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愛を込めて看病を

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愛を込めて看病を
愛を込めて看病を 愛を込めて看病を

リアクション

 ピンクを基調とした女の子らしい部屋で、神月摩耶(こうづき・まや)はベッドに入って寝込んでいた。
 部屋と同じくピンク色のベビードールを着て、大人しくしている。室内がメルヘンチックなこともあり、まるで囚われのお姫様状態だ。
「摩耶様、食欲はありますか? おかゆを作ったのですが」
 と、部屋へやって来たのはパートナーのリリンキッシュ・ヴィルチュア(りりんきっしゅ・びるちゅあ)だ。
「うーん、少しなら食べられる、かも……?」
 と、摩耶は寝返りを打ってから身体を起こす。
 リリンキッシュはベッド脇まで来ると、手近な棚の上におかゆの入った皿を置いた。
 おかゆの中にスプーンを入れ、一口すくう。
「摩耶様」
 と、名前を呼んで顔を向けさせると、リリンキッシュはスプーンを自分の口の中へ入れた。そうして少し覚ましてから、摩耶へ口付ける。
「っ、んん……」
 口移しでおかゆを食べさせてもらいながら、摩耶は彼女の身体に手を触れた。普段と違って立場が逆転していた。
 甘い甘い食事を終えると、摩耶の身体はすっかり火照っていた。
「あ、熱い……もう、リリンのせいで汗かいちゃったよぅ」
「それなら、すぐに拭きましょう」
 と、リリンキッシュは皿を片付けに行き、タオルを手に戻ってくる。
 ベビードールの裾をめくって身体を拭いてやるリリンキッシュ。摩耶は敏感なところを触られる度に、びくびくと肩を跳ねさせた。
「少しは落ちつきましたか?」
「う、うん……」
「それでは、あとはゆっくりお休みになって下さい」
「そうだね、ちょうど眠くなってきたし」
 摩耶は再びベッドへ入り、うとうととまどろみ始める。
 リリンキッシュは彼女にきちんと毛布をかけてやったが、その後でごそりとベッドの中へ潜り込んだ。
「ぇ、り、リリン……? 何でお布団、入ってきて……」
「いえ、あまり熱いと眠れないでしょうから、摩耶様と身体を重ね、ほどよく冷ましてさしあげましょうかと」
 と、服を脱ぎ始める。
「ん、リリンの肌、ひんやりしてて気持ちぃ……って、ちょっとぉ!」
 リリンキッシュに抱きしめられ、摩耶は鼓動が高鳴るのを感じた。
「ぁ、そこはダメぇ……今はそんなコトする元気、ないのにぃ」
「摩耶様……」
 熱のせいか、意識がもうろうとしてくる。摩耶は抵抗する気力すらなく、リリンキッシュの思うままにされるのだった。

   *  *  *

 寒気を感じた途端、佐野和輝(さの・かずき)は盛大にくしゃみをした。
 嫌な予感を覚えるとともに、風邪をひいたと自覚する和輝。
「うーん、薬を飲んでから仕事するか」
 と、和輝は結論づける。彼にはやらなければいけない仕事があるし、薬を飲むことさえ許されなかった昔にくらべれば、今は良い環境だと言えた。
 しかし、妻の佐野ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)は気づいていた。
「和輝さん、風邪ひいたんですか?」
「いや、これくらい、どうってこと――」
「それはいけません! すぐに安静にしなければっ」
「え、安静にって、そりゃあ無理はしないつもりだけど」
「とにかく、お外には出ないで、今日は一日中お家にいてもらわないと! 和輝さんは放っておくと出て行った挙げ句、他の女性をたらしこんでしまうです!」
「はぁ!? ちょ、ちょっと待て、ルーシェリア! 分かった分かった、安静にしてるから!!」
 と、和輝は言うが、ルーシェリアは無理やり彼を寝室へ連れて行き、ついには身動きできないように拘束してしまった。

