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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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第一章:VS高機動タイプ戦(遭遇編)
「単独での作戦遂行能力……第3世代を志向した第2++世代イコンとでもいうのか? しかし、真に恐ろしいのは機体性能よりもそれを引き出す技量の方か」
 高機動タイプの未確認機が出現した施設に向けて飛行するサルーキのコクピットで源 鉄心(みなもと・てっしん)は深く考え込んだような顔で呟いた。
 その呟きに対し、隣のシートに座っているティー・ティー(てぃー・てぃー)が相槌を打つように語りかけた。
「ねぇ、鉄心。誰かを撃つ瞬間や、撃墜した感触は未だに慣れませんけど、この子と空を飛ぶのは好きです。綺麗な空、例えそれが戦場への途中でも思わず見とれたり……相手のパイロットはどうなのかな?」
 いつもの優しげな声でそう語りかけると、ティーは小さく微笑んだ。
「そんなことがふと気になって。戦場で遭遇したら、通信出来ないか呼びかけてます」
 実にティーらしい平和な理由だ。
 数日前、凄惨なテロ事件に巻き込まれ、その当事者たるテロリストのせいで危うく死にかけたというのに、ティーは優しさをこれっぽちも失ってはいない。
 そんなティーを心配しながらも、心の底では大きく安堵した鉄心は、ティーと同じく優しげに微笑んだ。
「構わないさ。ティーの好きにやってみるといい」
 ティーのすべてを肯定するように言うと、鉄心は続く言葉を心の中だけで発した。
(その為にも、俺がしっかりしないとな――)
 しばらく無言の時間が続いた後、ふと思い出したようにティーが再び口を開いた。
「そういえば、イコナはちゃんと留守番してくれてるでしょうか?」
 その問いがおかしかったのか、鉄心は小さく笑い声を漏らす。
 話題の渦中にいるイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は鉄心とティーの配慮により、自宅待機中だ。
「どうだろうな。たぶん帰りを待って、双眼鏡で太陽を見てしまって悶えてたりするんじゃないか」
 冗談めかして言う鉄心にティーもくすくすと笑い声を漏らす。
 和やかな空気がコクピットに満ちていく。まるでこれから戦場に向かう兵器の中とは思えない――鉄心はそう自覚していたが、それが間違っていると断じることはしない。
(これでいい……やはりティーには、戦場での殺し合いよりも、こちらの方が遥かに似合っている)
 横目でティーを僅かに一瞥し、気づかれないように微笑みを浮かべた後、鉄心は表情を引き締めた。
 鉄心が兵士の顔になったのを見計らったように、サルーキのコクピットでビープ音が鳴り響く。
 ビープ音――通信機のコール音に素早く反応し、鉄心は回線を開いた。
「こちら源上級曹長」
 通信機のインカムに向けて、兵士の顔で兵士の声を吹き込む鉄心。打てば響くように聞こえてきた返答が、コクピット内のスピーカーを震わせた。
『こちらはキクリヒメ白柳 利瑠(しらやなぎ・りる)です。もうすぐ交戦地点に到着しますので、フォーメーションの再確認をと思いまして」
 利瑠からの申し出に、鉄心は立て板に水の調子で淀みなく答えた。彼女が搭乗する機体も、サルーキの僚機として付近を同様に飛行中だ。
