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スパークリング・スプリング

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スパークリング・スプリング
スパークリング・スプリング スパークリング・スプリング

リアクション




第12章


「い・い・か・げ・ん・学・習・し・る・!!」


 と、七枷 陣(ななかせ・じん)はウィンターの顔面にアイアンクローをかけている。
「痛いでスノー!! 地味に痛いでスノー!!」
 じたばたと抵抗するウィンターだが、恐るべき握力で握られたウィンターの顔面から陣の右手が離れることはない。
「やかましい、何か騒ぎで来てみれば案の定、まーた他人様に迷惑かけくさって、ホンマええ加減にせいやぁ!!」
「わ、私だけのせいではないでスノー!! スプリングが、スプリングが!!」
「あ〜ん? この期に及んでま〜だ人のせいにする気かぃ? その発端の原因はウィンターの怠け癖やって、ネタはあがってんやぞ!!」
「ごめんなさいでスノー!! ごめんなさいでスノー!!
 だからこうしてスプリングに謝りに来たでスノー!!」

 その言葉を聴いて、ようやく陣の右手の力が抜かれる。

「ふぅ……消滅する前に物理的に死ぬところだったでスノー」
 結局、ノーンとの勝負に敗れたウィンターは、天城 一輝とコレット・パームラズが展開していた情報網に気付いた美羽と共にスプリングを追っていたのである。

 その一輝は呟く。
「おかしいと思ったんだ……目撃情報を統合すると……街中に同時にスプリングが存在しすぎる。
 だから、あえて情報収集に徹して事態を静観した。恐らく、街中の騒ぎがある程度収束した時、多くのスプリングの――幻は消えるだろうと」
 コレットは一輝の隣から、街中のとあるビルの屋上にいた、春の嵐の中心――スプリングに話し掛けた。


「ねぇ、そろそろ――お茶にしようよ」


 スプリングは、最初から跳ね回っていなかった。彼女自身の強力な幻術の能力で、街中を跳ね回っている幻を作り上げているにすぎなかったのである。
「ふふ……さすがに一輝とは付き合いも長いだけあるね……結構、みんな引っかかってくれたのに、ね」
 ちょっとだけいたずらっぽく、スプリングは笑う。
「それに……春美も。さすがにマジカルホームズ」
 そこにいるのは霧島 春美。視覚情報ではなく、あくまで超感覚によりスプリングを探していた春美は、比較的早めにスプリングの位置を特定することができていた。
 ただ、太ってしまった自分の身体で移動するのに時間がかかってしまっていただけで。

「ふぅ……やっと会えたね、スプリングちゃん」
 やや上気した表情で、春美は語りかける。
 春美自身には本来、恋愛感情には興味がないんどあが、今は春の嵐の影響もあって、スプリングに対して特殊な感情を抱き始めている。
 ただ、マジカルホームズとしての事件に対する興味と使命感が、春美を冷静なままでいさせていた。

「うん……悪いね春美。春の嵐はそのうち納まると思うから……もうちょっと我慢しておいて」
「だ、大丈夫……というか、自分で抑えることができないの?」
「そうだね……これ、どっちかというと暴発に近いから」
 自嘲的に、スプリングは笑った。

「ほら、ウィンターちゃん……」
 ノーンと陣に付き添われたウィンターが、おずおずとスプリングの前に出た。
「う、うん……スプリング……ごめんなさいでスノー……」
 いたずらがバレた子供のように、ウィンターは謝罪した。

「……ウィンター……うん……どうしようかなって……色々考えてたんだ……。
 だから別に、ウィンターは謝らなくていい」
「……え」
 ウィンターの顔から表情が消える。
「……どういうことや」
 陣が問いただした。その表情を見て、スプリングは応える。
「ああうん……ウィンターの今後について、ね。
 そんなに怖い顔しないでいいよ、陣。別にウィンターを見捨てるとか、そういう話じゃない。
 ……アキラとの約束も、あるしね」
 ビルの淵に腰掛けていたスプリングは、すっと立ち上がった。

「ほんなら、どういうこっちゃ。結局のところ、オレらはウィンターの友達で……色々と助けてもやれるけど、結局は限度っちゅうもんがある。
 それに、ホンマにどうでもいいんやったら、スプリングもとっくに愛想尽きてんだろ?」
 その言葉に、スプリングはこくりと頷いた。
「うん……そういうこと……最終的にウィンターの面倒は私が見ることになるのかも知れない……。
 考えていたのは……」


「自分の身の振り方……だよな」


 スプリングの言葉を遮って現れたのは、ヴァル・ゴライオンだった。パートナーのキリカ・キリルクが一輝の情報網に気付き、本物のスプリングの居場所にたどりついたのである。
 そして、途中で合流したのであろう、カメリア達も後ろに連れている。

