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リアクション
桃色料理
蒼空学園の家庭科室から漂ってくる、芳ばしい匂い。
「そろそろいいかな〜?」
ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)がそういってフライパンの蓋を持ち上げる。
フライパンやボウルを使って作られた簡易な燻製器の中には、良い具合に色付いたベーコンが。
「わぁ、美味しそう!」
結衣奈・フェアリエル(ゆうな・ふぇありえる)が出来立てのベーコンを見て歓声を上げる。手元では生クリームや牛乳、粉末のチーズ、卵黄を入れたボールをシャカシャカと音を立ててかき混ぜていた。
ネージュは出来上がったベーコンを細かく切っていく。
コンロの鍋では沸騰したお湯の中にリングイネのパスタが。こちらはネージュ手作りの桜パスタである。
デュラム小麦に桜の花弁のペーストを練りこんだ麺は綺麗な薄桃色をしていた。
「ねじゅちゃん、これまだ混ぜた方がいい?」
「あ、もう大丈夫そうだね。それじゃベーコンとハーブを混ぜようかな」
みじん切りにしてカリカリに炒めたベーコンを結衣奈のボールに入れるネージュ。さらに黒コショウやナツメグ、コリアンダーといったスパイスやハーブ、桜のペーストも加えていく。
「このベーコン、桜の香りがするね!」
「燻製に桜の枝を使ったの。燻製器が無くて代用品で作ったから心配だったけど、うまくできて良かったぁ♪」
最後に細かく刻んだ桜の葉を混ぜると、ソースの出来上がり。
茹で上がったリングイネにソースを絡ませると、ほんのりピンクのカルボナーラの完成である。
「ん〜、美味しい♪」
味見をした結衣奈が幸せそうな表情に。
味は勿論のこと、ソースに混ざっているみじん切りの葉っぱが桃色の麺と合わさり、見た目も香りも桜を思い起こさせるその料理は他者から見てもとても美味しそうである。
「これなら酔っ払いさんたちも食べてくれるよね?」
「うん、きっと大丈夫! 後は小皿に分けて…あ、今分けちゃうと運ぶの大変だから、公園に持っていって分けないとね。紙皿とかあるかなぁ?」
「盛り付けはボクが頑張るよ! あ、紙皿探してくるね」
そう言ってその場を離れる結衣奈。
「ほー、皆色んなの作るなぁ〜」
他の調理メンバーの料理を眺め、芦原 郁乃(あはら・いくの)が感嘆の声を上げた。
傍らでは秋月 桃花(あきづき・とうか)がしじみの味噌汁を作っている。
郁乃は桃花へと視線を移す。桃花は鍋に味噌と酒を加えている所だった。
「ん〜……」
郁乃は何故かもやもやとしていた。先程からずっと考えているのだが、理由が分からない。
桃花の料理が心配だというわけではない。むしろ桃花の作った料理は人気が出ても不思議じゃない、というより出て当たり前な位美味しいのである。
そこまで考えて、ようやく自分が何を気にしていたのか気付く。
(そうかっ! わたしだって口にしてないものを、赤の他人が食べるのが気にいらないんだ)
そうと分かれば、と郁乃は味噌汁の味見をしている桃花へと声をかける。
「桃花、最初は私に食べさせて! 桃花のどんな些細な始めてだってわたしじゃなきゃ嫌なんだ」
それを聞いた桃花は少し顔を赤らめて微笑んだ。
「もう、郁乃さまったら……。良いですよ。丁度今出来上がった所です」
そう言って桃花はお椀に味噌汁を注ぎ入れ、上から薬味ねぎを散らす。
「はい、どうぞ。もうすぐおこわも出来上がりますから、そちらも味見をお願いしますね」
「うん、勿論! ん〜、幸せな味がする♪」
味噌汁を一口飲んだ郁乃が幸福そうな表情に。大げさですよ、と謙遜する桃花もまた嬉しそうに顔を綻ばせていた。
その時、炊飯器が軽快な音楽を鳴らした。おこわが炊き上がったのだろう。
桃花は刻んでおいた桜の花をおこわに加えると、さっくりと混ぜる。
そしておこわをおにぎりにすると、大き目の桜の葉でおにぎりを包み桜餅風にし、その最初の一つを郁乃へと差し出した。
