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動物たちの守護者

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動物たちの守護者

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◆第一章2「自慢です!」◆

「では、トップバッターをお呼びしましょう! 白砂 司(しらすな・つかさ)さんとサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)さんが紹介してくれるのは【大型騎狼】のポチでーす」
 いつものビキニ姿ではなくごく普通の服を身に付けたセレンフィリティが手を挙げて声を張ると、名を呼ばれた司とサクラコがステージに姿を現す。
「うむ……ポチだ」
「司君。それだけじゃアピールにならないってば」
 すぐさまサクラコにツッコミをいれられた司は、「む」と口をつぐむ。口下手な彼にアピールをしろ、というのは中々に酷なようだった。
「そうだな。愛想は少し悪いが、我が家で一番美しい獣だ。
 ポチは元々ジャタの森で野生に育っていた狼だ。初めて会った時には容赦なく襲い掛かってきた程度には猛獣だったが、一旦退けて上下関係をハッキリさせてからは仲良くなった」
「そうそう。それはもうすごい暴れん坊だったんですけども、司君にだいぶ痛い目を見たらしく、最近はずいぶん大人になりましたねー」
 サクラコは『一番美しい獣』のくだりで何か引っかかりを覚えたものの、以後、口をつぐんでしまった司の代わりにアピールしていく。
(どっちかってーと私をちやほやして欲しいもんですけど、今日のところはポチに譲ってあげることにします)
 サクラコの目的としては、アピール以外の競技でポチに自身の凄さを教える、というのもあった。実は、ポチ。サクラコのことを自分より下の者と認識しているらしく、態度が冷たいのだ。
「……っとこんなところですかね?」
「あとは、毛並みの美しさだな。この毛並みは……ん? どうした、ポチ」
 日の光を反射する艶やかな毛を逆立て始めたポチに、司とサクラコの目が鋭く細められた。ポチの身体がぐっと沈み込み、跳んだ。

「うわっ、な、何を!」
 そして1人の男にのしかかり、地面に縫い付けた。
 司がすぐさまポチの傍に来ると、ポチはしきりに男のカバンを臭う仕草をする。何かがカバンの中にあるらしい。
「すまないが、開けさせてもらうぞ」
「あ!」
 遅れてやってきたサクラコが男のカバンを掴み、中を開けると……出てきたのは、火薬。すぐさま駆けつけた警備隊に男は連れられて行った。
 そんなハプニングに驚き、不安な表情を浮かべる観客たち。不安がパニックになる前に、大きな音がした。
「事件を未然に防いだポチ君に、みなさま盛大な拍手を!」
 司会者のセレンフィリティだ。
 パラパラと上がる拍手は、そのうち感嘆の声とともに会場全体へと広がって行った。最初の事件はなんとか無事に乗り越えたようだ。



 セレンフィリティセレアナは、笑顔で司会進行をしつつ、参加者をじっと観察していた。
 参加者を装って危害を加えようとしているものがいないか。もしくは、密売組織から動物を買ったものがいないかどうか。
 そのために、偽物と本物の飼い主を見分けるポイントをイキモから聞いていた。
(種の珍しさや入手の困難ばかり話す、か。この女、ピッタリ当てはまるわね)
 イキモへの敵意はなさそうに見えるが、小さく愛らしいこの動物は爪に猛毒を持っているのだというから警戒すべきだろう。
「何か特技はあるのですか?」
 セレンが問いかけると、女は不機嫌な顔をして鼻を鳴らした。自分の話を遮られたのが嫌らしい。そしてまた種の珍しさを語り始めた女を見て、セレアナへと目配せする。
 セレアナはセレンが観客の目を引き付けている間にステージ横に隠れ、女の情報を要警戒対象として警備隊に送る。
「はい。ご紹介ありがとうございました」
 女を下がらせたセレンの元にセレアナが戻ってくる。
「で、セレン。どう思う?」
「歩き方を見る限り、素人だと思うわ。けど何も本人がしなくてもいいわけだし、警戒はすべきね」
「そうね。かなりの資産家みたいだし」
 セレアナは事前に目を通していた参加者の資料を思い出し、かすかに眉を寄せた。だがそれもすぐに元の表情に戻る。
 そして何事もなかったかのように次の参加者を呼んだ。



