取りながら、あゆみは皆に花換えのことを説明する。
「桜の小枝は、交換すればするほど幸せが宿るといわれてるのよ。だから『花換えましょう』と声をかけて、みんなで交換し合って……」
 そこまで説明してから、あ、とあゆみは付け加える。
「でも、呼雪ちゃんとヘルくんのは交換できないわね。他の誰とも交換せずに、ただ1人と花換えしたカップルは将来幸せになれるんですって」
「え……」
 あゆみににっこりと笑顔を向けられて、呼雪は固まった。何も言えずにいるうちに、あゆみはユニコルノの背を押して、
「ユノちゃん、私達は私達で交換しに行きましょ」
 とさっさと交換に繰り出していってしまう。
「こゆくん?」
 メメント モリー(めめんと・もりー)は何があったのかと怪訝そうに首を傾げたけれど、あゆみが行ってしまうのを見て慌てて追いかけ……る前に、ピンクの風呂敷包みを社へと差し入れた。
「布紅ちゃん、これ差し入れの桜餅。後でおやつに食べてね。っていっても、作ったのはあゆみんだけどね」
「あ、ありがとうございます」
 布紅が礼を言うのを聞くのもそこそこにモリーが身を翻すと、呼雪が荷物を預かると手を出してくれた。
「俺とヘルは向こうの桜の下で待ってますから」
「そう? じゃあ荷物よろしくね〜」
 桜餅や茶、レジャーシートが入った荷物を有り難く呼雪に任せ、モリーはぱたぱたと羽を揺らしながらあゆみを追いかけていった。
「ユノちゃんがうちで暮らしはじめて、娘が増えてとても嬉しいわ」
 モリーが追いつくと、あゆみはユニコルノと並んで歩きながら楽しそうにお喋りしていた。
 今春からユニコルノは男装をやめ薔薇の学舎の寮も出て、あゆみの家に世話になっている。あゆみの外見が若いので母と娘には見えないだろうが、雰囲気や話している内容は親子のものだ。
「今度一緒にお買い物行きましょうね」
「はい、お母様」
「嬉しいわ。男の子だと買い物のテンポが違っちゃうから、一緒にゆっくり服を選んだり出来ないでしょう? 娘と一緒にお買い物ってしてみたかったのよ」
 色々プランを練りながらも、ふとあゆみはパラミタの刻限を考えてしまう。
(最後まで救える方法が見つからなければ、この神社も、大切な場所も思い出の場所も失われてしまう……)
 そうならない為にも、自分はニルヴァーナで生徒達を出来る限りサポートしよう、とあゆみは桜の小枝に誓いをこめる。
 今ここで笑顔で枝を交わす人たちが、これからもずっとこの暮らしを失わずに済む為に。来年も再来年もその後もずっと、この季節に桜の下で、花換えまつりが開催できるような世界であるように。
「ここも、いつも過ごしてるところもなくしたくないね……」
 あゆみは願いを口には出さなかったけれど、モリーもあゆみと同じような想いをこめて花換えをする。
 そしてユニコルノは、兵器ではなく人として大切な人々を守っていきたいと願いながら、桜の小枝を交換して回るのだった。
 
 一方、モリーから預かった荷物を持った呼雪は、桜を眺めて歩きつつヘルに聞いてみた。
「オマエ、母さんに話したか?」
「え、何を?」
「俺たちのこと……」
「ああ、そういうことかー」
 ヘルはやっと分かった様子でさっきのあゆみの様子を思い出した。
 花換えまつりの説明をする時、あゆみは呼雪とヘルのことをカップルと言い、小枝の交換は2人でするものだと確信していた。あまりに自然に言われたからヘルは疑問にも思わなかったようだけれど、考えてみれば不思議だ。
「俺も言ってないよ。というか、呼雪の気持ちとかに配慮して、あゆみちゃんたちの前じゃあんまりベタベタないようにしてたのにー。あゆみちゃんって天然さんでふわふわしてても、こういうとこ見るとやっぱりお母さんなんだなって思うね」
「やっぱり、ちゃんと見ていてくれるんだろうか……」
 何も言わなくとも、外に出さないようにしていても、母としての目は息子の状態を把握するものなのかも知れない。ヘルとの関係については、いずれきちんと話さなければとは思っているけれど……と呼雪が考えこんでいると。
「綺麗だね」
 ヘルかこちらを見て嬉しそうに言った。
 何が綺麗なのだろうと振り返ってみれば、桜が見事に咲き誇っている。
「あぁ。満開だな」
 そう同意したのに、ヘルはちょっと面白くなさそうな表情になった。
「この親にしてこの子あり、って言うよねー」
「何がだ?」
「あゆみちゃんも天然だけど、呼雪も相当だなーって」
「いや、俺は天然じゃないだろう」
「だって通じてないー。せっかく褒めたのに反応がつまんないー」
 呼雪からすれば、ヘルの反応の方が妙だ。もう一度桜を振り返ってみて、ふと呼雪は思いだした。
「……と、小枝を交換するんじゃなかったのか?」
「あ、そうだったー。お祭りのメインをするのを忘れるとこだった」
 改まって向かい合うのは少し気恥ずかしいけれど、呼雪は花換えの小枝を手にヘルに言う。
「花換えましょう」
「うん。花換えましょー」
 幸せは気づき難いもの。だから渡すこの小枝に沢山宿りますように。桜の小枝を見るたびにその想いを呼び起こし、心に焼き付けていられますように。
 
