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<part2 砂のお婆さん>

 晴明の調査団はさらに山を登っていく。
 調査団の中でも、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は純粋に妖怪の調査を目的としていた。先祖の御神楽 陽太(みかぐら・ようた)から一人旅を認められている彼女は、立ち寄った葦原明倫館で今回の仕事について聞き、勉学のため同行させてもらったのだ。
「やはり、闇雲に敵対しようとするのではなく、対話を試みるのが大事だと思うのです」
 舞花の言葉に、一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)がしきりにうなずく。
「そうですよね。妖怪とはいえ相手はお婆さん。戦いになって腰でも悪くしたら大変ですしね」
 調査団というより討伐団というべきグループにあって、この二人は若干異質な存在だった。
 舞花は続ける。
「ちゃんと驚くのが『妖怪』に対する礼儀……のような気がします。なので、上手く驚けるよう演技の教科書を読み込んで勉強してきました」
「なるほど、そういうアプローチ方法もあるんですね。それは思いつきませんでした」
 悲哀は感心した。小さな子なのに良く考えている。
 調査団は森を抜けた。虫の声が背後に遠ざかる。この先しばらくは木々の少ない岩場になっており、岸壁に挟まれた隘路は剥き出しの地面だ。
 隘路の向こうから五人の老婆が現れた。色や柄の違う着物をまとっているが、総じて背が低く、ざんばらの髪を長く伸ばしている。
「よく来たな。わしが砂かけババア・ピンク!」「同じくホワイト!」「パープル!」「グレイ!」「青、じゃ!」
 五人の老婆がキラッ☆とポーズを取った。薄気味悪い笑顔。皺だらけの小指と親指を立てたコルナサイン。オカルト的なホラーではないが、調査団の面々は違う意味で背筋が寒くなる。
 今だ。
 舞花は両の拳をぎゅっと握り締め、体を縮め、目をつぶって力の限り悲鳴を上げる。
「きゃ――――――! お化け――――――っ!」
 博物館に標本として飾っておきたくなるほど、理想的にして完璧な悲鳴だった。
 砂かけ五人組を結成してからというもの、思ったような反応を得られていなかった砂かけババアたちは、我知らず満足の息をつく。これだ。この反応が欲しかったのだ。
「え、えっと、み、皆さんがあの名高い砂かけお婆さまなのですか……?」
 舞花は涙目でびくびくと怯えて見せながら、丁寧に話しかけた。
 砂かけババア・青がガッハッハッと笑って首肯する。
「そうじゃあ! わしらが恐怖の砂かけババアじゃあ! 小娘え、口の利き方を知っておるではないかあ! 怖いじゃろう!? んぅ!? 怖いじゃろおおお!?」
 噂通り、鼓膜を引きちぎらんばかりの大声。
 舞花は努めて礼儀正しく応対する。
「は、はい、怖くて仕方がありません。ですが私、砂かけお婆さまについてよく知りたいのです。お話を伺いたいのですが、ちょっとの時間だけよろしいでしょうか?」
「んむ!? まあ少しなら構わんがのう! あっちで座って話してやるわ!」
 砂かけババア・青は、その老身からは想像できない身軽さで岸壁に跳び乗った。舞花も後に続き、岸壁の上の林へと消える。
 意外と交渉の通じる相手らしい。悲哀も残った砂かけババアたちとのコミュニケーションを図る。
「ご老体の身でそのように声を荒げるとお体に障ります。砂を投げるのは風向きによっては目に入って非常に痛いですし、もう少しお体をいたわってくださいね」
「なんじゃあお前はあ! わしらが年寄りだとでも言うのか! このピッチピチギャルを前にして!?」
 砂かけババア・ピンクが目を剥いた。
「え? え? えぇ?」
 主観的に見ても客観的に見ても360度どこから見てもお年を召しているのは絶対の真実で、悲哀は返答に困る。
「ゆくぞ!」「小娘どもに大人の底力を分からせてくれる!」「ちぇえい!」「てやあ!」
