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リアクション
【八 聞く者、調べる者、探す者】
再び、カフェ・ディオニウス。
相変わらず源次郎に話しかけようと試みるチャレンジャーは後を絶たないのだが、その一方で、独自の調査を進めている者も居た。
例えば、黒崎 天音(くろさき・あまね)とブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の場合。
このふたりは若崎源次郎ではなく、蒼空学園校長{SNM9998736#馬場 正子}から話を聞き出すべく、カフェ・ディオニウスに呼び出そうとしていたのだが、生憎と多忙の為、断りの返答しか貰えなかった。
しかし全く何も対応しないのは申し訳ないとして、代理の者を寄越すという。
そして、現れたのは――。
「やぁお待たせ」
蒼空学園料理研究部『鉄人組』の現組長、三沢美晴であった。
天音とブルーズは椅子から立ち上がり、わざわざイルミンスールまで足を運んでくれた美晴に謝辞を述べてから、同じテーブルの椅子を勧めた。
「遠いところを、申し訳なかったね。どうしても、お聞きしたいことがあったものだから」
「気にしなくて良いよ。たまにゃあ森の空気を吸うのも、悪くないさ」
そこへウェイトレスのアルバイトに入っているカッチン 和子(かっちん・かずこ)が、オーダーを取りに来た。
「エスプレッソをお願いするよ」
「はい、ありがとうございま〜す」
美晴は案外、趣味は渋い方らしい。
和子はテーブルからの去り際、スポーツ新聞をブルーズに差し出した。
少し前に、頼んでおいたものであった。
実は和子自身、客が多い割にはオーダーの数が意外と少なく、若干手持無沙汰になりかけていたので、近くの書店に走って週刊誌やスポーツ新聞などを買い込んできていたのである。
ブルーズに渡したのは、そのうちの一部という訳であった。
「美晴さんだと、流石に伊ノ木美津子さんのことを聞くのは無理があるかな」
「あ〜、校長に訊きたかったのは、それかい? だったら、最初から訊くだけ無駄だね。その件については、墓場まで持っていくっていってたからね」
天音とブルーズは驚いた表情を浮かべ、互いに顔を見合わせた。
逆に美晴の方が、訝しげな様子で天音の端正な面を覗き込む。
「どうして美津子さんの話を聞こうだなんて、思ったんだい?」
「そうだね……パニッシュ・コープスとヘッドマッシャーから連想されるウィンザー・テクノロジーズと強化人間というワードから辿り着いたのが、美津子さんだから、ということかな」
天音の答えに、美晴はやれやれと小さくかぶりを振った。若干、不快げな色が見え隠れする。
「んなこと校長の前で口にしたら、あんたら間違いなくブッ殺されるよ。他人の心の中にずかずかと踏み込むつもりならさ、もうちょっと深いところまで考えな」
思いがけず美晴から説教を食らう破目となったふたりは、神妙な面持ちで頷く以外になかった。
空気が若干、気まずくなってきたところで、上手い具合いに和子が美晴の前にエスプレッソを運んできた。
「お待たせしました。どうぞごゆっくり〜」
いいながら、しかし和子の耳は美晴と天音達とのやり取りに対し、ダンボの耳になっている。
一言一句すら聞き漏らすまいとなっているその集中力は、一体どこからくるのだろう。
それはともかく、折角和子が丁度いいタイミングで空気を切り替えてくれたのだから、このチャンスを活かさない手はない。
ブルーズはわざとらしくならないよう、さりげない所作でスポーツ新聞を広げた。
その動作を合図にして、天音はまるでたった今、思い出したかのような風を装って話題を変える。
「そうそう、思い出したんだけど……蒼空ワルキューレの前共同オーナーだった田辺さんが退任した理由については何も聞いてないかな? 確か彼女も、ウィンザー・テクノロジーズの元社員だった筈」
「あぁ、それなら知ってるよ」
美晴のこの言葉に、天音やブルーズのみならず、和子も半ば前のめりになる程の勢いで、耳を傾ける。
いよいよ、核心に迫ろうとしている――少なくともこの三人には、そのように思えた。
「ウィンザーに復帰する為さ。何でも、ワールド・ウォリアーズ・エンバイロメント社にウィンザー・アームズの株式の半分を譲渡して共同経営体制を取るからっつって、その合資に関する色々ややこしい業務に対応する為に呼び戻されたって話だよ」
天音は一瞬、首を傾げた。
ワールド・ウォリアーズ・エンバイロメント社という企業名を、どこかで聞いた覚えがあったのだが、それがどこでなのかが思い出せない。
だが、その答えは美晴の口からあっさり飛び出した。