 
 
 花換え祭りのことを聞いたリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は、多くの人が小枝を交換しあうという祭りに興味を持った。
「行きたいわ。連れて行ってくれるわよね?」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)にそうねだると、レディのお願いを聞かないわけにはいかないからと快く連れてきてくれた。
「君達の可憐な姿をまた見れて嬉しいよ」
 境内の桜を見上げ、エースは微笑む。
「花開いている時間は駆け足で過ぎ去ってしまうけど、君達の一番輝いている時間を共有できて幸せだよ」
 そうしてしばらく桜に見惚れている背に、聞き知った声がかけられた。
「花に愛を囁くとは、変わった趣味だな」
 振り返ればそこではダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がからかいの目を向けている。
「ダリルも来てたのか」
「俺はこの神への信仰心は無いが、ルカ達が福娘として手伝っているから一応な」
 なるほどと頷いてから、エースはさっきのダリルの言葉に反論した。
「変わった趣味だなんて、機械にしか興味のないダリルに言われてもねぇ……」
「ああ。俺は植物の生殖器には興味がない」
 リリアの耳に入らないように留意しながら、ダリルはエースに切り返した。
「植物の生殖器とか言うか」
 けれどそれもダリルらしいかと思いながら、エースは再び視線を桜に戻す。
「花達のことも、女性と同じように眺めてるだけだよ。美しいものは讃えなきゃ」
 桜を見上げ見上げ、エースとリリアは参拝を済ませて小枝を授かった。ダリルは参拝はせず小枝だけを授かると、ルカルカとルカが福娘をしている所に行った。
「あれっ、リリアも福娘になりに来たの?」
 近づいてくるリリアに気付いて、ルカルカが驚いたように尋ねる。
「ルカルカさんもアコさんも福娘可愛いわ。でも私は、福娘すると枝交換して持って帰れないから、来年チャレンジね」
 今年は桜の小枝交換がしてみたいからと、リリアは首を振った。
「あ、違うのか。じゃあ改めて」
 ルカルカは気を取り直してリリアに枝を差しだした。リリアは『メシエともう少し仲良くなれますように』と願い事をすると、ルカルカと小枝を交換する。
「何をお願いしたの?」
 エースに聞かれても、笑ってナイショとはぐらかす。
 その願いを察したダリルはリリアに説明する。
「リリアは俺の封印前の恋人と似ているんだ。別人だと俺は割り切っているが奴はそうじゃない。だから奴はお前にぎこちないのだ」
「色々と思う所もあるのは解っているわ。けどもう少し好意的になってくれるといいのに」
 願いをこめた小枝を土産にすれば、少しは仲良くなれるだろうか、とリリアはルカルカから渡された枝を眺める。
「桜の庭は居心地が悪い? 花は花、互いに咲けばいいの」
 リリアの髪に咲く百合を見て、ルカはそうアドバイスした。
 エースは口に出して願いを小枝にかける。
「今年も数多の花がきれいに咲いて。それを見た人達が幸せになれますように、傷ついた人達の癒しになりますように」
「曇りなく、今を祝詞す、幸はへたまへ」
 ルカはゆっくりと捧げた小枝を、
「奉る、歌きこし召せ、幸はへ給へ」
 とエースに渡す。
「それ、さっきルカが唱えてたのと同じだね」
「そう。私は衆生の記憶。過去の記憶に照らし、相応しい祝詞を唱えるの。ルカもすぐ覚えたみたいね」
 今はダリルと枝を交換しているルカルカを見やった後、ルカはエースに微笑み話した。
「人の幸せを希求する為に全ての宗教はある。日本の神様は多種多様で大らかだから、私達のやる事も許して下さるわ」
 福娘との交換を終えたら、後は出来るだけ多くの人と枝を交換し、より多くの福を宿すのがこの祭り。
「ダリルが暇してるから構ってやって」
「解った。ルカ達もお役目頑張ってくれよ」
 エースはルカルカとルカに手を軽く挙げて挨拶した。
 ダリルだけはエース達とだけ小枝を交換しただけにとどめたが、エースとリリアは出会う人出会う人と次々に小枝を交換してゆく。相手の願いも叶うようにと声をかけながら。