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【神劇の旋律】消えゆく調べを求めて

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【神劇の旋律】消えゆく調べを求めて

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第6章 振動者――ザ・バイブレーター――は神の意志かも☆ですわ

「ここは?」
 誘拐犯たちのアジトに運ばれ、拘束を解かれたトレーネは、殺風景なその獄舎の内部をみまわして、呆然とした。
「気がついたんだね。さらわれた人たちは、みんなこの中にいるよ」
 五百蔵東雲(いよろい・しののめ)がいった。
「あなたも、さらわれたのですか?」
 トレーネの問いに、東雲はうなずいた。
「ほかには?」
「はーい。東雲のお守りでボクがいるよ!!」
 リキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)が威勢よく手を上げて名乗り出た。
 そして。
「ちょっと待ったー!! 我もここにいるぞー!!」
 東雲の衣の中から声がしたかと思うと、胸の谷間からンガイ・ウッド(んがい・うっど)が顔をのぞかせた。
「あらあら。みなさん、捕まっているのに、元気でよろしいですわ」」
 トレーネはそういって、ニッコリと微笑んでみせた。
「その余裕。キミは、もしかすると囮としてきたんだね!!」
 リキュカリアの指摘に、トレーネはうなずいた。
「ところでー、あのー、申し上げにくいのですがー」
 トレーネは、東雲をしげしげとみつめていった。
「うん? 何?」
「あなたは、殿方ではないですか?」
 それを聞いて、東雲は口をぽかんと開けてしまった。
 いや、図星なのだが。
「おお、これは困ったな。こんなに簡単にバレてしまうとは!! バルタザールにバレるのは時間の問題であろう!!」
 ンガイは、うなった。
「い、いや、これは、その、リキュカリアに女装させられてケーキバイキングに連れ出されて、その」
 東雲は責任していった。
「だってー、まさか、こんなことになるなんて思わなかったもん!! やっぱり東雲はボクがいなくちゃダメだね!!」
 リキュカリアは、悪びれもせずいった。
 東雲は、もはや何もいわない。
「ところで、バルタザールって、もしかしてあの人が、首謀者だったのですか?」
 トレーネは、パーティで出会った謎の仮面の女性を想い出していた。
 バルタザールが首謀者だとすると、自分を値踏みするために、パーティに参加したのだろうか?
「そのうちわかるよ。そのうちね」
 東雲は、恐怖をほのめかすような口調でいった。

「あ、あああああああああ!!」
 突如、獄舎、いや、建物中に響きわたるような悲鳴がとどろき、トレーネたちは会話を中断した。
「あれは、何ですの?」
「アリアだよ。すっかりはまっちゃったんだ」
 トレーネの問いに、東雲は答えた。

「や、やめてええええええええええ!! いやああああああああ!!」
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)の泣き叫ぶ声が、プレイルームにわんわんと反響した。
「ふふふ。いい泣き声ですわ」
 泣き叫ぶアリアを眼前にして、腕組みをしてほくそ笑んでいるのは、仮面の女・バルタザールである。
 だが、アリアをいたぶっているのは、バルタザールではなかった。
「ブブブブブブブブブ」
 不気味な唸り声をあげながら、アリアをなぶりものにしている、その存在。
 それは、人間ではなかった。
 うねうねとうごめく触手。
 1本や2本ではない。
 8本……いや、それ以上はあるだろう。
 外見はタコに似ているが、タコではないもの。
 その姿をみたものは、誰しもが、狂える詩人アブドゥル・アルハザードが禁忌の書『ネクロノミコン』に記した一節を想い起こさずにはいられないだろう。

