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リアクション
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「ミア!」
その叫びとともに、レキは駆けだしていった。
こちらへリンたちとともにやってくる姿を見つけ、合流したときに、ミアは自分たちが見つけ保護したことは伝えたのだが。
実際にその姿を見て、迷子だったパートナーにいてもたってもいられなくなったのだろう。
走っていく彼女の背中を、セレンフィリティは他の皆と一緒に見送る。
「よかったわね、合流出来て」
「ほんと」
セレアナやシズルとともに、微笑ましくその光景を見遣る。
「うーん、こんなに呑み込まれてたの。思った以上にいっぱいいたのね……」
「ま、これだけ大きい生き物だからね。呑み込む量も範囲もそれだけ凄まじいってことなんだろう」
両手いっぱい、海パンいっぱいにぎっしり海藻を集めてちょっとした怪人海藻男と化した康之にジト目を向けながら、某が涼子の呟きに対し自身の見解を述べる。
「なるほど、ね。でも、大丈夫かしら? こんな事故起こしちゃって。このクジラ、危険生物扱いされたりは」
「なーに。それならだいじょうぶ」
「うむ、心配ない」
迎え入れた蒼の月とハイタッチを交わし、リンが言う。蒼の月もまた、彼女に続く。
「ここまで大きなやつは、そうそう島の近くまできたりはせんよ。今回はたまたま、疲れて洞窟で眠っていただけだ。そもそもこれだけ大きいからこそ、島から旅立たせたのだしな」
「それこそ宝くじなみの確率ってとこ、か」
「そう言われると、運を使っちゃった気がしてなんかもったいないわね」
某のぼやきに、セレンフィリティの感想。周囲から、くすくすと気楽な笑いが漏れる。
「さてと。さすれば、彩夜すけのやつが回復し次第、行くとしようか。外の連中のタイミング的にも、もういい頃合いだろうからな」
オーナー、喉までのルート、ばっちりロープで確保できてます。
サムズアップの後、郁乃が満面のスマイルで蒼の月に向けて手を振る。
「大丈夫? 立てる?」
ベアトリーチェに介添えられて、彩夜も立ち上がる。
行けます。……泳ぎ、もっと練習しないとですね。苦笑気味に口許を歪めて、寄り添ってくれる彼女に笑みを向ける。
「ん、まあ無理はしなさんなー。こんだけ人手がいれば、運んであげるくらいはできるだろうしね」
「あ、はいはーい。ライフセーバーとして私が責任持って、ばっちりしっかり運びますよーう」
美羽が、郁乃が口々に続けて、ありがとうございます、と彩夜も返す。
んじゃ、こっちだよー。張られたロープに手をかけつつ、リンが皆を先導する。
「口そのものが多少開いてさえくれれば、クジラの歯はひげになってて、俺たちが押しのけて出てくぶんには大した障害じゃない。ま、気楽に行けるだろうよ」
エヴァルトが皆に言い、フレンディスは無意識にベルクの手をぎゅっと握っていた。リリアも、エースと手を繋ぎ、互いを確かめ合う。
蒼の月が、通信機を取り出す。口腔部近くまでいけば、きっと外の連中ともばっちり通信は繋がるはず。
「行くか」
そして誰ともなく、そのひと言を言った。各々がごく自然に一度、自分たちのきた道を振り返っていた。
なかなか、ない体験をしたと思う。
まあ……悪くはなかったかな。そんな、想いを胸に秘めながら。
*
「よし! 中の連中と通信が繋がった! コタロー!」
「あい!!」
樹の指示を受け、ヘリファルテに乗ったコタローがクジラへと接近していく。
もう十分に、クジラの位置は浅瀬に寄っていた。先導のチキンレースをやっていた章と太壱の機体が、入れ代わるようにクジラから離れていく。
「どっちが勝った?」
「さあー……引き分けってとこかい?」
そんな、軽快で能天気なやりとりが、聞こえてくる。
「いくれすよー!!」
コタローが、防水加工の施されたガムテープで、無理やりクジラの鼻、潮吹き穴を塞いでいく。
流れるように、的確に。もう潜ろうにも浅すぎるくらいのところまで、クジラの体はやってきている。こうやって、塞ぎさえすれば。
「少しの間だが、我慢してくれ。すぐに沖に返してやるからな」
樹が、泪が。コタローが穴を塞いでいく様子をじっと見守る。
最初のうちはときおり立ち昇っていた飛沫が、徐々に細く、薄くなっていく。溢れてくる水の量そのものが、徐々に狭まっていく穴に減って行っている証拠だ。
やがて、クジラの泳ぎもまた緩やかに遅くなっていく。
苦しげな鳴き声が、会場に木霊した──……そう、「聞こえた」。つまりそれは、クジラが口を開いたということ。
どうだ、出てくるか──固唾を呑んで、事の推移に海岸の皆が視線を集中させる。
まだ。
まだ、出てこない。
……まだ、なのか?
ひどく、時の流れを遅く、長く感じた。
──しかし。
天に向かって大きく開かれた咢から、少しずつ影が見え隠れしてくる。
そして、その影が無数に確認でき、更に陽光の下に彼ら、彼女らが現れたのをはっきりとみてとれたとき──海岸では、歓声があがっていた。
わきあがったその歓声はあまりに大きく、あまりに盛り上がっていて。
それが、神様の悪戯を誘ったのかもしれない。
防水加工をされていて、何重にも張られていたとて──やはり、ガムテープはガムテープ。周囲に満ちているのは無論、水。
強い風が一陣、海上を吹き抜けていった。
その疾風に煽られて、貼り付けられたガムテープが青空の下、舞った。
直後、である。
なんとも情けない、男の悲鳴が。
青空の下、衆人環視のもと、響き渡っていった。