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血星石は藍へ還る

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血星石は藍へ還る

リアクション

【12】


 三対の光りの翼が生えた背中には、広背筋がはっきりと盛り上がりをみせている。
 絶大な力でパワーアップしたコハクは力が続く30秒の間、槍を手に傭兵部隊の中で暴れ回った。
 突き刺し、抜き、振り、突き刺す。
 とてつもない速度で行われるそれに、百戦錬磨の傭兵達すら付いて行く事は叶わない。
 同じ間に美羽は、加速した足技を傭兵の脳天にお見舞いしていた。
 今の彼女は闘いの気で黄金色に輝き、文字通りに敵を蹴散らしてく。
 例え相手がテロリストでも主義に反するからと命は奪わない。
 ただ限界を越えた怒りは、いつもより過剰に力を食わせているようで、一撃を喰らわせるたびに敵兵は確実に昏倒した。
 それをサポートする様に動くのは真姫だった。
 自らも警戒をしつつも、隙をついては懐に飛び込み一発、そしてその場から離脱し、傭兵部隊の撹乱と牽制に一役買っていた。
 お陰で動き易くなった契約者達が自由に暴れるのを見て、真姫は歯を見せる。
 パートナーの姫星はすでに倒れた。
 だが彼女の残したメッセージを成就させる為にも、ここで止まる訳にはいかないのだ。

「皆が体験したことの無い速度の世界に連れて行ってあげる」
 悪戯っぽい笑みを浮かべて、ルカルカは全員に向かって彼女のみが使えるという体術の極意、即ち気を活性化し加速させることで波に乗ると、それを共鳴させることで超速世界を作り出した。
 ダリルを加速機の媒介にし、その速度を更に三倍に上げさせると、コードがそこへ更に更にで神速のスピードを加えた。
 脳が揺れそうな程のスピードだったが、ルカルカの超加速の力は判断能力をも加速させているお陰で、その辺はどうにかなっていた。
 問題があるとすれば負担により防御力が落ちる事だが、その程度のリスクはプラスマイナスゼロで逆に釣り合いが取れるくらいだ。
 敵兵達が自分のスピードに付いて行けないのを早速にルカルカがシーリングランスを放ちコマンダーの士気高揚の力を解除した瞬間、歌菜の歌が響いた。
 それにタイミングをピッタリ合わせた羽純の氷結攻撃により足場を失って固まっているコマンダーに向かって、羽根純は槍を手に飛び込んで行く。
「俺と歌菜の姿を見た奴は、速攻で片付けてやる!」
 妻とは別の意味で必死になりながら、羽純は槍をしごくように相手に向かって連打した。
 後ろへ退いて行くコマンダーの背にあるのは歌菜の赤色の穂先の槍である。
 一閃。
 紅焔と月光の槍は敵を討ち滅ぼした。
 丁度同じ頃何処からか合流してきたダリルの収穫の無さそうな顔に、ルカルカは首を傾げた。
「最上層に機晶戦車の砲撃を雨と降らせテラスごと破壊、上層の崩壊でテラスごと押し潰して一掃したいが……。地形の利用は戦術の基本。効率的だろ」
 と過激な発言をするパートナーに、「ここは駅だから施設壊すのは避けようよ」と最小限の被害に止めようと提案したら、「なら、先にやっててくれ」と何処かへ消えてしまっていたと思ったが。
 背中合わせになっていた耀助に指で合図されて、ルカルカはその場を離脱しダリルの元へ行く。
「ノパソ持って何かしてきたんじゃなかったの?」
「録音したジゼルの声を特殊攻撃の音と逆位相に変換し流そうと思ったのだが、
 ――あれはスピーカーの出せる音域を越えている。
 あれは音であって、音では無いんだ。
 逆にローテクな方法の方が効くのかもしれないな」
 ダリルが言いながら視線を送った先では、リカインが吼えるように歌いながらセイレーンの歌を打ち消している。
「そうね、でも決め手にかける」
 ルカルカは苦々しい表情で空を仰いだ。
 すっかり暗くなった空に白い影が飛び回る。
「成る可く傷つけずに……心も身体も救う。
 これって難しいわ」
「ならゲーリングを先に狙うか?」
 丁度その時だった。
 一人がまさにゲーリングに突っ込んで行く。
「セイレーン!」
 命令に反応してゲーリングの元へ急行しようとするセイレーンの髪を、銃弾が掠めた。
「今はそっちに行かないでくれよ」
 振り返ったところに居たのは、猫井 又吉(ねこい・またきち)だった。
 幾らか前だ。
 駐車場で武尊を待っていた又吉の携帯が騒ぎ出したのは。
 着信は武尊からで、状況の連絡だった。
「……了解だ、任せろ」
 停めていた円盤に乗って、先に屋上へ向かうと、上がってきた彼等を文字通り影に日向に援護した。
 獲物は対物ライフルだから、陣取る場所はいくら遠くても問題は無い。
「(むしろ、相手の攻撃やスキルの届かない位置から攻撃出来るからこの方が正解かもな)」
 又吉の予測通り、今もこうして又吉の弾はセイレーンを掠めているが、あちらは狙い撃ちにされる危険を避けるからうかつにこちらに近付いてはこない。
 邪魔者に音響の刃を放とうと声を上げるが、突然視界が奪われ混乱する。
 そこへやってきたのは、グロリアーナ・ライザの鳩尾への抜刀術の一撃だった。
 誰しもがセイレーンの死の歌を喰らわぬよう目を合わせずに居た為、正確な撃を当てる事が出来ていなかったが、グロリアーナ・ライザは闇洞術の力を利用し、その場を闇の空間にする事で逆に間合いを詰めたのだ。
 身を捩りこれを避けようとしたものの、大剣の切っ先はそこを掠め白いドレスを赤く染上げて行く。
 これ以上は殺しかねない。グロリアーナ・ライザがその一撃だけで退いてくれたお陰で、セイレーンは又吉の弾に撃たれる事も気にせずに命令に従いゲーリングの元へ飛んで行った。
 だがもう遅い。武尊はすでにゲーリングの目の前に居る。
「はあッ!」
 気合いの声は女になっている所為で何時もより高かったが威力は変わらない。
 鳩尾狙いの直突きを叩き込むと、倒れたゲーリングの頭に自分が被っていたパンツを被せ、ゲーリングの能力を無効化せんとグラブの手で奴の頭を掴んだ。
「これでジゼルを操れなくなるな」
 ニヤリと笑った武尊だったが、聞こえてきたのは意外な一言だった。
「私はね、貴方達みたいな野蛮人と違うんだよ」
 与えたはずの恥ずかしめとも言えるパンツが投げられて一瞬怯んだ隙に、ゲーリングとの間に現れたのはセイレーンの黒い瞳だった。
 赤い瞳孔は爛々と輝き、共に聞こえてくる歌に武尊はその場に膝をついた。
 ゲーリングは契約者では無い。
 ただの科学者で、人間だ。
 もう何も聞こえては居ないだろう武尊の頭を踏みつけにしながら、ゲーリングは話しかける。
 彼を助ける為、ローザマリアが一気に間合いを詰め移動する。
 彼女に続こうとした契約者達だったが、セイレーンの口から溢れた圧力を持った歌に誰もがその場に崩れ落ちた。
 パルテノペー。
 乙女の歌。
 私は誰も受け入れない。強固な意志は彼女を抱きしめようとする友たちを地面へと縫い付ける。
「セイレーンの喉元を見てご覧。
 美しい石だろう。
 Blutstein、これは私の作った……発明品とでも言おうか?
 これがある限りこのセイレーンは私のもので有り続ける。
 素晴らしいだろう。これで彼女は貴方達のような野蛮な人間とは違う、高貴で美しい兵器として生き続けるんだよ」 



