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リアクション
「――でね、結局私達が勝ったんだけど、某にガードされた海がすっかりムキになっちゃってもう一回やろうって――」
繋いだ手を振りながら、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)はジゼルと廊下を進んでいた。
彼女はパートナーのベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)と共に、例の鈿女が手伝う予定だったイコン関係の特別講義に出席する予定だった忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)について蒼空学園にきたのだ。
ふいに小さく笑い出したジゼルに、フレンディスは返事をする様に微笑む。このところのフレンディスは、ジゼルが居れば周りが見えなくなってしまう程に彼女と同じ様に無邪気で愛らしい親友に夢中になっていた。
ジゼルに出逢ってから繰り返していった事件の間に複雑な感情を重ね、その重みに耐える事に必死だったフレンディスの心を彼女が解いてくれたのが、余程嬉しかったのだろうか。懐いている姿は犬のようですらある。
最も、生き生きするフレンディスを見守る恋人のベルクとしては、些か複雑な男心というものもあろうが。
「――あのね、何だか不思議だと思ったの。
フレイと一緒に廊下をこうして歩いているのって」
「そう言えばそうですね、葦原と蒼空学園は離れております故、会うのは何時も休日でしたから」
「それぞれの学校でやりたい事や、やらなくちゃならない事があるけれど、
もしも皆で同じ学校に通えたら、それってきっと、とても素敵だわ」
ジゼルの話しにパッと顔を輝かせて反応するフレンディスと違い、後ろを歩くベルクの顔は暗く、重い。
フレンディスのボケだけでも日常が大変なのに、そこにジゼルの奔放さが加わって毎日過ごす事になったら彼の胃はどうなってしまうのだろう。
きっと――いや、絶対に穴だらけになる。
「(もしもの話だとしても辞めて欲しいんだが)」
切実に思いながら頭(かぶり)を振っていると、下から嫌みな笑い声が響いて来た。
「ふふん。
ご主人様はエロ吸血鬼よりジゼルさんが大事のようですね。
エロ吸血鬼ざまぁですよ!」
言いながら端末を肉球で器用に操作して、ポチの助はベルクを更なる窮地へと誘おうとしている。
「もしもし、グラキエスさんですか?
はい。僕は今ご主人様とジゼルさんと一緒に音楽室へ向かっているところなのですよ。
ジゼルさんが歌を聞かせてくれるというので――。ああ、ベルテハイトさんもご一緒なんですね」
グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)にベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)。
彼らはフレンディスの義兄弟にして、ベルクが恐れている『ボケ組』のメンバーだ。
今後の展開が段々読めて来た。――残念ながらそれはつまり『いつもの展開』ということなのだが。
ベルクがため息混じりに顔を上げた時だ。
「おいジゼル、『それ』は何だ。というか誰だ」
ベルクの純粋な質問に、ジゼルは振り返って『それ』を見て微笑んだ。
「ターニャ、どうしたの? びっしょりじゃない」
「はい。外を走って来たものですから、すっかり濡れ鼠になってしまいました!」
「待ってね。今タオル出すから――」
微笑しながら、ジゼルは鞄からハンドタオルを出してターニャと呼んだ女の黒髪と軍服から水滴を甲斐甲斐しく拭き取っている。
彼女たちはその事をまったく知らないが、この女こそがトゥリンと唯斗が懸命に探しまわっているタチヤーナだった。
何時の間にか後ろに立っている。という異常な状態にも関わらず、まるで何事も無かったかのようなジゼルの振る舞いに、そして少しも驚いた様子のないフレンディスに、ベルクは目を半分にしていた。
疑り深い眼差しをうけて、タチヤーナはくるりと回転し両足を揃えると、敬礼こそはしなかったが明らかに軍人のそれで挨拶を始めた。
「挨拶が遅れ失礼致しました!
自分は! 誇り高き正義の軍隊プラーヴダ所属、ライフル小隊分隊長トゥリン・ユンサル伍長のパートナー、タチヤーナ・アレクサンドロヴナ・ミロワであります! 階級は二等兵であります!」
「声デカいですね」新兵らしい初々しくも教えられたものをしっかりとこなす挨拶に、ポチの助が呆れ顔で耳をこしこしした。
「ターニャは未来のロシアからきたの。ね」
ジゼルに言われて、タチヤーナは曖昧に頷いている。
「プラヴダといえば――アレックスさんのところの兵隊さんなのですね」
「はい! 自分はサーシャ隊長を心から尊敬しております!