「了解。当機および貴機はともに飛行能力およびそれに付随する空戦能力を備えている。その機動力を活かし、当機と貴機の二機で編隊を組んで鎮圧に当たる――初期案からの作戦変更はない。予定通り、当機が敵機の陽動および貴機の援護を担当する。貴機は敵機を行動不能にするという作戦目的に集中されたし」
 毅然とした兵士の声で告げる鉄心に利瑠が安心したのが通信機越しにも伝わってくる。自分を落ち着けるように一度深呼吸する息遣いの後、利瑠の声が再びサルーキのコクピットに響いた。
「こちらとしても敵機体の無力化……可能であれば鹵獲して中のパイロットの情報等を得たい所ですが、難しいでしょうね……」
 まだ少し心配と緊張が入り混じる利瑠の声に重なるようにして、別の声がサルーキのコクピットに聞こえてきた。
「人数で勝る分、敵の攻撃の隙を狙い確実にダメージを蓄積させるしかねえわな。特に狙う点はジェネレータを兼ねた飛行ユニット。あれを潰せば動きが鈍くなるかも……とは思うぜ」
 会話に入ってきたのは利瑠のパートナーにしてキクリヒメのメインパイロットである理堵・シャルトリュー(りと・しゃるとりゅー)だ。彼の分析に鉄心も頷く。
「同感だ。懸念があるとすれば、いかに第二世代機とはいえ……プラヴァータイプ二機でどこまでやれるかということか――」
 静かに一人呟いた鉄心の声が重々しくサルーキのコクピット内に反響していく。そして、その残響が消え入らないうちに、けたたましいアラート音が残響する鉄心の呟きを強引にかき消した。
「交戦地点に到達および敵機接近――戦闘開始だ、当初の作戦通りのフォーメーションで行動されたし」
 通信機越しにキクリヒメのコクピットに向けてそう告げると、鉄心はサルーキの操縦桿をしっかりと握りしめた。
 モニターには破壊しつくされ、もう殆ど原型を留めていない施設が映し出される。施設は既に人っ子一人いないもぬけの殻で、もはや廃墟の様相を呈している。
(解せないな……まさか、俺たちが来たのに気づいて逃げ出したのか……?)
 声に出さず、ただ胸中に向けて鉄心が自問を投げかけた瞬間、再びけたたましいアラート音がサルーキのコクピット内を盛大に騒がせた。
「いや……上かッ!」
 すぐに自分の自問が愚問であったことに気付かされる鉄心。だがその時既に遅く、サルーキのレーダーには自機の光点と重なった光点、即ち敵機のマーカーが表示されている。
 そして、それと同時に襲い来る凄まじい衝撃。機体はもとより、それに振り回されて自分の身体や内包する五臓六腑までもが激しく揺さぶられる。
 敵機は逃げ出したのではない。
 鉄心たちの接近を察知するが早いか、もはや超常現象の域に達しているとすら言えるほどの高速機動でサルーキの頭上を取ったのだ。
 そのあまりの機動性ゆえ、鉄心たちには敵機があたかも瞬間移動したように見えた――それがこの不可解な状況の正体である。
 どうやら敵機は挨拶代わりの一発とばかりに頭上を取ったサルーキの肩に乗っかるようにして、機体に蹴りを入れたらしい。
 とはいえ、現行機を遥かに凌駕するマニューバが生み出す加速性能で勢いを付けた蹴りは、敵機にしてみればただの牽制のつもりでも、くらったサルーキにしてみれば砲弾の炸裂に等しかった。
「装甲強度……異常なし……まだいける!」
 素早くモニターに目を走らせ破損個所と度合をチェックした鉄心は間髪入れずに操縦桿を倒した。
 ひとまず距離を取らねば――その判断に基づき、鉄心は機体を加速させる。緊急加速による強烈なGに身体を締め付けられながらも、歯を食いしばって急ブレーキ。急激な着陸による脚部のダンパー損傷を防ぎ、つい今しがたの急加速が嘘のようにやんわりと機体を着地させる。
 所々破壊されているものの、まだかろうじて舗装された部分が残っていた施設のアスファルト上にサルーキの体重がかかり、乾いた音を立てる。着地したサルーキは盛大に足音を響かせながらまだ微かに残る施設の残骸へと走った。