 四人の砂かけババアたちが跳躍し、それぞれ左右の岸壁に分かれて立った。どこから出しているのか、ばっさばっさ砂を下の調査団にかけてくる。
「仕方ありませんね……。申し訳ありませんが、ちょっとだけ折檻させて頂きます」
 悲哀は諦めてミルキーウェイリボンを握り締めた。
「ボハハ!」「そおれ、そおれ!」「砂にまみれて死ぬが善い!」「この軟弱者どもめがあ!」
 砂かけババアたちは深夜の山奥にあるまじきハイテンションだった。闇の住人たる妖怪としてもどうかと思える騒ぎっぷりだった。
 大声で頭は痛くなるし、髪のあいだや服の中に砂が入って不快だしで、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)の堪忍袋の緒が切れる。
「あーもー! あんたたちのしてることがどんなに傍迷惑か、思い知らせてあげるわ!」
 さゆみはマイクをポケットから取り出し、こちらも大音声を送る。
「ねえ!? いい年して五人戦隊の真似してるってどうなの!? 格好いいって思ってるの!?」
 しかも砂かけババアの嫌がりそうな話題で。
「ボ、ボハハ! か、格好いいに決まっておるじゃろう! じゃよな!? わ、わし格好いいよな!?」
 砂かけババア・ピンクの声に動揺が混じり、砂の勢いがわずかに弱まる。
「お返ししますわ」
 アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)がブリザードを発生させ、砂かけババアのかけてくる砂を押し返した。
「追加よ!」
 さゆみが念力で地面の砂を持ち上げ、砂かけババアたちに叩きつける。
 アデリーヌが砂かけババアたちの頭上に氷塊を生じさせた。炎の精霊に氷塊を溶かさせる。熱い雨が砂かけババアたちに降り注ぐ。そしてさらにアデリーヌとさゆみが大量の砂をお見舞いする。
「う、ぬう……」「ボ……ハ……」
 動きの鈍くなる砂かけババアたち。
「失礼いたします!」
 悲哀がミルキーウェイリボンを放った。砂かけババアをぐるぐる巻きにし、崖の上から引っ張り下ろす。
 一人、また一人。縛られた砂かけババアたちが崖のあいだの隘路に並べられる。調査団に周りを取り囲まれ、すっかり観念しきってうなだれていた。
「どう!? あんたたちのやってることの迷惑さが分かった!?」
 さゆみが至近距離からマイクで騒音を浴びせかけた。
 砂かけババアたちは鼓膜が破れそうになって肩を跳ねさせる。
「ぐぐ……」「分かったのじゃ……」「その機械を使うのはよすのじゃ……」「びりびりするのじゃ……」
 なぜか砂よりも騒音の方にダメージを受けているらしい。
 アデリーヌがこんこんと言い聞かせる。
「よろしいですか、もう二度と人に砂をかけたりせず、清く正しい老婆として生きるんですのよ」
「私は本当におばあさんたちの体が心配なんです」
 悲哀も気遣わしげに眉を寄せて諭した。

 一方、崖から離れた林の片隅では、舞花がメモ帳片手に砂かけババア・青の話を聞いていた。
「じゃからのう、わしだけコードネームがピンクとかホワイトとかじゃなくて『青』なのは、差別だと思うのじゃ……。きっとみんな、わしのことが嫌いなんじゃ……」
 なんだかいろいろ不満が降り積もっていたらしく、長々と愚痴が続いている。
 舞花はさりげなく話をさえぎった。
「ええ、大変ですね。ところで、妖怪の生態について教えて頂きたいのですが。妖怪の主食はなんですか? 魔力? 有機物? 眠ったりはなさるのですか?」
「よう知らん!」
「よく知らないとは……どういう意味でしょうか?」
「どうでもいいじゃろ! それより、聞くのじゃ。この前、ピンクがわしのプリンをのう……」
 愚痴が止まらない。
 この砂かけババアは本当に妖怪なのだろうかと、舞花は疑問を感じ始めてきた。
「ひょっとして……、みんな根本的に間違えちゃってるのかも……」
 妖怪たちをまとめているヌラリーと話をしてみなければ。舞花はそう思った。