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学生たちの休日9

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空京の夏休み

 
 
「うーん、なかなか希望通りの物件ってのはないもんだなあ」
 丸めた住宅情報誌を握りしめて、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は空京大通りを歩いていた。
 マイホーム実現のために、まずは土地探しと言うことで、空京のいろいろな不動産屋を回っている。とはいえ、設定した条件が高すぎるのか、なかなか気に入った物件がないのであった。
「とりあえず、こういうときは足で稼ぐもんだぜ」
 めげずに、ラルク・アントゥルースは新しい不動産屋の門を叩いた。
「いらっしゃいませー」
「空京に家建ててえんだ。ちょっと見繕ってくれねえか」
「かしこまりましたあ」
 以前働いたことのある不動産屋にまたもや派遣された大谷文美が、データベースにアクセスしながら愛想よく言った。以前は、貸倉庫のパンフレット配りであったから、少しは待遇がよくなったというところだろうか。
「それで、御希望の物件はどのような条件ですかあ」
「そうだなあ、希望は新規に家を建てたいので、まずは土地からだな。場所は空京で、病院に近い方がいい」
「一軒家でえ、新築御希望でえ、土地込みですねえ」
 カチャカチャと、大谷文美がラルク・アントゥルースの希望条件をパソコンに打ち込んでいく。
 初めて不動産屋巡りをしているラルク・アントゥルースは気づいていないかもしれないが、基本的に物件は全てデータベース化されており、ここ空京のような場所ではそれらは全ての不動産屋で共有されている。つまり、基本的な物件は、どの不動産屋に行っても同じというわけだ。ただし、掘り出し物のような物件や、いわくつきの物件は、共有化されていない不動産屋それぞれのデータベースに入っている場合がある。それに巡り会えるかは運である。
「そうですねえ。新規に家を建てるとなるとお、ちょっと条件が厳しいかもしれませんよお。空京は、計画的に建てられた都市ですから、病院の周辺など、中心部の土地は全て売却済みで、大半は高層建築化されてマンションとなっていますう。一戸建てですと、郊外ということになりますねえ」
 検索結果を見て、大谷文美が言った。
「あまり辺鄙なところになるのもなあ……」
「立てなおすにしても、古い家を壊すことになりますけれど、空京はそんなに古い建物は少ないですからねえ。あとは、新築物件の建て売りになりますけれどお」
「うーん、できれば自分の好きなように設計したいんだがなあ」
「最近では、ワンルームで、自由にカスタマイズデザインができるマンションも多いですよお。どのような、間取りや設備が御希望ですかあ」
「そうだなあ。トレーニングルームは絶対にほしいかな。それから寝室は広めで、風呂も広めで、ミストサウナなんかついてるとお洒落でいいかもな」
「それでしたら、最新のマンションでしたら、設備も最新の物ですから、御希望に添えると思いますよお。トレーニングルームとか、温泉なども、共有施設として完備されているマンションは多いんですう。デメリットは、共有部分の管理費が、そこそこの金額かかることでしょうかあ」
「まあ、そのくらいはなんとかなりそうだが……」
「でしたら、いくつかチョイスしてみますねえ。マンション内に病院があるところもありますから、全体としてみれば全ての条件を満たせると思いますけれどお」
 言いつつ、大谷文美が該当物件をプリントアウトしていく。
「こんなにあるのか? うーん、迷うぜ……」
「モデルルームがありますから、それぞれのマンションのエントランスでこのプリントアウトを見せて申し出てもらえば見学もできますよお」
「そいつは、ありがたい。よし、今から見学に作戦変更だぜ」
「お気に召した物件がありましたら、こちらに戻ってきていただくか、マンションからお電話くださあい。すぐに、押さえますので。結構、お部屋って言うのは秒単位で売れちゃうこともありますから、気に入ったら仮押さえすることをお勧めしますう」
「おう、連絡待っていてくれよ」
 そう言うと、プリントアウトを片手に、ラルク・アントゥルースはマンション巡りを開始した。
「うーん、郊外の新築か、中心部のマンションか。まだちょっと悩むぜ」
 とりあえず最初のマンションを目指しながら、ラルク・アントゥルースは大通りを歩いて行った。
 通りでは、片側車線通行に規制されて、道路の補修工事が行われている。
「おい、新入り、ちゃっちゃとアスファルトをならしちまえ。ぐずぐずするんじゃねえ」
「ヘイ、親方。タダイマ、遂行イタシマス」
 巨大なローラーを牽いたアーマード レッド(あーまーど・れっど)が、まだ熱いアスファルトの上をダッシュローラーで往復していた。
 絶賛アルバイト中なわけではあるが、これというのも、パートナーのエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が行方不明のためである。家長がいないため、いやむしろ、その家長を探すための資金が入り用で、家計は火の車どころではない。そのため、パートナーたちで手分けして家計を支えているというわけである。
「親方、終ワリマシタ。次、ナンデショウカ」
 淡々と仕事をこなしていくアーマード・レッドであった。
「最近、空京は工事が多いよね」
 ちょっとうるさいかもと、大通りを歩いていたマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が言った。
 裏通りを見ると、空京には珍しくぼろぼろのガレージなどもあったりする。ラルク・アントゥルースが見つけたら、その場で素手で完全破壊してその土地を購入しそうである。
「仕方ないですよ。いろいろな事件で、損傷した建物も多いんですから。そういうことが起きないようにするのが、私たちの務めでもあるわけですし……」
 そういう意味では、こういった工事はちょっと悔しいと言わんばかりに、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が答えた。
「せっかく大尉に昇進したんだから、ちゃんと生かさないとね。あっ、あのお店ちょっとよくない?」
 そう言うと、マリエッタ・シュヴァールが水原ゆかりの手を引いて走りだした。
 
