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リアクション
1/月明かりの下
せっかく、追いついたところだったのに。なんて、タイミングの悪い。
「待ちなさい!」
駆け出した夏來 香菜(なつき・かな)の目にはもはや、どうにか合流を果たした小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)たちの姿は映ってはいなかった。
見えているのはそう、逃亡に転じた長いローブの男、それの見せる背中だけ。
「香菜、待って!! ひとりじゃ危ないから戻って……ああ、もう!! あんたたち、邪魔しないでよっ!!」
香菜が、追いかけるその相手を標的に定めたように。逆に手負いの彼女もまた同様に、この通り魔の一派の標的に相違ないというのに。
ただ、感情に任せて動く香菜はあまりに一心不乱で、そのことに気付いていない。だから、美羽はルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)とともに彼女を追いかけてきて、どうにか追いついたのだ。
乱入してきた黒づくめたちさえ邪魔をしなければ、眠り続ける詩壇 彩夜(しだん・あや)のもとに、傷つき冷静さを欠いた香菜を連れ戻せたはずだった。
自らの力不足を嘆くのはいい。そのために友を犠牲にして、悔やむのだってかまわない。
だけれど、負傷を押して自分を感情のまま無理に動かしたところで、誰より彩夜を悲しませる結果にしかならないのは火を見るより明らかだ。
おそらくはローブの連中が保険として用意した雇われ用心棒だろう、黒服のこいつらにかまっている暇はない。香菜を、助けに行かないと。
「美羽、行って! ここは私が!!」
「そう、したいけどっ!! ……数、多いよっ!?」
ルシアの声に、応じる美羽。
彼女の提案を受け容れたくはある。だが、ひとりで相手をさせるにはいささか、敵の数が予想外に多すぎた。
またこいつらが吸命の琥珀とやらを持っていない保証はどこにもない。ふたりで迅速に突破するしかない。
だが、果たして間に合うだろうか。誘い出された香菜に、再び追いつけるか?
「──とっとと行ってくれ」
「っ!?」
行く手を阻んでいた黒服がふたり、同時に倒れる。
その向こう、得物でとんとん、と肩を叩きながら月明かりに照らし出され現れたのは──紫月 唯斗(しづき・ゆいと)。
更に爆音とともに、ヘッドライトの光がこちらに迫ってくる。
男たちを蹴散らし、美羽とルシアの盾になるように躍り込んできたその機晶バイクには、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)が跨っていた。
「はやく行け、ルシアとこいつらのことはこっちに任せろ」
「……わかった! お願い!」
すぐに蹴散らして、追いつく。
煉が言葉とともに噴かしたエンジンが唸りを上げて、それを背に美羽は香菜を追う。
*
四つ並んだ病室のベッドは、うちふたつがまだ空だった。埋まっているのは、ふたつ。眠っているのは、ふたり。
そのうちの、片方。愛する者の眠り続けるそのベッドの傍らに、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はいた。
目覚めぬ、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の手を、両の掌にぎゅっと握って。
「……ほんとうに、手のかかる子なんだから」
その手に込めた力に、ベッドに眠る恋人がいたずらっぽく笑いながら「痛いわよ」なんて言って、なにごともなかったかのように起きることを心のどこかで期待して、そしてそれが今はまだ叶わぬことだと理解もして。
「いつもいつも、びっくりさせて」
通り魔の件は、セレアナも耳にしていた。また、セレンフィリティがそのことを、気にかけていたことも。
だからといって、まさか。こんなことになるなんて。
彼女が、その犠牲者のひとりに名を連ねた。そう連絡を受けてなお、実際に眠り続けるその姿を見るまで、セレアナは信じられなかった。だが見せられては、受け容れるより他になかった。
だからこうして、今は眠る彼女に寄り添っている。
「──はい?」
扉の向こうから、ノックの音が聞こえた。応じるとあちら側から開かれて、その先に見知った顔がひとつ覗く。
「……なにか、あれから変わりは」
つい先ほどまで、同じようにもうひとつの埋まったベッドへと寄り添っていた人物がそこにいた。
山葉 加夜(やまは・かや)──、彩夜のベッドの傍に、今セレアナがセレンフィリティへとそうしているように、同じく座っていた彼女が装備を整えて、扉を開けていた。
彼女の問いに、セレアナは残念ながら、と首を横に振ってみせる。
そうですか。俯きがちに、微かに加夜は肩を落とす。
「行ってきますね。あとのこと、お願いします」
彼女は、これ以上犠牲者を増やさぬ道を選択した。
犯人たちを止め、そして捕らえること。後輩のようにベッドへと横たわる者は、もうここまででいい。
「ええ……あなたも、気をつけて」
その想いは、愛する人の元に残ることを選んだセレアナとて同じだった。再び閉じられる扉と加夜とを見送って、セレンフィリティを見る。
彼女たちのような目に遭う人間は、もうたくさんだ。
ふたつ、ベッドが空いているなら。空いたままのほうがいい。
窓の外の夜空を、ひと筋の星が──……飛び立った加夜の駆る、箒の軌跡だ──、流れていく。
セレンフィリティの傍にいる自分に、この事件に対してあとはなにができるだろう? セレアナは考える。
恋人の、ベッドの隣。彩夜が同じように眠る様子を見つめて。
彼女たちだけでない、治療を受け続け、眠り続ける人々のことを意識する。
「……わかりきった、ことね」
それはあまりに明らかで、悩むまでもないこと。
目覚めないのなら。それなら。
どうすれば目覚めるのか、探すだけだ。そのための方法を、追究すること。
それが、彼女たちのもとに残った自分にできること。できることを、今はやろう。
月明かりに照らし出される病室で、セレアナは顔を上げた。
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