「えと、あの。今日はみなさんに可愛い“白”と“雪”を紹介したくてここに来ました」
 どこか緊張した面持ちで【わたげうさぎ】について語ろうとしているのは荀 灌(じゅん・かん)だ。
 精いっぱい紹介を、と意気込みは見えるのだが、上手く言葉にならないらしい。
(どうしよう。見た目が可愛く、とても懐いているではダメなのかな……う〜ん、別に芸を仕込んだりなんてしてないですし、強要したくないですし)
 そんな頑張っている荀を観客席から応援している者がいた。芦原 郁乃(あはら・いくの)蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)だ。
 打ち合わせも練習もなしのぶっつけ本番。受付をした当人としても郁乃がはらはらドキドキと見守っていると。
「え? 白? 雪?」
 突然、白と雪が荀の足元にスリスリしたかと思えば、白の上に雪が飛び乗り、そのままぴょんぴょんと可愛らしく飛び跳ねる。荀は芸など教えていない。だというのに、白も雪も、荀を助けるんだ、と言わんばかりに動き回ってアピールする。
 白い毛玉が楽しそうに飛び跳ねる姿はとても愛らしい。何よりも、荀を助けようとしている姿に、うるっときている観客もいた。
「私のためにがんばってくれる“白”と“雪”が、私はとっても大好きですっ!」
 とびっきりの笑顔で2人に頬ずりした荀の姿に、惜しみない拍手が送られた。もちろん、郁乃とマビノギオンもそうだ。
 郁乃は、それはもう顔をほころばせて可愛い妹、荀へと拍手を送った。

 一方のマビノギオンも優しげな表情で荀を見ていたが、すぐさま周囲への警戒へと意識を戻した。
『荀灌のかわいがってる“白”と“雪”が万が一にも攫われないように、周囲の警戒をお願いね』
 主である郁乃からそう頼まれたからだ。もちろん、郁乃自身も警戒は怠っていないが、妹に気付かれぬように護衛するためだ。
(主の心配は分からないでもない。
 噂じゃこの大会、あるいは主催者を妬む何者かが襲撃するってことだったですしね)
 油断なく意識を研ぎ澄ませ、目を周囲へと走らせる。……と、マビノギオンの目が、ある個所で止まった。
「……? どうかしたの、マビノギオン?」
「いや。あの……」
 様子のおかしいマビノギオンに気付いた郁乃が目をステージから彼女に向けると、マビノギオンが何かを見ていることに気付く。
 郁乃は「なんだろう?」と首をかしげて目線の先を追いかけ……同じく動きを止めた。

 ふよふよと浮かぶ影。大きなパッチリお目目におちょぼ口。カーテンのように揺れる……ヒレ。

「闇の珍獣オークション……それがしにとって忌まわしき思い出である。
 あんな目に動物達を遭わせてはならぬ。あんな事をする人間を許してはならぬ。そうは思わぬか? アキュートよ」
「あー、うん。そうだなー」
 空に浮いているマンボウ、ことウーマ・ンボー(うーま・んぼー)がパートナーのアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)に話しかける。「うおっ喋った!」そう周囲の人間が驚いているのだが、ウーマは語るのに夢中で気づいていないらしい。
 アキュートは、何とも言えない気分に浸りつつ、とりあえず深く帽子をかぶりなおす。
(ペットに扮装して潜入警護……って余計目立ってないか? これ)
 ちらと横目でパートナーを見る。
『イキモ殿。それがし、そなたの活動を100%支持しますぞ。
 初対面で感じた、そなたへの共感。やはり勘違いでは無かった。安心召されよ、それがしが体を張って動物達を守って見せよう』
 依頼を受ける際にイキモに向かってそう言ったウーマの様子を思い出す。
(やたらと意気投合してるんだよなぁ、この2人。こりゃとめられねぇか)
 やれやれ。

「ここは異常なし……む? あれは……」
 会場を見回っていた巨漢。いや、白く輝くメタルボディ。ペットと飼い主の平和を守るため。蒼空学園からやって来た。そう。我らがヒーロー、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)である!

 ……おっと。別の番組になりそうなのでここでやめておこう。

 ハーティオンが見つけたのは、ふよふよと宙に漂う……そう。ウーマ(とアキュート)の姿であった。ハーティオンは少し考え込んだ後、2人の元に駆け寄っていく。
「大会の参加受付はあちらだ。そこで番号札をもらうといい」
 それはハーティオンなりの親切心だった。しかし無言になるアキュートとウーマ。不思議そうにするハーティオン。
「ちょっとハーティオン、探してたのにこんなとこにいた! こっち来なさい」
「ん? なんだ、ラブが呼んでいるな。すまないが失礼する」
 パートナーのラブ・リトル(らぶ・りとる)に呼ばれたハーティオンは、ステージの方へと去って行った。
 アキュートは気まずげに首の後ろへ手をやる。
「あ〜、なんだ、その。あんま気に」

「それがしは、断じてペットでは無い!」

 ウーマの心からの叫びであった。



「はぁ〜い。蒼空学園のアイドルラブちゃんよ!
 優勝確実のあたしのペットの姿に恐れおののくがいいわ。

 あたしのペット、その名も――【ロボペット】ハーティオン!」

 そうラブが胸を張ってステージ上で紹介したのは、自身のパートナーであるコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)だ。
 シンと静まりかえる会場内で、自慢げに腰へと手を当てるラブ。よく状況を理解していないハーティオン。さすがのセレンフィリティも言葉を失っている中、アピールは続行される。

