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全てはあの子の為に。完結編。

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全てはあの子の為に。完結編。

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1章「焦り」


 〜町内部・大通り〜


「せやぁっ!」

 振り抜いた剣が腐敗したゾンビ……グールの胴体を斜めに斬り裂き、その活動を停止させる。
 勢いそのままに後方に近づいていたグールの首を跳ね飛ばし、よろよろと動く胴体を蹴り倒す。

「はぁはぁ……こんなんじゃ、いつまで経っても……辿り着けない!」

 額に汗滲ませるシエルは肩で息をしながら遠くに見える屋敷を見つめる。

「そう焦ってもいい事はないよ。僕らがキミを必ず彼女の元に――」

 清泉 北都(いずみ・ほくと)が声を掛けるが話しを最後まで聞かずにシエルは屋敷へと走り出す。

「ちょっと! 一人で突っ走ったら……」
「どうやら、聞こえていないようだな」

 溜め息交じりで話すモーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)の言葉にそうだね、と相槌を打ち北都は武器を構えた。

「だったら、彼が走れるように道を開ければいいだけだよ。行くよ、モーちゃん」
「……言われるまでもないのだよ」

 大型のグールに阻まれ、上手く攻めきれず防戦一方となるシエル。ここまでグールはかなりの数葬ったはずだが、
 通常サイズのグールはどこからともなくわらわらと戦闘の場に殺到してくる。
 大きく腕を振り上げた大型のグールは勢いよく拳をシエルに叩きつけた。剣を上段に構え拳を受け止めるシエルだったが、
 背後から迫ったグールの爪に背中を斬り裂かれ、膝をつく。

 「ぐ……ぁ」

 歯を食いしばり、力の抜けそうになる腕に力を込め拳に押し潰されまいと彼は抵抗する。
 ふと、視界が白一色に変わり冷たい風が辺りに吹き荒れた。吹き荒れる吹雪はグール達の身体を次々と凍り付かせていく。
 そう時間も経たずに辺りには腐れた氷像が無数に立ち並ぶこととなった。

「ふぅ、何とか間に合ったみたいだね」
「北都さん……」

 剣を降ろし、荒い呼吸を整えながらシエルは北都を見る。
 北都は屋敷の方をじっと見ているようだった。

「キミ達を守れなかったのは、依頼を受けた僕らの責任だ……だから今度こそ、キミを守り通して彼女の元に連れて行ってあげたい」
「…………」
「でもあんたが突っ走り過ぎたらこっちも守りきれないって事よ」

 彼らの背後から凍り付いたグールを蹴り倒しながら歩いてくる、
 いかにも寒そうなビキニむす……もといセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はさらに続ける。

「無いも考えずに猪突猛進なんかで大切な人を救えると思ったら大間違い。」

 俯きただ拳を強く握りしめるシエル。
 セレンは屈んで座り込んでいるシエルに手を置くと、

「いい? 私達にできるのはあなたのサポート。だって、あの子を本当の意味で救えるのは
 あなただけなんだもの。そのあなたが先に死んじゃったら、誰がリールを救うというの?
 ほら……深呼吸して。意識をクリアにするの」

 深く深呼吸をして、シエルは次第に落ち着きを取り戻す。

「ふふっ……ちゃんとできるじゃない。よし、囚われのお姫様を救いだしに行くわよ!」
「はいっ!!」

 シエルは立ち上がり、力強くセレンに答えた。
 その様子を見ていたモーベットはぼそりと呟く。

「あの者、ちゃんとした事言えるのだな……見た目はアレだが」
「もーちゃん……そんなこと言ったら可哀そうだよ。見た目はアレだけど、いい人なんだから」
「そうだな……シエルを元気づけたのは確かだ。そこは評価しよう……見た目はアレだが」

 ふるふると肩を震わせ、セレンが吼える。

「うるっさぁぁぁぁぁぁぁいっ!! 見た目はアレとか見た目はアレとか美少女なのに口悪いとかやかましいわよ!!」
「いや、最後のは言った覚えがないんだが……」
「いいからそこになおれぇぇっ! 二度とそんなこと言えないようにしてあげるから!!」

 銃を乱射し、腐れた氷像を粉砕しながらモーベットと北都、なぜか巻き添えを食ったシエルをセレンは鬼の形相で追いかけていく。

「……貴女も大変だな。セレンは毎回こうなのか?」

 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)に尋ねられたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は深いため息をつきながら答える。

「……ええ、大体は。」
「まさかとは思うが……その服装も……」

 唯斗の目は戦闘には不釣り合いに見えるセレアナのレオタードに向けられた。出るとこは出て締まる所は締まっている為、
 露出度はそう高くないものの色気が漂うその服装にしばし唯斗の目は釘付けになりそうになったが、
 彼は目にもとまらぬ高速で視線を顔に戻した。どうやら無遠慮に見るのは失礼ではと思ったようだ。

「はい……抵抗しなければ……ビキニでした」
「そうか――苦労しているのだな」
「もう…………慣れました」


 〜屋敷内部・地下〜


 崩れた瓦礫を避けながら、少し崩壊した地下を進む三人の人影。
 私兵団団員カーネ・ベスティアと同じく私兵団団員エルブ・フルールそして団長の息子アルバ・トライゾン。
 三人は地下にどこからともなく現れるゴーストやゾンビを倒しながら少し広い部屋に辿り着いていた。

