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日帰りダンジョンへようこそ! 初級編

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日帰りダンジョンへようこそ! 初級編

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03:その頃の入り口



「そっちの状況はどうだ?」


 挑戦者たちが遺跡へ入ってから十数分程経った頃。
 クローディスのその通信には『そうですわねえ』と遺跡の中から応答があった。
『もうそろそろ、何人かがこちらにご到着されそうですわ』
 それには、そうか、と応えておきながら、懸念が晴れないようでクローディスは続けた。
「しつこいようだが、レベルは維持だぞ」
『嫌ですわお姉さま。よぉくわかっておりますとも』
 念押しするクローディスの言葉に、面白そうに相手の女性の笑う声がする。
『お任せくださいませ。”命に関わるような”おもてなしはいたしませんわ』
「だといいんだが……」
 まだ疑わしい、とその声は言っていたが、それ以上は追求せず、通信を終えたクローディスを、その会話を聞いていた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、じいっと窺うように見上げて「クローディスさん」と声をかけた。
「随分仲がよろしいんですね?」
 通信をしていた時のクローディスの口調が、相手を良く知っている、という調子だったのでそう問いかけたのだが、同じように彼女らの関係が気になるらしいエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)だ。
「さっきの話だと、ここに居るのはみんな機晶姫のようですけど、どうも監督官みたいな物言いですし」
「それに、レベル設定、って聞こえましたけど」
 うんうん、と思い出して頷きながら誌穂も言葉を添える。
「もしかして、研修用に作った遺跡……だったりして」
「あるいは、遺跡風に作られた研修施設、とか」
 ルカルカたちが感じたのと同じ推論を口にする二人だったが、クローディスの反応もやはり同じで「さあな?」と笑うばかりだ。誌穂はむう、と残念そうに呟き、エールヴァントも予想通りの反応に息をついて苦笑する。
「やっぱり教えてもらえないか……」
「謎っていうのは、自分で解くから面白い。だろう?」
 その楽しみを奪うわけにはな、と続けるクローディスに、今度は違うため息が吐き出された。
「……そのために、無茶ばかりしているんでしょうね」
「……」
 白竜のそんな言葉に、黙って目を逸らすあたり、クローディス自身、それなりに自覚はあるらしい。
 その態度に、白竜が再度ため息をつくのに、誤魔化すように「そういえば」とクローディスはバックを探って、以前に預かっていた機晶石のペンダントを取り出すと、白竜へと差し出した。
「いい加減預かりっぱなしだったからな」
 おかげで今日まで無事だった、と笑うクローディスからそれを受け取りながら、その反応を探るような目線を向けながら、白竜はそういえば、と切り出した。
「随分、遺跡の魔物に好かれておいでなんですね」
「ん……ああ、まぁ、そうだな」
 その言葉に一瞬きょとんとし、直ぐにその言葉の意図を察すると苦笑し、その視線がちらりと、まだアキュートたちにからかわれているツライッツの方を向いた。何かを懐かしむように目を細めると、クローディスは肩を竦める。
「好かれるというか、巡り合わせなんだろうな」
「何その意味深な目線っ」
 それはどう言う、と問いかけようとしたところに、ずいと割り込むようにして横から食いついたのはアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)だ。エールヴァントがややこしくなるから、とたしなめたものの、半分以上右から左へ聞き流したアルフは、じっと白竜とはまた違う意味で探るようにじっとクローディスを見る。
「ツライッツと遺跡と三角関係なんだみたいな、何かそんな意味だったり?」
 噴出すのを堪えているようなクローディスが、肩を震わせながらも、まだにっと笑って語らぬまま「さあ、どういう意味だと思う?」と首をかしげて見せる。それを見るに、アルフの言うような何かではないが、全くの無関係、と言うのでもないように思え、誌穂はきらりと眼鏡を輝かせた。
「その秘密がここに眠ってる、ってことですか?」
「そうとも言えるな」
 今度は意味ありげなにやり笑いでそう言いながらも、やはり全てを説明する気は無いようで、どう質問を投げても、クローディスはにっこりとはぐらかすばかりだ。
「よおし、こうなったらその秘密を暴かなきゃだな。な、エルヴァっ」
 俄然張り切り始めたアルフに、エールヴァントは大きなため息を吐き出したのだった。