  そは永久(とこしえ)に横たわる死者にあらねど
  測り知れざる永劫のもとに死を超ゆるもの

「ああ、ああ! ああああああああああ!!」
 再び、えぐり抜かれるような波にとらわれて、アリアは悲痛の叫びをあげた。
 正体不明のタコ型生物は、その恐るべき触手でアリアの全身をがんじ絡めにしたうえで、その触手を引き絞ったり、あるいは、触手の先端でアリアの身体を叩いたりえぐったりして、なぐさみものにしていたのである。
 その触手の力たるやすさまじく、アリアは全身を引き裂かれるような激痛に気も狂わんばかりになっていたのである。
 みれば、与えられていたボロ同然の衣は崩れ落ちて、アリアは生まれたままの姿で責め抜かれることとなっていた。
 その唇の端から、つ、としたたるものが。
 よだれであった。
 アリアは、激痛の中にいつしか、悪魔の快楽のようなものをみいだし、倒錯した刺激にのまれるうちに、徐々に徐々に精神を崩壊させ、どこか淫らなよだれをしたたらせていたのである。
 それは、謎の生物がアリアの身体だけではなく、精神をも支配しつつあることの顕れであった。
 不気味なその光景をひとめみただけで、常人なら発狂してもおかしくないだろう。
 だが、バルタザールは、満足げであった。
 アリアが苦しめば苦しむほど、バルタザールはかえって嬉しいようである。
 振動者。
 それが、バルタザールがつけた、謎の生物の呼び名であった。
 その振動者、別名「ザ・バイブレーター」は、アリアだけでは飽き足りない様子だった。
「ブブブブブブブブブブブ」
 不気味に震えるその存在は、別の対象、トトリ・ザトーグヴァ・ナイフィード(ととりざとーぐう゛ぁ・ないふぃーど)にも魔の手を伸ばしていったのである。
「う、うわー、気づいたら、誘拐されてて、こんな目にー!!」
 触手に絡めとられて、トトリは身悶えた。
 まだ、その姿は、ごく普通の女性のものだった。
 だが、トトリの体重は、極端に重い。
 にも関わらず、トトリの身体は、やすやすと持ち上げられてしまった。
「つ、強い!! 強いねー、キミ!!」
 トトリは、その強大な力を前に、振動者に敬意を表さずにはいられなかった。
「ブブブブブブブブブブブブブブブ」
 振動者は、不気味に震えて答えるのみだ。
「ああ、触手かあ。触手って、ひかれるっていうか、共感するっていうか」
 そういうトトリの身体が徐々に変形して、異形の姿に変わっていく。
「むっ?」
 バルタザールは、トトリの変貌にうなった。
 本来の姿にかえったトトリの姿とは、不気味な、巨大な触手にほかならなかったのである。
 さすがのバルタザールも、トトリの正体には気づいていなかったようだ。
「わかったよね。キミは、僕と同じなんだ。ねえ、お話しようよ。なぜ、キミはここにいるの?」
 トトリは、自らの身体を震わせ、振動によって振動者とコミュニケーションをはかっていく。
「ちいっ」
 バルタザールは舌打ちした。
 相手が悶え苦しむなら嬉しいが、トトリのように適応してしまうのは忌々しいのである。
 だが、バルタザールは、トトリを振動者から引き離すようなことはしなかった。
 というより、そんなことはできなかった。
 無言のまま、振動者に背を向けて、バルタザールはプレイルームを退出していく。
「ブブブブブブブブブブブ」
 振動者は、バルタザールの意向とは関係なく、それ自身が意志を持っているかのようであった。
 
「新藤ですって?」
 トレーネは、東雲の顔をじっとみつめていった。
「違う。振動者だよ」
 東雲は、がくっとなって訂正する。
「何者なんですか? それは」
 トレーネは、興味しんしんといった様子だ。
「別名を、ザ・バイブレーターともいうらしいよ。あの女、バルタザールがどこからか召還して、使役しているんだけど」
 そこで、東雲は口をつぐんで、考え込んでしまった。
「だけど、何ですの?」
 トレーネは、促した。
「よくわからないけど、バルタザールは振動者を、本当には操れていないらしいんだ。それどころか、バルタザールは振動者を、心のどこかで畏れてもいるらしいよ」
 東雲は、語る自分自身もどこかで背筋がゾッとするものを覚えながら、いっきに語り終えた。
 振動者。
 ザ・バイブレーター。
 その恐るべき正体は、何なのか?
 トレーネもまた、深く考え込むこととなった。
「その振動者が、さらわれてきた女の人たちを次々に触手で襲って、快楽で洗脳しているらしいんだ。洗脳された人たちは、ストラトスの演奏をさせられることになるっていうよ」
「ストラトスの?」
 トレーネは、振動者もさることながら、バルタザールの計画にひどく興味をかきたてられた。
 むろん、バルタザールにストラトスの演奏など、させるつもりはない。
 そのとき。
「下らないおしゃべりはそこまでにして欲しいですわ」
 獄舎の格子の前に、人影が現れた。
 バルタザールだ。
「バルタザール! またお会いしましたわね」
「トレーネ。あなたはとっておきですわ。まずは、その方を」
 バルタザールは、東雲に立つよう促した。
「ぼ……わたくしを!?」
 東雲は、慌てて立ち上がった。
 ついに、東雲が、振動者に貪られる日がきたのであろうか。
「こっちにきなさい」
 獄舎の格子の扉を開け、バルタザールは東雲の身体を引き寄せると、その胸をわしづかみにした。
「あっ……い、痛ーいわ」
 一瞬ぽかんとした東雲だが、次の瞬間、激痛に身悶える仕草をしてみせた。
 だが、無駄だった。
「あなたは!! 男ですわね」
 バルタザールは、怒りに燃える瞳で東雲を睨みつけた。
 東雲の心臓が、ドクンとはねあがる。
 ついにバレてしまったのだ。
「し、東雲ー!! 待って!! 僕は女だよ、ホラ、ホラ!!」
 慌てたリキュカリアが、自分の胸を揺らして叫ぶ。
「お尻もみてよ、ホラ、ホラ!!」
 続いてお尻を向けて、くねらせてみせる。
「やめんか。見苦しい」
 ンガイがたしなめた。
「きなさい!!」
 バルタザールは、東雲の耳を引っ張って、食堂へと連れていった。