「えー、和輝が風邪!? 大変だぁ!」
「ですので、アニスさんたちは大人しく他の部屋で遊んでてくださいね」
 と、ルーシェリアはアニス・パラス(あにす・ぱらす)へ言った。
「風邪が移らないよう、和輝さんの部屋には入らないでください。悠里ちゃんも、いいですね?」
「ええ、分かったわ」
 と、佐野悠里(さの・ゆうり)はうなずく。
 ルーシェリアは満足げに微笑むと、さっさと和輝の看病をしに行ってしまった。
「ぶーっ! アニスだって看病したいのに!」
 と、不満げに言うアニス。
「しかたないから、一緒に大人しくしてようか……とでも思ったか!」
「えっ」
「和輝のためにおかゆを作るよ!」
 と、アニスは意気揚々と台所へ向かい出す。
「あ、食べられないほど辛いのなら、卵酒も造っておこうかな。悠里も、手伝ってくれるよね?」
「ええ、もちろん」
 悠里もぱっと顔を輝かせ、アニスの後を追った。

「やばい……マジで熱出てきた」
 と、和輝は意識がもうろうとする中でつぶやく。仕事の途中に倒れなくて良かったと思いつつ、どんどん弱気になっていく自分に気づく。病は気から、というのは本当のことらしい。
 ぼーっとする頭の中で、和輝はただただ落ちていく感覚を覚えていた。
「和輝さん、そろそろお薬の時間ですが」
 と、ルーシェリアは歩み寄りながら、夫の異変に気がついた。
「どうかしましたか?」
「……ルーシェリア。傍に、いて……くれ……」
 と、和輝はかろうじて動く手を、彼女の方へと伸ばす。
「もう……一人、ぼっちは……いや、なんだ……」
「和輝さん……大丈夫ですよ。ちゃんと、ここにいますから」
 ルーシェリアは優しく言って、和輝の手をぎゅっと握った。
「……うん」
 すぐそばにいる人の温もりを感じて、和輝はほっとしたように表情を緩めた。
 しばらくの間、そうして彼が落ち着くのを待ってから、ルーシェリアは口を開いた。
「和輝さん、お薬は飲めそうですか?」
「……うん、飲む」
 と、弱々しくうなずく和輝。
 ルーシェリアはにこり微笑むと、さっそく薬の用意をした。

「出来たー!」
「じゃあ、悠里がお父さんのところに持っていくわね!」
「うん、よろしく。アニスは台所を片付けてるねー」
 と、アニスはおかゆを皿に移し、お盆へと載せる。
 悠里はそのお盆を両手で持ち、慎重に歩き始めた。
 アニスと二人でお父さんのために作ったのだと言ったら、彼は喜んでくれるだろうか。お母さんはきっと、驚くだろうけれど。
 ドキドキワクワクしながら、悠里は寝室の扉を、塞がった両手の代わりに身体で開けた。
 少し覗いた隙間から見えた光景に、悠里は思わず目を疑った。
 ルーシェリアが和輝とキスを――否、口移しで薬を飲ませていたのだった。
「……って、悠里ちゃん、いつから見てたですか?」
 と、気づいたルーシェリアは尋ねたが、悠里は分かりやすく顔を真っ赤にしていた。
「ゆ、悠里は何も見てないわよ!?」
 と、言い返すが、見ていたのがバレバレな台詞だった。
 そうして気まずくなる母と娘のことなど知らず、和輝はすうすうと眠りにつくのだった。

   *  *  *

「翔が風邪をひくなんて、珍しいこともあるもんだな」
 と、ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)は言った。
 大人しくベッドに入った本郷翔(ほんごう・かける)は言う。
「健康管理はしっかりしていたつもりなんですが……」
「まぁ、しょうがないさ。次からはもっとしっかり健康管理すればいいだけの話だろ」
「……そうですね」
「オレがちゃんとチェックしてやるから、安心しなって」
 と、ソール。こう見えても医者であるため、任せておいても損はないだろうと思われた。
 ソールの判断で処方されたのは、漢方系の薬だった。身体の抵抗力を強めるものだ。
「食欲はあるか?」
「そうですね……少しなら」
 翔に薬を飲ませると、ソールは自ら台所へ立った。翔の弱った身体を配慮し、おかゆと生姜湯を作る。
 一方の翔は、布団の中でぼんやりと考え事をしていた。一刻も早く執事の仕事へ戻りたいが、その前にきちんと風邪を治さなければいけない。
 ――うつせば治るとよく言うが……そんなものは迷信だ。ソールが風邪をひいて弱っているところは見たくない。しかし、看病してみたいと翔は思った。