 そんなクローディス達と少し離れた入り口側では、那由他たちを見送った昌毅が、何とも言えない表情で入り口の方を見ているところだった。行って来い、と背中を押したものの、彼女らの性格的なこぼこぶりを承知しているだけに、二人っきりになっている彼女らに、不安がないかといえば嘘になる。
「あいつらちゃんと仲良くやってんのかね……」
「心配なら、一緒に行きゃあ良かったのに」
 呟いた昌毅に、ツライッツをアキュートが苦笑するように言ったが、いや、と昌毅は首を振った。
「あいつらには仲良くなってもらわないとだからな」
 だから、今の自分の仕事は、ここであいつらを待つことだ、と続けた昌毅に、野暮は言わずにアキュートはその肩を叩くと、くるり、と振り返ってツライッツににやりと笑いかけた。
「じゃあこっちもそろそろ出発と行こうぜ」
「え、お、俺は……」
 あからさまに顔を引きつらせたのに、逆にその顔をニヤニヤとさせると、その手でツライッツの背中を押して入り口へ入っていく。「ほらほら、行くぜー」と、強引なアキュートに、押され弱いらしいツライッツはされるがままだ。
「ヒルダたちも、行きましょう」
 そんな彼らを横目に、ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が腕を引っ張るのに、片手のメモを渋っているのは大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)だ。返す返すメモを読み返しては首を捻っているところを見ると、メモが解けないと言うよりはあらゆる可能性を考えてこんがらがっている、ようにヒルダには見えた。
「え、っちょ、自分はまだ謎が解けていないのでありますが……」
「解けるまで待ってたら日が暮れちゃうわ」
 まだぶつぶつ、ああでもない、こうでもない、とやっているので、もうっと頬を膨らませると、ヒルダはがしっと丈二の腕を掴んだ。そして。
「ちょ、ひ、ヒルダ、待つであります……っ」
「考えるより生むが易し、ってこないだ読んだ日本語の本に書いてあったわ!」
 挑戦してみた方が早いわよ、と、丈二の反論も聞かずにずるずると入り口をくぐっていったのだった。



 遺跡に挑む契約者たちが、全員入り口をくぐり終えて数分後。 
 それぞれの思惑で、クローディスたち調査団たちと入り口付近に残っていた他のメンバーは、ある者は息を吐き、またある者はよし、と逆に気合を込め息を吸い込んだ。
 
 新たに入り口をくぐるのは、白竜と羅儀、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)冬月 学人(ふゆつき・がくと)一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)、そして北都の六人だ。彼らは遺跡へ入る動機こそそれぞれ違ってはいるが、ダンジョンへ挑戦することが目的ではない、という点で一致している。
「危険は無いとはいっても、怪我の一つや二つはしてるかもしれませんし」
 そう言って、ローズは医療道具を抱え直し、纏った白衣を翻す。
「折角手伝いにきたんだし、お仕事して来ましょうか」
 そんな朗らかな様子とは対照的に「最悪の場合、回収してきます」と、白竜はテンションが兎に角低い。
「連絡が取れないのも気になりますしね。落とし穴に挟まってないかどうか、確認してみます」
 こちらも、意気揚々、とは行かない様子のアリーセだが、渋々と言った様子は無いので、淡々とした調子は、単純に性格的なものだろう。北都の目的は言わずもがなで、真っ先にダンジョンの中で行方不明者となったパートナーの捜索だ。
「気をつけて行ってらっしゃい」
 そんな彼らに笑顔で手を振るルカルカは、一瞬だけ真剣な顔で「気をつけてね」と声をかけた。
「いざとなったら、すぐ駆けつけるからね」
「こんな所で、団員を失うのは勿体無いからな」
 冷たい声でダリルが言うのに、ルカルカは軽くため息を吐き出した。
「素直に、無理はするな、って言えばいいのに」
 そんなルカルカに、ダリルはふん、とまた鼻を鳴らすだけだった。


 目的が目的のため、他の挑戦者に比べて、やってやるぞ、という気合の低い一行だが、その分慎重な足取りが入り口をくぐったのを見送って「さて」と腕を組んだのは綺雲 菜織(あやくも・なおり)だ。
「クローディス君。聞きたいことがあるんだが、良いかな」
「構わないが」
 何だろうか、と首を傾げるクローディスに、まず一つ目だ、と菜織は指を折る。
「この遺跡を使おうと思った、理由だ」
 新人たちに、遺跡探索の経験を積ませる事でもあるであろうし、他の契約者たちが指摘したように、この遺跡が建造された目的にも何か関係があるのかもしれないが、と続ける菜織に、そうだな、と言葉を探すようにクローディスも腕を組んで肩を竦めて見せた。
「一番の理由は、ここが最も条件に適しているから、かな」
「条件、というと?」
 首を傾げる菜織に、ああ、とクローディスは頷く。
「まず、生命の危険をほぼ完全に回避できること。それから、技量に合わせた研修を行えること、だな」
 どんなに探索し尽くした遺跡でも、殆どの場合、危険を排除しきることは不可能だ。罠やモンスター、あるいはその遺跡そのものの耐久性の問題はいつも付き纏うし、安全が保障された遺跡で、かつ新人向き、などという都合の良いものは、早々あるものではない。
「後は、そうだな……使ってやりたかった、というのもあるな」
 その言葉には、遺跡と、そこに在る機晶姫達への、何かの思いが滲んでいる。それを感じ取って、それ以上をあえて問わないことにして、なら、と菜織はもう一本指を曲げた。
「もう一つ。ある意味、これがとても、重要なんだが」
 先ほどとはまた違う意味で真剣な眼差しをした菜織が、ぐっと顔を近付けるのに、軽く目を瞬かせながら「うん?」と首を傾げると、菜織はどこからともなく食材をごろりと取り出すと、にっこり(だがどうも戦いに挑むかのような勇ましい笑顔で)
笑った。

「クローディス君、料理は得意かね?」