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Dearフェイ

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Dearフェイ

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「そういえば、なんで警部まで一緒にいるのよ?」

 マイトは代々スコットランドヤードにてキャリア刑事を輩出している家系のようで、彼自身刑事を志望しているという。百合園女学院推理研究会とは事件のたびに共同で捜査をする間柄なのだが、今回学院内に別の探偵組織が出来たと声をかけられたのだが、それがイングリット率いるNDCだった。イングリットとブリジットはお互いをライバル視している傾向があるので、出来れば関わりたくな――いやいや、関わらせたくなかったのだが、事件を早期解決するためにはそうも言っていられない。どうせ関わってしまうのだったら、これを機会にもっと友好的な関係になってくれればとも思ったのだが、どうにも難しい課題のようだ。

「いや、まぁ、その……近くの住民からも今回の幽霊事件を早く解決してくれと言われていてだな……」

 実際に事件直後からすぐに行動を開始していたのはイングリットのほうで、実際に推理研が動いたのは後になってからだった。街の人たちからも早期解決を切望されていたので、マイトはNDCとともに動いていたのである。
 そこには、イングリットへのほんの少しの淡い気持ちもあったのだが。

「それと忘れてましたが、ツェツィを屋敷まで運んだのはそこのメイドのハンナですわ」

 イングリットに視線を集められてハンナは深々と礼をする。
 まだツェツィが小さい頃からお世話係をしているというハンナは、他のメイドからツェツィが止めるのも聞かずに雨の中屋敷を飛び出したと聞いて、急いでタオルと傘を持って追いかけたそうだ。

「……まぁいいわ。だいたいのことは皆聞いたと思うし、さっそく捜査にうつりましょ」

 さっそくの『めい』推理にほんの少しだけ顔を赤らめながら、ごほんと咳払いをして気持ちを切り替え、ブリジットはメンバーにそう伝えた。

 七尾と霧島・ディオネアは街へ聞き込み調査へ。
 舞とブリジットは屋敷内の調査。
 マイトは、屋敷の人間が事件の時に何をしていたのかなどのアリバイ調査を行うことになった。

「それじゃあ各々捜査を開始して頂戴」

 ブリジットの言葉にそれぞれが調査を開始する。
 何か分かったらすぐに連絡を入れるようにと念を入れて、それぞれ散っていった。
 イングリットは一度学園に戻るということだったので、街まで向かう霧島たちとともに外へと向かった。

「自己紹介がまだでしたね。私はマジカルホームズ。よろしくお願いしますね」
「よろしく探偵さん」

 にっこりと笑って手を差し出せば、イングリットもにこりと笑って応じる。

「そういえばあなたもバリツをするらしいけど、どのバリツなのかしら? お手合わせしてもらえばすぐ分かるんですが……参考までに聞かせていただける?」

 バリツとは日本式の武術の一つで、かの有名なシャーロック・ホームズがライヘンバッハの滝でジェームズ・モリアーティ教授ともみ合いになった際に使用したことで有名だろう。柔道とも総合格闘技とも言われるバリツは様々な説があり、一説では武術だったり、バーティツ――バートン流の柔術のこととも言われている。

「わたくしがやっているものはそんなに大層なものではなくてよ。護身術、といったほうがいいかしら。日本でいう柔術に、あとはたまに、ほんの少しステッキ代わりに傘を使うくらいね」
「……なるほど。いつか機会があったらそのお手並みを拝見させていただけるかしら?」
「機会があれば、ね」