    ★    ★    ★
 
『準備はいい?』
「ああ。いつでも始められるぞ」
 飛行形態のブラックバードのコックピットの中から、佐野 和輝(さの・かずき)スノー・クライム(すのー・くらいむ)にむかって答えた。
 ブラックバードには、メンテナンスハッチ内の端子に大量のデータケーブルの束が接続されていた。スノー・クライムの前に設置されたルーターを通じて、空京大学のシミュレータにリンクされている。
「データリンクシステム起動!」
 佐野和輝が、新しく開発した情報処理システムを起動させた。ブレスノウを利用し、大量の情報処理と分析結果を提示してブラックバードを戦場の指揮通信機とするための物だ。
 バイザーに投影された映像が、コックピットの空間に無数のデータスクリーンを投影する。それによって、実際のコックピット空間以上のスペースを情報空間として確保するものだ。フィーニクスでは航空機タイプの狭いコックピットとなるため、ジェファルコンなどの半天球スクリーンに比べると外部情報の把握が人間にとってはややしづらい部分がある。それを補うための新システムのテストであった。
 もともとブラックバードは高高度での運用が基本であるため、戦場の分析が主であり、戦闘は二次的な物となっている。そのため、攻撃管制部分を情報分析に回して、通常のイコン以上の処理を行おうというのである。
 だいたいにして、ここまで進化したシステムのネックは、常にパイロットの処理能力と言うことになる。そのため、機晶姫などのダイレクトリンクシステムや、BMIなどが開発されているわけではあるが。そこまでのことをしなくとも、パイロットがすぐに情報を把握することができれば、後の判断は人間の能力で拡大するはずだ。
「アニス、まずはメインモニタに、戦域図を地形データ、熱源データ、磁気データ、加速度データに分類、合成表示」
「はーい、電子の妖精、アニスにお任せー」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)に指示を飛ばしたとたん、ちっちゃな羽根つき妖精が佐野和輝の視界に現れた。
「な、なんだ!? バグか?」
 設定していない表示に、佐野和輝がちょっと戸惑う。
「失礼なんだもん。これは、妖精アニスちゃんだよー」
「これって、アニスの分身か?」
「うん。ちょっとプログラムを追加して、アニスのアバターを作ったんだよ。可愛いでしょ♪」
 ちっちゃなアニス・パラスのアバターが、自慢げに胸を張ってドヤ顔を浮かべる。
「まあ、それでうまくいくのならいいが……。さあ、情報分析を開始するぞ」
「りょーかい」
 アニス・パラスが佐野和輝の指示に従って情報ウインドゥを次々に空間に表示させていく。
 各種データの反応を重ねて、対象点がなんであるかが照合されて詳細が表示される。
「対象分類」
「味方識別信号表示。敵マーカー表示。ナンバリング処理完了」
「よし、味方とのデータリンク開始」
「開始するよー。ランダム周波数設定。コード化パターン選択。各機スレイブID設定。リンク開……はにゃあっ!?」
『エラーだわ』
 またかと、スノー・クライムが割り込んできた。
「これって、設定された模擬データの方がおかしいんじゃないのー?」
 アニス・パラスがぷうっと頬をふくらませて文句を言う。
『何言ってるのよ。勝手気ままでフリーダムなパラ実から、融通の利かない明倫館の鬼鎧まで各種サンプルはとりそろえてあるのよ』
 データに問題はないと、スノー・クライムが言い返す。
「それだ……」
 佐野和輝がちょっと頭をかかえた。どう聞いても問題ありありのデータのような気がする。まあ、現実の戦場では、それよりももっと酷い状況もありえるからタチが悪いが。全てのイコンが、天御柱学院や教導団のように部隊化されているというわけではないのだから。
 発信は完璧でも、受信が適当ではリンクの形成はできるはずがない。リザルトが確実にかつ素早く返ってくるシステムを考えないと戦場での即時リンクはまだまだ問題が大きそうであった。