「……帝王……さっきはゴメンね。ちょっとヒドいこと言ったよ」
 と、スプリングはヴァルに声を掛ける。だが、ヴァルは余裕の表情で笑い飛ばした。
「はっはっは、そんあことをいつまでも気にする帝王じゃないさ。
 それに……本当に困っているのは、スプリング、君自身だろう」
「……そうだね」
 素直にその言葉を聞くスプリング。
「スプリングのような真面目な少女が怒ったのだ、その怒りの原因の一端は確かにウィンターかもしれないが。
 その後は『些細なことで怒ってしまった』ということに対する自分自身への怒りと戸惑いが、大きな怒りの原因なものさ」
 ヴァルの言葉は、スプリングの胸に確かに届いた。

「そうだね……だから、今後は自分の態度……心の持ちようをどうしようかと考えていたよ」

 すのスプリングの言葉に、カメリアも大きく頷く。
「ううむ……なかなか難しい問題のようじゃのぅ……のう博季にぃ、お主はどう思う?」

 カメリアの横に並んだのは、博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)。騒動の原因を追いかけるうち、カメリアたちに合流していたのである。

「そうですねぇ……」
「ふむ」


「今すごく、奥さんに会いたいです」

「いや、そういいうことじゃのうて」
 思わず突っ込んでしまったカメリア。博季もまた、春の嵐の影響を色濃く受けている。
「ああ、すみません……。
 そうですね……僕が言えることはあんまりないかもしれないけど……」
「うん」
 スプリングも、博季の言葉に耳を傾けた。
「でもやっぱり、ウィンターさんとスプリングさんが皆と仲違いしたままなのは悲しいから……仲直りはしてほしいですね。
 それに……スプリングさんもちゃんと皆に謝るべきだと、思います」

「スプリングが、でスノー?」
 ウィンターが怪訝そうな顔で博季を眺める。
 博季は、そんなウィンターに大きく頷いてみせる。
「ええ、そうです……不可抗力にせよ暴発にせよ、皆に迷惑をかけたことは確かですから。
 もちろん、ことの原因はウィンターさんにあるのかもしれませんけど……だからと言ってスプリングさんにまったく罪がないわけでもないでしょ?」

「……そうだね……ごめんなさい、みんな。私とウィンターの問題……ううん、私の問題にみんなを巻き込んでしまって。」
 スプリングは、ぽつりと呟いて、深々と頭を下げた。


「ええ、それはそれとして、すごく奥さんに」
「それはもうええ」


 博季の呟きは、カメリアの再度の突っ込みに流されて消えた。


「みんな……ちょっと聞いて欲しい……私は今後、必要以上にウィンターにうるさく口出しするのをやめるよ」
 と、スプリングは意を決したように宣言した。
「……スノー?」
 ウィンターは戸惑いの声を上げる。隣のノーンも同様だ。
「えーと? それはつまり……?」
 陣が、その言葉の続きを告げる。
「ウィンターの日頃の仕事には口出しはせぇへん。そのかわり、仕事の遅れとかで困っても助けない、管理しない、ちゅうこっちゃな?」

「……そう。今までよりはもっとウィンターは自由に仕事をしていいと思う。
 別に見放すとかじゃなく……、今までは私も口うるさく言い過ぎてたよ。
 ただ……自由には必ず責任が付き添うものだから……今度からウィンターは、その責任を果たさなければいけないと、思うんだ」
「……スノー」
 どう反応していいか分からないウィンターの方に、ヴァルがポンと手を置いた。
「ウィンター、よく聞いておけ。……大事な話だぞ」
 スプリングは続けた。

「そもそも、私は精霊として数千年の時間を過ごして来た。人間の生活に寄り添い、しかし必要以上には関わらずに生きてきた。
 季節の精霊にとって、人間は永い時の中で通り過ぎるべき存在なんだ。
 だからこそ、私は作られた――いや、生まれたばかりのウィンターの教育役を任された。
 これからの永い時、ウィンターが冬の精霊として生きていけるようにと。
 ただ、普通の精霊と違ってウィンターの精神性は特殊で、きわめて人間に近い……だから、私もこういう姿で皆に近づき、ウィンターと共に人間に接してきた。
 季節の精霊として、人々や動物がどうやって生きていって――そして死んでいくのか、知る必要があるから。
 ただ、私自身も少しそのウィンターに引っ張られていたようで……知らず知らずのうちにストレスになっていたんだね」