「どうですか?」
「ん〜美味しい! やっぱり桃花の作る料理は最高だねっ!」
桃花特製のおこわを口いっぱいに頬張り、これでもかと褒めまくる。
「ありがとうございます」
郁乃の絶賛を受けにっこりと笑う桃花。その笑顔を見て、更に幸せな気分になる郁乃なのだった。
「ふむ、皆捗っているようだな」
馬場 正子(ばんば・しょうこ)が料理を続ける一同を見回し、そう呟いた。
「余所見してねえでさっさと自分も作りやがれ」
弁天屋 菊(べんてんや・きく)が正子を睨む。その手には何故か木刀が握られていた。
「はっ!」
菊はまな板の上の肉塊へと木刀を振り下ろした。そのまま何度も何度も木刀で肉の塊を叩き続ける。叩かれた肉塊は徐々に柔らかく、細かくなっていき、やがて挽肉の塊へと姿を変えた。
出来上がった挽肉に軽く味をつけると、傍らで寝かせておいた白い生地で丁寧に包んでいく。
「ほう、桜肉の肉まんか。わしも負けてはおれんな」
菊の木刀捌きを見ていた正子が負けじと野菜を刻み始める。こちらはサラダを作るようだ。
「ところで、おぬしの料理は桜を使っていないように見えるのだが」
「ん? 桜肉を使うだけじゃ駄目か? 花弁とか使った料理なんてした事ないんだが…まあ飾りに塩漬けのやつでもくっつけりゃいいかね」
菊は肉まんの皮の天辺に塩漬けした桜の花弁を一枚ずつ貼り付けていく。
ちらりと正子の方を覗き見ると、正子は小さく刻んだ桜の花弁や葉をサラダに混ぜていた。
「ま、こんなんでいいだろ」
飾り付けを終えた肉まんを蒸し器に並べていく。天辺に桃色の花弁をつけた肉まんはとても可愛らしい見た目をしていた。
菊は蒸し器に蓋をする。あとは蒸しあがるのを待つだけである。
「さて、出来上がるまで暇だな……他の奴の料理でも覗きに行くとするかね」
正子達の隣の調理台では、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)とアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が調理をしていた。
さゆみは手まりご飯を、アデリーヌはシフォンケーキを作ろうとしていた。
桜の花弁や小さく切った桜の葉、それにグリンピースを混ぜたご飯を、食べやすさを考慮し一口サイズに丸めていく。
「大きさはこれくらいがいいわよね。あまり大きいと酔っ払った人達が喉に詰まらせるかもしれないし」
「そうですわね……あれだけ泥酔されているのですから、有り得そうで怖いですわ」
公園の惨状を思い出し、溜息をつくアデリーヌ。
二人は正子に半ば無理やり手伝わされることになった後、一度公園の様子を見に行っていた。
正に酷いとしか言いようのない有様であった。
「早くあの酔っぱらい達を正気に戻して、私達もゆっくりお花見しましょ」
さゆみは手まりご飯を作り終えると、今度はお茶の準備を始める。
一方アデリーヌはシフォンケーキにつけるクリームを泡立てていた。桜のペーストを混ぜたクリームは綺麗な薄桃色である。
丁度クリームが十分に泡立った頃、仕掛けておいたタイマーが音を鳴らした。
アデリーヌはオーブンからケーキを取り出す。こちらも淡いピンク色をしていた。
生地にもクリームにも桜を使った桜尽くしのシフォンケーキ。それをアデリーヌは食べやすい大きさにカットしていく。
そのうちの二切れを小さな皿に移すとクリームを乗せ、片方をさゆみへと差し出す。
「ありがとう、こっちも味見お願いね」
さゆみもまた手まりご飯を一つと、桜の花弁を浮かべたお茶をアデリーヌへと差し出した。
二人は自分達が作った料理を試食する。
手まりご飯は塩漬けの花弁が良い感じに塩味を効かせていた。桜の葉を混ぜて淹れたお茶は味は勿論のこと見た目も香りも良く、そして桜尽くしのシフォンケーキは濃厚な桜の風味が口の中に広がり、非常に味わい深い。
「うん、ばっちりね」
「これならお酒に酔った皆さんも喜んでくれそうですわ。さあ、早く食べさせてあげましょう」