 不敵な笑みを浮かべながら固い握手を交わし、背中を向けて互いが別の方向へと歩き出した。


「さ、ではさっそく始めましょうか」

 ブリジットが先ほどまでも不機嫌さを振り払うように立ち上がる。
 舞の提案で、まずは棚から勝手に本が落ちたというツェツィの部屋へ行くことにした。

「これは……本当に何冊も散らばっているんですね」

 扉の先を見た舞は目を丸くして、部屋の外から中をそっと窺う。ツェツィの部屋の床には何冊も本が散らばっており、抜け出した後が本棚にはきれいに残っていた。

「でもなぜ床に?」
「何度本棚に戻しても、必ず次の日にはこうして本が落ちているんです。しかも決まって同じ本が……」

 ツェツィと一緒に来たメイドが心底困り果てたように呟いた。

「毎日こんな様子ですからお嬢様を部屋で休ませるわけにもいきませんしね。今は空いている客室でお休みいただいてますが、一日も早くご自分の部屋で休んでいただきたいと思っております」

 電気をつけなくとも、大きな窓からは日の光が十分にツェツィの部屋を明るく照らしている。

「毎回同じ本が落ちているんでしたね……」

 本棚から飛び出す本は毎日決まって同じ本。それに何らかの関係性があるのだろうかと、舞は床の本を覗き込む。しかしジャンルはバラバラで、タイトル一つとっても関連性というものが浮かばない。
「『姫物語』『わたしとあなた』『楽しい料理』『騎士の約束』……どれも関連性が見えませんね。絵本に、詩集、料理本に小説のようですね」

 舞は小さなノートを取り出して、それを丁寧にメモしていく。
 ブリジットもふむ、と散らばった本と本棚、そして部屋の辺りをしばらく見回ったあと、メイドへ向かって声をかける。

「やはりこの本に何かヒントが隠されているような気がするわ。あなた、毎回どの辺りに本は落ちているのか覚えていらっしゃる?」
「えぇ、それでしたら――」


 マイトはそんな様子のブリジットを横目で見ながら、少しほっとした気持ちで屋敷を歩く。
 推理研の代表のブリジット、そして今回の事件に関してNDCを立ち上げたイングリット。二人のことを考えると、ほんの少しだけ頭が痛くなるが、マイトとしてもぜひ二人にはより仲良くして欲しい。もちろん二人ともが素直に自分を表現してくれれば何の問題もないのだが。

「こんにちは。あなたが庭師の方ですね。花の色が変わったというお話を聞かせていただけますか?」

 マイトは道案内をしてくれたメイドとともに、庭師のもとを訪れていた。
 警察手帳――ではなく生徒手帳をしっかりと出して身分を証明すると、懐にしまってさっそく質問を切り出した。

「へぇ、ここのバラなんですがね」

 申し訳なさそうに帽子を脱ぐと、庭師は色が変わってしまったという花壇へと案内してくれた。そこは庭園といえるほどの大きな庭の隅にある小さな花壇で、他はあちこちに花や木が優雅に植えてあるが、この花壇だけは他と違いこじんまりと少量のバラだけがその姿を咲かせている。

「なんていうか、家庭的、ですね」

 庶民のガーデニングのような小さな花壇には綺麗に染まった赤いバラが堂々とその姿を見せている。

「ここはお嬢様のおばあさまがお作りなさった花壇なんでさぁ。まだ小さい頃のお嬢様は一緒になってこの花壇の手入れをなさってたんだが、おばあさまが病で倒れて、それからお嬢様が一人で手入れをなさってたんだが、もともと病弱だったお嬢様もあまり外に出歩くことができなくなっちまってさ。俺たち庭師がこの花壇の世話をしてたんだ」

 しかし、フェイがいなくなった夜、ツェツィーリアがメイドたちを振り切って雨の中飛び出し幽霊に出会った夜。その日を境に、真っ白だったバラは真っ赤に変わっていたそうだ。

「俺たちも目を疑いましたよ。誰かがいたずらで植え替えたんじゃないかとも思ったんですがね、花壇の土をいじった形跡もないし、葉を見てもペンキかなんかで染めたような感じじゃないし、匂いもしなかった。ともかく原因がわからんしなんだか気味悪くなっちまってなぁ……」

 申し訳なさそうにバラを見つめる庭師とともに、マイトもバラを見つめるのだった。