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ゼンゼンマンが通る

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ゼンゼンマンが通る

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三章

 三台目の護送車の中では大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が、囚人の手錠を解いて武器を回していく。
 囚人達はその意図が分からず、互いに顔を見合わせながら頭に疑問符を浮かべている。
 泰輔はニッコリと微笑んで、囚人の肩に手を置いた。
「今から待ち伏せするから、容赦せんで撃ってくれるか?」
「そりゃ……殺しさせてくれるってなら願ったりだが、俺らがあんたらを狙わないとは思わないのか?」
「思わんなぁ。その後、殺人鬼に殺されるかもしれないのにそんなことして何の得があるんや?」
 泰輔の言葉に囚人達は表情を強ばらせる。
 囚人達が自分たちの境遇を悟っていると、後部のドアが勢いよく吹っ飛ばされる。
 そこから堂々とゼンゼンマンが入ってきた。
 その血にまみれた出で立ちに囚人達は青ざめた。
 泰輔は怯まずに前に出る。
「あんたがゼンゼンマンか。なあ、なんで襲撃予告なんかよこしたんや?」
「……」
「だんまりか……。あるいは自分の行動を理解しとらんのか? なら教えたるわ。お前さんが、もう自分自身では止めたいけど止められへんからやろ? だったら、僕らが止めたるわ」
「汝の考えに異論を挟むつもりは無い。だが、我は止まる気は無い。この世には我も含めて死なねばならぬ奴が多すぎる」
「一面的な考えやな、それで自分が犯罪者になったら独善になるんと違うか?」
「人間は独善的なものだ。そして、そのために人を傷つけた輩が別の独善で死ぬのは因果応報というものではないのか?」
「なら、あんたは自分も死ぬべきやって言うんやな?」
「犯罪者を全て殺したら、自ら因果を断つつもりだ」
「……話にならんな。あんたがこれ以上バカなことする前に止めたるわ!」
 泰輔は一斉発射の号令をかけると、囚人達は一斉にゼンゼンマンに向けて発砲した。
「……」
 ゼンゼンマンは自ら蹴り飛ばしたドアを蹴り上げると、それをそのまま盾に利用した。
 当然、護送車は全面に防弾加工が施されており、重厚なドアは表面が歪むばかりで貫通する様子は無い。
「全く、死と乙女なら風情というか抒情もあって曲想も湧くけど、こんなむさくるしい囚人相手に死神が来ても、美しくないし作曲欲そそらないよ」
 発砲音の大演奏を聴きながらフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)はため息をつく。
「レイチェル、大丈夫?」
 フランツはゼンゼンマンに発砲しながらレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)に声をかける。
「ええ、大丈夫です……きゃっ!」
 突然、レイチェルは悲鳴を上げる。
 何故か足下には毒虫がいた。
 それも、二匹や三匹なんて数ではない。ゼンゼンマンの足下から無数に現れている。
 それを見て、フランツは声を上げた。
「無駄な発砲はダメだ! あいつ、弾丸を生き物に変えています」
 叫んだところで後の祭り。ゼンゼンマンは床に散らばった弾丸に触れて、アニメイトの力で毒虫に変えていく。
 ムカデや蜘蛛の形をした虫たちが一斉に囚人達に近づき、囚人の一部は半狂乱になって銃を乱射するが小さい虫には中々直撃しない。
「わあああああああああああああああ! た、助けてくれえええ!」
 虫に腕を這われて、囚人はレイチェルに抱きついてきた。
「きゃああああああああああああああああああああ!」
「僕のレイチェルに触るな!」
 フランツは顔を険しくして囚人の顔を蹴り飛ばす。
「ありがとうございますフランツさん……」
 レイチェルは泣きそうになりながらフランツに寄り添う。
「皆さん、毒虫は踏みつぶせば死にますから冷静に対処して下さい!」
「あいよ、了解」
 国頭 武尊(くにがみ・たける)は虫たちを文字通り蹴散らすと、ショットガンを構えてゼンゼンマンに向けて発砲する。
「っ!」
 先ほどまでの発砲とは違う衝撃を受けて、ゼンゼンマンの体勢が崩れる。
「おらぁ! 吹っ飛びやがれ!」
 武尊は叫びながら再びショットガンを発砲すると、ゼンゼンマンの腕が耐えきれなくなり、重い扉が手から離れて外に吹っ飛んでしまう。
「ついでだ、こいつも食らっとけ!」
