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あの時の選択をもう一度

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あの時の選択をもう一度
あの時の選択をもう一度 あの時の選択をもう一度

リアクション

 地球。とある名家。

「……はぁ」
 跡取りであるエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は執事達から受け取った現在手がけている事業の書類に目を通しながら溜息をついていた。あまりにも煩わしい制約が多く愛する植物にもなかなか会えない毎日。窮屈で仕方が無い。
 しかし、跡取りとしてやるべき事はしなければならない。自分が家の顔だから。
「……さて、行こうか」
 書類を確認終えたエースは現場に向かい、実地勉強となった。
 その後は、パーティーやレセプションなど上流家系な実業家達の集まりに出席するばかり。どれもこれも似たり寄ったりの堅苦しい集まり。会場で花瓶に綺麗に飾られた花を見つけるも愛でる時間などは無い。そんな忙しいエースの息抜きは自宅庭の植物園で元気に育っている花達の様子を見に行く事くらい。日本と違い豊かな自然の土地ではないため花を育てるのはとても大変な事であるため本当は自分が世話をしたいのだが、その時間を十二分に貰えないため世話をするのはエースが厳選し雇った者だ。

 花のための設備が色々整っている植物園。

「……ごめんよ。なかなか顔を出す事が出来なくて」
 エースは最初になかなか顔を出せなかった事を謝った。
「……君達と一緒にいると忙しさで荒んだ心が癒されるよ」
 謝った後は美しく咲き誇る様に心癒されていた。
 ゆっくり一本ずつ話しかけながら植物園を巡る。植物は言葉を発しないが、自分を励ましてくれているようにエースには見えた。

 花への挨拶巡り最後。
「思った通りの美しさだ。咲いてくれてありがとう。君達のその美しい姿を一目でも見る事が出来て俺は幸せだよ」
 エースは以前訪れた時は蕾であった薔薇が豪奢に花開いている事に気付き、足を止め、鼻を楽しませる高貴な匂いを楽しんでいた。
「……今日は新しい子が来る予定のはずなのにまだかな。今時間が少しあるから種植えをしようと思っていたのに」
 全ての植物への挨拶を終えた所でエースはまだ少し時間がある事を確認した後、植物園の入り口の方に視線を向けた。注文した花の種が届けば執事が渡しに来るはずだが、その様子が全く無い。
「……いつものように人に頼む事になるのかな」
 自分の手で種植えが出来そうにない状況にがっくりと肩を落としたまま本日開花を知った薔薇の香りをもう一度楽しもうと薔薇に顔を近付けた。
「姿だけじゃなくて香りも……これはさっき嗅いだ香りとは違う」
 薔薇を褒め、薔薇の香りを楽しむはずが、エースの鼻を刺激したのは薔薇ではない香り。分かるのは花である事だけ。
「……百合っぽいけどテッポウユリでもカサブランカでもないな。知らない花の香り……こんな素敵な香りだ。きっと美しい姿をしているに違いない」
 エースは頭の中にある植物事典を引っ張り出して確認作業をするが載っていない。その事がエースの好奇心をさらに刺激する。
「……あぁ、気になるな。どんな姿形でどんな色なんだろう」
 エースは香りだけのまだ見ぬ花を想像する。小さくて淡いピンクの可憐な花なのか大ぶりの真っ赤なエレガントな花なのかそれとももっと別の形と色なのかと。
「……もう我慢出来ない。この香りを持つ花達に会いに行かなくては!!」
 植物愛に溢れるエースはもう想像するだけでは我慢出来ず、会うために植物園の出口に猛ダッシュしていた。そのままエースは現実に戻った。

■■■

「……エース!!」
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は自分が店内で用を済ませている間に庭で花達とお喋りをしていたエースが倒れているのを発見し、駆けつけた。
「……冷たくなって、これはもしかして……考えるのは後回しにしてエースを何とかしなければ」
 エオリアは抱き起こしエースの身体が少しずつ冷たくなっている事に気付くと共に周囲から自分達と同じ状況に陥った人達が大勢いる事を知って思い当たる犯人を思い浮かべたが考えるのはすぐにやめてどこか寝かせる場所を探さなければと思った。その時、店の人が異変に気付き、店の二階にある寝室を使ってくれと申し出てくれた。エオリアは丁寧に礼を言って厚意に甘える事にした。