 ソールに作ってもらったおかゆと生姜湯を飲み、身体が温まってきた頃。
 翔は再びベッドへ横になり、パートナーの名前を読んだ。
「あの、ソール」
「ん? どうかした?」
「その……何か、話をしてほしいんです。ソールの話を聞いてるうちに、眠れるかと思って」
 と、弱々しく、そして恥ずかしそうに言う。
 ソールはにっこり笑うと、おかしそうに言った。
「ふふ。今の翔、すごく可愛いよ」
 と、翔へちゅっとキスをする。
 翔はドキドキと胸を高鳴らせるだけで、抵抗することはなかった。
「続きは翔の風邪が治ってからな」
 と、ソールは優しい口調で言う。
 普段のソールはあまり自分に対して積極的でないため、翔は嬉しくてたまらなくなる。しかし、今はただ弱々しく微笑み返すだけだった。――こんな時くらいは、精一杯甘えてみたい。

   *  *  *

「病院に行きましょう」
 と、ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)は言った。
「うーん、病院はちょっと……注射は痛いし」
 と、風馬弾(ふうま・だん)は言い返す。
「ですが、熱が38度もあるのに」
「大丈夫だよ。たぶん、これくらいの風邪ならすぐに治ると思うんだ」
「そうですか? うーん、それなら……今日は一日、大人しく部屋で寝ていて下さいね」
 と、仕方なく引き下がるノエル。
「分かったよ。じゃあ、ちょっと気分転換に雪を見に――」
「ダメです!」
「えー、ちょっとだけなのに」
「ダメなものはダメなんです。弾さんは布団に入って寝ていて下さい」
 と、ノエルは弾の背中を押して無理やりベッドへ入らせた。
 元気なのか元気じゃないのか、よく分からないパートナーだが、だからこそノエルは心配だった。風邪をひいたのなら、病院へ行って薬をもらってくるべきだが……はっと、ノエルはひらめいた。

「具合が悪いと聞いてきたけれど、大丈夫?」
 やって来たのはアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)だった。
「え、えぇ!? あああ、アゾートさん!?」
 弾は驚きのあまり、アゾートとノエルの顔を交互に見る。
 ノエルは弾に構わず、状況を説明した。
「弾さんったら風邪をひいたみたいで、今朝から熱が38度もあるんです」
「風邪か……じゃあ、ボクが調合した薬、飲んでみる?」
「えっ」
 薬、という言葉に弾はびくっとした。
 アゾートは彼の様子など気づかずに、持参してきた薬を取りだした。
「ちょっと苦いけど、これを飲めば、熱はすぐに下がると思うよ」
「で、でも、アゾートさんに悪いし……」
「? ああ、もしかして苦い薬は飲めなかった?」
「いやいや、そんなことはない、けど……!」
 年上の女性は苦手な弾。まんまとノエルにしてやられていた。
「あ、その前にもう一回熱をはかってみて」
 と、アゾートに言われて、弾は再び体温をはかる。結果が出るまでの間に、アゾートは尋ねた。
「症状はどんな感じなの? 頭が痛いとか、喉が痛いとか……」
「くしゃみは出るけど、少し寒気がしてるくらいで、頭痛とかはないよ」
「そう、じゃあやっぱり熱を下げて、しっかり栄養をとれば大丈夫だと思う」
 体温計の結果を知らせる音がして、弾はそれをアゾートへみせた。
「38度2分……布団の中で、ちゃんと静かにしてた?」
 弾は気まずそうに視線をそらす。
 ノエルは呆れた顔をしたが、アゾートはかまわずに薬を彼へ手渡した。
「しっかり汗をかいて、熱を出しきってね」
「分かったよ、アゾートさん」
 と、弾は嫌々ながらも、覚悟を決めて薬を飲んだ。
 やはり、アゾートを呼んできて正解だったとノエルは思う。これで、弾もようやく大人しくしてくれるだろう。