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リアクション
「見つけた」
 声に出して、一緒に溜め息もでた。
 玲亜を探して一時間余り。
 詩亜とミアは足が棒になるまで校舎内を歩き続けた。
 そしてやっと発見したのは、なんと高等部の食堂だったのだ。
 小等部からここまで、一体どうやってきたのやら。
 特に雨に濡れた様子も無いという事は、校舎内を歩いてきたのだろうが。
 ハンドコンピュータを見ていても、彼女の動向は突拍子も無さ過ぎて、理解不能だった。
「もう、どうしてこんなところまでこられたの……?」
「えへへ……私にもよく分からないの……」
「はぁ……、玲亜は本当に、迷子の天才ね」
 感嘆を口にするミアに、詩亜は首を振るのだ。
「そんな天才……困るわ」と。
 外は未だ雨が降っているようだ。
 詩亜は周囲を見回して、息を吐いた。
「折角だし、お茶にしようかしら」
「うん」
「そうしましょ」
 今度は玲亜が迷子にならないように、両側から手を握って――、
 三人は仲良く、午後のティータイムをするために席へ向かった。
* * *
 交流試合に行く、とは名ばかりのそれにかこつけた食事なのだろう。
 そこそこ人気のある学食だから仕方ないんだろうか。
「そういえば以前、『依頼で蒼空学園に言ったクラスメートからここのケーキが絶品と聞いた』と話していたっけな」
 仁科 樹彦(にしな・たつひこ)は呟きながら、隣に座る仁科 姫月(にしな・ひめき)を見た。
 彼女はフォークを手に、嬉しそうな笑顔でテーブルを眺めている。
 そこに並ぶのは、
 クリームに、チョコに、ムースにと何種類ものケーキたちだ。
「うん、ちょっと多めに注文しちゃったけど、仕方ないよね」
 ニコニコ微笑んでいる彼女は正直言って可愛い。
 だが、この何種類ものケーキを、彼女は今、一度に食べる気なのだ。
 デザートは別腹だと言うのは科学的にも証明された事実らしいが、じゃあ食べて太らないのかと言えばそんな事は無い。
 別腹は別腹でも、喰えばしっかり脂肪がついて、太るのだ。
 だから樹彦の口からは、簡単にこんな言葉が出てしまった。
「そんなに食べたら太るぞ」
 それは全ての女性にとっての地雷である。
 姫月また然りで、笑顔で樹彦と視線を絡ませると、
 勢い彼の足をテーブルの下で蹴り上げたのだ。
「痛ってええ!」
 悲鳴が上がるが、無視だ。
 だって女心が全く分かっていないのだから、このくらいの制裁、どうという事は無い。
「(……夫婦になったんだから、少しは私の気持ちは察してもいいのに)」
 それきり押し黙って、ただケーキを食べ続けた。
 キマズイ。
 四文字が頭の中を駆け巡っていると、姫月がクリームを掬っていた手を急に止めて、またこちらを見てきた。
 機嫌を直してくれたのだろうか。
 そんな淡い期待は、彼女の満面の笑みが
 違う。と告げている。
「はい、兄貴、あーん」
 甘い声で言われて差し出されたのは、さっきまで姫月の口にせわしなく運ばれていた小さなケーキ用フォークで、つまりこれは、
「(俺の口に入れろってことだよな)」
 樹彦が慌てながら思っていると
「(他に誰がいるっていうのよ)」
 という視線が帰って来る。
 「あーん」と言う声の時点で注目を集めているのに……正直恥ずかしくて仕方ない。
 だがどうだろう、ここで拒否してしまえば、姫月の機嫌が暫く治らないのは目に見えている。
 だから樹彦は諦めて、周りの視線が気にならない様に目を閉じて口を開いた。
 こんな風に慌てるのも、恥ずかしそうにするのも、全ては姫月の計算通り。
「(ふふ。ほんと、こういうところも変わらないんだから)」
 妹で妻で、樹彦の事を何でも知っている彼女に操縦されて、
 この日、樹彦は少々恥ずかしいながらも甘い思い出を作ったのだった。
 
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