 店の二階、寝室。

 しばらくして事件についての情報がすぐにエオリアの元に集まった。
「……予想通りあの魔術師の仕業でしたか」
 犯人はエオリアの予想通りであった。何度も遭遇しているためか驚きはなかった。
「エースを目覚めさせる特効薬はこれで決まりですね。エースの花好きは今に始まった事じゃありませんし、どうせ囚われている別世界も花一色のはず。地球でも立派な植物園を所有しているとか聞いた事ありますし。そんなエースが現実の花の誘惑に抗えるはずありません。必ずここに引き戻されるはず」
 エオリアがエースを目覚めさせる物として用意したのは地球では手に入らないパラミタ固有種の選りすぐりの大量の花束。これしかない。

 それからしばらく後。
「……いつものエースなら歓喜するほどの花天国というのになかなか起きませんね。こうなると次の手を考えるしかありません」
 エオリアは周りを花束に囲まれたエースがまだ目覚めない事に次の作戦を考えなければと思い始めていた。実は少しずつ効果を発揮していたが、花好き故にまだ植物園であれこれと匂いだけの花の推理をしていたのだ。
 次の作戦は
「エースを起こして下さい。お願いします……この作戦は必要無いみたいですね」
 エースの猫好きを利用したものでエオリアはキャットシーをエース枕元に座らせた。その時、エースのまぶたがわずかに震えている事に気付いた。すでにエースはこちら側に向かっていたのだ。エオリアは念には念をとキャットシーを座らせたままにした。
 エオリアの予想通りエースは現実の花の匂いに誘われて戻って来た。

 とある店の二階の寝室。

「……ん……猫……花……ここは天国?」
 目を覚ましたエースの顔をぺしぺしするキャットシー。猫好きでもあるエースは当然表情をゆるませ、猫の頭を撫でながらされるがまま。そして周りの大量の花束にも気付き、まさに至福の世界。
 その世界に
「ようやく目覚めましたか」
 エオリアが入って来た。
「……目覚めるという事はここは現実かい?」
 エースはゆっくりと上体を起こし、自分を取り囲む大量の花束を見回した。キャットシーは起き上がったエースから離れ、エオリアの元へ。
「そうですよ。花束で反応が無ければこの子にも手伝って貰おうと思ったのですが、効果抜群だったみだいですね」
 エオリアはキャットシーを抱き抱えながら答えた。
「ところでエオリア、誰だ、俺をこんな目に遭わせてくれたのは」
 エースは改めて自分に被害を与えた犯人についてエオリアに訊ねた。
「……例の魔術師ですよ。それで何か倒れる前に思い出せる事はありますか?」
 エオリアは事も無げに答えた。
「根性で思い出すよ。このままやられたままは嫌だからね」
 エースは聞き知った犯人に不愉快な気分になっていた。今までは自分達は救助者で巻き込まれる事は無かったが今回は違う。何としてでも尻尾や尻尾の先の毛ぐらいは掴みたいところだ。
「……確か庭で花壇の花達とお喋りをしていたら胸の奥に響く奇妙な声が聞こえて……何か誘うような事を言っていたような気はするけど、そこは思い出せないな。それから実家で過ごしていて……植物園で花達と接していてこの子達の香りがして気になって会いに行こうと植物園を出たら戻っていたんだよ」
 エースはゆっくりと自身に降りかかった出来事を振り返る。
「……何か残っているかもしれませんから現場に戻ってみましょうか」
 エースの夢があまりにも予想通りであったためエオリアは言葉は挟まなかった。
 エースはベッドから立ち上がり、大量の花束を店の主に預かって貰ってから店を出て現場付近の花壇に咲く花達『人の心、草の心』で聞き込みをした。
「どうですか」
 長い聞き込みが終わるなりエオリアが訊ねた。
「優しい子達だよ。倒れた俺を心配してくれていた。それで魔術師は見なかったそうだよ。ただ、人が倒れた時に枯れそうなほど嫌な魔力をこの町一帯から感じたけど今は感じないそうだよ」
 エースはいつも通り花達とのたわいのない会話付きの報告をした。
「……嫌な魔力ですか。おそらく魔術師のものに間違い無いでしょう。もしかしたら予想以上の実力者か予想外の存在なのか……とりあえずこの事を報告しておきましょう」
 情報の少なさは予想通りだったのでエオリアは驚かず、情報集組に知らせた。

