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【神劇の旋律・間奏曲】空賊の矜持

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【神劇の旋律・間奏曲】空賊の矜持
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…………時間は数時間前に巻き戻る

タシガンの空の中、交易が盛んな表の航路から外れ
風の強く吹き荒れる峡谷の上にある空島の一つにならず者が集まる小島がある
その港の一角にある酒場にとある【流れの楽士一行】がいた

流麗な容姿のリーダーを筆頭に、場にそぐわぬような優雅な音楽を奏でてはいるが
何故か多くの荒くれ者に囲まれながらも、連中の笑いのネタにされる事も恰好のカモにされる事も無く
自然にその荒んだ空気の中に納まっていた

 「悪いな、あんた達みたいなのをこんな吹き溜まりに引き止めるのも申し訳ないんだが
  何故かあんた達の演奏してると揉め事が少ないんでね、やっぱり音楽の力は偉大だねぇ」
 「お褒めに預かり光栄ですボク達の演奏がお役に立てるのなら幾らでも」

上機嫌な酒場の主人に感謝代わりの酒を勧められ、楽士の団長らしき男はにこやかに礼を言う
傍らで歌を賞賛されている歌い手の仲間を見ながら男はカウンターにいる店長に質問をした

 「しかし、ここは良い音楽に満ちていますね。
  善悪を問わず、どんな者でも等しく愛することができるのが音楽
  それがわかっている、貴方も良い趣味をお持ちです」

男……アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)の言葉に、店長は気分を良くしたのか
カウンター奥に重なるレコードから小休止代わりに流す曲を選びながら上機嫌に答える

 「おかげさんでね。上質な娯楽を知らない連中が酒代替わりに置いていくモンには
  こんなレアなものもあってね。たまに来る音楽好きに売ってやったりしていたら
  すっかり音楽マニア連中の溜り場になってしまったよ」
 「成る程、道理で時々楽器のオークションや取引の話が聞こえる訳です」

彼の言葉に納得し
雑然とするホールに流れるカントリーミュージックを聴きながらアルテッツァは客を見渡し
心の中で一人呟いた

 (まぁ、だからこそここに探りを入れるためにやってきたんですけどね)


数時間後にレン・オズワルド(れん・おずわるど)がたどり着いた考え
それにアルテッツァはこの時点で既に到達していた
それは彼が捕らえられたフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)より
パフューム・ディオニウス(ぱふゅーむ・でぃおにうす)達【ディオニウス三姉妹】が求める【神劇の旋律】
つまり【ストラトスの楽器や楽譜】に興味があった為ともいえる

フリューネを助けるため、多くの者が【ガイナス空賊団】の看板である【魔獣】の線で
我先に情報を集めるのは目に見えていた分、別の方向から情報を得たほうが利が高いと踏んだのだ
コレクターはさておき武力や労働力に繋げやすい魔獣や人身売買と違い
音楽などの芸術は嗜好する者しか興味を示す事はない
よって闇ルートで手に入れたそういう物は決まったコネクションを通しての売買が決まっており
そんな連中の会合の場所の一つがこの酒場だったのである

ガイナスの目的に【神劇の旋律】が関わっているのであれば
それを利益に繋げるためのパイプがあらかじめあった事になる
だが本来の目的から事態の中心が【伝説級の女傑を捕らえた】事に移った以上
コネクションとのパワーバランスも崩れる、少なくとも彼女の事に全てが優先されるはずだ
その手がかりを得るため、昔取った何とやらで流れの楽士一行を装ってやってきた
予想は的中したらしく、優雅な音楽に多くのものが機嫌よく耳を傾ける中
不機嫌を露に酒を飲んだくれる一団がある事にアルテッツァは気がついた

他の連中よろしく、偽りの身分を武器に連中とコンタクトを取るのも一興
しかし、そんな態々顔を見せるようなリスクを背負う真似をしなくても
十分に情報を炙り出す手段が彼にはある

陽気なカントリーの曲がひとしきり終わった後
アルテッツァは愛用の【フィドル】を手に立ち上がった

 「【A Fool Such As I】……良い曲だ、ではこちらもまた一曲
  古い歌で場にそぐわないかもしれませんが……
  そうですね、この港の繁盛を祈り【Scarborough Fair】でも」

彼の言葉に談笑を終えたヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)が頷き
フィドルの音色にあわせて妖艶な歌声をホールに響き渡らせた
古きイングランドの伝統的バラードに店の主人も、客も耳を傾ける

音楽の教鞭を握る程の彼の中世的な歌声に多くの者が心震わされ、郷愁や戦いの思い出と共に
何人かの男達が涙と共に鼻をすすり上げる音が聴こえる
一見、彼らの演奏が人の心を震わせる程の賞賛されるべき腕だと感じられるが
実のところアルテッツァの【心理学】という博識の特技
そしてレクイエムの【怒りの歌】【悲しみの歌】のスキルを微かに曲に忍ばせた芸当であった
常人なら微かばかり揺り起こされた負の感情に、良き悲しき想い出を引き出されるだけだが
心身不安定の者には少しばかり絶大な効果を生み出す

予想通り、奥の不機嫌な連中が苛立たしげに会話の声を荒げ始めるのを二人は感じた

 「ったくよぉ……本当だったらもう少しでゴキゲンに酒が飲めたのに
  あの女空賊の奴……くたばっても俺達の邪魔をしやがるってんだ!どうかしてるぜ!」
 「周りが盛り上がろうがこっちの大損は変わりねぇんだ、忌々しいったらありゃしねぇ」