「そう……だったのですか。別に、季節の精霊が人間と関わってはいけない、というわけではないんですね?」
 博季が口を開く。スプリングは首を縦に振って応えた。

「うん……別にいけないワケじゃないよ……ただ、人間は必ず私たちより先に死ぬ。
 どんなに仲良くなっても、どんなに愛し合っても、必ず……。
 私たち季節の精霊は無限に近い寿命を持っている。……ウィンターも……そして、地祇であるカメリアも」

 その言葉に、カメリアも深く頷いた。
「そうじゃな……儂も悩んだ頃はある……しかしなスプリング、今からそんなことを考えても詮無きことよ」

「そうかも知れないね……でも、私はそれが怖かった。怖かったし、耐えられなかった。
 だから、ウィンターにはそんな思いをできればさせたくない……だって、ウィンターが産まれた頃から見守ってきたのは私なんだ。
 ウィンターは友達という存在に必要以上に頼りすぎている。けれど……私も考え方を変えるよ」
 スプリングの視線は、一輝と春美の前で止まった。

「私自身、ウィンターに合わせて友人と呼べる相手にめぐり会って……もう一度考えを改めた。
 ウィンターの仕事には基本的に口出しはしないけど、助けもしない。
 今後、ウィンターが友達の助けを借りるもよし、本当に怠けてしまって役割を失うも……よし」
 ぐっと。強い覚悟を持ってスプリングはウィンターの目を見つめる。

「……わ……分かったでスノー……しっかり……頑張るでスノー」

 ウィンターは何とか言葉をひねり出して、辛うじてその視線に応える。
 そのウィンターの肩に、ノーンが手を置いた。
「大丈夫だよっ、私たちがいるもん。ね、ウィンターちゃん!!」
 陣もまた、ウィンターの頭を撫で回してスプリングに笑いかける。
「ま、そーいうこっちゃな。安心せぇ、イザとなったらオレらが不眠不休でウィンターを24時間戦士にしたるから!!」
「ス、スノー!? 24時間働くのはイヤでスノー!?」
 ヴァルもまた、ウィンターの手を取って、笑った。
「ははは。それなら、日頃からしっかり計画的に仕事をこなしていかないとな。これからは、ウィンターも大人の仲間入りだ」
 その隣では、キリカが優しく微笑んでいる。
「そうですよウィンターさん。
 それに、スプリングさんもお疲れ様でした……もう春は終わっています……いよいよ夏ですね」

 キリカの言葉に、スプリングは笑った。


「うん、そうだね……。
 ま、春が終わっても、まだまだやることはあるけれど……。とりあえず一休みってとこかな。
 私もこれからは、ちょっと自分の考え方を変えて……そうね、恋愛でもしてみようかな……ピョン?」


 春の嵐が穏やかに収束し、皆の笑顔の間を吹き抜けていく。春の風はやみ、本来の夏の日差しが戻ってきた。


                    ☆


「歌菜!!」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)は叫んだ。パートナーである遠野 歌菜(とおの・かな)から呼び出しを受けてやってきたのはツァンダの公園である。
 一人で買い物にでかけたはずの歌菜から呼び出された羽純、自宅から走ってきたので息を荒げている。

 春の嵐の影響で強烈に羽純に会いたくなってしまった歌菜は、公園から動くこともできずに、辛うじて羽純を呼び出したのである。

「羽純くん!! ああ、良かった!! 私、どうなっちゃうのかと思ったよ……」
 ベンチから立ち上がり、勢いよく羽純に抱きつく歌菜。
「ああ、俺もだ……なんだか急に歌菜に合いたくなって……おかしいよな……歌菜が帰ってくればすぐに会える筈なのに」
 しかし、羽純の言葉をキスで塞いで、歌菜は告げた。

「ううん……おかしくなんかない……だって私もそうだもん……」
 もう一度、歌菜から羽純への甘いキス。
「歌菜……」
 歌菜の唇に応える羽純、そのままベンチに腰掛け、長い口付けを交わした。


                    ☆


「エー・ミー・リー・オー!!!」


 飛鳥 菊はようやく見つけたエミリオ・ザナッティに飛びついた。
 横一文字である。エミリオは驚きと共に、飛んできた菊の顔を見つめた。
「ど、どないしはったん!?」
 どちらかというと春の嵐の影響で落ち込んでいたエミリオだったが、いきなり飛んできた菊に対応せざるを得ない。
 しかし、菊はそんなエミリオに遠慮のない言葉を浴びせる。