「ちょっとこれ全然楽しく無いわ。あたし非力なのに」
 自分で素直にそう言ってしまった通り、近頃やっとちょっと名が売れてきたくらいのディーヴァであるマリー・ロビンにはこの辺りの、第二階層の敵は荷が重過ぎる。
『なんだかうるさいね』
 頭の中に響いたのは、宿主である葵の気怠そうな声だ。憑依した時に『寝てるから好きにしていいよ』と言われたが、本当にそうしていたらしい。
 大方この騒動で起きてしまったのだろう葵は、すぐに状況を判断して、マリー・ロビンに『気を強く持って』と指示した。それはまるで精神のバリアーのようにマリー・ロビンの心を守る。
『君はディーヴァで、僕はコンジュラーだ。
 力と音の嵐を巻き起こせば、道をあける位は出来る。
 この身体がどうにかなったら捨て置いていいからね』
 何の気無しに言う葵の声に、マリー・ロビンは仕方ない子供に言いきかせるように言うのだ。
「バカね、捨て置いたりなんかしないわよ。
 この世できっちり足掻いて足掻いて足掻くわよ」
 マリー・ロビンの望みは歌となり葵の力と溶けて、葵の言う通り荒れ狂う嵐を巻き起こした。
 視界と進行を塞ぐそれにその場で待機状態になった前衛の敵兵の中に刀を得物にした二人が見えて、カガチが「あれは俺の獲物だ」と前へ飛び出した。
 正面から左右に斬り掛かってきた二人の刀を上に振り上げつつ払い空いたスペースへ飛び込むと、振り返り様に横薙ぎにした刃で胴が二つに分かれ四つの肉塊が出来上がる。
 向き直り止まらずに走り続けた足は前の敵に向かい、そのまま力任せに上段から振り下ろした。
「当たらぬ!」
 かわされ横薙ぎに一閃が来たのを察知して、刃を支えながら受けその右手を上げ下ろしくぐる様に相手の刀を流した。
 その間にも新たな刺客がやってきている。
 確実な死を狙った頸椎への攻撃を避ける為しゃがんだように見えたカガチだったが、同時に一人目への攻撃も忘れてはいなかった。
 二本の足が順番に斬れた。
「お前さんに首はやれねえな」と返す刀で、首を狙った相手の腹を突いていた瞬間、腕に熱いものが走った。
 アサルトライフルのマズルがこちらを向いている。
「カガチさんすぐ行きます!」
 叫んだ加夜が空から降りてくるより前に、カガチは胴に刀が入ったままの敵を楯に弾を防いだ。
 直後の耳鳴りする程の銃撃の音に頭が持って行かれかけるが、気づけば目の前に倒れていたのは加夜のカーマインの銃弾を肩に喰らった敵だった。
「加夜は優しいなぁ。拾った命は大事にしとけよ」呆れているのかバカにしているのか分からない口調で言いつつ反対側から飛び込んできたアレクが、肩を抑え呻いている敵の脇腹に向かって右足の甲を入れる。下の階層へ落ちて行く奴から骨が何本か逝った音がした気がするが、まあ気にしない。大体生きてるだろう。大体。