 怯んでいるゼンゼンマンの目の前で、武尊は光術を放った。
「ぐぅっ!?」
 目の前に現れた強烈な光りにゼンゼンマンは目をそらして大鎌を横に薙ぎ払う。
「うおっ!?」
 突然の事に武尊は仰け反るように鎌を避けると、護送車の壁に突き刺さる。
「まずは、あの大鎌をなんとかするか……」
 武尊はゼンゼンマンの胴体に向けてショットガンをぶっ放す。
「っ!」
 ゼンゼンマンは吹き飛ばされそうになりながら、大鎌の柄に掴まってなんとか持ち直して、武尊に斬りかかり、武尊はショットガンでそれを食い止める。
 囚人達も武尊が近すぎるため、銃が撃てず膠着状態に陥ってしまう。
 それを見ていたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は苦々しい顔をする。
「もう! これじゃあラチがあかない。 とりあえず、あいつに隙を見せてもらわないとって……わわっ!」
 他人の身体でゼンゼンマンの視界から隠れて狙撃しようとしていると、突然、囚人の一人がセレンの背後に回って胸を鷲づかみにしてきた。
「ちょ……! こんな非常時に何してんのよ!」
「へへへへへ……どうせ、俺達はここで死ぬんだ、だったら最後くらい楽しくさせてくれよ……」
 囚人は言いながらぐにぐにと手を動かしてセレンの豊満な胸を満喫していると、セレンは顔を真っ赤にしていき、
「ふん!」
 背後に向けて肘鉄をかました。
 見事にこめかみにヒットすると、囚人は力なく倒れた。
「全く……油断も隙もあったもんじゃない! セレアナ、例のやっちゃって!」
 セレンは壊れそうなほど運転席に繋がる金網を叩くと、運転席にいたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に声をかける。
「了解よセレン。……みんな、身を屈めて対ショック姿勢!」
 セレアナは大声を上げると、アクセルを思いっきり踏み込み他の二台より先に進んでいく。
 あまりの急スピードに車内は揺れて、囚人達は自然と身を屈めてショックに備える。
 武尊はしゃがみ込み、セレンはうつ伏せになった。
 と、
「それじゃあ、いくわよ? ……せぇっの!」
 セレアナはアクセルから足を離すと勢いよくブレーキを踏んで、ハンドルを思いっきり切った。
 前輪を軸に後輪は荒馬のように振り回される。
 凄まじい遠心力が車内を襲い、囚人達はそのまま遠心力に逆らわず車内を転がった。
「っっ!」
 ゼンゼンマンも突然の事に足下をふらつかせると、遠心力に負けて大鎌の柄から手を離し、壁に激突するのとほぼ同時に護送車は車体を180度切り返して止まってしまう。
 だが、この絶好の好機をセレンと武尊は見逃さない。
「待ってたわよ、この瞬間を!」
 セレンはよろめいているゼンゼンマンに向けて放電実験を見舞った。
 車内が白に染まるのと同時に何かを弾くような甲高い音が聞こえ、
「ぐうううっ……!」
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
 周囲にいた囚人達にも容赦なく雷が降り注ぐが、セレンはお構いなしに放電を続ける。
「こいつはおまけだ。とっときな!」
 電気に身体を貫かれているゼンゼンマンのヘルメットに武尊はショットガンを向けて発砲する。
「っ!」
 ゼンゼンマンのヘルメットの一部が砕け、ショットガンの衝撃でゼンゼンマンは外に吹き飛ばされる。
 電気とショットガンの衝撃が身体の芯を揺さぶったのか、ゼンゼンマンは力なく起き上がる。
 ヘルメットは顔の部分が破壊されて素顔の一部が剥き出しになっていた。
 その顔を見て、コントラクター達は意外そうな顔をした。
 微かに覗く長いブロンドの髪と碧い瞳、柔らかそうな白い肌はその人物が女性であることを物語っていた。
 ヘルメットの損傷でボイスチェンジャーも壊れたようで、機械のような雑音の中に女性の肉声が混じる。ゼンゼンマンは露出した顔を押さえながら喋り始めた。
 それは語りかけるというより、独白に近いものだった。
「……なぜ、ここまで違ってしまった……。我も、場所と時は違えど法の下で汝らと同じものを見、同じように戦っていた……。戦っていたはずだ」
 一度言葉を句切り、ゼンゼンマンはコントラクターを見つめた。
「なのに……どうして……汝らと我は、こうまで違ってしまったのだ……!」
 吐き出すような、恨むような、悲しむような、あるいはそれら全てがない交ぜになったような言葉が漏れた。
 ゼンゼンマンはそれだけ言うと、それ以上は何も語らずに背を向けて人間とは思えない速さで駆けていってしまう。
コントラクター達はボロボロになった護送車に留まりながら、彼女の遠くなる背中を見続けた。