 とにもかくにも身を守る遮蔽物を確保しなくてはならない。戦闘の基礎に忠実な判断を下した鉄心は操縦桿をへし折らんばかりに倒して更にサルーキを走らせる。
 ほどなくして施設の鉄筋コンクリート壁の陰に身を隠したサルーキのコクピットで、鉄心は再びモニターで損害を確認しながら僚機へと通信を入れた。
「敵機の性能は未だ不明、いや、こちらの予測以上だ。敵機の性能がある程度図れるまではこの地点より当機で牽制射撃を行う。貴機はその隙に敵機を攻撃されたし、ただし無理は禁物だくれぐ――」
 鉄心の言葉は途中で唐突に断ち切られた。鉄心が持つ歴戦の兵士としての経験と勘、そしてサルーキのセンサーが危険を告げたのは全くの同時、否……鉄心の経験と勘の方が僅かに早い。
 結果的に、鉄心は先日のテロ事件の時に続き、またもそのおかげで命を救われたのだ。
 直感的に身の危険を察知した鉄心は反射的にペダルを踏み込む。推進機構をフル稼働させ、まるで垂直跳びをするかのごとく一気に直上へ向けての垂直離陸をサルーキが果たすのと、遮蔽物にしていた鉄筋コンクリート壁が消滅するのはほぼ同時。
 後一歩ないし半歩遅れていれば、今頃サルーキは鉄筋コンクリート壁と一緒に蒸発し、消滅していただろう。
「なんて破壊力だ……これでは遮蔽物もろくに機能しないか。遮蔽物の戦術的価値を根底から覆す兵器――こんなものが出てきたら、現代戦の常識が丸ごと一新されかねないぞ……」
 モニターに映し出されるサブカメラが捉えた映像の中で、大型のプラズマライフルを構える敵機の姿を見ながら鉄心は戦慄した。
 たとえ残骸だったとはいえ、鉄筋コンクリート壁を一瞬で蒸発させる威力の兵器がどれだけ脅威であるかは言うに及ばずだ。
『こちらキクリヒメ! 大丈夫か!』
 慌てた様子で僚機から通信が入る。理堵の声も鉄心と同じく戦慄する心によって大きく震わされていた。
「こちらは問題ない。それよりもここは防戦一方になるのも已む無しか――」
 あくまで冷静な中に多少なりとも弱気が混じった鉄心がフォーメーションの変更を提案しようとするも、対する理堵は強気だった。
『だからって防戦一方になっちゃラチが明かねえだろうよ! それにこのままじゃどうせジリ貧だ、ここはイチかバチか……打って出るしかねえッ!』
 鉄心が止める間もなく、付近を滞空中のキクリヒメは推進機構を唸らせて急加速。ほぼ全エネルギーを推進機構に充てた全速力の機動で、桁外れの機動性を誇る敵機に追いつくと、素早く剣を抜き放った。
 ――雷皇剣。キクリヒメの持つ剣は強力な電撃を帯びた剣である。その電撃の威力たるや高確率で敵の武器を破壊したり、レーダーに障害を引き起こすほどだ。
『さっきから調子……くれてんじゃねえぞ!』
 刀身に帯びる電撃のパワーを可能な限り引き上げ、キクリヒメは雷皇剣を敵機に向けて振り下ろした。
 雷皇剣の接近を敏感に察知し、敵機も即座に反応する。左斜め後方から剣を振り下ろしてくるキクリヒメに対応すべく、マニューバをふかして超高速で回頭。プラズマライフルを持つのとは別の手で、柄だけの武器――ビームサーベルを抜き放った。
 敵機がビームサーベルを抜き放つと、一瞬とたたずにエネルギーで構成された刀身が顕現する。それで雷皇剣を受け止めるように、敵機はビームサーベルを振り抜いた。
 キクリヒメの雷皇剣の纏う電撃と、敵機のビームサーベルの刀身が正面化からぶつかり合い、エネルギー同士が弾け合う凄まじい破裂音と眩い閃光、そして膨大な熱量と衝撃が辺りを揺るがす。
