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2023春のSSシナリオ

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●『彼の実家へ』

「ノルベルトさん、お元気そうでしたね、フリッカさん」
「そうね。こっちの情勢も今の所は安定しているみたいだし、一安心だわ」
 {SNM9998825#フィリップ・ベレッタ}の言葉に、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)が頷く。二人は休みを利用してドイツにあるミスティルテイン騎士団本部に足を運び、当主ノルベルト・ワルプルギスとパラミタ、地球それぞれでの活動内容の報告、また情勢の確認を行なっていた。ノルベルトの話によれば、ホーリーアスティン騎士団の失脚以後目立った混乱はなく、そして無事にと言うべきか、2023年4月の議長選出にてノルベルトは再度EMUの議長に選出され、多忙な日々を過ごしているとのことであった。
「目下の問題は、ノルベルトさんに続く後継者かしらね。ノルベルトさんはまだお若いけれど、いつまでもノルベルトさんがってわけにもいかないだろうし」
「後継者ですか……やはりエリザベート校長がその任に就くことになるんでしょうか」
 フィリップの言葉に、フレデリカはそうなるでしょうね、と答える。エリザベートが十分な経験と年齢を重ねた段階で、ミスティルテイン騎士団の次期当主に着任、EMUの次の議長……となる流れがすぐに思いつく。その場合、ではイルミンスール魔法学校の校長は誰になるのか、という問題が浮上することになるが。
「ふふ、いっそフィル君がなったらどうかな?」
「えぇ!? ぼ、僕なんかが務まるわけないですってば」
 フレデリカの言葉を、フィリップが全力で否定する。本人は否定するが、フィリップのパートナー、{SNL9998787#ルーレン・ザンスカール}はパラミタ六首長家の一つ、ザンスカール家の当主である。もしフィリップがイルミンスールの校長に就任すれば、ザンスカール家は必然、イルミンスールのバックに収まる。ルーレンは何があろうとイルミンスールを裏切るつもりはないことを公言しているとはいっても、体裁は必要であることを鑑みると、可能性はゼロとは言い難い。
(フィル君が校長……どうなるのかな)
 想像を楽しみたい気持ちを置きつつ、フレデリカは今回フィリップと来た時に実行しようとしていた策を実行する。
「……ねえ、フィル君」
「なんですかフリッカさん――」
 呼ばれて振り返ったフィリップが、フレデリカの上目遣いに見る顔に頬を赤くして言葉を止める。色々あって正式に恋人同士になった二人だが、こういう所はまだまだ初々しかった。
「私、フィル君の生まれ育った街や家を見てみたい、な。
 ……ダメ、かな?」


 ――フィリップの生まれ育った街は、フランスの中では都市、と言って差し支えない規模であった。
 都市の中心部は交通網が整備され、日々新鮮な情報が飛び交い、人が行き来する。一方で外縁部に出ればのどかな田園風景が広がり、人々は作物の育ち具合を気にしながらゆったりとした時間を過ごす。

 フィリップの実家は、ちょうど外縁部と中心部の中間辺りにあった。彼の父が『死の商人』である関係上、情報の伝達が速い地域に身を置く必要があったためであり、しかし中心部に居を構えることは危険を招きやすいためでもあった。
 家は父と母、それにフィリップを含む四人の子供が居た。まだ幼かったフィリップを姉たちが玩具にしたり、物心ついたフィリップが父親と喧嘩をしたりした家も、今では姉たち全員が嫁ぎ、フィリップがパラミタに旅立ち、母ミランダを残すのみであった。

 しかし、今日は珍しく三人の姉が勢揃いしていた。
 彼女たちはこうしてたまに、顔を揃えることがあった。それは彼女たちが嫁いだ先が父親の仕事上関係のある家であることが起因している。三人は互いに知り得た情報を共有することで、それぞれの家の益とし、また害を未然に防ごうとしていた。何故ネットやメールを使わないかというのは、深刻な話をするのだからせめて、場所くらいは生まれ育った家で落ち着いて話したい、という理由があった。

