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食材自由の秋の調理実習

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食材自由の秋の調理実習

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中華−炒め物



「いい? 中華で炒め物って言っても難しいことを要求してないから。洗った食材を炒めるだけよ。勿論、腕に自信がある人はどんどんアレンジしちゃって。わからない人は自分のレシピ見せてね。できるだけ私がサポートするから」
 雅羅は肩から力を抜いて行きましょうと炒め物班の面々に任せてくれと頷いて見せた。
「セ、セレン、炒め物は私が作ってあげるから、あなたは助手になってちょうだいね?」
 開始早々にセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が抑えた声で懇願している。
「何言ってるの。料理こそ、この私に任せなさい!」
 顔面蒼白のパートナーとは打って変わってやる気に満ちているセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は大船に乗れと自分の胸を叩いた。
 料理という分野に絶対的自信を持つ彼女の、レトルト食品ですら人外魔境の物体にか化学変化させるという現実を知っているセレアナは目眩を覚え思わず恋人の両肩に自分の手を置いた。
「セレン、料理は私が作るから、あなたは助手をやってね? ね? ね? ね?」
 思考の隙も与えず断固阻止での鬼気迫る勢いで、彼女は恋人に詰め寄ったのだった。

「今日はどういう料理作るの?」
「今回は中華を作ろうと思います。もちろんちょっとアレンジしまして」
 芦原 郁乃(あはら・いくの)秋月 桃花(あきづき・とうか)と仲良く持ち込んだレシピの最終打ち合わせをしていた。
「アレンジって?」
「知ってますか。中華料理の本場、中国には『五行思想』というのがあるのだそうです」
「えっと……たしかあらゆるものには木・火・土・金・水の5種類の元素が影響してるってやつだっけ?」
「そうです。そして色では黄を中央に東に緑、南に赤、西に白、北に黒の五色を配置するそうです。そこでそれを活かそうと思います。」
「というと?」
「野菜にはジアスターゼやビタミンCを多く含む白野菜、カロチンの緑野菜、リコピンやベータカロチンの赤野菜、ビタミンDの黒野菜、ルテインの黄野菜と分けることがあります。面白くないですか?ちょうど同じ色なんです」
 饒舌な桃花に郁乃は感心するのと同時に、その博識さにただ相槌を打つ。
「へぇ〜、それを活かすんだね」
「はい。お皿の盛り付けもこれに合わせようかと思います」
「名づけて『五色膳』だね」
「もしくは五色炒め盛りかと…」
 調理法に合わせるなら炒めと付けた方がそれらしく響く。が、郁乃が提案した名前は耳に心地よく、想像が膨らむ。

「どうしてあたしが料理作ったらいけないわけ! 助手って何よ、助手って!」
 セレンフィリティの声が一際強く響く。パートナーの言い分に理不尽を感じて、私の腕が信じられないのかと激高してした。
「さっき、うん、って頷いてくれたじゃない」
 気迫に物言わせて了承させようとしたが呆気無く覆された。
「私が作るって言ってるのよ。この私が腕によりをかけて作ってあげるって言ってるのよ! なんで私が作ったらいけないのよッ!」
 むしろ自分がやらねば誰がやる状態で燃える油に水を注ぐ勢いで燃え滾っているセレンフィリティにセレアナはあわあわと口を戦慄かせた。戦慄かせて、きゅっと唇を引き結んだ。
 この腕にかけて意地でも作ると袖を捲り上げる仕草をしたセレンフィリティにセレアナは、憂いた溜息も甘く睫毛を伏せて興奮する恋人の右手を両手で優しく手繰り寄せる。
「私……セレンの料理を他の人に食べさせたくないの……」
 俯いた顔の陰る瞳にうっすらと涙が浮かんでいるのを見て、セレンフィリティはハッとした。
「だから、 ――お願い」
 セレアナ渾身の殺し文句は果たしてセレンフィリティの意志を曲げるう事に成功したのだった。

 羞じらいながら大人しくなったセレンフィリティの横で、郁乃は桃花に問いかける。
「で、わたし達は何お手伝いすればいい?」
「それでしたら郁乃様には材料運びを、荀灌ちゃんには盛り付けをお願いいたします」
「オッケー!任しといて、いっとういいやつ選んでくるからね」
 桃花が主役だから全部任せる! と絶大な信頼で助手に回った郁乃と荀 灌(じゅん・かん)は頑張れと彼女にエールを贈る。

 そんな光景を調理台を挟んだ反対側で眺めていた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)と二人で唖然としていた。
「面白い構図になってるねぇ」
 全く以て対照的な二組である。
 秋は大地の恵みは勿論、海の幸も見逃してはならない。
 秋の代表格である茸をあえて使わず、旬もののスルメイカを弥十郎は捌き始めた。
 もともとは紋甲イカとキュウリの組み合わせなのだが、今回のテーマに合わせてスルメイカとトウガンを用意してもらった。スルメイカやトウガン銀杏、唐辛子果ては塩や片栗粉まで全てパラミタ産の物を用意してもらっていた。かなりの我儘だっただろうと思うが、食材の良さを料理の腕と共にアピールしたかった。
「えっとぉ、確かイカのミルク炒め、だったっけ?」
 計量カップを片手に首を傾げる真名美は、初めて耳にした料理にへぇと感嘆の表情だ。
「地球にもこんな料理があるんだね」
「ああ、これ美味しいよぉ。ミルクの甘みとトウガンが何ともいえないんだ」
 味を想像し思わず目を細めた弥十郎に、ふむふむと真名美が相槌を打つ。
「もう一品少し塩辛い炒め物があるともっと引き立つけど、この一品にしておこうかな」
「何で?」
 材料はあるし、同時に複数の料理を並行させる方法もあるだろうに、謙虚なパートナーを真名美は不思議がった。
「え、十品程作りたくなってきちゃうから、かなぁ」
 振る舞いたくなるほどおすすめしたい料理は沢山あるのだ。

「荀灌ちゃん、これを北にお願いします」
「はいっ! 分かりましたです」
 優しい声での指示を受け、少女は盛り付けは任せて下さいと顔を輝かせた。手際よく出来あがっていく様は見ていて気持ちが良い。
 料理に限らず持っているスキルは基本的に高くその上優しい。女の子として、同じ同性として、また年上のお姉さんとして、理想の女性像として、少女は桃花を憧れの象徴として尊敬を改めていた。
「あたしが野菜でもお肉でも何でも切り刻んであげる!」
 パートナーの説得という名の殺し文句に胸を打たれたセレンフィリティがセレアナと共に食材選びから帰ってきた。
 出だしが遅くなったのを感じ速攻追い上げるわよと中華包丁を振るった。
 野菜も肉も魚も問答無用にぶつ切りに刻まれていくが、何故かその切り口は非常に美しい。見目も綺麗に下拵えされていくきのこや海鮮類をセレアナはオイスターソス炒めへと昇華していく。
「低カロリー、高アミノ酸、食物繊維、カルシウムに銀杏以外の食材の入手、うん、誰かに教えたくなるねぇ」
 調味料を分けた皿を受け取り弥十郎はうんうんと鍋を振るった。
 秋は本当にどれもこれもが美味しい季節だ。