 丁度ビキニアーマー事件があった時である。
 とりあえずおねーさんたちに付いて行こうとしたトゥリンの襟首が後ろに引っ張られた。
「Wait Wait Wait.It is still early for you.(待て待て待て、お前にはまだ早いよ)
 Aside from that,where is your master?(そんな事より、お前の「お師匠様」は?)」
 ロリポップを咥えたままトゥリンは銀色の長髪を揺蕩わせる女性、東 朱鷺(あずま・とき)を指した。
 アレクに言われたように特別子弟関係という訳でも無いが、あの時に導いてくれたのは彼女達だから、今聞かれたのはそいつは誰かって事だろう。
 アレクはトゥリンの手を引いたまま彼女の前に出ると、深く頭を下げる。
 そんな姿は一度も見た事が無かったので、トゥリンは咥えていたロリポップをその場に吐き出しそうになってしまった。
「宜しくお願いします」
「任されました」
 前に押された小さな肩を受け取って微笑む朱鷺の前から、アレクは向こう側へ去って行く。
それは幼い心に何かが連想されて、トゥリンは慌てて朱鷺へ振り返った。
「朱鷺! 
 ――アリクス……今行ったらまたダディやマミィやハムザみたいに居なくなったり……」
「葦原がキミに教えたのは『そうならないようにする為の力』です。

 さて、トゥリン。
 キミには帰る家も友も出来たのでしょう?
 この短期間で学んだ事を朱鷺に見せて下さい。あの時から成長した姿を。
 そして今度はその力で、新たな絆を新たな友を掴むのです」


 第二階層。
 正面からやってきた刃を縦に構えた槍で流し、バランスを崩した敵の足を払うトゥリンの足は傷ついている。
 伏した敵に刺した瞬間、そこに痛みが走ったが、飛んできたのは優しい言葉ではなかった。
「まだ歩めるはずですよ?
 その程度のキズで、立ち止まったらいけません。
 そうそう言い忘れましたが、朱鷺は今回はほとんど手を出しませんから、
 トゥリンに命の危険が迫っていて、かつ緊急の時だけ助けます。
 さぁ、立ち上がって進みましょう。
 キミの求める未来に向かって」
「うるさい……!」
 悪態をついて槍を握る拳に力を入れ、踏ん張り堪える。
 抜いた刃で正面へ向かい突きを入れ、右から着た敵兵へブッ刺さったままの槍を振り回して当てた。
 トゥリンの小さな身体でそれは辛い攻撃だ。
 荒い息を上げながら、それでも敵へ食って掛かって行くトゥリンを、朱鷺は薄い笑みを浮かべたまま見守っている。
 緊急の時だけとは言ったが、確実に
 『朱鷺が助けます』。
 と教えてやったのに、未だに甘えを見せないその根性を朱鷺は買っていた。
 自らが突き進む陰陽の道を歩むに相応しい精神だと思っていた。
 それでも相手はまだ未熟な子供、時に厳しい助け舟だけは必要だろう。
「……そろそろ限界ですか?
 それともまだ進みますか?
 キミには帰る家が出来ました。
 キミには慰めてくれる友も出来ました。
 そこに逃げ込むのも選択の一つですよ?
 それは恥ではありません。
 それもキミが手に入れたものなのですから、

 ……ただ、後悔しない選択をしなさい
 人は過去には戻れません。
 後悔し懺悔したところで、失ったもの間違ったものは戻りませんから」
 朱鷺の一つ一つの言葉が、叩き込まれる様に、染み渡るようにトゥリンの中に広がって行く。
 見開いた目に映るのは、両親に捨てられ自暴自棄になっていた自分をここに繋ぎ止めてくれたあの人の背中だ。その大事な人を、そして新しい友をもう二度と失くさないように。
「(アタシの力で、守る!)」
 握りしめた拳に痛たもうと、傷ついた足が悲鳴を上げようともう一つも気にする事は無い。導く声に従って、トゥリンは突進した。
「あああああッ!!」
 力任せの叫びと共に最後の敵を突き刺したまま静止したトゥリンの肩を、朱鷺はそっと両手で抱いた。

「……よく最後まで歩めましたね。
 キミのその槍のように折れませんでしたね。
 キミの胸に宿る一本の鋭い信念。

 それはキミの武器になる」