リアクション
カフェ・ディオニウスにて 再建されたザンスカールの一角にその喫茶店はあった。 ザナドゥとの戦いで一度壊滅的被害を受けたザンスカールではあるが、現在は以前のような町並みをほぼ取り返しつつある。 住民の主体がヴァルキリーであったため、本来は樹木の上や樹木そのものが住居や店舗のほとんどだったザンスカールではあるが、再建時に地球ふうの建物も地上に増えていた。もちろん、世界樹が力を取り戻して行くにつれて急成長した樹木に造られた旧来型の住宅が現在でも主流である。 地上の建物も、そのほとんどは木造で、綺麗に森の木々に溶け込んでいた。 新しくできた「カフェ・ディオニウス」もその一つで、まだ真新しいちょっとおしゃれな喫茶店だ。 美人の三姉妹が経営しているということで、なかなかに繁盛している。暖かい木壁の店内には、絶え間なくクラシック音楽が流されている。それらの曲は、ディオニウス三姉妹の父が作曲したものだ。 「いつ聞いても、いい曲だ。このコーヒーにぴったりと合う」 「あら、和輝ちゃんもそう思います?」 佐野 和輝(さの・かずき)の言葉に、トレーネ・ディオニウス(とれーね・でぃおにうす)がちょっと嬉しそうに言った。 空京とザンスカールは離れているので毎日とはいかないが、週末になると佐野和輝は必ずコーヒーを飲みに訪れている。本人としては、すでにれっきとした常連の一人になっているというところだ。 「すっごくいいお店ですぅ。あ、私には、お水と氷砂糖をお願いしますぅ」 初めてカフェ・ディオニウスに来たルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)が、落ち着いた店内を見回しながら言った。 「だろう。俺としても御自慢の店だ。あまり人には教えるなよ」 「また、お気に入りは自分だけの物にしようとする。潰れたら困るわよ。ちゃんと宣伝してあげないと」 スノー・クライム(すのー・くらいむ)が、自慢げな佐野和輝に突っ込んだ。 「そうですわよ。目立ちすぎない程度に繁盛してもらわないと。お仕事に差し支えますものね」 ちょっと意味ありげに言うと、トレーネ・ディオニウスが軽くウインクをした。 「そうだよ」 珈琲を運びながら、次女のシェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)も佐野和輝に言う。 「そうだな。次の仕事……」 佐野和輝が言いかけると、シェリエ・ディオニウスがしっと、人差し指を唇に押しあてた。 「ねえ、ボケまくりの相手に、ちゃんと分からせるためにはどうすればいいのかな」 鈍感な佐野和輝を横目で見ながら、スノー・クライムがトレーネ・ディオニウスに聞いた。 「それは、さりげなくガツンとやるしかないのでは?」 「ガツンとねえ……難しいわね……」 人知れず、スノー・クライムが軽い溜め息をついた。 「わーい!」 平常を装うべきおもむろにコーヒーを飲みかけた佐野和輝の後ろを、アニス・パラス(あにす・ぱらす)がドタドタと走り抜けていった。軽くぶつかられて、思わず佐野和輝がコーヒーを咳き込む。 「こら、待ちなさいよ!」 アニス・パラスの後を追いかけるようにして、パフューム・ディオニウス(ぱふゅーむ・でぃおにうす)は店内を走っていった。 「やだもん♪ ねえ、ルナも遊ぼうよー」 こういった落ち着いた喫茶店の雰囲気に耐えきれなくなったアニス・パラスが、構ってほしくて駆け回っているのだ。捕まえて静かにさせようとするパヒューム・ディオニウスとともに、なんだか追いかけっこをして遊んでいるように見える。 「なんだか似たもの同士がじゃれ合ってるみたいですぅ」 自分も混じろうかなあと、ルナ・クリスタリアが椅子から降りかけた。 「動きが丸見えだ。少しは、静かにしろ」 すぐ傍を走り抜けようとしたアニス・パラスの頭を、佐野和輝ががしっとわしづかみにして捕まえた。それにびくっとして、ルナ・クリスタリアが椅子の上にあわてて戻る。 「やーん」 「よくやった。さあ、大人しくするんだよ!」 