「自分で考えて回りの人間の安全を守り、しかも周りへの気配りも行える! その上完璧な躾もあたしの手で行っているのよ。
 ほら、ぐるっと三回回って……」
「回る? うむ。これでいいのか」
「はい、待て! よし! また警備に戻っていいわよ」
「行っていいのか? それでは警備に戻るとしよう」

 ハーティオンは、警備へと戻って行った。
「ラブは時々訳の判らない事を私にさせるな」
 ペット扱いされたことに、まったく気づいていないようだ。……知らない方が幸せなことってあるよね。

「見なさい、この完璧な調教ぶり! 最早、ペットの最上級……そう、ペッティストと呼ぶに相応しいあの姿よ!
 あ、ちょっと皆。何よその目は。え? 反則? そんなのルールにのってなか……ちょっと! まだアピールは終わってな」

 ズルズルズル……さあ、次行ってみよう!


「んーまぁなんだな。どこからツッコミいれたらいいか解んねぇ。ガンバレとしか」
 そう呟いたのはベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)
 大会の流れに、ではなく目の前にいる自身のパートナーたちへの呆れからの呟きのようだ。
「はい! 精いっぱい日頃の修行の成果をお見せしてきます!」
 元気良く返事をするフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は、どうもペット自慢大会を修行成果を見せる場と思っているらしい。
 しかし問題は、そこではなかった。問題は、出場するペットの方だ。
「この犬の頂点に立つ雄犬の僕にかかれば、こんな大会優勝なんて簡単ですよ。
 ご主人様僕の勇姿を見ていてくださいね!」
 出場するペット、こと忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が「ふふん」と威張って言った。
(これはありなのか? いや、ポチはたしかに犬だからさっきのよりはいけるんだろうけどよ)
 悩むベルクはさておき、フレンディスのアピールタイムが開始された。

「ポチの助は……この子が産まれた時から現在まで寝食お風呂と共に過ごし、共に忍びの修行に励む大切な飼い犬です。犬種はこのように可愛らしい【豆柴】ですが、忍犬とだけありまして通常の犬よりも嗅覚が優れ」
 
 行儀よくお座りをして尻尾を振るう豆柴。説明をするフレンディス。悩んでいたベルクは、寝食お風呂と共にの言葉に頬をぴくつかせた。
「……おいまてワン公。フレイと寝食風呂を共にってどういう意味だ。まさか、未だに一緒とか抜かしてねぇだろーなぁ?」
「わぅ〜ん?」
 ドスのきいた声に、ポチは可愛らしい鳴き声を上げる。内心では(うっせーよ、エロ吸血鬼が)とでも叫んでそうな剣呑な目をしていた。
(いい度胸だな。絶対に野良にしてやる!)
 なんとなくその心を読みとったベルクもまた、目つきを鋭くさせた。
 一方で、何やら考え込んでいたフレンディスは
「マスター? 何かおかしいでしょうか?」
 フレンディスの中で、ポチの助はただの『飼い犬』という認識しかない。鈍感、というのもあるのだろうが、ベルクが何を言っているのか分からないらしい。
「いや、だからだな……食事は、まあいいとして。寝るのと風呂を共にってのがだな」
「??」
 ベルクが大会そっちのけで説明しようとしている横で欠伸をしたポチの助は
(優勝したらプレミアムドッグフード貰えるかな〜?)
 ご褒美を楽しみにしていた。

 だが残念ながら獣人は選考対象には入れず、ご褒美はもらえないポチの助であった。



 さまざまなペットたちが登場し、会場を盛り上げていた。
 そんな観客席の1つに腰かけた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が、静かに口を開く。
「内容を、聞こうかの」
「すみません。わざわざ来ていただいて」
 隣に座っていた男が刹那に返答した。フードを深くかぶっていて、顔は見えない。2人は顔を見合わせることなく、ステージを眺めて話をする。
「内容は簡単です。我々が仕事をしている間の護衛をお願いしたいのですよ」
「護衛、のぉ。あちこちで仕事をしておるのではないのか?」
「そうですねぇ。出店を数点営んでいますが……とりあえず、北門付近の護衛をお願いします。ただ、目立つようなら動かなくても結構ですよ。あと結構のタイミングですが、空き缶です」
 次々に質問していく刹那に男は淡々と、世間話をするかのように答えていく。まさか大会を邪魔する作戦について話しているなど、誰も思わないだろう。
 内容を把握した刹那は、最後に1つこんな質問をした。
「どうしてこのような面倒くさい手段をとったのじゃ?」
 面倒な方法……イキモの暗殺ではなく、あくまでも妨害に的を絞っていることだ。刹那は仕事とあれば暗殺も行う。
 刹那はそのことをぼかしながら問いかけたのだ。だが男は、にやと口元をゆがめた。

「彼にいなくなってもらっては、困るからですよ」