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【若社長奮闘記・番外編】初めての○○

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★幸せな情報とハプニングをお届けします★


 ショッピングモールのとある一角は、周囲にある店とは雰囲気が異なった。なんといっても、そこには商品がなかった。
「私たちが商品って感じかしら」
「……理沙。その言い方は少し誤解されてしまいそうですから止めてください」
 出店計画を指令部に持っていった時の五十嵐 理沙(いがらし・りさ)の説明に、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)がそう突っ込みを入れたのは数日前のこと。無事に許可が下り、今2人は荷物を店内に運んでいるところだ。
 先ほどから店内と表現しているが、これは誤り。入口にはこう書かれている。

『シャングリ・ラ放送局アガルタ支店』

 つまりスタジオだ。
 広さはあまりないが、主に出演するのは理沙とセレスティアの2人だけなので十分だろう。撮影者はマネージャーだ。
「では本番いきまーす!」


* * *


『アガルタの旬な情報を私たちワイヴァーンドールズが皆さまにお届け!』
『アミーゴ・アガルタの時間です』
 ショッピングモールにたどり着いたジヴォートは、響いた声に前髪をかき上げていた手を止めた。声の方角を見れば、巨大なモニターがあり、そこに2人の女性が映っている。理沙とセレスティアだ。
 電波当の完成セレモニーが行われた今日、初めての放送となるらしい。だが2人に過度な緊張はない。実は2人とも、深夜番組などもしていた経験があるのだ。しかしそれでも、手馴れた様子で進行していく姿は、ジヴォートには眩しく映った。

『まずは皆さんが待ち望んでいたショッピングモールについて』
『いよいよオープンね。実は私も楽しみにしてたんだけど、今は開店記念で各フードコートが今回お試し価格の大サービス中なのよ』
『今回はそのうちの1つ。アガルタ焼きソバがここに用意されています』
『わっ真っ黒ね』
『アガルタで取れる真っ黒なお花。スキヤルディを練りこんであるそうです。スキヤルディはこのソースにも使われているんだとか』
『へぇお茶は知っていたけれど……じゃあ、いただきます! ……うん、美味しいわね。香りもとてもいいし』
『普通の焼き蕎麦よりやや太めの麺とこのソースがよく合いますわ。しかも女性に嬉しいことに、通常の焼き蕎麦よりも低カロリーだそうです』
『ソレは嬉しいわね! 他にもいろんな料理があるから、みんなもぜひ遊びに来てね☆私のお勧めは土星くん焼きよ』

 フードコートを初めとするショッピングモール内の紹介を分かりやすく、そして何より2人仲良く話しながら伝えていく様子は好感が持てるものだ。

『最後に、今回完成したもう1つの施設。電波塔なんだけど、取材でイルミネのイメージ図を特別に見せてもらったの。すっごく綺麗だから、お出かけして確認してみてね』
『それと初回と言うことで今回はこの時間にお届けしましたが、普段は夕方なので間違えないでくださいね』
『じゃあまた明日!』
『明日は今回紹介できなかった施設と、とある草野球チームの密着取材の様子をお届けします!』

「……俺も、頑張らねぇとな」
 2人の番組を見てジヴォートはどう思ったのか。小さくこぶしを握り締め、その手を絡めとられる。
「っ?」
「ジヴォート様。何をなさっておられるのですか? 早くお着替えなされませんと風邪を引かれてしまいます。もう皆さんも先に行かれましたよ」
 やや強引に手を引くのはエリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)だ。表情自体はほとんど変わっていないが、少し怒っているようにも見える。なぜだろうかと考えたジヴォートは、エリスと遊ぶ約束をしていたと思い出す。少しぼけっとしすぎてしまった。
「わ、悪い」
「? 何を謝られるのですか?」
「えーっと?」
「良く分かりませんが……ああ。あの店がよさそうですね」

 と、結果として手をつなぎながら店へと入っていった2人の後ろを、相沢 洋(あいざわ・ひろし)乃木坂 みと(のぎさか・みと)相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)が歩いていた。
「さすがはアガルタ、繁栄しているねえ。というか、ここの建造にはみんなで関わったっけ。懐かしねえ」
「そうだな」
「ええ。最初は空き地ばかりでしたのに、今は立派な街ですわ」
 ぶらぶらと歩きながら、しかし3人の目は時折エリスとジヴォートに向く。洋は今回の旅行が始まる時、
『えー、今回は自由行動だ。というわけで……各自に10万ゴルダずつ渡しておく。記念品でも何でも好きに買ってこい』
 と言ってエリスおこづかい。もとい『デート資金』を渡していた。そして3人はと言うと、

『エリスも少しは記憶が戻るといいのだが……まあ、無くしたままの方がいいものなのかもしれないがな。とりあえず。みと、洋孝。家族で買い物兼エリスとジヴォートのデート追跡……もとい、護衛でもやろうじゃないか?』
『エリスとジヴォートの逢瀬ですか? まあ、気になるといえば気になりますね』
『デートの観察ねえ。じーちゃんも、ばーちゃんも暇というかなんというか。まあ面白そうだし、参加するよ』
 ということである。