「このライ麦畑を見ると、あぁ、帰って来たわ、という気がするわ」
 僅かに開けられたカーテンから、成長途中のライ麦を見たベレッタ家長女、シャマルが柔らかい口調で言い、しかし直ぐにカーテンを引いて真剣な眼差しで残る二人の女子に声をかける。
「魔導技術はほぼ確立され、それを利用した魔導兵器が量産体制に移行しつつある。
 公にはしていないけれど、国が秘密裏に資金提供を行なっているそうよ。ホーリーアスティンの件で汚名を被せられた分、返上しようと躍起になっているのかしらね」
「魔導技術……魔法と機械のいいとこ取り。魔法の力を誰でも均一に使うことが出来るようにとの目的で創り上げられ、それを用いて作られた兵器はたとえ魔力を持たない者であっても魔法の恩恵に預かることが出来る。魔法の復活で、今までの兵器は需要が頭打ちどころか下がりっぱなしだったからね。魔法が誰でも扱えるわけではないと分かった今、魔導技術を用いた魔導兵器は必ず注目を浴びるでしょうね。
 ……あたしとしては、動力とは別に魔力を付与するための石……魔晶を用意しなくちゃいけないってのが面倒だと思うんだけど」
 次女、アニスが気怠げに首を左右に振って言う。
「……魔炭、魔油の研究をしてるって、わたし聞いた」
「ええ、そうみたいね。一番力を入れているのは重水素と魔晶を融合させることで電力と魔力を同時に生成する仕組みだって。流石は核推進国ね。
 ホント、人間は貪欲だわ。その点コロナの国はみんな大らかで羨ましいわよ」
 アニスの皮肉とも取れる言葉に、三女、コロナが頭に疑問符を浮かべた様子で首を傾げる。
「……ふぅ。毎度のことだけど、気が滅入るわね。私達の生まれからすれば当然のことなのだけれど」
 シャマルの呟きに、アニス、コロナも同意の意思を示す。死の商人である父、カイナッツの娘として生まれた以上、“父の仕事を手伝う”のは必定。たとえそれが、関わりのある家へ嫁ぐことであっても。
「コロナは可愛がってもらえていいわよね。あたしなんて愛想が無いって、夜伽から即外されたわ。実の妻なのによ?」
「あら、貴女の旦那は目利きがいいのね。すぐに貴女の素質を見抜くなんて」
「ちょっとシャマル姉、どういうことよそれって」
 激昂するアニス、シャマルはくすくすと笑い、コロナはそんな二人を微笑ましく見守っている。今では別々の国、別々の家で暮らす三人だが、今でも顔を合わせた時には会話を弾ませ、心から楽しんでいるように見えた。
「……そういえば、フィリップ。どうしているかしらね」
「母さんが言うには、元気でやってるみたいよ。向こうの……えぇと、なんだっけ」
「……六首長家」
「そう、それ。パートナーがその一つの当主だったんだって」
「あら、そうだったの。
 ……やっぱり、フィリップも私達と同じなのかしらね。彼だけはこの世界から抜けてほしいと思ったのだけれど」
 シャマルの言葉に、二人が沈黙という名の同意で応える。フィリップが家に反発して出て行き、パラミタで人の幸せを得て暮らすのであれば、それは彼女たちにとって無上の喜びであった。
「あなた達。フィリップが帰って来ましたよ。可愛らしいお嬢さんもお連れよ」
 コンコン、と扉が叩かれ、母ミランダの声が響く。
 シャマル、アニス、コロナが一斉に顔を見合わせ、それぞれの顔に悪戯な笑みが浮かんだ――。


「お、お久しぶりです、お姉様方。えっと、今日はどうしてこちらに……?」
「んふふ〜、そんな事いいじゃな〜い。そ・れ・よ・り・も!」
 フィリップの追求をサラリと交わし、シャマルがフレデリカに振り向く。上から下まで一通り眺め、うん、と頷く。
「素敵だわ……。整った顔立ち、強い意思を秘めていながら純真さを失っていないかのよう。
 ……あぁ、ごめんなさね。わたくしはシャマル・ベレッタ。あちらがアニスと、コロナよ」
 紹介を受け、アニスとコロナがフレデリカの前に進み出、挨拶をする。
「突然の来訪にも関わらず、丁寧なご挨拶、痛み入ります。
 私はフレデリカ・L・ヴィルフリーゼと申します」
 フレデリカも返答すれば、三人ともフレデリカの素性について思う所があるようで、アニスは驚いた様子でコロナと何事かを話していた。シャマルは大人の対応でそれらを一切表情には出さず、名門である貴女とわたくしたちの弟が契りを交わしたことを嬉しく思いますわ、と応える。
「ち、契り!? いえそんな、私とフィル君はまだ」
「あら、違いましたの? てっきりもう済ませていらっしゃるものと」
「――――!!」
 瞬く間にフレデリカの顔が赤くなる。あらあら、本当に可愛らしいわ、と微笑むシャマルをよそに、フレデリカは思慮に耽る。
(えっ? これってもしかして、家族公認ってこと? そういえばフィル君のお母さんも、私達をまるで夫婦のように見ていたような――)
 部屋に通される前にミランダからかけられた言葉や対応を思い出して、フレデリカは恥ずかしさと舞い上がるような嬉しさを同時に味わう。
「止めてくださいシャマルお姉様、フリッカさんをからかわないでください」
 フィリップがフレデリカの前に出て、シャマルを牽制する。
「あら。フィルも“お姉様”に刃向かえるようになったのね〜。貴方の成長が嬉しいわ〜。
 そ・れ・で! どうなのフィル、フレデリカさんとの結婚はいつなの?」
「そうだよフィル、さっさとヤることヤっちゃいないよ」
「……フィル、男を見せる」
 三人の姉ににじり寄られ、フィリップの顔が段々と青ざめていく。
「し、失礼しますっ!!」
 そして、背を向けて部屋を飛び出してしまった。
「あらら。少しからかい過ぎたかしら。
 ごめんなさいね、貴女の前であのような姿をお見せしてしまって」
「い、いえ。フィル君がその、お三方の事を苦手にしていること、知ってましたから」
 開かれた扉の先を気にしつつ、フレデリカが答える。
「あの子はそれでいいの。あの子は……この家のことを忘れて、パラミタで幸せに暮らすべきだわ」
 シャマルの呟きと、一瞬見せた憂いの表情に、フレデリカは三人の姉がとてもフィリップ想いなのではないかという推測を得る。
「……ほら、お行きなさいな。わたくしたちもそろそろ帰らせてもらうわ」
 シャマルがフレデリカに、退出を促す。この場ではこれ以上踏み込んだ話は聞けないだろうと思い至り、フレデリカは一礼してフィリップの後を追う。
「シャマル姉らしくないね、あんなこと言うなんてさ」
 フレデリカが出て行った後で、からかうようにアニスが言う。
「……そうね、私らしく無かったわ。きっとフレデリカさんが可愛かったからよ」
「……それは、同意。あの子からは……弄らせオーラを感じる」
「にひひ、あたしも同じ。暇があったら弄り倒してやりたい」

 三人が笑い、そしてフレデリカは背筋に寒気を感じるのだった――。