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蒼空学園の長くて短い一日

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蒼空学園の長くて短い一日
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 雨は降り続き、風は相変わらず叩き付ける様に吹き付けているが、強化硝子に守られた食堂の内側はいつも通りだ。
「でもこの様子だとまだ暫く出られないのかな……?
 暇だなー」
「暇だったらテキパキ手を動かしてね」
 神崎 輝(かんざき・ひかる)にそう言われて、シエル・セアーズ(しえる・せあーず)は「ちぇっ」と舌を出してみせた。
 校内に閉じ込められた輝は、食堂でパートナー達との合流を待っている。
 宿題でもしながら。
 という提案を渋々受け入れたシエルだったが、実のところ頭の中は「いやだー、勉強やりたくないー」という気持ちで一杯で、
隙あらば隣にある輝のノートをこっそり拝借して写してしまおうと、そんな邪な考えが占めていた。
 そう、要領の良い輝は早々に宿題を終えている。
 カップに手を添えてそちらこそ暇そうにしながら、食堂の中を見回した。入り口で見知った顔の人間達が騒いでいる。
「あらら、何時も元気だなぁあの人達」
「バカだからね」
 反対側声を掛けられて振り向くと、ゴージャスなブロンドヘアをなびかせてトーヴァ・スヴェンソンがこちらへやってくる。
「どうしたんですか? 何でここ(蒼空)に?」
「んー、キアラの球技大会見に来たんだけどね……参ったわ」
 壁の代わりはめられた大きな窓の外に目をやりながら苦笑している。
「良かったら」
 輝に正面の席を薦められて、トーヴァは微笑んで席に着く。
「初めましてね。輝君にはお世話になってるわ」
「キミ、トーヴァ・スヴェンソンさんだよね! 私シエル。宜しくね」
「ああ、輝君の彼女?」
 直球で聞いてくるトーヴァに、二人は少し頬を染めながら頷いている。
「いいねぇ。かわいいカップルだ」
 白い歯を見せた彼女にすっかり打ち解けて、そのうちシエルはちゃっかり宿題を教えて貰いながら話しているようだ。



「そそ、正解ね。えらいえらい」
「えへへ」
「勉強も一種の食わず嫌いよね。飲み込んでみれば意外とイケるもんよ」
 シエルに向かって涼やかな笑みを見せる彼女は、どうやら『おねーさん』を自称するだけはあるようで、成る程それで『お兄ちゃん』の相棒なのだろう。
 一人頷いていると、トーヴァがこちらを見ていた。
「ねえ輝君。今日はグランジュエルは居ないの?」
 どうやら彼女は、自分のパートナーの機晶機たちを気にかけてくれているらしい。
「そろそろ来ると思うんですけど……」 
「「マスター!」」
「あ、ほら。噂をすれば」
 早足でやってきた二人は、空いている席に座った。
 彼女達を前に、トーヴァは逡巡している。
「グランジュエル……って呼んでいいのかな?」
一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)です!」
一瀬 真鈴(いちのせ・まりん)です」
「改めて宜しく。ね。真鈴ちゃん、瑞樹ちゃん」
 改めて行われた丁寧な挨拶は、何となくくすぐったい感じがした。

「そう言えばトーヴァさん、お時間大丈夫だったんですか?」
「アレクに用事があって呼び出したんだけど――」
 上がった名前に噂の人物を探す――までもない。
 今は弟とソファ席に座っているが、大人しくしている訳でもなくプリンを片手に持った男と、どういう訳かガンつけあっているようだ。
「もう暫くかかりそうですね」
「うん、もうそっちの用事は諦めた。
 あいつは慣れた人間にだけはテキトウだから」
「そうなんですか?」
「甘えてんのよ。おねーさんが優しいから」
「よくわかんないデレかただね」シエルが言う。
「軍隊で必要とされる人材はね、実際圧倒的な能力では無いの。
 幾ら強靭な肉体や、明晰な頭脳を持っていても、ルールを守れない人間は『組織』に必要ないわ。どんな作戦だろうと行動は単独では行われないから。
 優秀な軍人というのは即ち『規律を守れる』人間よ。
 普段はその規律の中でぎゅうぎゅうになってるから、リラックスしてるとあんななの」
 シエルの目からは奔放な人物にしか見えないが。
 考えは顔に出ていたようで、輝は言う。
「妹さん、ジゼルさんと居る時は良いお兄さんだったよ。
 少々エキセントリックな所はあったけど、僕たちと四人で居る時は大人しい人だなって思った位だし」
「トーヴァさんは? 今リラックスしてくれてますか?」
 瑞樹の言葉に少し驚いて、それからトーヴァは何時もの言葉で返すのだ。
「おねーさんは何時も元気」
 皆で暫く笑い合って、それから話しは続いた。
「だってさぁ、自然体でいないと息詰まるよ。
 疲れちゃう。そう思わない?」
 顔を見られて、隣の真鈴は頷いた。
「私の可愛いキアラちゃんみたいに頭が回るなら考えてもいいと思うし、トゥリンみたいに子供ならいっぱい悩んでもいいと思うけどね。
 ――ジゼルちゃんは悩み過ぎかな」
「ジゼルさん、どうかしたんですか?」
 輝の質問に、トーヴァは反対側を向いて逆に質問する。
「真鈴ちゃんと瑞樹ちゃんは見てて気がつかない?」
 確か二人はジゼルと同じ校舎で勉強しているはずだ。
 しかし首を振る二人に、トーヴァは曖昧に微笑むのだ。
「それならそれでいいと思うよ。
 気になるなら本人に聞いてもいいと思うけど……今は追いつめるだけかなぁ」
「トーヴァさんって前から思ってたけど、大人ですよね」
 感心したように言う輝に少し照れたのか、トーヴァは誤摩化す様な笑顔を作った。
「何も深い事考えて無いのよ。私なんて特にホラ、年だから」
 20代にしか見えないが、彼女の背中に広がるヴァルキリーの羽根を見ればどの位生きているのかは人間の尺に当てはめられない。
「真鈴ちゃんと瑞樹ちゃんは一年だよね、まだまだ悩み多きお年頃かな」
「そんなことないですよぉ」
「お姉ちゃんのお料理の腕については悩んだりしますけどね」
「ちょっ、真鈴ちゃん!!」
「シエルちゃんと輝君は進路とかについて考える時期かぁ。
 高校生……いやぁ、懐かしいねぇ――」
「勉強はもうやだー! 試験とかやりたくないー!」
「そうだね。シエルは先に宿題から頑張ろうね」
「そうね。問11。間違ってるわよ?」
「えええ!?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと教えてあげるから。
 時間はたっぷりあるんだし、ね?」