丁度ここは蒼空学園! なので挨拶に行こうかと思っていたところなのであります!」
「――で、アレクに挨拶に行こうとして何でジゼルの後ろにくっついてたんだよ」
「それは――廊下を走っていた所ジゼルさんの甘い香りがしたものですから……うぇへへへ」
「隊長と一緒で煩悩に忠実だな」
「そうでしょうか。
一つ付け加えておきますと、我々プラーヴダの最優先事項は、『世界平和の為にジゼル・パルテノペーを全力で守る』というものでありまして――」
「……マジか……!」
確かに大量破壊兵器を周囲から守るのは世界平和に繋がるだろうが、果たしてそこに隊長の私情が含まれていないのかベルクには判断がつかない。
そしてもう一つ判断がつかない……気になる事があった。
「未来人、なんだな?」
「はい」
「父称がアレクサンドロヴナ」
「そうですね」
徐々に眉をつり上げながら答えるタチヤーナの微妙な変化に気づかずに、ベルクの頭は回転している。
父称というのは、名前に含まれる父や男の先祖の名前の事だ。
ロシアならばそれは父親の名前になるのだが、タチヤーナの名乗る『アレクサンドロヴナ』というのは『アレクサンドル』の娘、という意味になる。
「(で、アレクサンドル――アレクサンダルと言えばだ)」
厭でも思い当たる人間が居るではないか。
あちらの方では名前は伝統的なものをつけるから、当然AlexandreさんというかAleksandarさんもそこら中に居る事は分かっているが。
「………………。
(あんま考えたくねぇがアレクとジゼルの娘じゃねぇよな?)」
厭な時程当たってしまう自分の勘の鋭さに嫌気がさしながらもう一度ため息を吐くと、三人が話し始めた隙に、ふと耳元に近寄って来たタチヤーナの口からこんな言葉が出て来た。
「イギリスでは『好奇心は猫を殺す』と言うそうですね。吸血鬼さん、貴方は猫ですか?」
這う様な平坦な声に、ベルクは確信し、息を呑んだ。
「さて。ジゼルさん。皆さん。
私はサーシャ隊長を探しますので、失礼します!」
微笑んでその場を後にする背を見送って、恐らくまた何か面倒な事が起こる予感にベルクは額を抑えた。
* * *
蒼空学園高等部校舎のもう一つの屋上。
そこに佐野 和輝(さの・かずき)は立っていた。
『仕事』で学園にきたものの、雨で中止になり、空いてしまった時間に図書館で読書でも――。
そう思っていたのだが、彼のパートナーは我慢の限界だったようだ。
そうして屋上にやってきた和輝は今、そのパートナーアニス・パラス(あにす・ぱらす)が遊んでいるのを見つめている。
無茶をしない様に見ていないと、と彼女に付き合っている。
只静かにそうしているだけではない。
周囲の状況を探りつつ、飛来してくる危険物を重力制御で屋上に入らないように退けていた。
ところでこの重力干渉のこのスキルは、雨の勢いにも少しばかり効果があるかもしれなかった。
何故だか自分達のところだけ、雨あしが弱い気がするのだ。
「(遊び終わった後の為に何か暖かいものでも用意しておくか。
食べ物――それからタオルも必要だな」
和輝がそんな風に考えながら天を仰ぐと、そこには巨大な鳥が羽根を広げていた。
電気を帯びた姿はどこか神々しくすら感じる。
しとしと降る雨に打たれながら、その鳥の光りを浴びているのはアニスだ。
「にひひーっ♪」
と無邪気に笑って、空の鳥に見守られながら何かと追いかけっこしていた。
「雨の日は普段隠れている『皆』も出て来るから、ちょっと楽しみだったりするんだぁ」と彼女は言う。
純粋で、感受性が高い彼女だから、『皆』と戯れる事が出来るのだろう。
和輝にはその『皆』が全て見える訳ではない。
ただ、天真爛漫で自由奔放な性格ながら、かなりの人見知りである彼女が、
この世成らざる者たちとは饒舌に会話するのは、不思議な光景ながら何処か幻想的ですらあった。
ミルクのように柔らかい白色の髪は、鳥の発する光りに反射し、自ら輝きを放っているように見える。
玉のように繊細で白い肌は雨粒を弾いて、その雨粒は花びらのように風の中を舞い散るのだ。
そして白い白い彼女の中で印象的な赤い瞳は、此処ではない何処かを見つめていた。
そんな幻想的な光景を見ていると、和輝に予感がしたように思えた。
『このまま雨が止むと同時に、彼女が何処かへ消えてしまいそうだ』
しかしそんなものは予感では無い。碌でもない考えだ。
「いかんいかん」
と独り言が口をついてしまうと、アニスがこちらを向いて首を傾げる。
そう、彼女は今も和輝の傍に居る。
消えてしまいなどしないのだ。
今の和輝が考えるべきなのは暖かい食事と、タオルのこと。
それからもう一つ
「それにしてもこの状況、他人が見たらどう思うだろうな?
変に騒がれない様にそっちも注意しておかないと、か――」
小さく笑って、和輝は雨が止むその時まで、彼女が何処かへ消えてしまわない様に見守り続けていた。
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