「うわー!! 間違ったのは、お前だろうが!!」
 高塚陽介(たかつか・ようすけ)の悲鳴が、食堂中に響きわたる。
 東雲と同様、陽介も、捕まってすぐに男だとバレてしまったのだ。
 食堂の壁に、鎖ではりつけにされる陽介。
 その隣に、やはり男だとバレたクレイ・ヴァーミリオン(くれい・う゛ぁーみりおん)もはりつけにされている。
「こうもあっさりバレるとはな。やっぱり、女装には向いてなかったか」
 自らの境遇を嘆くクレイ。
「って、バレるに決まってるだろうが!! くそっ、これじゃ見せ物だ!!」
 陽介は、半狂乱になってわめきたてた。
 食堂では、陽介たちをさらってきた女戦士、アマゾネスたちが本来の姿に戻って、遅い夕食をとろうとしているところだった。
「まさか、俺たちをダシにディナーショーでもやるつもりか!?」
 陽介は、気が抜けそうになるのを踏ん張った。
 そして。
 バルタザールが東雲を連れて現れると、陽介たちの隣に、東雲もはりつけにした。
「うわー、やめてよー!!」
 東雲も、半狂乱になっている。
「よくも、だましてくれましたわね。決して決して、許せないですわ」
 バルタザールは怒りに声を震わせてそういうと、自らの衣に手をかけた。
 ビリビリビリ
 バルタザールは、上半身の衣を裂いて、その美しい肌を、乳を露にした。
「えっ、ええ!?」
 陽介たちは、思わずバルタザールの胸の膨らみをしげしげとみてしまう。
 恐怖の中に、異様な興奮が入り混じってきた。
 アマゾネスたちの間から、オーッという声があがる。
「みなさん、今日は、この者たちの苦痛に満ちた叫び声が、いいオカズになりますわ!! さあ、お腹いっぱい食べて下さいまし」
 そういって、バルタザールは鞭を手に持った。
 ビシィィィィ!!
「う、うわああああああ!!」
 陽介たちは悲鳴をあげた。
 鞭に打たれて、身体は瞬く間に腫れあがった。
「シロ、助けにきてー!!」
 東雲は、激痛の中で、いまごろ獄舎を抜け出して走りまわっているであろう、ンガイ・ウッドの活躍に一縷の望みを託した。
 といっても、すぐに助けてもらえるわけはないが。
 ビシィィィィ!!
 ボグゥゥゥゥ!!
 バルタザールは、情け容赦なく鞭をふるった。
「さあ、いやらしい目で私の身体を堪能しながら、苦痛の中で忠誠を誓いなさい!! ほら、よくみるんですわ」
 バルタザールは、激痛に悶える陽介の頭をつかんで、その顔を自分の胸の間にはさんで、こすりつけた。
「う、うぐぐぐぐ! 誰が!!」
 陽介は、意地になって歯を食いしばった。
 ここで、精神まで軍門にくだるつもりはなかった。
 ビシィィィィ!!
 ボグゥゥゥゥ!!
 いつ果てるともなく、バルタザールの鞭打ちは続いていく。
 やがて。
「はあ。はふ、ふう」
 バルタザールの目がトロンとして、唇の端に泡が浮いてくる。
「む、鞭打ちに興奮しているよ!? 本物のドSだよ!!」
 東雲は、苦痛に意識が遠くなりそうなのに耐えながら、うめいた。
 いったい、このバルタザールのこの仮面の奥には、どんな素顔が隠されているのであろうか?
 だが、いまは、陽介たちに、そんな疑問を考えている余裕はなかった。
 ただ、耐える。
 歯を食いしばって。
 バルタザールの胸を鑑賞しながら、おもちゃにされ、それによって興奮したバルタザールの姿をみせつけられる。
 それだけであった。