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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第2回/全4回)

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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第2回/全4回)

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第5章 ヴォルロスで苗木探し


 生徒たちと海軍が水源にあるものを確かめようと冷たい海底を泳いでいた頃のこと。
 ヴォルロスではまた別の生徒たちがそれぞれの目的で街中を歩いていた。初夏の陽気の下、街は賑やかな物売りの声と行き交う人々の活気にあふれている。
「何だか若干の誤解はある気がする……」
 それを下方に見ながら、呟きながら。汗をかきかき、空も飛べる自転車をこいでいるジーザス・クライスト(じーざす・くらいすと)がいた。一生懸命こいでいるのは、こがないと墜落してしまうからである。
 それでも心の中は穏やかなものだ。さながら水面下で一生懸命水をかく白鳥のように……? ともかく、今はオフなのだ。バカンスを楽しもう。あと、パートナーの様子も見に行こう。
 ジーザスは群衆の中にパートナーを見つけると、こぐのをやめて地面にすいすいっと着陸した。
 忙しそうな南 鮪(みなみ・まぐろ)を見付けて尋ねると、何と彼は探し物をしているという。さっそくジーザスは天を仰いで“幸運のおまじない”を鮪に施した。
「いいか鮪よ、汝の探し物についてのアドバイスを授けよう」
 そうして、ジーザスは空から見た景色を思い浮かべ、
「……うーむ、なかなかピンとこないな……そうだ、これを見よ」
 スマートフォンで地図を見せる。
「ではな、幸運を祈ってるぞ」
 鮪は再び空に舞い上がるパートナーを見送って、再び、苗木の捜索に戻ることにした。
 ──さて、そもそも鮪が、いや、鮪たちが追っている「苗木」とは、樹上都市から盗まれた大樹の子どものことだ。
 インターネット契約者から傭兵となった彼らのうち、何人かは捕まったが、何人かは計画通り、ヴォルロスまで盗み出したと言われている。だが……鮪には誤解があるようで。
 苗木を、種もみが発芽したものだ、と思ったらしい。
「いかんな苗よりパンツの方が良いだろうに」
 そう言って街をうろつく彼の左手には、一枚のパンツ。そう、樹上都市で捕まえた傭兵と、新品を強制交換したのだ。
 ……とはいても、特別なヒントにはならなかったのだが。
 使役のペンで雇い主や仲間、運搬先を考えろ、という命令はできなかったし。例え聞いていても、パンツは履き替えるものだし、上にズボンをはいている。サイコメトリで事件の記憶は見当たらなかった(別の記憶は詳細に持っていたが、マニアでもないかぎり興味がない類のものだ)。
 まぁでも。
「最近教えられた、分け隔てせず汝全てを愛せと。つまり全パンツと穿く者を愛してるぜ! 好みは有るがな!」
 ということで、あまり意に介してないらしい。補陀落科数刃衣躯馬猪駆(ポータラ科スパイクバイク)をドルルンいわせて、鮪は苗木を探して街を走り抜け、知人にパンツを渡していく。
「時代は変わった、今は種や苗よりも愛とパンツの時代!」
 男性のパンツも分け隔てせず愛せるようになった鮪は、一回り大きく成長したようだ。
 ……でも、ヴォルロスで会った人の中には──世の中にはノーパン派閥があるということを、彼はどう思うのだろうか。


「おや、ヨルからメールだね。それに彼からも」
 友人たちからのメールに目を通していた黒崎 天音(くろさき・あまね)は、微笑みながら返信を打っていく。
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)はそれをちらっと横目で見ながら、
「ヨルのメールには何と書いてあるのだ?」
「……ちょっと気になることがね。でもま、あちらはお任せして、僕らは苗木でも探しに行こう」
「樹上都市の苗木だな。……それにしても、族長補佐が手にしていたパ……は、何だったのだろうな」
 ブルーズが指したのは、樹上都市で話を聞いていた時、あの特別愛想が良さそうと思えない中年男性が握りしめていた女性物のパンツのことだ。まさか趣味とは思えないし、だからと言って受けを取るために握っていたとも思えない。
 ブルーズが思案していると、ドルルンドルルンと道を走り抜けていく知人──鮪の姿に、ブルーズは驚愕する。
「あの……ンツは、もしやあれが原因なのか?!」
「言っちゃってるよ、ブルーズ」
 天音は面白そうにくすくす笑うと、返信を打つ手を止めた。
「……それにしたって、あの蛇と苗木に何らかの関係はありそうだよね」
 ──天音は樹上都市にいた時のことを思い出していた。
「この大きさの蛇が絡みついている姿は、何かを連想させただろうな」
 大樹の黒い痕に指を這わせ、その闇の気配に目を細める。闇龍という言葉が頭をよぎるが、今は封じられている筈、だった。
「海の底から湧きあがる大量のアンデッド……中途半端な死者蘇生なんて、ぞっとしないけどね」
 それから二人は、族長に会うと、あれこれと質問を投げかけた。
 知ったことは幾つかあるが、まとめるとこうだ。
 過去、樹上都市に起きた災いとは、海の穢れから生じた怪物──海蛇のような──によるものであったこと。つまり今回と同じ原因によるものだったこと。この時、根が齧られ弱り果ててしまったこと。
 気になっていた樹上都市の樹木の毒について聞いた時は不思議そうな顔をされたものだが、これは神経の興奮作用、嘔吐、麻痺などがあるという。
 ──それにしても。
「ヨルがメールに書いてきた姉妹、何だか気になるんだよね」
 苗木を探しに来た、と言ったものの、天音はどちらかといえば殺人事件の方に興味があるようだ。幾つか推測をブルーズに話してみるが、今のところ根拠はない。
「気になるなら会いに行けばいいではないか?」
「うーん、そうなんだけどね……とりあえず、もっと人の集まるところに行ってみようか?」
 急に会いに行っても不自然じゃないかな、と答えながら、天音は街を歩いていく。