 数秒間の鍔迫り合いの末、押し負けたのはキクリヒメの方だった。まるで斥力でも発生したかのように吹っ飛ばされ、あやうく地上に激突しかけたのを推進機構の急噴射でからくも免れる。
 キクリヒメとの鍔迫り合いに勝ち、この機体を凄まじい力で吹っ飛ばしたのは、ひとえにビームサーベルが有する桁違いに巨大なエネルギーだ。
 分類上はビームサーベルであり、便宜上はそう呼称されているのだろうが、その刀身はもやはサーベルというよりクレイモアやグレートソードに近い。
 同様の格闘戦用武器を持つ、天御柱学院の正式採用機――ジェファルコンのそれと同等、否――それ以上だ。
 キクリヒメのコクピットでアラート音が鳴り響くのが、通信機を通してサルーキのコクピットにも伝わってくる。
 先刻の敵機への急接近に雷皇剣へのエネルギー供給、そして激突防止の為の急噴射。短時間の間にエネルギーを使い過ぎたキクリヒメはごく一時的にであるが機体性能の低下を引き起こしてしまったらしい。
『クソッ……! こんな時に……!』
 明らかに焦燥する理堵の声をスピーカー越しに聞いた鉄心の決断と行動は速かった。
 素早く機体を急噴射させ、キクリヒメへと一瞬のうちに最接近する。
 そして、サルーキの腕でキクリヒメを抱きかかえるように保持すると、そのまま機体に現存するエネルギーを全て推進機構に注ぎ込んだ。
「ひとまず離脱する。このままでは各個撃破される可能性が高い」
『す、すまねえ……俺もそれに賛成だ』
 キクリヒメを抱きかかえたままサルーキが全速力で戦域を離脱しようとした瞬間だった。三度、サルーキのコクピットに騒々しいまでにけたたましいアラート音が鳴り響く。
「……! しまった……!」
 サルーキとキクリヒメの後方では、敵機が水平に持ち上げた右手で件のプラズマライフルを構えていたのだ。
「くっ……間に合えぇぇぇっっ!」
 獣の咆哮のごとし叫び声を上げながら、鉄心は叩き折るように操縦桿を倒すとともに、踏み抜かんばかりの勢いでペダルを踏み込んだ。
 もとより限界まで推進機構を稼働させていた状態から、更に稼働率を上げ、限界以上の出力を叩き出すサルーキ。その次の瞬間、眩い閃光がコクピットを染め上げる。
 間一髪、サルーキとキクリヒメは撃墜を免れた。敵機の放ったプラズマライフルの銃撃がサルーキからほんの数十センチ横を通り抜けたのだ。
 だが、そのあまりの威力ゆえに回避したはずでありながら、サルーキのコクピットは大小様々なエラーで機能不全を起こしていた。
 特にセンサー類の異常が激しく、カメラとマイクは一時的にではあるが機能を停止している。
 人間で言えば、強烈な光と音で視覚と聴覚が麻痺したようなものだ。幸い、航行機能まで失われてはいないが、今の状態はいわば戦場の真ん中で目と耳を塞がれた状態。依然として危機的状況であることは変わらなかった。
 時間にして十秒にも満たないうちにセンサー類は何とか復旧する。だが、映像が回復した途端に映し出されたのは、ほぼ零距離でプラズマライフルの銃口を突きつける敵機の姿だった。
 深緑のシルエットが周囲の風景を覆い隠し、プラズマライフルの銃口がモニターに大写しになる。
 大写しになった銃口はまるで拡大映像のようで、銃口の内部へと伸びていくバレルの彼方までもが鮮明に見えるようだ。
 死を覚悟した鉄心は左手を操縦桿から離してコンソールに乗せ、右手の操縦桿を倒すべく右腕に力を入れる。
 コンソールに添えた左手に力を入れれば緊急脱出装置が作動し、少なくともティーは無事に脱出できるだろう。
 本当ならば自分も一緒に脱出したいところだが、あいにくと、右手の操縦桿を倒することで、サルーキにキクリヒメを思い切り突き飛ばさせなければならない。
 そして、それをやった後で自分も脱出するには些か時間が足りないのだ。