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失われた絆 第2部 ~ゴアドー島の記憶喪失者たち~

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失われた絆 第2部 ~ゴアドー島の記憶喪失者たち~

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■第三幕:ニルヴァーナへの道

 綾原を初めとして集まった集団は行列となって街を歩いていた。
 あの後からも数名の仲間が増えて大所帯となっている、
 エンジェルを中心に話をしている女性集団、それを後ろから眺めながら久瀬を中心に集まっている男性の集団と大きく二つに分かれているものの、人が多いことに変わりはなく注目を浴びていた。
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が隣を歩く御凪に声を掛ける。
「しかし、イアペトスもアトラスも既に亡くなっている……たしか1万数年ほど前だったか、アトラスがパラミタを支えるようになったのは?」
「ですね。彼女の言葉を聞く限りではごく最近にイアペトスに異常があったように感じるのですけど」
「ラクシュミ君のように特異な能力は滅多にないようですから時を超えたという可能性は低いでしょうね。封印されていたのか、それに近しい状態にあったと考えても……」
「今、この島じゃ危ない事件も起きていると聞いた。物騒な噂と同時期に 熾天使風の記憶喪失者が現れたことから考えると……もしそんな昔の話が関わってるなら、『今』の被害者に共通点が無くても仕方ない」
「トラブルが起きてもワタシが守って見せるよ」
 いつ来たのか、笠置が二人に並んで歩いていた。
 彼女は告げると指先で氷の塊を生み出して見せる。
「守るのはワタシがするね」
「なら俺は戦ってみて可能なら倒す。そうそう死なせるわけにもいかない――彼女はニルヴァーナに所縁がありそうだが、ニルヴァーナ滅亡の原因であるイレイザーとかインテグラルなんかが現れたら、勝てる気がしないな」
「その時は逃げればいいよ、ね」
 笠置の言葉にエヴァルトは笑みで応えた。

 エンジェルたちが話している隣で東 朱鷺(あずま・とき)が興味深そうに彼女を見つめていた。
(これは……)
 東の目に映るエンジェルの姿は他の人が見ているだけでは分からないことも見えていた。
 その姿はあまりにも異質だった。
 少なくとも早々御目に掛かれる存在ではない。
 彼女は後方を歩いている久瀬たちに近づくと告げる。
「この朱鷺が見たところ、彼女はパラミタの種族ではありません」
「東クンが言うなら確かなんでしょうね」
「ニルヴァーナ人のようで機晶姫のようでもあるようです。具体的に言うとあの翼――」
 東の視線に促されて皆がエンジェルの背中を見る。
 純白の、金属質の翼がそこから生えている。
 熾天使の特徴とされる翼だ。
「あれとその繋がっている部分とその他一部が機晶姫と同質のものに見えました」
「……どこかで似たような話を聞いた記憶がありますね」
 御凪が考えるように腕を組んだ。
 エヴァルトも思い当たることがないか考えているようで同じように腕を組んで難しい顔をしていた。

 エンジェルは隣を歩いていた天貴に声を掛ける。
「天貴さんはやさしいですね」
「そう? 少なくとも今はそうかもしれないわ」
「今は?」
 彼女の意図するところが理解できていないのだろう。
 エンジェルは「う〜ん」とうなりながら、考えるように頭を左右に振っている。
(『今』は悪い子じゃないみたいだから守る対象なのよ……)
 天貴はエンジェルの頭を撫でる。
「あなたが悪いことをしたら怖くなるってことよ」
「き、きをつけます」
 あはは、とエンジェルは空笑いをした。
 告げる天貴の視線が厳しかったのかもしれない。
「まずは記憶を取り戻さないと、ね」
「はい。ありがとうございます」
 天貴に同意するように綾原やリースたちも「私たちも手伝いますよ」と彼女に告げた。
 皆、エンジェルのことを気にかけてくれている様子であった。



 しばらくして、皆の前に回廊施設が見えてきた。
 管理局の建物からこちらを見ている青葉たちの姿があったが、それに気づく者はいない。敵意がないからだろう。
「見たことないのに……なつかしい」
 エンジェルの言葉に皆が期待するような顔をした。
 彼女は前へ歩み出る。
「あ――」
 フラッと彼女の身体が揺れた。
 力が抜けたように倒れ込む。
 それを近くにいた天貴が抱き留めた。
「大丈夫?」
「え、あ……はい」
 自分が倒れたことに気付いていなかったのだろう。
 抱き留められている自分に気付いて恥ずかしそうに頬を染めた。
 彼女は己の足で立つと皆に向き直った。
「実は――」
「こんにっちは。みんな集まってどうしたの?」
 エンジェルの言葉を遮る形で現れたのはルカルカだ。
 彼女の後ろにはダリルの姿もある。
 事情を聞いたルカルカはエンジェルに話しかける。
「記憶喪失なんて大変ね。記憶が戻るまで仮に名前付けて良い? 君とかじゃ味気ないじゃん? 天使に似てるからエンジェル……とかどう、かな?」
「エンジェル……」
 嬉しそうに彼女は呟いた。
 気に入ったようだ。
「それじゃエンジェル、あなたの記憶探しルカルカたちも手伝ってあげる」
「そのことなんですけど」
 エンジェルは皆を見回して口を開いた。
「少しだけ思い出したの」
 彼女の言葉に皆が耳を傾ける。
「戦争、戦争を止めに来た……気がする」
「戦争だと?」
 ダリルが訝しんだ。
 他の者も理解が追いつかない様子だった。
「どことどこの戦争だ?」
「ニルヴァーナが始めた戦争。わたしたちが起こした戦争」
 頭痛がするのか、頭に手を当てる。
「それ以外、まだ……わからない。思い出せないの」
「エンジェルはニルヴァーナ人なのね」
 綾原の言葉に彼女は頷いた。
 皆が一様に同じことを考えた。
「ニルヴァーナの戦争といえばパラミタとの、ですかね」
 御凪が代弁するように告げた。
 しかしその戦争は一万年以上も昔の話だ。
 ただ一人、東が納得したように頷いていた。
「それで、ですか」
「何がそれでなんですか?」
「いえ、なんでもありません」
 久瀬の問い掛けに東は笑みを返すだけだ。
 これからどうすればいいのかと悩んでいるエンジェルに久瀬が話しかける。
「ニルヴァーナに行きませんか? 何をするにしても記憶を取り戻さなければ良い判断はできないでしょう」
「そうね、行って記憶を探しましょ。結構切羽詰ってて重大だって気がするもん。ルカの勘は凄くあたるのよ」
 だがニルヴァーナが滅びの道をたどったことなど話すことはない。
 今のエンジェルには酷な話だと判断したのだろう。
「行くのは良いのですけど……今は事件が起きているだとかで回廊の利用は制限がされているのでは?」
 久瀬のもっともな意見にダリルが応えた。
「俺たちがいれば大丈夫だろう。普通では入り難い場所にも入れると思うぞ」
「あ、ああ……大尉でしたね」
 久瀬はルカルカを見た。
 すると彼女はどうだと言わんばかりに胸を張る。
 自分の立場に自信があるのかもしれない。
「ありがとう」
 エンジェルの礼に二人は笑みを浮かべた。
 しばらくして、出立の準備が整った久瀬とエンジェルの二人が回廊を抜けていく姿を皆が見送った。

 遠くから一部始終を見ていた紫月がため息を吐いた。
「何か起きるかと思っていたが杞憂だったな……」
 彼は静かにその場を後にする。
 エンジェルを追っていた相手の正体はわからぬまま、彼女のパラミタで過ごす時間はこうして終わりを告げた。