「苗木、と言ってもひとつひとつ表情があるからね。樹の種類は勿論、どれくらいどのように成長していたか……」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の講釈をメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は聞きながら、手の中にある写真をひらひらと翳して見せた。
 それは樹上都市にあった大樹の苗木──盗まれたのとは別の苗木の写真だった。
 高さは30センチ程度だろうか。メシエは他人と比べて特別植物に疎いという訳ではないけれど、それはどこにでもありそうな苗木にしか見えなかった。
 それを指摘すると、エースが解説を始めたという訳だ。
「……それにしたって苗木を盗むなんてとんでもない話だね。植物達にひどいことする輩をそのままにしておけないし、盗んだ苗木で何をしようとしているのかも気になる。苗木を助け出さなきゃね」
 エースは自身の籠手型HCに、樹上都市で捕まった傭兵契約者の画像を呼び出すと(なお、苗木とこの画像は探す生徒たち皆と共有してある)、画像を表示したまま、街路樹に近づいた。
 “人の心、草の心”で、この人は知らないか、大樹の苗木について何か知らないか、感じなかったか、聞き込みをしていく。
 人の顔を覚えるのは得意でないのか、特に実のある回答は得られなかったが、エースはそれを目的地まで続けた。
 目的地──市場だ。その中で、特に植物を扱っている露店を回って尋ねる。
「こんな苗を探してるんだけど、見なかった?」「こんな奴いなかった?」
 返答は一律、見なかった、というものだったが、エースは売り子の女性に微笑を浮かべて、
「ありがとう可憐なお嬢さん、参考になったよ」
 エースは一輪の薔薇の花を差し出す。たとえ収穫がなくても礼儀は忘れない。
 そんなエースを見ながら、メシエは道端の“サイコメトリ”で、写真の男が通らなかったか記憶を覗く。
 彼はエースと違って植物に特別な愛着があるわけではない。どちらかというと、苗木を奪った目的の方が気になった。
 しかし特に手がかりが得られないまま日は落ちていくのだった。