 デート観察とはいえ、自分たちの観光も忘れていない。洋は通りすがった店で気になったものを土産に買う。
「さて土産は……これでいいか?」
「って、荷物持ち俺かよ」
「ああ洋孝、こちらもお願いします」
「う、はいはいっと」
 銘菓を買っている間に、ジヴォートも無事に着替え終えたようで、エリスたちはまた別の場所へと向かおうとしていた。行き先は、アクセサリーショップ。

「綺麗ですね」
「んー、まあ、そうだな」
「……そういえば、ジヴォート様はあまりアクセサリーの類はお付けになってませんね」
「ああ。なんていうか、あんまりそういうの分からなくてさ。動きにくいのも好きじゃねーし……見る分には綺麗だと思うんだけどな」
「でももう社長様なのですから、こういった身だしなみも大事ですよ。何か買われてみては?」
「そうなんだよなぁ。……あ。良かったら何か選んでくれね? 全然わからねーし」

「あら。エリスたちも何か買うようですね……指輪かしら」
「それはないんじゃね? ジヴォート。デートの意味も良く分かってなさそうだし……ってドラゴンキャンサーのウロコ? 土星くん壱号発掘当時の頭蓋骨? え、これ土産品なの?」
 洋孝は、エリスがデートに誘った時の「そうだな。一緒に遊ぶか」という言葉を思い出してみとに否定を返して、見かけた奇妙な商品を手に取る。洋もその隣で物色しつつ答える。
「まあ幼少期から屋敷に幽閉されていたわけだからな。仕方ないだろう。下手をすれば初恋すらまだかもしれんな」
「……どうせなら結婚の申し込みとかしてみるというのもありでしょうけど。二人共、まだまだこれからですからねえ」
 完全に面白がっている空気が流れているが、3人ともエリスの幸せを願っているのは本当だ。
 ちなみにこの後、洋はシンプルなネックレスを自分、みと、洋のセットで購入していた。彼らにもまた、良い思い出が出来たようだ。

「あの、よろしかったのですか?」
「何が?」
 店から出てきたエリスが、隣を歩くジヴォートに訪ねる。ジヴォートの手には二つの袋があった。1つはエリスが選んだジヴォートのアクセサリー(シンプルなシルバーのブレスレット)。もう1つは――。
「買っていただいて。お金なら」
「選んでくれた礼だから気にすんなって。いつもお世話にもなってるしな」
 にっと笑うジヴォートに、エリスは「ありがとうございます」と微かに。微かに口元を緩めた。再びショッピングモール内を歩きながら、エリスが口を開く。
「以前話した記憶のこと、覚えておられますか?」
「ん? ああ、覚えてるけど」
 頷きが帰ってきたのを見て、エリスはどこか緊張した面持ちになる。

「あれから考えてみました。結果としては、最悪、記憶が取り戻せなくても、その分、新しく作ればいいと判断しました。
 その半分以上をジヴォート様との共有記憶にしてみたいと思いますが。以上」

 それはエリスからの精一杯の言葉だった。

「そっか。ありがとな。じゃあ俺とはこの旅行でいっぱい思い出作らないと、だな。あ! あっち人だかりができてる。行ってみようぜ」
「え、あの……はい」
 俺とは、と言ったのでおそらく。というより真意は十中八九伝わらなかったのだろうが、エリスは楽しそうに腕を引っ張られていった。

 こうして1つ、幸せな記憶が誕生するのだ。


* * *


「はーい、ここがお勧めのお店だよー」
「……たしかに可愛いですわね。あ、ちょっとよろしいかしら?」
 美羽お勧めのグッズショップで商品を見ていたチェルシーが店員を呼び止める。隣で同じように商品を見ていた理沙がどうしたのだろうかと首をかしげる。
「はい、どうかされましたか?」
「こちらは配達してもらえるのかしら?」
「はい。承っております」
「そう。ならそちらにあるグッズを一通りお願いしますわ」
 そちら、と棚1つ分を指差したチェルシーに、営業スマイルが固まった。
「ちょっとチェルシー。そんなにたくさん買って」
「大丈夫ですわ。配達してもらえれば荷物になりませんし」
「そういうことじゃなくて」
 理沙が店員の代わりにツッコミを入れるが、チェルシーは2人の反応の意味を理解できないようだ。バーゲンなどにも良く行くチェルシーであるが、実家がお金持ちなだけあり。基本的な感覚が違うのだろう。
 最初こそ説明しようとしていた理沙だったが、途中で諦めの息を吐き出す。
「ああ、それとこちらとあちらのものも」
「ちょっと待って。店員さんの頭がパンクしてるから!」
「あら、熱中症かしら? ちゃんと休憩はとられてるの?」
「だから違うんだってば」
 そんな一騒動があったものの、我に返った店員が店長を呼んできたことでなんとか話はついた。店を出る際に店長や店員の腰がやたらと低くなっていたのは、気のせいではない。

「……あら理沙。あなたそれだけでよろしいの?」
「うん。なんだか、胸がいっぱいで」
 ちょっとしたそんなハプニングもまた、旅の醍醐味……?

 ともかく、別行動していたイキモともここで合流し、買い物を楽しんだ一行は次の場所へと向かうのだった。