「何だよ、知らないのかい? SPBにスポンサー出資してた企業のひとつだよ。今年になって撤退したらしいけどね。業種は、民間傭兵派遣会社さ。去年のシャンバラ・ハイブリッズとの試合を考案したのも、この会社だよ」
更に美晴は、声を潜めて天音とブルーズに顔を寄せて、言葉を続けた。
「ここのランス・マクマホンって社長がさ、随分と黒い噂の多い野郎らしくってさ。教導団の何だっけ、え〜っと……あ、そうそう、確か弾頭開発局ってところと、妙に懇意らしいんだよね」
天音は思わず、息を呑んだ。
パニッシュ・コープス、ヘッドマッシャー、レイビーズS3、弾頭開発局、そして傭兵派遣業を営むワールド・ウォリアーズ・エンバイロメント社。
何かが、繋がったような気がした。
* * *
ところ変わって、ヒラニプラ。
ウィンザー・アームズ社からの帰路についていた叶 白竜(よう・ぱいろん)は、世 羅儀(せい・らぎ)が運転するセダンの助手席で、天音からの携帯着信に素早く対応した。
「はい、叶です。どうでしたか?」
電話に出た当初は、いつもの温和な表情を見せていた白竜だが、天音のスピーカー越しの声を聞くにつれ、見る見るうちに険しい色へと変じてゆく。
やがて通話を終えると、白竜は、後部座席に陣取ってノートパソコンを開いている玖純 飛都(くすみ・ひさと)に向き直った。
「どうやら、あなたの推測は当たらずとも遠からず、といったところのようです」
「……ということは矢張り、教導団内部で何らかの腐敗が横行している、ということか」
飛都の声に、運転席でハンドルを握る羅儀が、一瞬だけ、顔をしかめた。
「参ったね。天下の国軍が獅子身中の虫を抱えているなんざ、笑い話にもなりゃしない」
だが、軍と民間の軍産企業との間の癒着という話は、昔からよく聞く話題でもある。
否、これは別に軍だけに限った話ではない。
権力を持つ組織は得てして、財力に富む企業と何らかの繋がりを持とうとする。その理由はただひとつで、お互いに甘い汁を吸う為である。
その真偽をそれとなく確かめるべく、白竜と羅儀はウィンザー・アームズに二度目の訪問を果たした訳なのだが、結局今回も大した話は聞き出すことが出来ず、当たり障りのない抽象的な話題で煙に巻かれただけに終わってしまっていた。
が、白竜が構築しつつある情報網は、白竜自身の行動の成否に関係なく、様々な情報を彼にもたらしてくれている。
例えば天音との連絡などは、そのうちのひとつであった。
「ワールド・ウォリアーズ・エンバイロメント社というのは、どのような企業なのですか?」
「ちょっと待ってくれ、今、検索をかける……よし、出てきたぞ」
飛都は検索を終えたノートパソコンを、助手席に差し出した。
受け取った白竜は、LCD上に映し出されている情報を、丹念に読み取っていく。
「正直、今回初めて聞いた名前ですが……案外、規模の大きな会社のようですね。拠点は地球、デトロイトですか。しかし傭兵派遣そのものは、世界各国にて展開中だそうですね」
「地球か。コントラクターはほとんど存在しない世界だな。もしそこで、ヘッドマッシャーやレイビーズS3で強化した傭兵なんかを派遣出来たら、相当な儲けが出るんじゃないか?」
ところがそこに、羅儀が納得いかないといった様子で、口を挟んでくる。
「けどよ、何でそこに弾頭開発局が関わってくるんだ? そこがよく、分からないんだよな」
羅儀の疑問に対し、飛都は腕を組んで、うむ、と小さく頷く。
「スーパーモールに投下されたノーブルレディは確か、レイビーズS2感染者だけを殺害する目的で投下される筈だったんだよな、最初の段階では」
飛都のいわんとしていることに、白竜もようやく、思考が追いついた。
思わず成る程、と両掌を打ち合わせる。
「使用済みのS3強化兵を現場で始末するには、ノーブルレディはもってこいですね」
「そりゃ確かにそうだが、なんでまた、ノーブルレディなんだ?」
まだふたりについていけない羅儀は尚も、疑問を繰り返す。答えたのは、白竜だった。
「……若崎源次郎が、パニッシュ・コープスを去ったから、ではないでしょうか」
即ち、ワクチンを作る手段がない為、ノーブルレディをS3感染者の後始末に使えるよう、完成させておく必要がある。
その為には、弾頭開発局の技術力が、どうしても必要なのであろう。
「となると……残るは、謎のイレイザーっぽいやつだな。こいつは一体、何なんだろうな」
「さぁ、そればかりは何とも」
白竜の情報網の中には当然、今回出現した謎の巨大物体に対する捜索も含まれている。
抜かりは無かった。
* * *
ベルゲンシュタットジャングルでは、尚も巨大物体の捜索が続けられている。