勝ち誇ってパヒューム・ディオニウスが叫ぶ。 「あなたもね」 「ええっ、あたしもお!?」 がしっとシェリエ・ディオニウスに羽交い締めにされて、パヒューム・ディオニウスがなんでという顔をした。 「静かにしなさい。でないと、いろいろと怒られるよ」 そう言って、シェリエ・ディオニウスが目配せした。 「あらあら」 トレーネ・ディオニウスが微笑んで言うが、目が笑っていない。 「ひっ、ごめんなさい、ごめんなさい」 「ごめんなさーい」 「ゆ、許してください……」 引きつりながらあわてて謝るパヒューム・ディオニウスとアニス・パラスに混ざって、なぜか佐野和輝までカウンターに突っ伏して謝っている。 「まったく。我が校の生徒に、喫茶店で騒ぐような者はいないのですぅ。もしいたら……」 「こ、校長!? 来てたんだ!」 イルミンスール魔法学校の学生であるパヒューム・ディオニウスがさらに引きつった。ミルクティーを飲んでいるエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の背景がどんよりとしている気がする。これは、危険かもしれない。 「いつも妹がお世話になっております」 「いつもありがとうございます」 トレーネ・ディオニウスとシェリエ・ディオニウスがぺこりとエリザベート・ワルプルギスに挨拶をした。どうやら、エリザベート・ワルプルギスもここの常連のようだ。 「さあ、みなさん、ここは音楽と珈琲を楽しむ場所ですわ。よけいなことはせずに、静かにしていましょうね」 トレーネ・ディオニウスが、その場を収めると同時に、エリザベート・ワルプルギスに裏家業のことがもれないようにと、以前仕事を手伝ってもらった佐野和輝たちに釘を刺した。 「エリザベート校長、なんでこんな所にいるんですかあ!?」 同じ店の中にエリザベート・ワルプルギスがいたことに今さらに気づいて、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がちょっと素っ頓狂な声をあげて立ちあがった。 これこれ、みっともないと、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が制服の裾を引っぱってカレン・クレスティアを座らせそうとする。こんな所という言葉に微妙に反応したディオニウス三姉妹の視線がちくちくと痛い。 「私がコーヒーを飲んでいちゃ悪いですかぁ」 ちょっとふてくされたようにエリザベート・ワルプルギスが答えた。 「はうう〜。こ、校長先生がやさぐれている……」 ちょっとカレン・クレスティアが引きつった。 ザナドゥの一件以来、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)はセフィロトとイルミンスールの接合点のザナドゥ側に詰めている。小ババ様も、最近諸国漫遊にでかけたばかりだ。暇……というか、話し相手が激減してしまったのだろうか。 「気晴らしにどこか行きませんか?」 カレン・クレスティアが、エリザベート・ワルプルギスに言った。 「気晴らし? 私がなんでそんなことをしなくちゃいけないんですぅ」 必要ないと、気をはってエリザベート・ワルプルギスが言い返した。 「えー、でも……。例えば、空京遊園地とか……」 「空京遊園地……!?」 ぴくんと、エリザベート・ワルプルギスがカレン・クレスティアの言葉に反応する。 「うん、たまには地方を視察する必要もあるですぅねぇ。よし、行くですぅ。格好の転移魔方陣にゴーですぅ。そこの者たち、私の荷物持ちに……」 ついてこいと言いかけて、じゃれ合っているお子様のパヒューム・ディオニウスとアニス・パラスを見て、エリザベート・ワルプルギスが溜め息をついた。 「そこの二人、ついてくるですぅ」 そうカレン・クレスティアたちに言うと、代金をおいてエリザベート・ワルプルギスがカフェ・ディオニウスを飛び出していった。 |
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