 曇天の下、裏路地。

「……」
 赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は冷たい視線を地面に倒れるスーツ姿の男に向けていた。つい先ほど命を奪ったところだ。手にかけた男がどこの誰なのか知らないし興味もない。ただ、自分が生きるためにしただけだ。
「……後処理は頼みます」
 霜月は振り向かず背後に感じた気配に言葉を投げかけた。すると霜月の言葉に答えるように黒ずくめの人物が姿を現した。
「言われなくてもしますよ。それが我ら仲介屋の仕事の一つですから。報酬はいつも通り振り込んでおきますので」
 現れた仲介屋と名乗る人物は手慣れたように業務対応をした。霜月がきちんと仕事を完遂するのか確認しに来ていたのだ。
「……あぁ」
 霜月は振り向く事はせず、適当に答えた。死体が転がっているというのに誰も気にしない異常な光景。
「仕事を頼んで起きながらなんですが、貴方、こんなにも多くの命を奪っているとまともな死に方をしませよ」
 仲介屋はからかい気味に余計な事を言った。
「……そんなもの最初から望んでいませよ」
 霜月は素っ気なく返した。後ほど妻となる女性を護る道は選ばず契約も交わさず一人で戦うと決め、結果他者を護ろうとは思わず、ためらわず命を奪い、見捨てるようになっていた。霜月の心は冷え切り、それは冷え切ったという事さえも自覚出来ないほどだった。
「ふふふ、そうでしょうね。以前依頼させて頂きました幼稚園のテロにもためらう事なく参加して頂きましたし。最初、貴方は標的の詳細を教えようとしても断って聞こうとしませんから全てが整った直前で知ってキャンセルされるのではと冷や冷やしたものですよ。今ではどの方よりも頼りに思っております。今後ともご贔屓に」
 仲介屋は霜月の背中に向かって軽く頭を下げていた。
「標的の情報を知っても知らなくても命を奪うのは同じ、ならば知っても仕方が無いでしょう。それよりも後の事を頼みますよ」
 霜月は振り向かないまま仲介屋に冷たく言い放ち、自分のねぐらに向かった。

 薄暗いねぐら。
 狭い部屋に最低限の調度品しかなく、生活感は全く無い冷たい部屋。まるで霜月の心象風景を表現しているかのよう。

「……」
 霜月はベッドに寝転がり、生気の無い目でぼんやりと掲げた右手を見つめる。
 毎日のようにテロや暗殺などの汚れ仕事で老若男女問わず多くの命を奪ってきた。他者の命だけではなく徐々に霜月から人としての大切なものを奪い取り、今では感覚は麻痺し全てがどうでも良くなっていた。この右手がどれだけの命を奪っていようが。
「……ん」
 霜月はふと右手に違和感を感じ始めた。
「こ、これは……頭が」
 違和感と共に金槌で打ち付けられているような激しい頭痛を感じ、左手で頭を抱え、苦しそうにする。
 右手の違和感と頭痛に襲われるだけでなく幻聴まで聞こえ出す。
「……あぁ、声が……自分を呼ぶ声が」
 必死に自分の名前を呼ぶ女性の声。自分を求める涙成分の多い声。知らない声のはずなのに胸が苦しくてたまらない。
「これは一体誰の……この声どこかで……ダメだ、この人にこんな声を出して欲しくないこの女は……」
 幻聴に霜月は頭痛も右手の違和感も忘れ、置き捨てられていた記憶が蘇り、記憶と共に霜月は現実に戻って行った。

■■■

「……ここは」
 目を覚まし、上体を起こした霜月は、自分の側に声の主である大切な妻のクコ・赤嶺(くこ・あかみね)が座っており、その横には陽一のパラミタペンギン達がちょこんと立っていた。このパラミタペンギン達が身を寄せ合い冷たくなる霜月の身体を温め、揺すって頭痛を発生させたのだ。
「……身体はどうだい?」
 霜月が目覚めた事を察知した陽一は様子を見に来て具合を訊ねた。
「……大丈夫です。酷い夢を見ていたような気がします。とても現実的な。一体何が起きたんですか?」
 霜月は鮮明に思い出す事が出来るあの最悪な人生について訊ねた。
「……実は」
 陽一は手短に今回の騒ぎについて語った。
「そうですか。助けて頂きありがとうございました」
 霜月は事情に納得し、陽一に礼を言った。
「無事で何よりだよ」
 陽一はそう言ってパラミタペンギン達と一緒に他の被害者の所へ行った。
 その後、霜月は心配を掛けた妻にも詫びた。