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第7章 家族とキノコ

「あー、女がエラいのはうちの家系かもしれんな。どういう意味でって、そりゃあ色んな意味でさ。黒いの、そっちはどうなんだ? ん?」
「はは……」
「いつまでもうだつが上がらないなんて景気の悪い事ぁないよな?」
「はははは……」
「樹ちゃん、そんなにいじめちゃダメだよ〜」
「なぁに、この程度、いじめた内に入らん」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)林田 樹(はやしだ・いつき)が酒を酌み交わしていた。
 もっとも、ベルクを肴に樹が飲んでいるというような状態だが。
 それを苦笑しつつたしなめるのは緒方 章(おがた・あきら)
「はーい、おつまみだよ」
 口を挟みつつ手を動かすのも忘れない。
 バターでさっと炒め、塩コショウ。
 章の手で、樹たちが採ったキノコが次々と美味しそうに料理されていく。

「全く、お袋も飲みすぎだろ…… おっ、いい匂い〜」
「ふふ。こうやって、目の前で採った物が料理になるって嬉しいですね」
「僕はキノコよりドッグフードの方がいいのですけれど……」
「はー、そえでもぽちたん、ちゃーんとたべるのえらいれすねー」
 遠巻きに見ているのは、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)林田 コタロー(はやしだ・こたろう)、そして緒方 太壱(おがた・たいち)
 名付けてお子様とその保護者係。
 ちなみにお子様組がポチの助とコタローとフレンディス。保護者が太壱という区分け。
「ぽちたん、おにゃじおしごとのーし、なかよくしおーね!」
「ふ、ふん……僕はご主人様にお仕えする任務以外の事はしないのだ!」
「ぽちたん……」
 大きな瞳を潤ませるコタローに、さすがにポチも言い過ぎたかと焦る。
 しかしコタローの立ち直りは早かった。
「とこりょでぽちたん、コウノトリのよびかた、しってまうか?」
「コウノトリ?」
「こたね、ねーたんとあきにコウノトリよんでもらうんれす! あかたんのおねーたんになるんれす!」
「ぶっ」
 コタローの発言に、太壱がむせる。
「コウノトリ……僕には分かりません」
「そうですねえ。鳥というくらいですから、やはり餌で呼ぶのがいいのではないでしょうか」
(分かってねえ! こいつら分かってねえ、セーフ!)
 真顔で顔を見合わせるフレンディスとポチの助を見て、保護者として胸を撫で下ろす。
「あかたんは、ですねえ……」
「あー、こた姉、それはだな、親父とお袋が仲良くしてな…… って何丁寧に説明しようとしてんだ俺っ!」
 頭を掻きむしりながらその場にしゃがみこむ。
(親父とお袋……そうだ)
 ふいに太壱に湧きあがる感情。
 感情は、太壱をふらりと立ち上がらせる。
「こた姉。悪い」
「のーしたんれすか?」
「ちょっと親父たちの所に行ってくる」
 ふらふらと歩き出す太壱。
 その前には、同じ様にふらふらと歩き出すフレンディスの姿もあった。

「アキラ! こっちに来い!」
「ベルクさん……こっちに来てください!」
 樹が章の手を引くのと、フレンディスがベルクの肩を掴むのと、同時だった。
「かまえ! 撫でろ……その、だ、抱っこしろ!」
「いくら樹さんとでも……あんまり、他の女の人とばっかりお話しないでください」
「お、お、お……」
「え、え、え……」
 突如として愛しい女性から迫られて、嬉しい反面何がなんだか理解できないといった男二人。
 そこからの反応が早いのは、章の方だった。
「はいはい、こうやって、ぎゅーってして……あとはキスでいい?」
「あの、その、えーっとだな……ああ」
 一気に形勢逆転され、素直に章の腕の中に収まる樹。
(すげえ……さすが章さんだ!)
 尊敬の念すらこもった瞳で自分を見ているベルクに、章は片目を瞑って告げる。
「ウェルナートくん、この先、正気で楽しみたいなら料理に手を出さない方がいいよ」
(料理……? フレイは何か変な物でも食ったのか?)
「ベルクさん。ちゃんと私を見てください」
「は、い?」
(ベルクさんって! フレイが俺の名前を呼ぶなんて!)
「その……私も樹さんのように、ベルクさんに甘えたいんです!」
「ええっ!」
「い、いやそのえぇと、違うんですマスター! これは何かの間違いで、そんな……ええと」
「フレイ、大丈夫か?」
 混乱しているフレンディスを見ると、この嬉しい状況でも心配が先に来てしまうベルクだった。
「……ええと、さっき、お話してたじゃないですか。キノコ狩りの企画の、サニーさんのこと」
「あ、ああ(なんで急にサニーの話!?)」
「そういうのが、嫌なので……いえ、嫌だなんて思っているわけでは……」
「ああ、うん、よしよし」
 とにかくフレンディスの頭を撫でる。
 隣りでは、同じ様に樹の頭を撫でる章。
 そこに、更に新たな乱入者。
「親父ー、お袋ーっ! 甘えさせろ―!」
「うわっ」「な、なんだバカ息子……」
「ご主人様になにするんですかー!」
「ぐわあっ!」
 樹たちに飛びついたのは太壱。
 ベルクに飛び掛かったのはポチの助。

「俺を置いてなんで先に逝っちまったんだよぉ……親父、お袋ぉ……」
 樹と章の胸に顔をうずめるように泣く太壱。
 その言葉に二人は顔を見合わせる。
「章……」
 いつの間にか泣いたまま眠ってしまった太壱のポケットを探り、樹はある物を取り出した。
 錆びた鉤型のイヤリング。
 樹は無言で、自分のしているイヤリングを見せる。
 太壱の持っていた物と、寸分違わぬその形を章は黙って見つめるのだった。

「エロ吸血鬼! ご主人様と一緒にいることは許してやってもいいでしょう。でも、でも……」
「はいはい……手を出すな、とか言うんだろ?」
 いつもと同じ様にフレンディスとのひと時を邪魔され、ベルクは溜息をつきつつ鷹揚に頷く。
「もっと僕のことも構ってください!」
「はいは……えええっ!?」
「犬は一匹だと寂しくて死んでしまうんですよっ!」
「いやそれ初耳!」
「だから僕はコタローさんたちともっと仲良くなりたいのです! ……はっ、な、なんて考えておりませんよ!」
「ぽちたん……」
 声に振り向くと、急に走り出したポチの助を心配してついて来たコタローの姿。
「こちはぽちたんのお友らちれすお?」
 もふもふもふ。
 ポチの助の頭を撫でるコタロー。
「う……もっと、もっと撫でてくださいっ!」
「こうれすか? こうれすか?」
「ああっ、もっとー!」
 もふもふもふもふ。
「……な、何なんだ」
 突然甘えだしたフレンディスとポチの助。
 腕の中の彼女の存在は嬉しいが、ベルクはそれよりも二人の、いやここ一帯の異変が気になってしまう。
「ん?」
 ちらりと、林の中を見おぼえのある白い影が走った。
「あれは……もしかしてハデス?」
 だとしたらこの異変も奴のせい?
 あいつめただじゃおかねえ……と立ち上がろうとするが、それを押しとどめる膝上の存在。
「ベルクさん……行っちゃ、嫌です」
「あ、ああ……」
(やばい可愛い動けない!)
 金縛りにあったように硬直するベルク。
 そんな二人の、いや一行の上にピンク色の煙が流れ込む……