 ところで、その苗木泥棒──実際に盗んだ方の、だ──を見た女性はと言えば。
「先の戦闘を省みて……あれは私たちを戦わせたいという黒幕が矢を射ってきたのです。それは悲しいことに身内! まどかちゃんだったのです! まどかを吊るせ!」
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、酒場にいた。“武器凶化”で文字通り魔力を帯びて武器となったリボンが、スパンスパンとビール瓶の口を切っていく。
 しゅわわと溢れる泡に口を付けつつ、くだをまいていた。
「やー、しょんぼりでしたね。立ち向かってくるでもなく逃げるなんて」
 港町だけにスルメがうまい、ともっちゃもっちゃしつつ、のんびりしていたが、ふと思い立ったように、
「しかしちょっとはみなさんのお役に立った方がいいですかねー。似顔絵でも書きましょうか」
 色鉛筆と紙を取り出すと、テーブルに広げる。
「確かこんな感じだったかなー」
 さらさら、さらさら。
「絵はあんまり描かないんですよね、上手くも下手でも無くぶっちゃけ反応に困るって態度とられたことありますけどー」
 と言って、書きあがった絵をパートナー達に見せる。
 ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)は胸の前で手を組んで、真っ先に歓声をあげる。
「流石マイロードですわ! 特徴が出てて他の方には描けない、まさにオンリーワンの仕上がりですわ!!」
 ……が、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)は微妙な顔だった。
「……? 何? ぶっちゃけ、上手くも下手でもないってより下手だよねって顔してるけど」
「ステキですわ! 全てわたくしが貰いたいくらいですもの」
 アルコリアをすかさすフォロー? するナコトだったが、シーマは素直な感想を口にした。
「いや、アル……これはぶっちゃけ下手だぞ……? それにナコト……これは物理的に形がおかしいだろう」
(人の形を……していない……なんというむごい事を)
 物理的に人の形を壊すことなんてよくやっている気がするが、こうやって人の形を壊すのはそれ以上にむごいことのような気がした。
「物理的におかしい? おかしいのはこいつらの顔ですわ! 違うというならこれと同じようになるまで殴打すればいいだけですわ、まったくシーマは低脳ですわね!」
 ナコトがシーマに食ってかかっているうちに、
「きゃはは、アルコリアってぶっちゃけ絵下手だよね」
 ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)は、名ことに聞こえないように、アルコリアに直接言う。
「なんですとー?」
 反論するということは、アルコリアは可笑しいと思っていない、ということになる。疲れたように肩を落とすシーマ。
「あー…あぁ、そうだな。ナコト、提案なんだがこの似顔絵を自分の懐に入れる為に、代わりに配布用をお前が描いたらどうだ?」
「低脳の割りにいい案ですわね!」
 ナコトはけなしつつ褒めると、記憶の中にある容疑者の全身図をさらさらと書いた。アルコリアに比べたら大分マシ──少なくとも人間には見える。
「じゃあ、これはボクが複写しておこう」
(戦いに行かんというのは戦闘用機として不満はあるが、まぁ珍しく人助けだ咎める気も無い。アルにしてはまともだからな……)
「えー、配布は……」
(配るのは、配るのは……)
「………」
 自分で配ろうか逡巡したシーマだったが、結局無言でナコトに渡す。
 ラズンはそのやりとりの間、様々な似顔絵を描いていた。少女漫画風、劇画風、修復失敗フレスコ画風、ゆるキャラ風などなど……ラズン曰く「外れ」を混ぜ込んでおく。
 が、元々のアルコリアの絵が絵なので、むしろこっちの方が特徴を掴めているのではないか、とシーマなどは思っていた。勿論、口に出しはしなかったが。
 ナコトは、シーマから受け取ったコピーの束の中に、ラズンの絵がこっそりランダムに混られた紙の束を、6匹のニャンルーにそれぞれ持たせると、
「道行く皆様、人狩りいこうぜ! ですわ」
 呼びかけながらニャンルーに配らせた。退屈しのぎなのか、その中にラズンも混じってきゃははと笑っている。
「なんだかおいでよニャンルー村みたいだねー」
 三人が酒場の中と外で配布している間、
「ラズンちゃんも皆何が言いたいのかよく分からないけど……? まぁいいや、聞き込み皆に頑張って貰おう」
 似顔絵を渡してしまって手が空いたアルコリアは、ノートPCを机の上で開くと、ネットで調べものを始めた。
 例の傭兵って、ネットで仕事に応募してたかなーと思ったが、あの契約者たちはあくまでネットで「契約」しただけだった。
「苗木はー何に使うんだろ? 黒いポットが狭く感じたら大きな鉢に移し替え……えー、違うなぁ。 んー、博覧会? 違うなぁ。盆栽ですかー?」


 朱 慵娥(じゅー・よんえ)レオーネ・ミューレンス(れおーね・みゅーれんす)と共に古物商を当たっていた。
 その顔にはやや不機嫌なものがある。理由は二つ。
 一つ目は、今回の泥棒の犯人が傭兵だということ。
(これだから……軍隊は嫌い。規律のなっていない傭兵は唾棄すべき)
 二つ目は、フランセットの部下に告げた台詞と同じ理由。
「私達は協力者、有志、ボランティアであっても傭兵ではないわ。勝手に傭兵扱いされても、迷惑。有志として苗木は探す。私としても、これ以上、この地が危機的状況になるのは避けたいもの。
でも軍人でもない学生を勝手に傭兵呼ばわりするのは許さない。絶対に」
(泥棒は赦せない。けれど、それ以上に軍人でもない学生の善意を盾に後始末を押し付ける連中は度し難いわ……。そして、軍人でもない学生を勝手に“傭兵”呼ばわりした挙句その善意を盾に後始末を押し付ける連中も、度し難くて反吐が出るわ)
 ちなみに、傭兵は自ら申し出て契約した時点でその扱いを受けるので、彼女たち二人が勝手に傭兵扱いされることはないだろうし、今もそう思われてはいない。
 傭兵を募集したのはここに傭兵文化があるからであり、報酬を払えるからであり、言葉は悪いが様々な管理や手続きを容易にするためのにびで、一概に見下しているからという訳でもない。
(後は全力で結果を出しに行くだけよ)
 と、二人は古物商を当たろうと、商人見習いとして店に行った。慵娥は実際に、トレーダーを目指し修行中だった。
 熱意と能力を見せて店のやり方・取引のルートを知ろうとしたのだったが、突然訪れた少女がそう言っても、すぐに取引のルートを教えてくれるわけではなかった。どのようなことができるか見せるなり、或いは信用を得るための何かが必要だっただろう。