「なんだよー、どこ行ってたんだよお前!!
 ずっと探してたんだぞ〜!! あー、やっぱりこの肩、抱きつきやすいなぁ!!」
 しかし、今のエミリオにはそんな他愛もないひとことすら胸に突き刺さる。
「ど、どうせ僕はなで肩ですよ……改めて言わなくても……。
 こう見えても、うっかりすると上着がずり落ちてまうんで、気にしとんるんですよ……」
 こっそり傷心するエミリオだが、今の菊にはそんなことは気にならない。
「ハハハハハ! 何だよお前、そんなこと気にしてんのかっ!?
 そんなのチャームポイントだろぉっ!? 俺はこの肩好きだしよぉ!!
 あんまり落ち込むなよっ!! 運が逃げるぞ!!」
「す、すすス好き!?」
 あからさまに動揺するエミリオ。そもそも、無茶ばかりする菊を守りたいと思って契約した筈なのに、気付けばすっかり使用人と主人のような関係になっていることに、エミリオはまた落ち込んでいた。
 いったい、菊は自分のことをどう思っているのか。頼ってくれているのは嬉しいが……このまま先、ずっと同じ関係のままなのだろうかと。
「……うう……好きって一体……あかん……変に考えすぎて……。
 そ、それに落ち込んでるのも誰のせいや思てはるん……?」
 エミリオはついには涙ぐんでしまう。しかし、すっかり春の気にあてられてしまった菊はまったくお構いなしだ。

「いやー、何かすげぇお前に会いたくなってさぁ!! すっげぇいい気分なんだ……酒でも飲んだみてぇ……ふわふわする……。
 なぁ、何か知らねぇけど落ち込んでんなよ、俺のいい気分、おすそ分けしてやっからさ……」
「……え?」
 上気した菊の顔がエミリオに接近する。その唇が、エミリオの頬に触れた。
「え、ええええ、き、きききくさま!!?」
「ん〜? 何だよ、まだ足りねぇのか〜?
 なんだよ、おっもしれぇ顔しやがってさぁ……やっぱ俺……お前好きだわ……うん……」
 春の嵐の勢いで、どこまでも暴走してしまう菊。
「え……好きて……どういう意味での……」
 しかし、まるで本当に酔っ払っているかのような菊からは、まともな言葉を聴くことはできない。
 やたらと上機嫌な菊を見ながら、しかしエミリオは自問自答した。

 自分は、パートナーであり主人のようなこの少女――『菊』という存在をどう思っているのかと。


                    ☆


 ところで、なし崩し的に街中を走り回っていたダイエット移動術の集団はというと。

「あー……さすがに疲れたな……」
 まだ走っていた。
 その中の一人、鹿島 ヒロユキは集団から離れて休憩中。
 そろそろ春の嵐が収束に向かい、デブっていた人々が徐々に元の身体を取り戻しつつあった。
 元の身体に戻ってしまえば、特にダイエットをする必要もない。その存在意義を失ったダイエット集団は、自然に解体していく。

「はい、お疲れ様です、ヒロユキさん」
 そこに、ウィンディ・ベルリッツがタオルを差し出してくれた。
「おう、サンキュー」
 それを受け取って汗を拭くヒロユキ。
「けっこう走ったな……だいぶ痩せたんじゃないか?」
 しかし、あくまで冷静なウィンディはスポーツドリンクを手渡しつつ、微笑んだ。
「ダイエットは一気に痩せるものではありませんよ……長期的なメニューとカロリーコントロールで気長にならなくては。
 今夜のメニューも考えてありますから……せっかく痩せる気になったんですから……しっかり取り組みましょうね」

 その言葉を聞いたヒロユキは、やれやれと空を仰いだ。
「……走りながら今夜のメニューとか考えたのか……まぁ、これだけ動いたあとだから、さぞかし飯も美味いだろうな!!」

 これは痩せられませんね、とウィンディは呟いて、岐路に着く二人だった。


                    ☆


 ところで、春の気にあてられてそろそろ樹月 刀真と玉藻 前の唇が重なろうとしている頃である。

 がぶり。

 と、キスにしてはちょっと違うのではないだろうか、という音がした。
「……何も見えない」
 いよいよ刀真と玉藻の唇が触れようとしたその瞬間、急いで合流してきた漆髪 月夜と封印の巫女 白花が妨害したのである。

「な、なな何をしてるんですかー!」
 白花の放った白虎が刀真の頭をすっぽりと甘噛みして、頭部を覆い尽くしてしまったのである。
「うん……なんか風が吹いたら妖しい気持ちになって……というか、どうしたんだ二人とも、その格好は」
 白虎から頭を抜いた刀真も驚いた。月夜と白花が普段からは考えられないほどぷっくりと太ってしまっているのである。