白竜の情報網の一角を担う裏椿 理王(うらつばき・りおう)と桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)は、途中で一緒になったザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)、強盗 ヘル(ごうとう・へる)、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)といった面々と共に、例の巨大な穴の出口付近に当たるポイントにて、巨大物体の行方を追っていた。
だが、一同はそこで予想外の存在と遭遇していた。
それは、体長およそ3メートル程の、漆黒の甲殻を持つ巨大な蠍であった。
しかも特徴的なのは、毒針を持つ尾が二対伸びており、更に前足に当たる爪鋏も左右それぞれ二対ずつ、都合四本の爪鋏を武器としている。
単純にこれだけならば、蠍の亜種の魔物か何かかということで片付けられたかも知れなかったのだが、この特殊な形状の蠍型の魔物に対しては、この場に居る全員が、ある存在について酷似していることを、遭遇した当初から理解していた。
「くそっ、何でこいつらが、ここに居るんだ! それも、こんなに大量に!」
思わずヘルが、悪態をつく。
それもその筈で、この蠍型の魔物は一体だけではなかったのだ。彼ら捜索隊の周囲の地面から、次から次へと湧き出すように這い出てきている。
「こいつらの親玉があいつだってのは、ほぼ間違いないよな」
毒針の攻撃を上手くかわしながら、唯斗は緊張に強張った声を漏らした。
この蠍型の魔物達の姿を見た以上は、もう二度と出会いたくないと思っていたあの怪物の再登場を、否応なく連想しなければならない。
「理王さん、屍鬼乃さん、データはまだ、送れないのですか!?」
ふたりを守りながら戦うザカコに、理王は厳しい表情でかぶりを振る。
パニッシュ・コープスが一帯に妨害電波か何かを流しているのだろうか、この現場での採取データを白竜に送付しようとしている理王と屍鬼乃のHCが、上手く動作してくれないのである。
だが理王とて、教導団の情報課で様々な技術を培ってきたという意地とプライドがある。この場は何としてでも、白竜にデータ送付を完了し切ってしまおうと必死になって頑張っていた。
「数が、どんどん増えてきている……そういつまでもは、もたないよ!」
いつもは飄々とした態度で常に余裕を感じさせているエースですら、焦りの色が濃い。
それ程、彼らが遭遇した存在の意味するところは大きいのである。
「すまない、随分と待たせた。今、送信が開始した。後一分だけ待ってくれ」
ようやく理王のHCが、電波接続を完了してデータの送信開始に成功したらしい。後は途中で途切れないことを祈るばかりである。
一方、ザカコも自身が装備するHCの通信機能を起動し、移動中のルカルカに連絡を入れた。
「ルカルカさん、こちら、ザカコです! 今、理王さんが白竜さんへデータを転送してくれています。自分からも後でルカルカさんに転送しますが、とにかく大変なことが起きているということだけ、先にご報告しておきます!」
『了解したわ。何か、とんでもないものと遭遇してるみたいね』
「えぇ……とんでもないどころの騒ぎじゃないですよ。まずはこちらの身の安全を確保してから、後程、また連絡します。では!」
そこで一旦、ルカルカとの通信を終えた。
その間、理王の白竜へのデータ送信が完了していたらしい。後はもう、早々にこの場を退散するばかりであった。
まずザカコがケイオスブレードドラゴンを召喚し、次いで唯斗が金剛影龍『飛影』を召喚。
二体のドラゴンの背に、その場の全員が分乗して宙空へと舞い上がった。
蠍型の魔物の群れは、上空の敵に対しては全くの無力であった。勿論、そのサイズからして、当然といえば当然なのだが。
「しかし、こいつらの親玉となれば、話は別だよね。ちょっと高く飛んだぐらいじゃ、確実に叩き落とされるだろうね……」
飛影の背に跨ったまま、エースが表情を強張らせて静かに呟く。
彼らが遭遇した蠍型の魔物――その原型は、かつて遭遇した巨大サイボーグ生物フレームリオーダーの一種、フォートスティンガーそのものだったのである。
それも、ただフォートスティンガーの外観を小さくしただけ、という訳ではない。よりにもよって、あの蠍型の魔物の群れは、イレイザーと同等の電磁波を放っていたのである。
つまり、スポーン種と極めて酷似した存在だといえるのだ。
「とてつもなく、嫌な予感がしてきたぜ」
ヘルの言葉を背中に受けて、ザカコは表情を更に厳しくした。
フレームリオーダーが、帰ってきた。
それも、イレイザーの電磁波を伴って。
破滅的な予感が、全員の脳裏をかすめていった。
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