「エルブ大丈夫? 少し休憩しようか?」

 疲れ気味のエルブを気づかいカーネは休憩を申し出るが、アルバはそれに反論する。

「疲れるにはまだ早いんじゃないか? まだ地上まで距離があるし、こんな所で立ち止まっていたら
 ゴーストの類に襲われるかもしれんしな」
「一切戦っていないアンタが言うなっ!」

 今にも噛み付かんばかりのカーネの様子にアルバは、へいへいと肩を竦めて休憩をしぶしぶながら了承した。

 瓦礫を椅子代わりに座ったカーネはエルブに尋ねる。

「なんでいきなりゴーストなんか地下に出て来るのよ……動物型の魔物ですら紛れ込んだことないってのに」
「うーん……上で何があったのかな……あちこち崩れてるってことは確実に何か起きたんだろうけど……」
「団長と連絡もつかないし、一体何が……ん?」

 アルバが真剣な顔つきで考え事をしているのに気付き、カーネは声を掛けた。

「アルバ……団長の息子なんだし何か聞いてないの?」
「……いや、俺は特に…………なんだ、この気配……!?」
「気配? 特に何も感じな――」

 そう言い終える前にアルバは走りだし、カーネとエルブを掴むと渾身の力で跳躍しその場を離れる。

「きゃっ!?」
「うわっ!?」

 直後先ほどまでいた場所の天井が砕け、何かが降りてくる。
 小脇に少女を抱えた死神のような姿の大型の魔物。大鎌を構えたそれは三人を見かけると即座に攻撃を放ってくる。
 アルバは剣を抜き放ち、目にもとまらぬ高速の剣閃で放たれた黒い刃を全て打ち落とした。

「何よ……あれ!!」
「死を運ぶ闇……ここのお嬢さんに封印されている魔物だ……ああなってるってことは……しくじったな親父め」
「アンタさっきは何も知らないって……!」

 カーネはアルバを問い詰めるが、アルバはなおも止まぬ攻撃を捌きながら叫んだ。

「そんなことはどうだっていい! 今は逃げろっ! この先に書庫がある! そこに隠れていろ!」
「でも、アルバは……!」
「俺はこいつをある場所に行かせないように食い止める!」
「残していくなんて私は……!」

 エルブがカーネを抱き抱え、走り出す。

「エルブ!? 何すんのよ! 離しなさいよ!!」
「ダメだよ、カーネ。僕らがいたら……きっとあの人の足手纏いになる」
「そんなのやってみなくちゃわかな……」
「あの魔物の気配にすら気づけなかったんだよ? あそこにいても何もできないよ」
「……くっ」


 〜屋敷内部・地下書庫〜


 二人は埃の匂いのする書庫に足を踏み入れた。
 乱雑に本が積み上げられており、どれもよくわからない単語や記号ばかり書いてあって何を書いてあるかはさっぱりわからなかった。
 ひときわ大きな机が部屋の真ん中にあり、その上に小さな手記があった。

「何なのよ、この資料の山は……」

 カーネが辺りを見回す横でエルブが手記を手に取り、読みふけっている。

「……あれ、エルブ何読んでるのよ?」
「どうやらこれ、領主様の手記みたいなんだ……何か情報がないかなって」

 エルブの手元を覗き込みカーネも一緒に読み始める。
 そこにはこう書いてあった。


 彼は元々は領主の血筋を守る為に生まれた存在。

 過去、初代領主の青年は自らの妻を守る為に、本当の死を運ぶ闇と戦う為に
 自らを儀式によって異形化させた。

 ※儀式内容:自らの愛する者の血を吸わせたペンダントを首から下げ、
      自らの心臓を剣で貫く。

 力を尽くし、死を運ぶ闇を滅ぼすことに成功するものの、
 彼が異形の姿から元の姿に戻ることはできなかった。
 悩んだ末、彼は妻の身に守護として宿ると、代々の血脈を見守っていくと決意する。

 妻は彼の遺志を継ぎ、領主の地位に付き立派に町を治めたのである。

 時が経つにつれ、異形化した青年は領主の血脈の者に忘れ去られていく。

 ある時、町が巨大な魔物に襲われた時、異形化した青年は再びその姿を現した。
 強大な力で魔物を滅するその姿と力に恐怖した時の領主は
 儀式を用いて、青年を厳重に封印しようとした。

 封印は青年に苦痛を与える物であり、幾重にも張り巡らされた封印が
 次第に彼の正気を奪い、その心を崩壊させていく。

 破壊と滅びの衝動に支配された彼は、封印が弱まるたびに復活し町を壊滅に追い込んだ。

 いつしか彼は過去に現れた死を運ぶ闇と混同され、彼自身が死を運ぶ闇とよばれるようになっていく。


 私は死を運ぶ闇と呼ばれた初代領主の真実を突き止め、
 呪われし呪縛から彼を解放する方法を捜していた。
 そしてついに見つけてしまった。

 その方法は、儀式と同じく領主の血筋の者の心臓を貫いた剣を用いて
 彼を葬る事。

 他の方法も探したが、呪われし呪縛を解放する方法はどうやらこれだけのようだ。
 後の事はクリムに任せる事とする。
 リールよ、こんな方法しか取れない私を許してほしい。

「これって……じゃあ、もう領主様は……」