酒の勢いもあるのだろう、自分達にも聞こえてくるその声に【アタリ】を確信し
酒場の一角でチップを集めていた親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)にそっと合図を送る
夜鷹はその合図に楽しそうに頷くと、酒のボトル片手に彼らに足を運んでいった

 「オメー達何かあったぎゃか?背中が煤けてるぎゃ?」
 「あ……?なんだあそこの楽器弾きの仲間か?関係ねぇ話だあっち行きな」

その容姿と口調も含め、忌々しそうに手を振って追っ払おうとする男達にまぁまぁと酒を突き出し
それをグラスに注ぎながら夜鷹は話を続ける

 「女空賊というのはつかまったフリューネの事ぎゃ?
  ワシ達もあの空賊にシノギを取られたんだぎゃ
  そんなヤツが捕まってるんだぎゃ、ワシ絶対見に行きたいぎゃ〜!」
 「けっ、そんなモン俺達にゃ何の関係もねぇよ!それより目的のブツの方が大事だってぇの」
 「……あいつよりも大事なモノがあるとは御見それしたぎゃ!いったい何ぎゃ〜?」

彼らの話に、引き続き酒をグラスに注ぎながら夜鷹が質問する
本来なら商売の話なので夜鷹の質問は邪険にされそうなのだが、演奏者二人の心理的スキルと酒の酔い
加えて夜鷹の話の乗せ方と、彼の持つ酒が高級酒だったのに気分を良くしたのか
そのまま彼らは話し始める

 「何だっけかなぁ……何とかの楽譜とかっていう奴だが
  空賊なんか関係ねぇ連中はそっちをオークションまでに差し出す事を請求してるのよ
  【運び屋】でも名の知れたガイナスのところに回収を頼んだのはいいが
  あいつら、フリューネを捕まえたのを良い事に奪った積荷の事は後回しにしやがる」
 「そういう取引はよくやってるのぎゃ?オメー達は」

予想以上のワードを聞き出せた事に、内心心躍りながら夜鷹は質問を続ける
酒に顔を赤らめ、ややろれつの回らない口調で男達も答え続けた

 「ああ、いっその事乗り込んで奪ってやりたいところだっての!
  あいつら適当に情報ばら撒いて場所を隠してるつもりだけど、実はな……」
 「おい!さっきからうるせぇぞ!せっかくのネェちゃんの歌が聞こえねぇじゃねぇか!
  酒が不味くならぁ!」

核心に辿り着きそうな情報を男が話そうとした時
隣のテーブルにいた別の一団が苛立たしげに抗議を始めた
当然、男達も酒(そして音楽スキルの影響)で逆上して武器を片手に暴れだす

 「んだと!テメェ等の為の場所じゃねぇだろう!偉そうに怒鳴るんじゃねぇ!」
 「上等だやるかコラァ!」

演奏が鳴り響く酒場が一転して戦場と化す
向き合った男達を中心にそれぞれの仲間が立ち上がり、取っ組み合いだけでなく
武器を片手に暴れ始め、所々で悲鳴が上がる

 「ち……結局こうなっちまったか!悪いな、あんた達は逃げてくれ、いい演奏をありがとよ」
 「いえ、マスターも御苦労様です。それではご無事で……」

場所が場所ゆえ手馴れたものか
銘柄の酒とレア物のレコードを片付けながら店主はアルテッツァ達に避難を促した
目の前の喧騒の一端が自分達にある事も知らず、彼等は店主の好意に甘え裏口から店を飛び出した
店の前の通りから少し離れ、喧騒が激しくなる酒場を眺めながらレクイエムは呟いた

 「ちょっとやりすぎちゃったかしら?
  でもま、ヒトのこと『オネちゃん』なんて間違う連中は痛い目にあえばいっか」
 「でも、後もう少しで色々情報を聞き出せたぎゃ〜どうするぎゃ?アル」
 「仕方ありませんよ。それでも色々パイプの繋がりは判ったのだから十分でしょう
  問題はこの後どうするか……ですけどね」

夜鷹の残念そうな問いにアルテッツァが答える
この先の展開も考えてはいるようだが、避けたいのか珍しくその眉が嫌悪にひそめられ
それを見てレクイエムが溜息と共に口を開いた

 「後はフリューネを助けたい連中に聞きだして貰えば良いんじゃない
  これ以上無駄な関係を装ってまで、何かを探り出す義理はないんだし
  ……まさか、教導団が絡むのが嫌なんでしょう?」

ぴく……とアルテッツァが柄にもなく反応するのを見て、やれやれといった風にレクイエムは続ける

 「駄目よ、単独行動ならともかくあたし達は依頼を受けた身なの
  ここまで非協力体制で動いたのは目をつぶるけどこれ以上は子供っぽいわよ、アル」
 「しかし……」
 「もう一度【Scarborough Fair】聴きたい?【幸せの歌】込みで?
  ゴキゲンになれば考えも変わると思うけど?」
 「……やめときます、幸せにしてくれるのなら『彼女』がいいですから」

キッパリとレクイエムの提案を断った後、溜息と共にアルテッツァは再び口を開いた

 「【革の鎌でコショウを刈り取る】……ですか、仕方ありませんね
  でも直接連中と話をするのは御免です……だから彼に連絡してみましょうかね」

そう言い終わらないうちに通信機を取り出し、とある人物の連絡先を検索する
それは【蜜楽酒家】にいるレン・オズワルド(れん・おずわるど)のものだった