「うん……たぶん、その風のせいよね……なんか突然太っちゃって……」
 月夜の説明に頷く刀真。
「そうか……まぁ、突然太ったものだから、服が破けそうだな……とりあえず、そのサイズに合わせて服を買いに……」

 と、言いかけたその時。


 風が止んだ。


「え?」
「あれ?」
「お?」
「おやおや」

 突然春の嵐が止み、街の人々の体型が元に戻ったのである。
 ところで、月夜と白花の二人が太っていた時、その体型に合わせて着ていた服は破け、下着は伸び伸びになってしまっていた。

「きゃーーーっ!!!」
「な、なにコレーーーっ!!!」
 それが突然、元の体型に戻ったものだから、伸びきっていた服や下着が全部ストンと落ちてしまったのである。


 つまるところ全裸。


「ちょっと、見ないでよ刀真!!」
「あ、あっち向いてくださーいっ!!」
「あ、ああ……目を離さなければとは思うのだが……しかしこれは……」

 突然のことに、刀真も対応しきれていない。なかなか目を離すことができない刀真は、真っ赤になった二人に殴られるのだった。


「……ヒドイ目にあった」
 数分後、二人に殴られて鼻血を流した刀真は、率直な感想を述べた。
 いやまぁ、鼻血は殴られたせいばかりとは限らないのだが。

「どれ……まだ汚れておるぞ……」
 顔を拭いていた刀真に、玉藻が接近する。
「ん……そうか?」
 と、汚れを拭いてくれるのかと、刀真が玉藻の方へと顔を突き出した隙をついた。
「んむっ!?」
 玉藻が突然刀真の顔を抱き寄せ、その唇を軽く奪ったのである。
「あー、ずるーいっ!!」
「何してんのよーっ!!!」

 当然、白花と月夜は刀真を責めるが、不意を付かれた刀真もどうすることもできなかった。
「ま、待て待て!! 今のは不意打ちだから!! な!!」
 そんな騒ぎを尻目に、玉藻は上機嫌に跳ねるのだった。


「ふふふ……なに、二人きりの時間を邪魔されたのだ……これくらいはいいだろう?」

                    ☆


「ふぅ……このぐらいでいいか……」
 ラルク・アントゥルースはようやく長いランニングを終え、その足を止めた。
 今日一日で、一体ツァンダの街を何週したかは分からないが、最初に感じた狂おしいほどの感情はすっかり消え去っていた。

「よしよし……やっぱもやもやした気持ちは修行で打ち消すに限るな!!」
 すっきりした顔でラルクは空を仰ぐ。
 先ほどまで吹き荒れていた風も、今はすっかり止んで穏やかに。

「ああ……よし……そろそろ帰るか……」
 と、ラルクは一人、家路に着くのだった。


 こうして、真夏の春が終わって、いよいよ夏本番がやってきた。
 突然に巻き起こった春騒動は収束し、一時的に太った街の人々は元の身体に戻って岐路に着く。


「さぁ帰ろう……俺たちの家に」
 羽純は歌菜を抱き締めたまま、耳元でささやいた。
「うん……帰ろう」
 春の嵐も収まったし、さすがに公園のベンチでこの続きをするわけにはいかないな、と羽純は苦笑いした。
「もう……バカ」
 顔を赤らめた歌菜は羽純にもう一度抱きついて、互いの愛情を確かめ合う。


 真夏のある日、ツァンダに吹いた春の風。
 風は日頃の鬱憤を吹き飛ばして、人の心の奥底をあらわにした。
 焦りも、不安も、怒りも悲しみも。
 けれど、風が収まった今。人の心に残っていたのは多くの信頼と愛情だった。

 人々は、その信頼を確かめ合い、また明日へと向かっていくのだった。


「ところで……素で太ってしまったわしはいったいどうしたら……」
「……ダイエットには長期的な計画と実行が肝要じゃそうじゃ……儂も付き合ってやるから……まぁ頑張れ」
 という、南部 ヒラニィとカメリアの呟きを残して。


『スパークリング・スプリング』<END>


担当マスターより

▼担当マスター

まるよし

▼マスターコメント

 皆さんこんばんは。マスター業務を休止中のまるよしです。
 今回はリアクションの提出が大幅に遅れてしまい、皆様には大変なご迷惑をおかけしてしまいました。
 本当に申し訳ありません。
 ある程度の時間は取れていたのですが、久しぶりのリアクションと、前回とは違ってノーマルシナリオでしたので、みなさんのアクションを消化するのに時間がかかってしまいました。

 これからも、より精進して参ります。

 次回以降はまた時間の都合ではありますが、マスターページで追ってご連絡いたします。

 ご参加いただいた皆様、読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。